おまけ このままだとダメになるっ!!~幼馴染と魔女と幼女が、よってたかって僕を甘やかしにくるんだけど!?~

「う……ん……」

僕、三日月悠(みかづきゆう)は、いつも通りまどろみの中から帰還した。

 カーテンの隙間から優しい朝日の光が零れ、すずめがチュンチュンと鳴いている音が耳をくすぐった。

 うん、いつも通りの朝チュンだ。

 まあ、僕は一人だからそんな状況じゃないんだけどね。

 一人寂しく寒いベッドの中で……ん? やけにあったかい気がするけど……それになんか……なんか……おも……い?

「ん……んぅ……」

 硬直している僕の視線の先で、不自然なふくらみが艶っぽい声を上げた。

 ……そーかそーか、猫だ。猫だな? 絶対そうだ。

 僕猫飼ってないけど、きっと野生の野良猫とかが生えて来たんだ。

「ゆう、さぁん……」

 へ、へー、日本語をしゃべる猫っているんだぁ。不思議な猫だなぁ。

 あ、ほら猫またかなぁ。

 なんて現実逃避していた僕の前に、彼女は布団の中からこんにちはと顔をだした。

 朝だからおはようかもしれないけど。

「もう、起きたんれふか? もちょりょらけ寝まひょうよ……くぁ……」

 あくび交じりに僕を堕落へと誘う彼女、ミュウ・ルーン・ローゼマリアは、茶色い短髪の上に布団を乗せ、起きているときはどんぐりのようにくりくりっとした大きな瞳を、今はトロンッと蕩けさせていた。

 このいかにも小動物チックな少女は、いつもの愛らしい雰囲気をエロい何かに変貌させてしまったらしい。

 サキュバスもかくやという色気で僕を十八歳未満が行ってはいけない世界へ誘っている……気がする。

 ちなみに彼女はなぜか僕に迫ってくる少女たちの内、まな板担当である。

 デフォルメされたウサギの顔が沢山描かれたパジャマの上からでも確認できる平原は、男の物と見分けがつかないほど『ない』。

 だが、真のエロスはそんな武器などなくても関係ないと、今僕に教えてくれた。

「さむい……れすう……」

 ミュウはそう言うと、布団ではなく、何故か僕の方へとしなだれかかってくる。

 待って、肩掴んで布団の中に引きずり込もうとしない……ってか胸! 胸! 無いけど当たってる! というか無いぶん密着度が凄いの! もう体温とか臭いとか感触とか……あわわわわ。

 待って、その足の位置はヤバいって。

 止めて! 朝の生理現象がバレちゃう! 田中さんが荒ぶってるのぉ!

 沈まれー沈まれー……って無理! 絶対無理!

「ミュウ、待って! というかもう朝だから起きないと! ね? ね?」

「やぁ……れす」

 ミュウは僕の懇願に応じず、更に密着の度合いを深めてくる。

 こうなれば……。

「ていっ」

 秘儀、布団めくり。

 これは僕も寒くなっちゃうけど、これでミュウも起きて……。

「って下ぁー! 下なんで履いてないのー!? 猫さんパンツが丸見えー!」

 そうか、やっぱり猫が生えてたのか……じゃない!

 色々誤解招きそうだから僕は退避だ。

 こんなエロい女の子と一緒に居られるか! 自分の部屋に帰らせてもらう!

 まあ、ここ自分の部屋だけど。

 とりあえずベッドから降りて扉の方へ移動しておこう。

「さむさむ……」

 僕が移動している間、ミュウは猫の様に体を丸めると、剥ぎ取られた布団の方へともそもそ体を移動させ、そのまま潜り込んだ。

 行動が猫ってよりはリスっぽいけど。

 冬眠に入って丸まって寝てる感じ。

 ……じゃなくて!

「そもそもなんで僕のベッドで寝てるんだよ! 君は姫ちゃんの家でホームステイしてることになってるだろ?」

 ちなみに姫ちゃんとは僕の幼馴染だ。

 長い黒髪と、意志の強そうな切れ長の目が印象的な、ちょっときつい感じのする美人さんだ。

 なお、壁担当でもある。壁の前に絶がついても構わない。

 本人はまだ希望があるとか主張しているけれど、遺伝的に無理があると思う。

 姫ちゃんの目の前で言ったら殺されるだろうけど。

「えっと……昨夜は寒かったですよね」

 布団から顔だけ出したミュウが説明という名の言い訳を始める。

 僕はそれをなるべくしかつめらしい顔をして聞いていた。

「だから悠さんを温めなきゃって思ったんです」

「それが何でベッドの中に入ってくることに繋がるの!」

 しかも不法侵入もセットだ。

「人肌で温めるのが一番気持ちいいって言うじゃないですか……」

 なるほど、だからこんなに快眠できたのか……って納得するか!

「せめて普通に毛布をかけるだけにして……」

 心臓に悪いから……。

「あ、魔法で温めるのも可」

「え~……私地球人だから魔法なんて使えませ~ん」

 は~い、嘘つきがここにいま~す。

 ミュウさん、あなた異世界人でしかも実年齢百歳越えてるでしょ。

 見た目だけは僕よりも年下で中学生に見えるけどさ。

 いわゆる合法ロリってやつ。

「とにかく~……まだ時間があるんだから、悠さん一緒に寝ましょうよ~」

 そんな魅力的な提案しちゃダメだよ? 男はみんな狼なんだからね?

