第10話 仕様の違い

 アレックスの前方を固めていたNPC傭兵たちは、見えない何かに割かれるように左右に分かれて道を作った。


 彼らは己の力量というものを嫌というほど理解しており、さきのアレックスの発言を聞いても尚、その行く手を阻もうとする酔狂な者が残っているハズもなかった。


 不甲斐なさに俯きそうになるのを唇の端を噛み、それを必死に堪えるNPC傭兵たち。それでも、たかがレベル固定のNPC傭兵は、どこまでいっても駒の一つであり、軍団運用による大規模戦争を楽しむための数合わせにすぎない。


 一方で、アレックスはプレイヤー最強の存在である。皇帝をその部下たちが守ろうとする考えは間違っていないだろう。それでも、アレックスに対してその考えは、おこがましいにもほどがある。


(まあ、あれだけハッキリ言ったんだ。理解してくれて何よりだが……そんな顔をするなよ)


 アレックスが周りのNPC傭兵の表情を観察しながら、悠然とした足取りでアレックスとイザベルが突き進み、二人の珍客の前までやって来た。


「おー、可愛い可愛い。やはり近くで見ると、より破壊力が増すな」


 シルファとラヴィーナの前まで来たアレックスが、意味不明なことを呟いて立ち止まる。


 これには、涙を呑んだNPC傭兵たちも唖然である。


「これ以上の浮気は許さんぞ」


「何だそれは? 意味わからん。それよりも、ほらっ」


 イザベルの言葉の意味が理解できなかったアレックスは、ぞんざいに顎をしゃくってイザベルを促す。


「むむ、我は別に構わんが、知らんぞ? まあ、そのことは後でゆっくりとアニエスを交えて話せば良いかの」


「何故、そこでアニエスが出てくるんだよ」


「ふん、よく自分の胸に手を当てて聞いてみることだな」


 ツンとイザベルにそっぽを向かれ、アレックスは素直に自分の心に聞いてみた。


 現実世界で独身のアレックスは、NPC従者の女性キャラを、「俺の嫁」扱いにしていた。一応、プレイヤー同士の結婚システムはあるものの、NPCとは結婚できないため、あくまでアレックスの妄想に近い。当然、それがイタイ行いだと言うことを十分理解している。


 ただしそれは、ギルドメンバーも同じようなことをしており、それほど非難される話ではない。アレックスは、どちらかというとネタに近い感覚で俺の嫁発言をしており、そんな従者たちをよく使って笑いを取りに行っていた。


 それは、ゲーム故の遊び方のひとつであった。


 ただそれも、現実になったらどうだろうか?


 アレックスから言われた言葉を全て覚えていたら?

 そう言われいるのが自分だけではなかったら?

 本気でアレックスの嫁だと信じていたら?


(ま、まさか、今までのことを本気にしているのか?)


 ある種の戦慄を覚えたアレックスが、あることに気が付いた。


「って、あ! そ、そうか……」


 イザベルの口から出た一番目のNPC従者の名を聞き、アレックスはあることを思い出し、従者たちの情報画面を確認した。


 NPC従者には、成長要素の他に好感度パラメーターが用意されている。パーティーを組んで行動を共にすることで上がり、放置すると下がる。


 イザベルは、つい数カ月に第三弾のアップデートで実装された魔人族である。アレックスは、従者枠が一つ残っていたこともあり、イザベルを創造して以来レベル上げと称し、常時パーティーに入れていた。


 その結果、現在の好感度は、一〇〇%だった。


 一方、レベル二〇〇とカンストしている従者には、採取などのタスクを割り当てており、戦争イベント以外では行動を共にする機会が極端に減っていた。


 結果、一番最初に創造した九尾狐きゅうびこのアニエス然り、二番目の竜人族のシーザー、三番目のハイエルフのモニカは、好感度が六〇%前後まで落ち込んでいた。


 さらに、装備品作成用にハイドワーフも創造していたが、その役割をギルドメンバーに任せていたせいか、好感度が二〇%と極端に低かった。


 好感度の効果は、単純にパッシブスキルの効果上昇やアクティブスキルの継続時間の延長を左右する程度の単純なシステムだが――


「あ……これやばくね?」


 それぞれの数値を確認したアレックスは、現実となった今、その効力に変化が起こっている可能性を危惧した。


「今頃言っても遅いぞ。我も我が君の味方をしたいところだが、こればかりは如何いかんともし難い」


「ああ、そのことじゃない。まあ、そのことでもあるんだが……悪い、進めてくれ」


「うむ。という訳で、我はイザベルという。お主らのことを聞かせてはくれまいか?」


 アレックスに従いイザベルが、目の前の二人に問い掛けた。

 やはり、名前を聞くところを鑑みるに、イザベルには彼女たちのアイコン情報が見えていないようだ。


 そこで、二人の様子にアレックスがイザベルに命令する。


「イザベル、スキルを解除してやれ」


 シルファとラヴィーナは、イザベルの殺気に圧倒されて物言わぬ虜囚となり、身を寄せ合い震えていたのだ。


「おお、そうかそうか、我としたことが」


 イザベルがスキルを解除すると、シルファとラヴィーナが安心したように深呼吸を開始した。


 その二人の様子を認め、アレックスはなるほどなと頷いた。


 威圧スキルの効力は、レベル差によって効果が変動する確率判定であり、相手のレベルが高いほどステータス如何いかんによっては、レジストされる仕様になっている。

 

