第22話 死線を越えて

「お前は余と違って死んでも蘇れないだろう! ならば今はそうして生き延びよ! また次の機会を伺えばいいだろう!」

 悲鳴にも似た彼女の懇願は、どこかずれていた。それも当たり前で、彼女に危険は一切ないからだ。

 彼女は、僕の命と復讐者(アル)の命を思って自らの命を差し出そうと言うのだ。

「断る」

 そんなの、受け取れるはずないじゃないか。

 それに、まだ僕らが死ぬと決まったわけじゃない。

 魔物の中でも最強格である竜種。そんな存在を、こんなズタボロの状態で相手にする。

 ああ、やってやるさ。

「君の命は一つだ。蘇るのが奇蹟なんだ。今まで生き返って来たから、今度も生き返るなんて保証はないんだ」

「可能性の話で……」

「それに言ったはずだよ。君が死ねば僕も死ぬって。次なんかない!」

 左手の握力はゼロに等しい。そもそも盾が無い。

 だが、攻撃の手段は別にある。

 いや、別というか、本来はそちらが攻撃の手段として正しいのだ。

 僕は心の中で未だ味方であり続けてくれた存在に礼を言う。

 そして、かつての相棒を右手に握りしめた。

「大丈夫、この剣が、勇者の剣があれば倒せるから」

「待てっ、貴様はもう戦えるような体ではないっ」

「ああもう、うるさいよ。君は黙って守られていてくれって。どうせ死ぬのは僕なんだから、君に関係ないだろ?」

 大体君が死ぬからいいだろって理論が成り立つなら、僕が死んでもいいだろって理論も成り立つじゃないか。

 本当に、君の意見を聞く必要がどこにあるっていうんだよ。

「関係ある! 余は貴様に死んでほしくない!」

 ……あ~、なんだ。めちゃくちゃ嬉しいな。

 きっと誰に対しても言うんだろうけど、というか実践してるわけだけども……あ、なんか気分落ち込んで来た……。

「……じゃあ」

 言いながら僕は剣を構え、魔力を流し込んでいく。

 剣は僕の闘志に呼応するかのように輝きを増していった。

 それはこの世界における最強の力。籠められた神の力を、全て攻撃性能に変えられる最強の剣。

 これを前にして屈しない魔物は居ない。

「僕も君に死んでほしくないっ!」

 高らかに宣言すると同時に、僕は彼女を振り払って飛び出した。

 後ろで何か声が聞こえた気がするが、もう気にしない。気にするものが。

 僕は君を守る。ただそれだけのために、戦う。

 決めたんだ。

「あああぁぁぁぁっ!!」

 顔だけで僕の体ほどもある巨大なドラゴンゾンビめがけて、裂帛の気合と共に剣を振り下ろす。

 剣は固いドラゴンの骨を、まるでバターの様に切り裂いた。

 ドラゴンゾンビの顔が真っ二つに立ち割られ、右半分が地面に落ちる。

 それで終わりではない。そもそも相手はゾンビ、つまりすでに死んでいるのだ。

 全身を跡形も残らず粉砕しつくしてようやく動きを止めるのだ。

 倒しきるにはまだ足りない。

「もっとだ!」

 僕の叫びに呼応するかのように、剣は輝きを増していく。光は溢れ、刀身よりも更に大きく、長くなっていく。

 更に、更に……まだ足りない! もっと大きく、強く!

「行くぞ!」

 僕は再び前に踏み出す。そしてドラゴンゾンビの巨躯に匹敵するほど巨大化した光の剣を、全力で叩きつけた。

――オオォォォォ……!

