エピローグ 初めての再会


 そこはとある世界。とある国。

 争いとは全く無関係な、安穏とした平和が続く世界。

 そこに一人の小さい少女が居た。

 長い綺麗な黒髪を持ち、スッとした切れ長の目をした、四、五歳くらいの少女が。

 少女は木陰に座ると一人物思いに耽り出す。まるで自分以外のすべてを拒絶するかのように。

 少女のそんなあまりにも老成した、子どもにはありえない行動と表情に、誰もが恐れを抱いて彼女から離れていった。

 少女は独りぼっちだった。

 だが、それでもいいと少女は想っていた。

 だって少女はずっと一人だったから。最後に少しだけ共に居てくれた人が居たが、それだけだった。

 そして、それだけで十分だった。

 少女はそれだけで生きていける……はずだった。

 今までずっと一人で生きて来たのだから。

 少女の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。

「――あ」

 何故自分は今涙を流したのだろう。欠伸などしていないはずだ。目にゴミも入っていない。

 悲しくなどもちろんないし、寂しくなど絶対にあるはずがない。

 少女はそう信じていた。

 だがそんな考えを否定するように、涙は次から次に溢れ出してくる。

「――何故、だ」

 愛らしい少女の体と容姿に見合わない横柄な言葉遣いで一人ごちる。

「余は……望みどおりに死ねたのだぞ。世界を壊すこともなかった。全ては望み通りになった……はずだ」

 全ての願いが叶い、その上二度目の生を謳歌できる。自分はきっとこの上ない幸福を手に入れたのだと、必死に言い聞かせた。

「…………はずなのに、なぜ涙が出てくるのだ」

 結局、認めざるを得なかった。

 本当は、寂しいのだと。

 片割れを無くした比翼の鳥のように、半身を無くしてしまったのだと。

「違う……違う……余は……余は……」

 少女は自分自身を強く抱きしめると、必死にその考えを振り払う。否定する。

 だがいくら否定しても事実は曲げられなかった。

「なんで……なんで……あやつが居ないだけで、こんなにも世界は辛いものになってしまったのだ。昔は一人でも耐えられたはずなのに……」

――逢いたい。

 話が出来なくてもいい。自分の事を見てもらえなくてもいい。

 ただ、傍に居て欲しい。

 傍に居たい。

 ただ、それだけ。

 本当の願いは、たったそれだけ。

 でも――。

「――――逢えない。逢えるはずがない。だってもう……」

 ――泣かないで。

 ふと、誰かにそう言われた気がした。

 だから少女は顔を上げた。

「なかないで」

 少女の目の前には、柔らかい笑みを浮かべる純朴そうな少年が居た。

 その少年は、もう一度、

「なかないで」

 と、同じ言葉を繰り返すと少女の涙を親指で拭った。

「なっ!?」

 突然の無遠慮な行いに、少女の涙は引っ込んでしまう。代わる様に、少女の口からは怒気の籠った言葉が発せられた。

「貴様っ、いきなり何をするっ! この無礼者がっ!」

 だが少女の言葉は少年には難しすぎた様で、首を傾げている。それでも少女が怒っている事は理解した様で、素直にごめんと謝った。

 少女は嘆息して顎で適当な方角をさす。

「貴様はあっちに行け。邪魔だ」

「それはやだ」

 意外と少年は強情なのか、それともなにかこだわりでもあるのか、その場から動こうとしなかった。

「…………」

 ならばと少女は立ち上がり、別の木陰に移動する。

「……」

 しかし少年も少女の後をついて移動した。

「……なんだ貴様、何用だ」

「ようじ? きみのそばにいるだけだよ」

「余は貴様となど居たくない。あっちへ行け」

「やだ」

「聞こえなかったか? 邪魔だ」

「やだ!」

 少年は、子どもらしくたどたどしい声で反論する。

「きみ、ないてたよね。だから、そばにいるの」

「……え?」

 どこかで誰かに言われた気がして、少女は思わず聞き返してしまった。

 まさか。在り得ない期待が少女の胸に去来する。

「うん、ぼくはきみのそばにいなくちゃいけないんだ」

「……余は、そんな事望んではおらん」

 少女は少年を拒絶した。

 しかしそれは本心ではない。

 過去のやり直しと、本当にそうか確認するための、儀式の様なものだ。

「きみがのぞんでなくても、ぼくはきみのそばにいるよ、ずっと。だってやくそくしたもん」

 少年はそれに応える。まるでそれが義務であるかのように胸を張って宣言した。

「…………」

 少女は息をのんだ。

 ――奇蹟が起きたことを知って。本当の、心からの願いが叶ったことを知って。

 少年の顔に、少女の大切な人の面影が重なった。

「あれ、やくそく? ぼくはきみとはじめて……」

 少年が首を傾げて言い終わる前に、少女は少年に抱き着いた。そのまま勢い余って少年は少女に押し倒されてしまう。

「え?」

 突然の出来事に目を白黒させる少年の頬に、涙が零れ落ちる。

 それは先ほどまでの、冷たい涙ではなかった。

 歓喜の、そして心からの希望を見つけた熱い熱い嬉し涙。

 それが少女の頬を伝い、少年の頬に落ちた。まるで喜びを分かち合うかのように。

 少女が、万感の想いを込めて口を開く。

「なあ、余は貴様に言いたいことがあるのだ。沢山たくさんあるのだ。だがその前に……」

 大丈夫。今度こそはいくらでも時間があるから。

 長く続く、明るい未来があるから。

「余の名前はな……」

 少女と少年の物語は、こうして始まった。


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