第12話 異世界PVP?
シルファとラヴィーナの姿を改めて眺めたアレックスが、その痛々しい姿に唸る。
ようやく二人の事情を知ることが出来た訳だが、逃亡者となると変に関わるのは得策ではないだろう。自分たちの状況を理解できていないこの状況で、新たな問題を抱える余裕はない。
一先ず彼女たちの仲間を殺した訳ではないことが判明し、アレックスがホッと胸を撫でおろした。それでも、問題解決には至っていない。
「や、やはり、求心力のないわたくしではダメなのでしょうか?」
シルファが唐突にそんなことを言って額の部分を抑えた。
「角がない……」
何気なくポツリと呟いたアレックスの言葉に、シルファだけではなく、ラヴィーナまでもが顔を歪めた。
「も、申し訳ございません! わ、わたくしなんかが……わたくしなんかが魔人族と名乗るだなんて……」
地面に額を擦りつけた見事なシルファのザ・土下座にアレックスは戸惑う。
(は? 何を言っているんだ? しかし、彼女たちも魔人族だったのか)
アレックスとしては、ラヴィーナの魔人族を指さしての発言とガサラムの説明で敵対にならなかったことから、魔人族に追われている人族と考えていた。裏切られたと言われて、確信していたほどだ。
アレックスの知っている異世界知識では、魔人族と人族は相容れないものであったが、この世界は上手く共存しているのだろうと軽く考えていたのだ。
だがしかし、シルファたちも魔人族となると話が変わってくる。
やはり、魔族領に転移してきてしまったと予想したのは正しかったようだと、アレックスは思考をシフトさせた。
ただそれも、そうは問屋が卸さない。
「ええいっ、もう止めるのだ! そんなにしたら綺麗な顔に傷が付いてしまう。角がないからどうしたというのだ。魔人族ならそれらしく誇り高くあれ。堂々とするのだ!」
ふっ、なんか俺ってかっこいいかもと、赤髪を掻き揚げたアレックスだったが、どうやらその発言がより一層混乱を極めることになった。
「な、なんと! やはり、素晴らしいですわ」
ガバっと顔を上げたシルファの瞳がキラキラと輝いていた。何とも変わり身の早いことだろうか。
「さらに、至高の御方がわたくしの名を存じていたことには、恐悦至極でございます」
「え、あー、それは……」
ただ単にアイコンを見ただけなんだけどなー、とアレックスが今でもはっきりと見えるシルファの頭上を見ながら、頬をぽりぽりとかく。
「
話についていけていないアレックスを置き去りにしたまま、尚もシルファが話を進める。
「それに見合うかどうかは、例によって試練でお確かめになっていただければ、と!」
その表情には先ほどの儚げな少女の姿はなかった。全てを言い切り満足でもしたのか、今では口を引き結び、凛とした眼差しをアレックスへと向けている。
だから、さっきからこの子は何を言ってんだよ!
至高の御方! 降臨! 古の誓い!
はぁー! そんなもんは知らん!
などと、アレックスの心中は荒れに荒れていた。
「仕えるだと? しかも、身命を賭して………その言葉に二言はないのだな?」
「はい、魔皇帝マグナ・イフィゲニアの直系たるシルファ・イフィゲニアに二言はございません!」
どこの時代の武士だよ! いや、騎士か? と突っ込みを入れたい気持ちを堪えながらも、それは適当に煽った結果だった。
結果、アレックスの考えとは全く違う方向へと話が進み、引くに引けないところまできてしまった。それでも、皇帝を演じ切るしかないかと諦めるアレックス。
「うむ、その心意気や良し! それを証明してみせよ!」
アレックスは、満足そうな表情を作ってからそう言い放った。
試練がなんのことかさっぱりわからんが、こう言っておけば何かわかるだろう。
適当に言って促せば、その試練の正体がわかると思ったアレックスのその考えは、成功した。
が、
失敗でもあった。
「それでは、恐れながらもこの機会に感謝し、宜しくお願いいたしますわ……」
すくっと立ち上がったシルファが、アレックスから視線を切ることなく腰をかがめた姿勢のままスリ足で下がっていく。それに合わせてラヴィーナもアレックスたちから距離を取った。
「至高の御方の配下の皆様方! そのままでは危険ですので距離を取っていただけないでしょうかぁー!」
注意喚起するように声を張ったラヴィーナの言葉を聞き、事態の重さをようやく理解したアレックスは、どっと油汗をかいた。