 それはヤツの断末魔だろうか。

すでに死んでいるというのに痛みがあるのか、それとも死への恐怖か。

 最期の悪あがきとでもいうかのように、ドラゴンゾンビは左半分だけ残された口から瘴気の塊を吐き出す。

「させるかぁっ!」

僕は片手で剣を返し、瘴気を真っ二つに断ち割る。それだけではない。

 更に一撃、二撃と剣をしゃにむに振り回し、ドラゴンゾンビの体を細切れに粉砕していく。

「おおぉぉぉぁぁぁぁっ!!」

 僕は、ドラゴンゾンビの悲鳴すらも微塵に斬って落としたのだった。

「――ふぅ……はぁ……はぁ……」

 僕は自分が作り上げた更地に倒れそうになるのを、両手をついて防ぐ。

 エンジンの様に荒々しく鳴り響く鼓動を、何度も大きく息を吸い込んで宥めた。

 僕の目的は戦う事では無く彼女と共に逃げる事だ。早く移動しなければと思うのだが、体の方がついて行かなかった。

 そのまましばらく息を整えていたら、

「…………」

 荒々しい足音を立てて、無言の彼女が近づいて来た。

 顔を見なくても、声を聞かなくても分かる。間違いなく彼女は不機嫌だろう。

「……た、倒せた……でしょ」

 精一杯の強がりをしてみる。

「ふんっ。ほとんど全ての力を使い切って、な。愚か者め」

 でもそんな強がりは見抜かれてしまっていたようで、鼻で笑われてしまう。

「馬鹿者めっ。この、馬鹿者がっ……。本当に……」

 そんなに馬鹿馬鹿言わないでよ。傷つくからさ。

というか本格的に嫌われちゃったかな?

 それでもいいや。君を守れるのなら。

「……分かってるよ、そんなこと」

 僕は不満たっぷりに、というかちょっと拗ねる様にそう呟いて、立ち上がる。

「どうせ……っと」

 だが体力を使い切っていたためか、足元がおぼつかず、意志に反して体が傾いでしまう。

「危ないっ!」

 そんな僕を、彼女は抱き留めてくれ、更には肩まで貸してくれた。

「まだ休んでいろ」

 なんだかんだんで彼女の気遣いが身に染みる。

 僕がどれだけ我が儘に行動しても、彼女はそれを受け入れてくれた。僕は彼女を受け入れないというのに。

 僕はその事に心の中で感謝しておいた。口に出して彼女に言わなかったのは、そうするのが照れ臭かったのと、お礼に自分を殺せなどと要求してくることが目に見えていたからだ。

「……休んでいたいけど、逃げないと」

「……余は死にたいのだぞ。貴様と共に逃げる理由がどこにある」

 また後ろ向きな……。

「剣はここ。鎧もここ。盾はそこ。君を殺せる道具を全部僕が持っていっちゃうけど」

「ふんっ」

 一つ一つ指さして説明してあげたというのに、彼女は不満そうに鼻を鳴らす。

「仕方ないな。ああ、仕方ない。仕方なく貴様と共に逃げてやろう。はなはだ不本意だがな」

 ……そんなに嫌わなくてもいいじゃない。

 ちょっと泣きそうなんだけど。

「……ねえ、アルは大丈夫? 生きてる?」

 一応さっきは気絶してただけだったけど、何か致命的な怪我とかしてるかもしれないし。

「…………」

 その沈黙すっごい怖いんだけど。

 まあ、アルの事だから多分大丈夫だろうけどさ。

「確認してくるから待っていろ」

「ありがと」

 彼女は僕の肩を下ろすと、ひとり地面に放置されていたアルの方へ歩いていった。

 僕はといえば、少し休憩だ。

 座ってしまうと立ち上がれなくなってしまいそうだから立ったまま休憩だ。

軽く首を回したりして……っててて。

 やっぱり静かに待ってよ。

「あ、そうだ、盾」

 僕は地面に落ちたままの、もう一つの相棒の存在に思い至った。

 忘れていたわけではない。今取りに行ってやれば時間の節約になると思っただけだ。

「よっこいせ」

 ゆっくり慎重に、僕は痛む体を引きずって少しずつ移動して――。

 視線の先に、弩弓を構える兵士たちの姿があった。

 狙いは、倒れたアルへと向かう彼女。

「――――危ないっ!」

 自然に体が動いていた。僕は射線を自分の体で遮った。

 大丈夫、僕には世界最硬の鎧が――。

「かっ……あっ……」

 鎧と兜は、僕の予想通りほとんど全ての矢をはじいてくれた。

 顔に刺さらないようにと背中を向けていたことも、きっと正しかっただろう。

 ただ、運が悪かったのだ。

 兜と鎧の、ほんのわずか空いた隙間。その隙間に、矢が飛び込んだ。

 そしてその矢は、背中側から僕に突き立ち、喉を食い破った。

 赤い血に染まった矢じりが、視界に入る。

 たった一本。だが、それだけで人の命を奪うのに十分な力を持っていた。

「あ……」

 力が抜ける。

 痛みは、無かった。

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