第9話 元仲間達との気まずい再会


西の砦は峡谷の狭間に建てられ、地形も相まって非常に強固な要塞と化している。

 実際、最近も幾多の魔物を退けたようで、辺りには消し炭になった魔物の死骸を始めとした戦いの痕跡があちこちに残っていた。

 そんな砦の門前で、僕は番兵の一人と小さな格子窓越しに押し問答していた。

「だから、入れてくれませんか?」

「ゆ……元勇者様の立ち入りは禁じられています! 申し訳ありませんがお帰り下さい!」

「それって僕が裏切ったからでしょ? でも、あなた達の敵にはなってないじゃないですか。むしろ味方と言ってもいいじゃないですか。しばらく魔物の襲撃が無かったでしょ? あれ、僕が倒してたんですから」

「……と、とにかく命令なので承服致しかねます。お帰り下さい!」

 何を言ってもこの通り、門前払いされるのであった。

 まあ、裏切ったからこの対応は仕方ないんだけどね。

 仕方ないけど……ひどくない? 何百人も命救ってあげたのに……。

 あげたって自分で言うのは押しつけがましいかもしれないけどさ。

 ちょっとくらい、こう……なんかあってもよくない?

 大体帰れってどこに帰るのよ……。

 ……などと不満を言ったところで何も変わらない事は目に見えていた。

「ねえ、君。上の人に掛け合ってもらうっていうのは出来ないのかしら?」

 セラさんが横合いから助け舟を出してくれたのだが。

「申し訳ありません、セイラム様。何を言われても通すなと命じられておりますので……」

 番兵の意志は固かった。

 まあ、一度砦の中野村に魔具を使って移動して、そこから徒歩で砦に迎えば入れない事もない。

 だがそうすれば莫大な時間がかかるだろう。

「……セラさん。セラさんだけ中に入って下さい」

「勇者クンはどうするの? こんなところで。それにここはいつか魔物が来るのよ。危険よ」

 魔物は人間に惹かれる性質がある。

 距離など関係なく、本能的に探知して襲い掛かるため、隠れる事はあまり意味を為さない。

 だから僕は生まれた魔物と戦わざるを得なかったのである。

「まあ、襲われないかもしれませんし……」

 多くの魔物は生まれた後、どこかの砦に襲い掛かる事が多い。

 もちろん魔物の中には偏屈も居て、勝手にどこかへ飛んで行ってしまう事もあるが、大概は砦に攻め込む。

 砦は四方に存在するため、確率は四分の一だ。

 もしかしたら攻めてこない可能性もあるかもしれない。

「あのね、魔王がこの近くに居る可能性が高いんでしょう? ならここもいずれは攻められるのよ。分かってる?」

 デスよね~……。

「大丈夫ですよ、僕強いですし」

「強くても限度があるの! 死にかけてたでしょ!」

 はい、その通りですね。

 もっと自分にポーション使っとくべきでしたね、ホント。

 でもこんな番兵みたいな感じの対応されて補給できない可能性を考えたら、なかなか使えなかったんです。

 エリクサー症候群ってやっぱダメだわ。

「えっと、セラさんが説得してくれませんか? 砦のお偉いさん」

 名前は忘れた。

 ヴォルなんたらかんたらターなんとかだった気がする。

「それは……そうね。分かったわ。なるべく早く帰ってくるから」

「お願いします」

 そう言うと僕は砦に背を向けて歩き出した。

 僕が離れなければ番兵は絶対に扉を開けないだろうから。

 十二分に僕が離れた後、扉が嫌な金属音を立てた。

 きっとセラさんが中に入ったのだろう。

「さって……どうしようかなぁ……」

 久しぶりに空いた時間が出来てしまい、僕は途方にくれたのだった。






「いや、だからあれ絶対ヅラでしょ? 微妙に浮いてたから。不自然な隙間あったから」

「止めてください! 今度集会があったとき絶対吹き出すじゃないですか!」

「しょうがないなぁ……」