「え……そういうことなの?」
今更気付いたところで後の祭りである。これからアレックスとシルファのPVPならぬ一騎打ちが始まろうとしているのは、明らかだった。
慌てたアレックスがイザベルの肩を掴む。
「おい、イザベル!」
こうなったらイザベルに頼んで仲裁してもらう外ない。
「我が君よ、大丈夫だと思うが、無理せんようにな」
肩を掴んでいるアレックスの手の上に自分のそれを合せたイザベルが、満足げに頷いてからその手を外してサッと身を翻し、その場を離れていく。
「え? あっ、おい! 戦闘なら任せて良いんだろ! なぁ!」
「勝ったら褒美は今夜な」
イザベルは、仲裁するどころかこの対戦に賛成のようだ。しかも、ご褒美と言って微笑んでいる。その内容は言い方から大体予想がつくが、アレックスもまさかとは思う。
「こ……今夜? って、な、何が、今夜な、っだ! そうじゃねーよっ!」
アレックスは、禁止行為とされていたことをイザベルと過ごす場面を一瞬妄想したが、直ぐに我に返って怒鳴った。
が、もう遅い。
イザベルだけではなく、NPC傭兵たちも大分離れた位置にまで避難していた。あんなにアレックスを心配をしていたソフィアも小さく拳を作ってアレックスにウィンクを贈った。その隣に姿勢よく佇んでいるクロードは、相変わらず興味なさそうな冷たい視線をアレックスに向けて、小さく、ほんの小さく頷いただけだった。
「あんにゃろう。覚えていろよー」
アレックスの憎しみがこもった呟きは、当然クロードに対するものだ。
ひとしきり呪詛を唱えてからアレックスが視線をシルファへと戻すと、準備万端のようだった。
シルファの周辺に幾多の魔法陣が出現しており、赤、青、黄、紫や白といった様々な魔法陣がそれぞれの色に輝いていた。それはアレックスにも見慣れた魔法陣であり、身体強化や魔力強化を施したことが嫌でもわかる。
「お、おいっ、まじかよ! そんだけの数の多重掛けは、そのレベルでは無理だろうが!」
レベル一三二では実行不可能なハズの数の魔法陣を目にしたアレックスが、リバフロの常識が通用しないことに歯噛みした。
一方、そのアレックスの表情を見たシルファが口角を上げる。
さっきまでの怯えた幼気な少女は何処へやら。やる気満々の表情を浮かべ、アレックスとの一騎打ちに対するシルファの決意が嫌というほど伝わってきた。
「そ、それでは、参ります!」
「って、お前も人の話を聞け―!」
悲痛な叫びに近いアレックスの言葉がシルファに届くことは無かった。
「インペリアルフレイム!」
「おいっ、それって、幻想級魔法じゃねーかぁぁぁー!」
またもやシルファのレベルでは使えるはずのない魔法名を聞き、アレックスが驚愕の叫び声を上げた。
視界を覆うほどの巨大な炎が迫り、肌を焼くような熱量を感じたアレックスは、「落ち着け、俺!」と、最善の選択をするべく心を静めるために目を瞑った。
一番簡単なのは反射系の魔法だが、それではシルファを傷つけてしまう。
敵ならそれで構わないが、これはアレックスが言葉の意味を理解せず、無責任にシルファを促した結果であり、彼女のせいではない。
ただそれは、建前であり、実際の人を傷つける覚悟ができていないのが本音だったりする。
となると……
「喰らえ!」
すると、シルファから放たれたドラゴンブレスを思わせる巨大な炎の塊が、排水口に吸い込まれる水のように渦を巻き、するりとアレックスの手の中に吸い込まれて消えた。
「なっ! 何が……」
その結果を見たシルファの表情が驚愕に染まっていた。
体調が万全ではないにしても、少しはダメージを与えられると考えていたのだろう。さっきまでの発言の内容から自信があるように見えた。実際、アレックスは幻想級魔法が放たれるなど想像もしておらず、正直感心していた。
しかし、シルファから漏れ聞こえた声は、真逆であった。
「わ、わたくしは……なんて、愚かな、こと、を……」
ダメージどころか、汚れ一つすらつけられなかったことに悔いている様子だった。そのまま、プツリと糸が切れた操り人形のように崩れ落ちたシルファが、立ち上がることはなかった。意識を失ったようだ。
一方、アレックスはその試みが成功したことに胸を撫でおろし、盛大に息を吐きだすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます