第18話 期待を込めて

 アレックスが何の気なしに発した言葉が、忠臣の心を深く傷つけ、すぐ隣のサロンでそのことで頭を悩ませているころ。最早、シヴァ帝国やヴェルダ王国との戦争よりも、アレックスの頭にあるのは、ブラックの性格がまともかどうかの一点のみだった。


 彼――ブラック・スミス――は、その名の通り、「鍛冶屋」である。


 ブラックの特徴はそれだけではなく、土魔法や建築スキルを習得させているため、帝都開発や城壁の補修と言った職人集団――第五旅団――の団長をしている。


 アレックスの記憶では、真面目な性格にしたつもりであったが、何とも言えない。


 ハイドワーフというユニーク種族故なのか、アレックスの思考を読み取って創造されたからなのか、ドワーフ族に多い、ずんぐりむっくりした筋肉ダルマではない。その顔立ちは、厳つくはないが、かと言って決して温和にも見えない。


 古竜ランクの土竜から採れた鱗をふんだんに使用してあつらえた鎧はノースリーブで、オリハルコンで装飾した縁から露出した細腕は、意外にも筋肉質で細マッチョ。ウェーヴが掛かった長めの黒髪に、切れ長の黒い双眸は、シーザーとはまた別種のイケメンだった。


(あ……これは、どうなんだろう。好感度が低いだけならいいんだが……)


 アレックスがそう危惧したのは、ブラックの仏頂面からクロードの面影が見え隠れしていたためだった。


 早くも憂鬱になったアレックスは、期待半分諦め半分でブラックに問い掛ける。


「それでは、ブラック。奴らの装備からどんな印象を受けた」


「はっ、自分の見たてでは、どれも上級装備止まりでした。しかしそれも、一番良くてです」


 元々の顔の造りがそれなのかは覚えていないが、申し訳なさそうな声音にも拘わらず、表情は無表情のままだった。それ以外は、取り立てて目立つところはなく、アレックスがその内容を再確認する。


「上級? しかも一番良くてか」


「はい」


 意外にもまともな返答に一安心したアレックスだったが、その内容が予想と違い、イザベルに視線を変えた。


「我は知らん。ラヴィーナとやらに聞いた話をそのまま報告したまでだ」


 アレックスの目つきから彼の意図を察したイザベルは、少し不機嫌そうに答えた。


「いや、別に責めてはおらんよ」


 一応、フォローを入れてからアレックスは、昨日の報告を思い返す。


『どうやら、ヴェルダ王国の精鋭部隊らしいぞ。奴らが身に着けていた三本角の徽章きしょうは、どうやら彼らの魔王をイメージしているらしい』


 三本も角が生えていることにも驚いたが、精鋭部隊となると、神話級ではなくとも、幻想級の装備を身に着けていてもよいと考えていた。


 アレックスとて、全NPC傭兵にそんな高級品を揃えられはしないが、直轄旅団のCランク傭兵以上は幻想級装備で固めていた。そこで、アレックスは一つの結論へと至る。


 ヴェルダ王国がアレックスたちの敵になり得ないと――


 リバフロの常識で考えるのは危険だと頭では理解しているアレックスも、比較対象がないためそうせざるを得なかった。しかも、精鋭部隊が身に着けている装備品にしては粗末な品質であることは確かなのだ。上級装備がこの世界でどの程度の価値なのかは不明だが、精鋭部隊で上級装備止まりであればヴェルダ王国の国力は程度が知れている。


 アレックスが見掛けた鎧の中に、魔人族が装備するには珍しいくすんだ色の物があったことを覚えていた。魔法適性が高い魔人族は、魔力伝導率が高いと言われる、明るく輝くミスリルの品を装備するのが一番効率が良く、賢い選択とリバフロの世界では常識だった。


 それ故に、イザベルの報告を聞いたとき、もしやアダマンタイトの鎧かもしれないと考えていたが、ブラックの報告で上級と判明した。


 それならば、合金のダマスカス鋼……下手したらふつうの鉄鋼かもしれないな、とアレックスはヴェルダ王国の評価を下げ、呟く。


「そうか……となると、大して脅威でもないかもしれんな」


 アレックスの呟きを質問と捉えたのか、ブラックが困ったように少し眉根を寄せた。


「そればかりは自分には何とも。もう少しサンプルが必要ですね」


「サンプル、ね……」


 ブラックの言葉を繰り返すが、それは中々難しいだろう。何と言っても、倒した魔人族の装備品は、全てブラックの元へ運ばせていたのだ。もう手元には残っていない。


 さらなるサンプルとなると、攻められるのを待つのでは遅すぎるが、かと言ってこちらから出向くという訳にも中々いかない。そんな風にアレックスが顎を摩りながら悩んでいると、珍しくも従者の一人が挙手をした。


 殿の思考を中断させるなど言語道断! とでも言いたそうなシーザーの厳しい視線など完全に無視した少女――クノイチ・シャドー――は、主に影の存在として創設された第六旅団の団長である。


 これまたユニーク種族の鬼人であるのだが、彼女の種族選択券を手に入れるのにアレックスは大分苦労をした。


 クノイチは、鬼人族の氷冷鬼人と呼ばれる種類で、アンデッドと魔人族に対してエクストラダメージを発生させるというギフトを持っている。

 種族特性として物理攻撃だけではなく、氷魔法や水魔法の効果+五〇%、火属性ダメージ-五〇%という能力で、ユニーク種族の中でもレア中のレアだったりする。


 アレックスの中では、クノイチがアニエスの次にお気に入りの従者であり、そんな彼女からの意見ともなれば、期待しない訳が無かった。


「おっ、良い案でもあるのか?」


「うん、あたいに任せてくれれば何人か攫ってくる」


 クノイチが深い海色のショートカットの少し長めの前髪の隙間から、鋭い視線を覗かせながら言い切った。アレックスの瞳を見据えたその双眸には一点の曇りもなく、氷のように澄んだ水色の瞳からは、自信が満ち溢れている。


 が、アレックスとしては、直ぐにそれを肯定できない。


「攫うと言ってもだな、その方法はどうするつもりだ」


 そう指摘してやると、幼さが残る顔をしかめて唸りだした。


(おいおい、考えてなかったのかよ!)


 お気に入りだけあってがっかり感が半端なく、遂に堪え切れずにアレックスは盛大にため息を吐くのだった。

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