第09話 綻び

 突如、アレックスたちの目の前に二つの人影が姿を現し、辺りが騒然となった。 

 イザベルの視線に誘導されるように、森の奥へと視線を向けたアレックスが予想以上の至近距離に二人の姿を認め、さすがのアレックスも驚きを隠せない。


「近っ!」


 あまりにも突然の事態に、アレックスはそんな反応しかできなかった。それでも、さすがと言うべきか、周りのNPC傭兵たちの動きは違った。


「陛下、お下がりください!」


「おおうっ」


 アレックスがソフィアに半ば強引に腕を引っ張られ、二人から距離を取らされる。アレックスと入れ替わるようにガサラムが前に出ると、各部隊へ矢継ぎ早に命令を飛ばす。

 

「半囲い陣形を取れぇー、一二番隊右翼展開! 一三番隊は左翼へ、一一番隊は大将の周りを固めろ! 急げ、急げー! 伝令は、二番隊と三番隊を呼んで来い!」


 一桁の番隊が大隊で、二桁が中隊を意味しており、三個中隊で一個大隊となる。一個大隊三〇〇人が一糸乱れぬ駆け足で布陣していく様は圧巻だった。


「おいっ、そこまでしなくても――」


 麗しい女性と可愛らしい少女のたった二人相手に大げさだと思ったアレックスが、ソフィアの手を振り解いて前へ出ようとする。それでも、そんな不用心な行動をクロードが許してくれなかった。アレックスに背を向ける形でクロードがアレックスの行く手を遮った。


「おい、クロード。そこをどけ!」


「お断りします」


「なっ!」


 アレックスが語気を強めて言ったが、クロードは微動だにしない。こともあろうかアレックスの命令を拒否したのだ。そもそも、ゲームの世界であれば絶対に起こりえないことで、ここが現実世界であることを確信していたとしても、アレックスは困惑してしまう。


 NPC傭兵たちが全力で駆け、次第に陣形が完成しつつある中、アレックスが必死に頭を回転させる。


(命令を聞かないとはどういうことなんだ? 俺は何かを見落としているのだろうか……拒否されるような何かを……)


 すると、ガサラムのしゃがれ声がアレックスの耳に届く。


「大将! もう少しそのままでお待ち下せえ!」


(いや、待てよ?)


 アレックスが順繰りに視線を巡らせて観察を開始する。


 前方で指揮を執るガサラムは、一見落ち着いているように見える。が、無事を確認するようにしきりに振り返ったりしている。アレックスの身を案じているのだ。


 振り払ったはずのソフィアも、いつの間にかアレックスを庇うように半歩前に出ている。しかも、刀身を抜き身にして身構えていた。


 アレックスの前に立ち塞がっているクロードは、構えてはいないものの剣の柄に手を添えている。いつでも抜刀できる状態だ。


(なるほど……こいつらは俺を守ろうとしているのか。となると、俺に危険が及ぶような命令はできないということなのか? いや、それもあるが、それだけじゃないな)


 忙しなくアレックスが視線を右往左往させていると、急に現れた二人組と視線を結んだ。瞳からは敵意を感じず、どちらかというと動揺の色が濃かった。しかも、見た目然り、表示されているアイコン情報から、アレックスに危険が及ぶほどの力を有していないことを容易に見抜いていた。


 一際大きなフランス人形を思わせる碧眼とフェアリー感漂う金髪少女の頭上には、「シルファ・イフィゲニア」と、黄色文字で名前が表示されていた。もう一人のボーイッシュな茶髪で、凛々しい青色の瞳が印象的な女性の頭上にも、シルファと同じ色で、「ラヴィーナ」と、表示されていた。


 文字の色がリバフロと同じ設定であれば、敵対色の赤文字でない時点で無害だとすぐに判明した。


 レベルに関しても同様のことが言える。例え敵対してきても、その二人がアレックスの敵になど、決してなり得はしない。おそらく、NPC傭兵にはそれが見えていないのだろう。


 思考の末、ある結論に至ったアレックスが、隣のソフィアの手を押さえて構えを解かせる。


「鞘に納めろ」


「しかし、陛下!」 


「大丈夫、大丈夫だから俺を信じてくれ」


「は、はい……」

  

 頑固というか、暑苦しいソフィアには、二度言う必要がある。それでも、クロードよりは従順であるため命令の出し方次第で言うことを聞いてくれる。


 ソフィアが素直に剣を鞘に納めるのを確認したアレックスが、悠然と佇んでいるイザベルに声を掛ける。さすがと言うべきか、彼女はNPC傭兵たちとは違って自然体。余裕の態度だった。


「なあ、イザベル。任せていいんだろ?」


「ああ、我に任せておればなんら問題ない」


 アレックスからしてみれば、威圧スキルを行使してまでこの張り詰めた空気を生み出したのだ。是非ともイザベルに責任を取ってもらいたい。イザベルであれば、責任を果たす能力もある上、無事に事態を収めてくれるという確信があった。それでも、最低限のバックアップをする必要がある。


 そのためにも、クロードには道を譲ってもらう必要がある。


「なあ、クロード」


「私はどきませんよ」


「お前な……俺があの二人の接近に気付いていなかったと、まさか本気で思っているのか?」


 アレックスが片手で髪をかき上げながらそんな嘘を平気で言い放つ。


「はい」


 どうやらアレックスのハッタリは、クロードに見透かされていた。クロードのにべもない言い様に、膝の力が抜けたアレックスは、カクンとずっこけた。


 実のところ、アレックスはそのハッタリで切り抜けられると思っていた。その予想が外れ、少々焦る。


「な、何故そう思うんだ? 俺の従者であるイザベルが気付いたんだ。その支配者である俺が気付かないとでも? ん、どうだ?」


 捲し立てるように一気にアレックスがそう説明したが、慌てた様子であまりにも不自然になってしまった。クロードがおもむろに振り向くのだが、錆びた鉄の扉が擦れるときの嫌な音が聞こえてきそうだ。


 呆れて物も言えないといった表情を浮かべ、何かを漏らすようにクロードの口元が微かに動いた。


「お、お前、今、何か言わなかったか?」


「いえ、何も……」


「そ、そうか――」

「バカなのかこの神は? と、我には聞こえたぞ、我が君よ」


 何を勝手に教えてんだよ、とでも言いたそうなムッツリ顔でクロードがイザベルを横目で見たが、それだけだった。否定をする素振りは見られない。


「何だと!」


 イザベルからクロードの囁きを知らされたアレックスが、顔を歪めてクロードを睨む。それでも、神と言われたことに悪い気はしなかった。


 なんだかんだ言いながらも俺の信奉者かよ、おい、クロードよ、とアレックスが頬を緩ませたりしたのだ。


 一方で、ガサラムの部下たちに完全に取り囲まれた二人は、混乱していた。


「ら、ラヴィーナ、これは一体……」


「シルファ様……私にもさっぱりです」


「そうですわよね。ごめんなさい……」


「い、いえ……」


 そんな二人の様子を見やり、アレックスが話に一旦区切りをつける。


「――と、とにかく! お前たちが気付けなかったことに関してお咎めは一切ない!」


 NPC傭兵たちの不安を払拭させれば、言うことを聞いてくれると考えたアレックス。が、全くと言っていいほど効果がなかった。


「陛下、私は一向に罰していただいて構いませんよ」


「そうですよ、陛下! 私だって罰してください!」


「そうですぜ、大将! そんなことは気にしちゃおりませんぜ!」


 案の定、三人からハッキリと拒絶されてしまう。

 クロード、ソフィア、そしてガサラムの三人は、そんなことを全く意に介さない様子だ。


 途端、二人に向かって行きそうに一歩踏み出す三人。


「だぁー、そうじゃない! お前らじゃ荷が重いって言ってんだよ!」


 感情に任せて怒鳴ったことで、ようやく三人が動きを止めた。


「いいか、あの中の一人は、レベル一三〇を超えてる。ここは、俺とイザベルに任せておけ!」


 言下、アレックスが行く手を阻むクロードの肩を押しやる。今まで頑なだったクロードがよろめくようにして道を譲った。


 そのことに違和感を覚えながらも、振り返ることはせずにアレックスは、シルファとラヴィーナの元へ向かう。そこへ、イザベルが肩を並べて歩き出すのだった。

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