 僕はおもむろに後頭部に手をやると、背中側から兜を引っ張った。

「あっ、ヅレた!」

「ぶっ! ~~~~~!」

 やっべ、小学生並みのギャグなのに笑ってくれた。ちょっと嬉しい。

 こっちの人たちってお笑い芸人とか見たことないから笑いに飢えてる傾向にあるんだよなぁ。

「あ~、大丈夫?」

 曲がりなりにも任務中なので、番兵は必死に息を止めて笑い出すのを堪えていた。

 しかも顔が真っ赤になるほど懸命に我慢しており、今にも窒息してしまいそうであった。

「はっ、はっ、はっ…………。だ、大丈夫……でふしゅっ!」

 こっちはその笑い方の方が面白いんだけど。

 小さな格子窓からしか様子が見えないので残念だ。

 彼の全身を見ていたら間違いなく僕も笑っていただろう。

 次は何話そう。

 笑いの次は……やっぱり猥談かな? 男同士だし。今まで女の人と一緒だったからできなかったんだよね。

 アルとはたまによくしてたけど。

 あのおっぱい星人め。

 まな板の良さもあるんだぞ……って思考が逸れちゃったな。

「もう、私が一生懸命説得してる間に何してるのかな、勇者クンは」

「あ、セラさん」

 ちょっと拗ねた様子で僕を睨んでいるセラさんが、いつの間にか番兵の背後に立っていた。

「セ、セイラム様!」

 慌てて番兵が姿勢を正し、敬礼する。

 でも口元がひくひく震えてますよ?

「私が傍に居て監視する事。それから装備を全て取り上げる事。それなら入っていいって」

 セラさんの少し憔悴した様子と経過した時間から、セラが相当粘って条件を引き出したことは想像するに難くなかった。

 まあ、そんなものだよね。今のところは僕意外誰も使いこなせない装備とはいえ、裏切った僕に持たせ続ける理由はない。

「あ~、じゃあ必要になったら入らせてくださいって事で。それまでここで待ってますね」

 僕はそう言うと、扉から少し離れる。

 扉についた格子窓は小さいため、これだけで僕の姿が見えなくなってしまったのか、セラさんが慌てて走り寄って来た。

「勇者クン!? ……って、何してるの?」

「僕ちょっと小腹が空いたんですよね。セラさんもえっと……」

「ラルフです」

「ラルフさんも、食事にしません?」

 僕はスクロールを地面に敷きながら、二人にそう呼びかけた。






「ん~、なんであの保存食からこんなに美味しいスープが出来るのかしら……。本当に不思議だわ」

「こういう男飯だけですよ。普通に作ったらセラさんの方が美味しいじゃないですか」

「美味しいものから美味しいものを作るより、美味しくないものから美味しいものを作れる方が凄いわよ」

「そんなことないですって」

 大体こんなのはうま味とかを想像でバッとやれば出来るものなんだから、難しくもなんともないはずだ。

 あの繊細な料理を生み出すセラさんの方が絶対料理は上手い。

 まあ、他人の芝は青く見えるものだしなぁ。

「はい、ラルフさんも」

 そう言って僕はスープの入った皿を扉に向かって差し出した。

「いえ、自分は……」

 まあ、任務中だし断って当然か。

「え~、せっかく作ったのに、捨てるなんてもったいない」

「え? 捨てる……?」

 お、食いついて来たな。食事だけに。

 こういった所に詰めている兵士は、大概身分が低い。

 貴族であったり商人の息子であれば自前である程度食料を用意できるだろうが、ラルフさんの様な平民であれば、配給の食事しか食べられないだろう。

 つまり、食料は貴重であった。

「ほら、警戒対象が門の前で火を起こしたり怪しげなものを煮込んだりしてるんだよ? 監視しなきゃ。確かめなきゃ。これも任務の内だよ?」

「そ、それは……」

「そうそう、温かい内に食べないともったいないわよぉ」

 あくまでも調査ですからね、セラさん。分かってますか?

