第10話 後悔と槍持ちは先に立たず

 アレックスとジャンは、ゲイリーの部隊と思われる魔人たちを殴り倒しながら森を進んでいた。


「接近に気付かないとは、やはりこのレベル帯は俺の敵ではないな」


 統制が取れていたゲイリーの部隊は、何故かまとまりがなくなっていた。一部の兵士が森の中を彷徨っており、音もなく近付いたアレックに成す術もなく無力化されていく。


「ステータスの差なのでしょうか?」


 アレックスの呟きに反応しするようにジャンが呟いたが、何故か自分の得物に視線を落としている。アレックスの煌めく漆黒の大剣と数ランクも劣るそれは、刀身が八〇センチ程度の中級の片手剣。鋼鉄製の鈍い輝きは、何とも頼りない粗末な印象を受ける。


 身長が一五〇センチにも満たないジャンには、少し刀身が長く、盾と片手剣を構えるとアンバランスだ。いっそのこと、盾など持たずに片手剣を両手で扱った方がしっくりくるだろう。それでも、Fランクのジャンには、いくら薄っぺらい盾でも無いよりはましだ。一度に受けるダメージを軽減できれば、強敵が相手でもエナジーポーションで回復しながら戦闘を継続できる。


 アレックスが言ったように、相手に気付かれない速度で接近し、それを気付かせないスキルは、武器によるものではない。アレックスのステータスが、彼らより圧倒的に高いからだ。


「まあ、そうだろうな。剣の平で叩いているだけなのに、面白いように吹っ飛んでいくし……」


 アレックスの攻撃を受けた彼らは、プレートアーマーを着込んでいるにも拘らず、簡単に鎧をへこませ、文字通り数十メートルも吹き飛ばされた。剣を打ち込んだときの感触が、あまりにも軽く、手応えがなかった。


「こりゃあ、力加減を間違えると、あっさり殺してしまいそうだ……」


 アレックスは、まだ殺しをする覚悟が出来ていなかった。それ故に、彼は細心の注意を払いながら、殺さないように努めているのだ。


 そんな風にして二人で暫く進むと、開けた場所に出た。

 

 先ほどまでの闇が嘘のように、辺りは明るく、空気が熱かった。鎮火したはずの火が再び燃え盛っており、木々や建物が燃え、夜空を赤く染めていた。


「クソっ、火魔法が主流なのは当たり前か」


 アレックスは、インペリアルフレイムが王位継承の証なら、その属性が好んで使われるのも道理であると悟った。しかしそのときには、その炎が行く手を阻み、集落の魔人族たちの避難が思うように進んでいないのが見て取れた。


「シルファたちは上手くやっているだろうか……」


 辺りを見渡しても、シルファやラヴィーナの姿は見当たらない。おそらく、炎の障害物を抜け出せた者たちを、先に逃がしているのかもしれない。数人の竜騎兵たちが、集落の魔人と思われる平服の人々を誘導しているのが目に入った。そこから少し離れた場所で、住民を守るようにべつの竜騎兵たちがゲイリーの部隊と交戦している。


 危なげなく敵兵を処理している仲間を見て、一先ずアレックスは安心し、


「どっちかというと、俺は避難を手伝った方がよさそうだな」


 と、尤もな理由を付けて戦闘を避けるような発言が口を衝いて出てしまった。


 ここまでの間、細心の注意を払ったが、やはりステータスの差なのか、相手の剣を払い除けただけで、相手の腕が簡単に折れてしまった。そのときの嫌な乾いた音と、感触がアレックスの手に伝わり、それが今でも脳裏にこびりついて離れない。


「へ、陛下っ!」


 突然、ジャンに叫ばれ、その指さす方をアレックスが見ると、空気を焼くような音を伴わせた複数の炎の玉が、遠くからアレックスに向かってきており、あっという間に視界を覆った。


「うおぉ!」


 そんなアレックスの間抜けな声と共に、ファイアボルトがアレックスに着弾して爆ぜた。が、それと同時に薄いオレンジ色に不可視のバリアが発光し、アレックスは無傷。


「うむ、パッシブスキルは上手く発動するようだな」


 ゲームと同様に、一定魔力以下の魔力攻撃を防ぐスキルが発動することを確認し、アレックスは満足そうに頷くと共に、ホッと安心した。これなら、不意の攻撃で死ぬことはなさそうだ。


 まるで、そんなアレックスの甘い考えを見透かしたように、ジャンが非難の声を上げる。


「陛下、いくら大丈夫だと言っても気を抜かないでください。万が一、陛下に何かあったら、私は生きていられません!」


「あはは、そんな心配するなよ。俺はお前を無事に帰してやるさ」


 アレックスは、過剰な心配をするジャンの言葉を気にも留めず、カラカラと笑いながらジャンに歩み寄って肩に手を置くと、そんな軽口を叩いて安心させる。それでも、ジャンの表情は、曇ったままである。


