第10話 ドラゴンとの戦い
僕は全速力で走り……そして思い切り後悔した。
いや、鎧兜着て走るとか無いって。
重っ!
という訳で、全力疾走はやめてランニング程度の速さにする。
それでもミュウ達を引き離すことが出来たみたいだった。
「さって、今日の相手は……」
僕は目を凝らして前方を注意深く見つめたが、やはりというか障害物が多くて見る事は出来なかった。
「ん~、でっかいのではないということかな?」
そう判断した直後。
――ゴォアアァァァァァッ!
周囲の大気をも震わせるような方向が、上から降ってきた。
「え……?」
僕は本能が警鐘を鳴らすのを感じながら、視線を上にあげた。
そこには赤い鱗で全身を鎧い、十数メートルはあろうかという巨大な翼で空を飛翔する魔物、ドラゴンの姿があった。
ドラゴン、それは空を飛ぶことのできる魔物の中でも最強の部類に入るだろう。
その鱗は剣や矢など簡単に弾いてしまうし、魔法も効果が薄い。
そしてその巨体から繰り出される攻撃は、頑丈な城壁ですら一撃で砕いてしまうのだ。
ドラゴンの攻撃を僕がまともに受けてしまえば、勇者の鎧や盾こそ壊せなくとも、間違いなく体の方が耐えきれないだろう。
「……マジか……」
ドラゴンは僕の視線に気づいたのか、ひとつ大きく羽ばたくと、高速でこちらめがけて突っ込んできた。
「のぉっ!」
僕は大地を蹴り、真横に跳びのいた。
その一刹那、バクンという音を立ててドラゴンの顎(あぎと)が虚空を噛み千切る。
間一髪、死の一撃を逃れた僕は地面を転がって体勢を立て直したのだが、そのころにはドラゴンは空に逃れてしまっていた。
「この……下りてこいよ! 男なら正々堂々と拳の殴り合いで勝負しろっての」
意味のない挑発が虚しく空に響く。もちろんドラゴンは無反応だ。
まあ、オスなのかどうなのかも知らないし、そもそも殴り合いが出来る様な体格差ではないんだけどね。
それ以前に言葉が通じないだろって。
「まずいな。空を飛ばれると攻撃のしようがない……」
僕は多少魔法も使えるが、あくまでもメインは剣だ。
僕の攻撃はドラゴンには届かない。
そうこうしているうちに、再びドラゴンは攻撃の体勢に入った。
そして、恐ろしい風切り音と共に突っ込んで来た。
今度は躱されることを考慮に入れたのか、より地面の近くにまで降下している。
だが、僕はそれも躱してみせた。
今度は先ほどの様にガムシャラにではなく、鋭く観察しながら。
僕の頭はどのようにすればドラゴンを倒せるのか必死になって考えを巡らせていた。
その後も繰り返されるドラゴンのダイブを、僕は躱し続けた。
そして……。
「ここっ!」
繰り返される攻防に、ドラゴンも気のゆるみがあったのだろう。
先ほどよりも格段に速度の遅い突撃が繰り出された。
そして、僕はそれを見逃すほど甘くはなかった。
僕は躱すために横に跳ぶのではなく、攻撃のために前へと跳んだ。
ドラゴンの牙が僕のすぐそばを掠めていく。
ほんの少しずれているだけで間違いなく絶命していたという恐怖を、僕は懸命に堪え、代わりに攻撃への意思を奮い立たせる。
狙うのは翼の付け根。武器にするのは手持ちの中で最も固い装備、盾だ。
……そういえば彼女から盾で殴るなって注意されたっけ。などと場違いな事を思い出し、気が緩みそうになる。
「おおおぉぉぉっ!!」
そんな想いを振り払う為に、僕は吠える。
そして膨大な魔力を盾に注ぎ込み……。
「くらぇぇぇっ!」
盾から生まれた光の壁を、ドラゴンへと叩きつけた。
起死回生を狙った一撃は、ドラゴン自身の勢いと僕の力が合わさり、強固なドラゴンの鱗と骨を叩き折った。