「…………うぅ…………に、任務ですからね」

 相当迷っているようだったが、やはりいい匂いと立ち上る湯気にはかなわなかったようだった。

 きしむ扉を開けてラルフさんが出てくる。

 そしておずおずと僕から皿を受け取った――その瞬間。

「どの面下げてここに来やがった!」

「勇者様! いらっしゃるって本当ですか!?」

 僕が会うつもりのなかった二人が来てしまった。

「次会ったら殺すって言ったはずだよな? あぁ!?」

「待ってください、アルフレッド! お願いですから止めて!」

 アルが扉を蹴飛ばし、肩を怒らせて僕の方へと歩いてくる。

 その剣幕は燃え盛る火の様に激しく、今にも腰に佩いた勇者の剣を抜いてしまいそうだった。

 そんな彼を、ミュウが懸命に引き留めているのだが、力と体格差から引きずられてしまっていた。

「やあ、二人とも。二週間ぶり?」

 僕の感覚では一週間しか経っていないけど。

「相変わらずにやけた面しやがって! クソッたれが」

 あら、笑顔作戦は失敗か。

「勇者様……戻ってきてくれたんですよね? そうなんですよね?」

 ミュウ、君も僕の事を勇者って呼ぶんだね……。

「あ~……ごめん、ミュウ。僕は立ち寄っただけになるかな。彼女がここに来るはずだから、僕もここに来ただけなんだ」

「そう……ですか……」

 最後の希望が砕かれてしまった。そんな絶望的な表情でミュウは肩を落とした。

 きっと彼女は本当に、一縷の望みに賭けてこの場に来たに違いなかった。

 違うだろう。でももしかしたら、と。

 でもその想いは無駄になってしまった。

 僕が、壊してしまった。

「……ああ、そうだ。スープまだあるから二人も食べる?」

 それでも僕はそれに気づかないふりをして続ける。

 笑って、笑顔の下に感情を隠して、誤魔化す。取り繕う。

 それしか知らないから。今までずっとそうしてきたから。

 だから僕は思考を切り離す。暗い事を考えないようにする。

 目的のために。

「美味しい……とは言えないかもしれないけどさ。悪く無い味だと思うよ?」

「そ、そうよ。久しぶりにみんなで食べましょう、ね? ほらミュウちゃんこっちに来て。アル君も」

 ナイス援護射撃、セラさん。

「……ふざけるな。ああ、ふざけるな! 俺たちはそんな事が出来る関係じゃねえだろうが! そんな関係は終わったんだ!」

 そんな事は元仲間である誰もが自覚していた。

 でも、それでも元の様に戻りたいと願う想いもあった。

 間違いなく、僕たち全員の中に。

 でもそれ以上にアルには強い想いが、憎しみがあるのだ。

 だから復讐の邪魔した僕を絶対に許せないのだろう。

 僕が近くに居る事すら我慢できず、文句を言いに来るほどに。

「そっか……。あ、ラルフさん。これどうぞ。きちんと確かめないといけないからね」

「で、ですが……」

 ラルフさんは控えめに視線を彷徨わせる。主にアルの方へと視線を向けないように努力していた。

 そうだよねー。こんな雰囲気じゃ食べづらいよねー。

「ここはちょっと騒がしくなるから、落ち着いたところで検分してもいいんじゃないかな」

 そう言いながら、僕は扉の方を指さした。

 それでも渋るラルフさんに、僕は無理やり器を手渡すと、小さい声でお詫びと囁いた。

 それでようやくラルフさんは器を受け取ると、急いで扉の中へと急いで引っ込んでしまった。

 いや、本当にごめんなさい。

「あ、そうだ。ここに来た目的の一つなんだけど、みんなの荷物を届けに来たんだった」

「あ、私のカバン!」

 思い出してくれてありがとうございます。

 あの荷物は色んな意味で困るので……。

 いかん、思い出したら鼻血が出そうに……。

「ちょっと待っててね~……」

 そう言うと僕は出しっぱなしにしていたスクロールに手を当てて、二人の荷物を取り出した。

 ちなみにセラさんの荷物はすでに返却済みだ。

「はい、アル」

 そう言いながら僕は小さなズタ袋をアルに投げ渡した。

 アルの荷物はかなり少なかったため、それほど気にしなかったのだろう。

 アルは、ケっと毒づきながらも袋を受け取った。

「ミュウ、ごめんね。魔力ポーション勝手に使っちゃった」

 僕は謝りながらミュウの鞄と入りきらなかった多数の品物をスクロールの上に並べて返却する。