 それならばと、心配そうに眉根を顰めたジャンを安心させるために大胆な行動に出る。


「それより、あいつらにはお仕置きが必要だ、なっ!」


 言下、アレックスが大地を蹴って風となる。アレックスたちに攻撃魔法を放った兵士たちの元へと一直線に突進する。間抜け面をさらしていることがわかるほどの距離まで一瞬で距離を詰めた。彼らは魔法が防がれたことに唖然としており、アレックスの接近をいとも簡単に許してしまった。


「ひっ!!」


 今更気付いても遅かった。虚をつかれた彼らは、そんな間抜けな悲鳴と共に、他の魔人族たちもろとも、大剣の腹に横薙ぎされて吹き飛んでいく。


「ふっ、他愛もない」


 そんなカッコつけた寒いセリフを吐き、アレックスが前髪を掻き上げてドヤ顔を作ってジャンの元へと戻る。強がってはいるが、その手が微かに震えてしまう。


(ふぅー、これでジャンが安心してくれればいいが……)


 アレックスが無防備に歩いているにも拘わらず、規格外すぎるアレックスに、ゲイリーの部隊は攻撃を躊躇しているようだ。ジャンへ攻撃魔法がいかないか注意深く辺りを観察していると、そんな様子が窺えた。


「さすがですね、陛下」


「当然だろ」


 盾と片手剣を持ちながら器用に拍手するジャンの称賛に、アレックスが気分を良くする。そのおかげか、少し落ち着くことが出来た。


「それにしても、これなら俺が無理に剣を振るう必要はないかもな」


 下手に参加して殺しはしたくない――と口には出さず、心の中だけに止める。


「ああ、確かに、そうですね」


 行軍していたときは、練度の高さが窺えた敵兵たちも今では完全に浮足立っていた。アレックスの指示がたまたま上手く効果を発揮したのか、フレイムホースを失った魔人族たちは、アレックスたちの竜騎兵に押されている。


 と言うよりも、高レベル者に圧倒されていた。


 特に、シーザーの居合術が凄い。


 本来、爆裂魔法が得意であるシーザーは、アレックスの命令の元、刀で戦う外なかった。そんな、制限された状態でも、問題ないのであろう。シーザーが陣取る場所は、円形状に亡骸が転がっていた。


「うっ、でもこれは見ていられないな……てか、俺の話を聞いていなかったのか?」


 アレックスがそちらへ視線を向けた瞬間に、敵兵の首が飛ぶところを目撃してしまい、彼は目を背けた。アレックスとしては、無力化という言葉をの意味で使ったのだが、それが全く伝わっていなかった。


 ゲームの世界では、規制により血が飛び散る演出は控えめで、体力を全損した敵のユニットは、その場に崩れ落ちて消滅するだけだった。四肢がもげる演出は確かにあったが、そこまで生々しいものでは決してなかった。当然、こんな死屍累々とした戦場を目の当たりにした経験などない。その耐性が無いアレックスにとって、精神的ハードルが高かった。


「ううっ、こっちもかよ……」


 新たな視線の先では、ブラックが二振りの少し短い刀を阿修羅のごとく振り回し、命を次々と刈り取っていたのである。それは、シーザーよりも酷く、ノースリーブから丸出しになったブラックの両腕は、文字通り真赤に染まっていた。


「ああ、悪い。やっぱり、俺には無理かもしれない……」


 胃に込み上げる衝動に膝を地に着け、アレックスが弱々しくジャンを見上げてそう言ったときだった。


「へ、陛下ぁああ!」


 先ほどと同様にジャンが叫び声を上げた。


「ああ、また攻撃魔法か? それなら、だいじょ――」


 突然、アレックスの視界からジャンが消えた。いや、ジャンは、真剣な表情で歯を食いしばり、飛び出すようにアレックスの横を通り過ぎた。


「え?」


 それに釣られてアレックスが振り向くと、フレイムホースに騎乗した騎士が、槍を投擲する姿勢で突撃してくるところだった。物理攻撃に対する無効化スキルは存在せず、それを知っているジャンが身を挺してアレックスを庇おうと前に出たのだった。


「ジャァアアンっ!」


 アレックスがそう叫び、大剣を振ろうとするも――


 その槍は既にその騎士の手を離れ、真っ直ぐアレックスに向かって飛んでくる。


 が、


 アレックスの前には、彼を庇うように盾を構えたジャンが立ちはだかっている。


 無情にもその槍は、あっけなく盾を貫通して胸元に吸い込まれるようにして――


 ジャンの身体に大きな穴を穿ったのだった。

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