ドラゴンは耳障りな鳴き声を上げながら墜ちると、大地から熱烈な抱擁を受けた。
一方、僕の方も質量の差はいかんともしがたく、ドラゴンの墜落に巻き込まれる形で地面へと落下した。
両足で着地することもままならず、背中を強く打ち付けてしまう。
一瞬息が止まるほどの衝撃に、その場に転がってのたうち回りたくなるが、懸命に堪えて立ち上がる。
そのまま腰から剣を抜き放つと、ドラゴンへと突き込んだ。
だが、剣は澄んだ音をたてて弾かれてしまった。
ドラゴンの強固な防御力を突破するには普通の剣では荷が勝ちすぎる様だった。
「――っと!」
僕は攻撃の気配を察して後方へ飛び退った。
僕の回避行動からかなり遅れてドラゴンの爪が通り過ぎていく。
どうやら巨体であるが故、挙動はさほど早くはない様だった。
「なるほど、だから殴り合いは避けたのか」
減らず口を叩きながらも、ドラゴンの強固な防御力を前に攻めあぐねてしまった。
何か突破口は無いかと、立ち上がろうとしているドラゴンを観察していた。
「勇者様、こっちです!」
そんな僕の背後から、ミュウの声が届いた。
振り返って見れば、ミュウはセラさんと二人で強固な結界を張っていた。
今もセラさんが必死になって地面に魔法陣を書き足している。
確かに二人の魔力と僕の盾があれば、ドラゴンの攻撃を防ぐこともできるだろう。
だが、それは悪手に他ならなかった。
防ぐことは出来ても防ぎ続ける事は難しい。
そして、防いだところで突破口はどこにもないからだ。
だから僕は彼女たちを巻き込まないようにあえてその場から離れていく。
「引導を渡してやるよ、このクソトカゲ! こっちに来い!」
僕の挑発に応えるかのように、ドラゴンは吠え、威嚇する。そして。
「だぁぁっ、怒るなよ! ちょっとした冗談じゃないか!」
視界が埋まるほどの火炎を吐き出して来た。
慌てて僕は盾を構えると、光の壁を発生させる。
本当に、何回助けられてるだろう、この盾に。
心の中でひたすら盾に感謝しつつ、ドラゴンの火炎、いわゆるブレスを受け止めた。
「くっそ」
炎は受け止められても、炎によって周囲の空気が熱せられる事は防げない。
だから僕は冷却のために氷の呪文を唱えようとして……思いついた。
それは映画などでよくある作戦だ。
確かに口やのどの粘膜は非常に弱いため、弱点になりうるだろう。だが、そのためには最も危険な口に近づかなければならない。
でも、少し考え方を変えれば……。
「よし」
僕は決意すると、氷ではなく風の呪文を唱え、小さな風の塊を手のひらの上に生み出した。
そして、耐える。ただひたすらにブレスが終わるのを待った。
だがブレスはなかなか終わらない。大気はたちまちのうちに高温になり、僕の肺を焼く。
更にはブレスを直接防いでくれている盾が熱を持ち始め、僕の手を焦がしていった。
「ぐっ……のっ……」
時間にして一分も満たないのであろう。だが、僕にはそれが一時間にも覚えたのだった。
やがて、盾にかかる圧力が消えた。
「っらえぇぇぇぇっ!」
未だ細い炎が吹きつけられていたが、構うものか。
僕は魔法をドラゴンの口めがけて撃ち放った。
圧縮された風の弾は、ドラゴンの炎を絡め取りながら突き進むと、体の中に飛び込み破裂した。
ほんの少し、小さな炸裂音だけが僕の耳に届く。
効果は、それだけだった。
ドラゴンは今でも健在だ。
ドラゴンは再びブレスを吐くために大きく息を吸い込んでいる。
鱗や皮膚と同じように、肺の中も相当に頑丈であるらしかった。
ダメだったか?