「いいえ、大丈夫です。勇者様のお役に立てたのなら……」

 そしてミュウは体をびくりと反応させた。

 そのまま脂汗を流しながら顔を真っ青にしてこちらを見る。

 ……見てません。何も見てません。

 なんて言ったらバレバレだよね。えっと、ここは……。

「急いでたからさ、適当に鞄をひっくり返してポーションを取り出してさ。その後よく見ずに、適当に詰め込んじゃったから荷物も全部は入りきらなくて……。ホントごめんね」

「……い、いえ。大丈夫です」

 遠回しに、よく見ていないからそんなものの存在に気付いても居ないよアピールをしてみる。

 それで安心してくれたのか、ミュウはあからさまにため息をつくと、急いで荷物を回収してくれた。

 よし、これで僕もあの衝撃的なブツを記憶の奥底に封印できる。

 まあ、きっと我が女性陣の内、胸部装甲が厚い方が悪ふざけでプレゼントしたんだろうけど。

「えっと……これで返すものは返したよね」

 ちなみに食料やテントなんかの共用物は返さないから。

 僕が困る。

 まあ、国の予算で買った物だから、自分の物って感じは誰もしないんだろうけど。

「……用事は済んだだろう。だったらさっさとどっか行け」

 怒りは収まらなくても、怒っている状態を続ける事は難しい。多くのエネルギーを使うからだ。

 アルも例にもれず、怒鳴る事は少なくなっていた。

「目的はまだあるから、ちょっとここで待ってたいんだけど」

「知るかっ」

 むう……。本当にちょっとでいいんだけどなぁ。

「ねえアル君。勇者クンは別に敵になったわけじゃないのよ? 魔物を倒すっていう目的は一緒なんだから、そんなに邪険にしなくても……」

「だったら今すぐ魔王を殺せばいいだろう! それで全ての魔物が消え去る! それをしないコイツが敵じゃない!? 笑わせるな!」

 結局はそこに繋がるわけか……。

「なあ、アル。彼女を殺して本当に終わるのか?」

「……どういう意味だ」

「気付かないのか?」

「何がだ、何が言いたい!」

 これに気付かないのなら、きっと何を言っても無駄だろう。

 気付こうとしないし、例え気付いても止められないだろう。

 いや、もしかしたらこの可能性を考えているのは、この世界で僕一人なのかもしれない。

 まだこの世界の事をあまり知らない僕だから考えられるのかもしれないけど。

「……彼女は悪く無い。悪いのは魔物を生み出す……」

 僕が言いかけたその瞬間、魔物の襲来を告げる警報が鳴り響いた。

「みんな、早く砦に入って!」

 セラさんが慌てて皆を急かす。

 ミュウやアルも、血相を変えて頷くと、自分の荷物を抱えて砦に体を向けた。

「じゃ~ね~」

 そんな元仲間たちに、僕はのんびりと手を振って別れを告げた。

「何を言っているの、勇者クン! 貴方も早く砦に入るの!」

 案の定、セラさんは僕を叱りつける。

 どうやら彼女の言った『みんな』には、僕もきちんと含まれていたようだった。

「僕は入りませんよ。だって、装備取り上げられちゃうじゃないですか」

「今はそんな場合じゃないわよ! 勇者クンが戦いに参加するのならきっと取り上げたりしないわ」

 セラさんの言う事には一理も二理もあった。

 何故ならこの盾と鎧を含めた勇者の装備は、今のところ僕以外使えないのだから。

 アルが鎧と盾を渡せ、と要求しなかったのもその証左だろう。

 だが、それでも僕は砦に入るつもりなどなかった。

 だって恐らくこの魔物の襲来は、僕のせいだからだ。

 何故僕が急に料理など始めたのか。

 それは火を使いたかったからだ。

 それも生木を燃やして周りから目立つように狼煙をあげる事が目的だった。

魔物だって生物だ。ある程度の知能はある。

 煙が立ち上るところに人間が居る事はきちんと理解していた。

「まあとにかく、大丈夫ですよ」

 僕はそうのんきに言いつつ、手早く調理器具を片付け始めた。

 何故手早くなのかというと、セラさんやミュウが僕を置いて砦に逃げ込むと思えなかったからだ。

 だから僕はすぐに片付けて身支度を整えると、魔物がやってくるであろう方向めがけて走り出した。

 後ろで悲鳴のような声を上げる女性二人を置いて。



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