 アレックスの前に座って呼吸を整えている二人のレベルは、左のシルファが一三二で、右のラヴィーナが一〇四。それに対し、イザベルのレベルはたったの七〇しかない。


 詰まる所、リバフロの仕様とこの世界の効力が一緒だった場合は、レベルが高い相手にはレジストされる可能性が非常に高い。そうならなかった理由は、ひとつしか考えられない。


 それは、レベル依存ではなく、ステータス依存の割合が高くなっている可能性だ。


 イザベルのレベルは七〇であるが、魔人族の特性で他の種族と比べて能力が二倍とされている超種族。


 当然、利点だけではなく、取得経験値が一〇分の一という苦行を強いられる訳だが、それを乗り越えて上限とされているレベルまでカンストさせれば、単体ではプレイヤーよりも遥かに強くなる可能性を秘めた夢の種族でもある。


 となると、単純にレベル換算するとレベル一四〇近いステータスを誇る。それでも彼女たちの怯えようは異常なほどだった。その二人の様子から、レベルに見合わずステータスが低いのかもしれない。


 一先ず、イザベルより強くなければ問題ないだろうと、アレックスは見守ることにした。


「再度問おう。お主らのことを聞かせてはくれまいか?」


「そ、それでは、恐れながらも一つ確認をさせていただけないでしょうか?」


「ラヴィーナっ!」


 イザベルの問いに対し、意を決したように青色の瞳に力を込めたラヴィーナが口を開いたが、それをシルファが制止しようと声を上げた。


 それを見かねたアレックスが口を挟む。


「よい、シルファとやら。何でも確認するが良い」


「ひっ」


「え?」


 アレックスは、わざわざハスキー声を作ってまで威厳を込めたカッコいい皇帝を演じた。にも拘らず。シルファに怯えたような声を出され、肩を落とす。


(え? 俺ってそんな怖いの?)


「何か気に障ることでも? 何分なにぶん、ここに来たばかりでな。色々と聞きたいだけなのだよ。別に敵対しようって訳じゃあない。まあ、お前らの発言次第ではあるがな。くっくっく……」


「そ、そんな、気に障るだなんて滅相もございません! わ、わたくしたちにそんな考えなど持ち合わせておりませんわ」


「そ、そうでございます。わ、我々は、ただそこのヴェルダ兵たちと戦ったようでしたので、そ、それを……」


(し、しまったー!)


 焦ったアレックスは、皇帝バージョンの口調で簡単に事情を説明しようとして変にプレッシャーを掛けてしまった。


 わざとらしく咳払いを一つ。気を取り直して、必死にアレックスが取り繕う。


「おお、そういうことだったか。それなら、イザベルよ。聞かせてやれ」


「何を言うのだ、我が君よ。我はそのことは知らぬ」


「は? さっき、任せて良いって言ったじゃんか!」


「戦闘なら任されたと言っただけだ」


 焦ったアレックスの発言はもう無茶苦茶だった。


「おほん。が、ガサラム! この二人に説明をしてやれ」


 またまた、わざとらしく咳払い。アレックスに皇帝の演技は無理なようである。


「へ、へいっ、大将!」


 指名を受けて満面の笑みを浮かべたガサラムが、ドスンドスンと駆け寄ってきた。


 不気味なまでの笑顔に頬が引き攣ったが、詳しい事情をアレックスも聞いていないため、一緒に耳を傾ける。


「まあ、簡単に言うと、俺らがここに来た時には、既にやっこさんたちが居たんだが、恐らく野営でもしてたんだと思うぜぇ」


「や、野営ですか……それは、何かを待ち構えるような?」


 シルファがアレックスを横目で見ながらガサラムに聞き直すが、その様子があまりにも怯えており、理由がわからないアレックスは困惑するばかり。


「そうだな。あの木の辺りで背を向けるようにしてたから、見方によっては待ち伏せでもしてたんだろう。ただ……」


「ただ?」


 言い淀むガサラムに今度はアレックスが口を挟む。


「ただ、綺麗に背中が見えるようにあの一面に整列してたってゆーか」


「ふむ。俺たちが転移してきてそのまま潰してしまったということか?」


 頼むから否定してくれと思いながらもアレックスは、そう確認せざるを得なかった。


「ああ、そうだと思いやす。東門の可動橋の固定台から延びる道が途切れているのが見えませんかね」


 城門から空堀の対岸に架台が設けられていた。ガサラムが指差す方を見ると、そこから道が伸びていたが、森との境目で綺麗に途切れていた。


「最初は、何だったけか……伝説の聖地だの、至高の御方だどうのと言っていたんでさ。それで、俺が顔を出したら、いきなり仲間のかたきだー、的なことを言って攻撃してきたって訳ですかね」


 それを聞いたアレックスは全てを理解した。


 俺たちが完全に悪いパターンじゃねえか、と。


 もしこれで倒した魔人族が彼女たちの仲間だったらどうするんだよ、とアレックスは転移後の現地人との初対面が、大虐殺からの出会いではないことを願うばかりだった。

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