僕が頭の中で次の手立てを考えだした時だった。
ドラゴンの頭がぐらぐらと揺れ出した。
「ふう、やったか」
試しにわざわざフラグを立ててみるが、結果は変わらなかったようで、ドラゴンは重い音を響かせて、大地に崩れ落ちた。
とはいえまだ完全に死んではいない。
とどめを刺さなければならない、が。
「熱っちいよ!」
とりあえず僕は命の恩人である盾を慌てて手放した。
「勇者様!」
「勇者クン!」
僕がドラゴンを倒したからか、ミュウとセラさんが駆け寄ってくる。
「まだ死んでないから来ないで!」
そう声をかけても二人の足は止まらなかった。
まあ、僕も二人の声を無視したしね。しょうがないね。
「はぁ……はぁ……ま、まだ倒していないなら、私も……加勢、します」
「怪我はない?」
二者二様に、僕の事を心配してくれていた。
もう仲間ではないというのに、彼女たちの中にはこれっぽっちもそんな考えは無いのかもしれなかった。
だからこそ僕は自分のしたことに胸が痛んだ。
「……ありがとう、ミュウ。ありがとうございます、セラさん。でも大丈夫だから」
そう僕は笑いかけながら左手に負った火傷の治療を始める。
きっとそれはセラさんからは拒絶に見えるのかもしれない。
事実、これは二人を突き放す行為だ。でも、二人を嫌いになったわけではない事だけは理解してほしかった。
都合のいい話だけれど。
「さて……」
盾はまだだいぶ熱いけれど持てないほどじゃあない。
手の火傷も治療が終わった。
ならやる事は一つしかない。
僕は盾を拾い上げると、しっかりと装備し直してドラゴンの下へと歩いていった。
そしておもむろに盾をドラゴンの口の中に突っ込み……。
「はっ」
魔力を流し込んで盾から光の壁を発生させる。
壁は放射状に膨れ上がっていき、やがて内側からドラゴンの頭を粉砕させたのだった。
正直ちょっとグロいな、この殺し方……。
もっとも今一番確実に相手を倒せるのがこの方法だから仕方がないのだけれど。
「はい、もう安全だよ」
僕は顔や体についた血をぬぐったあと、振り返って二人にそう笑いかけた。
「……その、勇者様は本当に一人でドラゴンを倒したんですね……」
「うんうん。ちょっと凄いっていうか、凄すぎよね」
感心したようにミュウがつぶやく横で、セラさんは首を大きく縦に振って同意している。
……驚異ならぬ胸囲の格差……。
「うおっほん……。そ、そうかな?」
一瞬、振動のせいで凄すぎる挙動をした得物に目を奪われそうになるが、驚異の自制心を働かせて視線をドラゴンの方へ向けた。
「そうです。普通はドラゴンなんて、専用兵器や魔法を駆使して集団で戦うものです。それを一人で倒してしまう事が信じられません。今まで一人で倒した存在は居ないんじゃないでしょうか」
「そうね、女神の声がまだ人々にもたらされていた時代に居たとされる、伝説上の存在。始まりの勇者くらいかしら。でも伝説だし、本当かどうかは分からないわ」
「いやいやいや……。そんな褒めないでって。これが出来たのって間違いなくこの盾のおかげなんだから」
もちろん鎧の方も地味に活躍してるからね? ダメージを軽減してくれてるし、時間をかけて、ずっと体力や傷を回復し続けてくれてるのは感謝してるんだからね。
などと僕は鎧を撫でながら頭の中で言い訳をする。
うん、こういうのなんか照れ臭いな、
彼女が盾に話しかけた時に間違えて僕が反応してしまって、彼女が真っ赤になった気持ちがよく分かった。
「でも、ドラゴンの動きが止まったのはどうしてなんですか? 一体何をしたんですか? 勇者様が使ったのは風の初級魔法ですよね?」
さすが魔法のプロだな。結構遠距離だったのに、きちんと魔法の種類や効果まで把握したのか。
「あ~……あれはたまたま狙ったらそうなっただけというか……。正式な名前は忘れたんだけど、脳空気……なんとか症って言う病気を起こさせたんだ」
「病気……ですか?」
「う~ん、頭の中の怪我みたいなものだけど……。えっとね」
圧力のかかった空気の塊が肺の中に入った後、急激に膨らめば、肺の血管に裂傷を生じさせる事があるのだ。
そして空気が膨らむことで生じた傷なのだから、当然のようにそこから空気が血管内に侵入してしまう。
侵入した空気は気泡となって体の中を駆け上り、やがて脳に到達してしまうのだ。
その気泡は脳内で血管を塞ぎ、脳に深刻なダメージを与えてしまう。
そうなればもちろん意識を失うし、処置が遅ければ死に至る事もある。
この事は、とある事故が起こったせいで様々なメディアにも取り上げられており、僕もそれを見聞きして知っていたのだ。
「そんな事が……」
「勇者クン、物知りねぇ……」
これが現代医学力無双って言うヤツ?
やば、ちょっと気持ちいい。
「ドラゴンは、ブレスを吐いた直後か直前に息を吸い込むはずだから、その瞬間を狙ってやればだれでも倒せるよ。……運が良ければ」
最後が一番重要な気がするけど、まあ、真似する人は居ないよな。というか直前に狙ったらブレスで焼き殺されるかも。
同じことを思ったのか、ミュウとセラさんは半笑いを浮かべながら顔を見合わせていた。
「さって、じゃあ……」
僕は『彼女』を探しに歩き始めようとして、途中で足を止めた。
そのまま体を反転させると、ドラゴンの死体に近づいて、その体を指でコンコンと叩いてみる。
うん、堅い。
「ねえ、ミュウ。ドラゴンの鱗って売れるんだっけ?」
「えっ? えっと……は、はい。確かとっても高い値段で」
「そうなんだ」
じゃあ取れるだけ取ろう。
……って剣じゃ剥げないくらい皮膚も堅いな……。となると……。
僕の視線は自然と盾に向いた。
「ごめんな、ホントごめんな」
思わず声に出して謝罪してしまった。
またも僕はあなたを乱暴に使います。
僕は一言断った後、盾で鱗の根元を何度も切りつけ始めた。
そしてある程度の隙間が出来ればそこに盾を滑り込ませ、てこの要領ではぎ取っていく。
「……何を、しているんですか?」
当然、二人は僕の唐突な行動についていけず、きょとんとしていた。
「ほら、僕ってもう国とかに頼れないでしょ? だから何かお金を稼ぐ方法を考えないとさ」
食料は保存食がまだかなり残っている。一応現金もだいぶ持っていた。
でもこれから一生を無収入で過ごすには到底足りなかった。
「私も手伝います!」
ミュウはそう言うと、ドラゴンの死体に取り付いて、真っ赤になって鱗を引っ張り始めた。
しかし、やはりというか予想通りというか、ミュウがいくら頑張ったところで鱗は微動だにしない様だった。
一方、セラさんはその難しさを知っているのか、初めから試みすらしていなかった。
「ありがとう。でも無理しないで」
結構堅いから、ミュウの力で剥ぐのは難しいんじゃないかな、とはさすがに言わないでおこう。
手伝ってくれるその気持ちだけで嬉しいから。
「あのさ、勇者クン。私が少しはお金を出して……」
「お断りします」
その危険すぎる誘惑はやめてください。セラさんが言うと洒落になりません。
それでなくとも貴女はダメ人間製造機になりそうな雰囲気と性格してるんですから。
……そんなにシュンとしないでくださいよ。思わず養われたくなっちゃうじゃないですか。
「あのですね、僕が自分のわがままを通しているんで、最後まで貫きたいんですよ。その、それにですね。ずっとこのまま追われ続けるなんて可能性は多分、そんなに無いですから」
「何でですか?」
「えっと、彼女が魔王なんて言われているのは、魔物を生み出してしまうからですよね」
確認するような僕の問いに、ミュウは不思議そうな表情で首をかしげ、セラさんは頷いて肯定する。
どうやらミュウは知らなかったようだった。
もしくは魔王の定義何て意識したこともなかったのかもしれない。
「彼女自身に悪意はない。それなら、彼女の魔物を生んでしまう力の方をどうにかすればいいんじゃないか、って思うんですよ」
罪を憎んで人を憎まずっていうのは少し違うか。
でも、だいたいそういう事だ。
彼女の力を封印ないし無効化できれば、彼女は死という苦痛から解放されるはずなのだ。
僕だって何の考えもなしに彼女の傍に居て魔物を殺し続けていたわけではない。
魔物のリスポーン・キルは、あくまでも最終的な解決までの、繋ぎの方策にすぎないのだ。
「だから……」
「貴様はそんな事を考えていたのか。無駄な事を」
突然、僕の言葉を遮るように、『彼女』の声が響いた。
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