 しかも君下履いてないでしょ。襲われるとか思わないの?

 ……喜んで襲われる未来しか見えない……はっ、これが孔明の罠か!

「学校に遅れるかもしれないからダメだって」

「え~。私は~、悠さんと一緒にぬくぬくしたいなぁって……」

「……だ、だめだって……」

「ぶ~~」

「可愛くいじけてみせてもダメなものはダメ」

 まったくもう……。

 いっつもはしたない事ばっかりして、お父さんはゆるしませんよ。

「じゃあ~、実力行使で~す」

 そう言うとミュウは布団をムササビの様に広げてベッドからダイブすると、僕めがけて突っ込んで来た。

「ぬぅあっ!?」

 予想外に衝撃が少なかったのは、もしかしたらミュウが何か魔法を使っていたからかもしれない。

 まあそれ以前に、ミュウには美少女っていう僕に効果絶大な魔法がかかっていたわけだけども。

 避けられるはずがないじゃない!

「うふふ、悠さんちょっと冷たいです~。今私があっためてあげますね~」

 そう言うとミュウは布団の中で体を僕に絡めてくる。

 いや確かにあったかいけど! らめ~~! 襲われるぅ~~。

「ここか、小娘!」

 ドバンッという派手な音と共に僕の部屋のドアが開き、そこから絶壁担当……ではなく、幼馴染の神楽坂姫(かぐらざかひめ)が顔を出した。

 額には青筋が浮かび、切れ長の目が今は吊りあがっている。

 理由は簡単、絡み合う僕とミュウを見たからだ。

 僕と同じ学園の制服が、少し乱れているのはきっと急いで着替えてここまで来たからだろう。

「きっ、きっ、きさまぁぁぁぁっ! ゆゆゆ悠! お前は余の家臣であろうが!」

 子どもの頃の話だろ。という突っ込みは毎度の事なので省略しよう。

 というかそういう事言って反抗的な態度をとれるような状況じゃないし。

「お、おはよう姫ちゃん。寒い朝だね」

「だから小娘と抱き合っているのか! ずる……じゃない、破廉恥な! 寒いのならば余の下に来んか! というかちゃん付けするな!」

 なんかずいぶん忙しいね。今いくつ話題があった?

「も~、姫さん邪魔しないで下さい。悠さんはみんなの物なんですから、ちょっとぐらい抱き着いたっていいじゃないですか」

 ミュウ、君も認識おかしくない? 僕の人権が行方不明になっちゃってるんだけど。

 というか、足まで絡めてくるのがちょっとって……。

 もう色々すっ飛ばして大人の階段上りそうな感じなんだけど。

「う、うるさいうるさい! ちょっと前まで余だけであったのに……。邪魔をするな!」

 いやもう本音駄々洩れだね……。一応、いつも隠してるつもりだよね?

 コテコテのツンデレ対応で色々本音を自分からバラしていくスタイルの姫ちゃんだけど、今日は一段とバラしてない?

「も~、姫さんもしたいなら仲間に入ればいいじゃないですかぁ」

「え……?」

 姫ちゃん、しばらくフリーズ。

 僕の体を嘗め回す様に眺めて……いやん。

「ででで、出来るかぁ!」

 僕もできないから同じだね。良かった、姫ちゃんが常識人で。

 いや、ミュウが常識人ってわけじゃないんだよ。

 でも、ちょっとやっぱり地球人とは常識がズレてる気がする。

「離れろっ!」

 姫ちゃんはそう言うと、僕の襟首を掴んで布団の中から片手で僕を引っこ抜いた。

 すごい力……って脱げる! 下が脱げる!

「あ~」

 少しも残念そうでない言い方でミュウが悲鳴を上げる。

 きっと次の襲撃計画を頭の中で組み立てているのだろう。

 本当にミュウは……ちょっと積極的すぎる。

 今のところ最後の一線は僕から来てって方針みたいだけど、積極的に踏み越えていくようになったら、僕は自分の貞操を守り切れる気がしなかった。

 まあ、望んでないっていうわけじゃないけど。

 可愛い女の子に迫られて嬉しくない男なんてほとんど居ない!

「いくぞ、悠。余が朝餉を貴様に馳走してやる。簡単な物なら最近作れるようになってきたのだ」

「ちょっ、待ってよ、姫ちゃん」

引っ張らないで。というか引きずってるって。

「私も~」

 引きずれらている僕という餌に、再び食らいつく猫(ミュウ)が一人。

 猫というより捕食者だけどね。

「ええい、重い! 悠から離れろ!」

「や~で~す」

 ミュウ、楽しんでない?

「このっ……」

 あ、姫ちゃんちょっと怒ってる?

 ポケットから取り出したのは……鏡?

 姫ちゃんそんなの持ってたんだ、意外。今まであんまりそういう外見を飾る物に興味なかったよね。

「これを見ろ」

 そう言って姫ちゃんは手鏡をミュウにかざした。

 いやまあ、確かにミュウは魔女だけどさ。鏡で浄化とか……。

「ふぇぇぇっ!?」

 き、効いた!?

 鏡を目にしたミュウが、大慌てで顔や頭をペタペタと撫でまわしている。

「寝癖がぁ~」

 いや、今まで寝てたから普通は寝癖とかついてるものじゃないの?

 ……寝て……たん、だよ……ね?

 ……これ以上は深く考えないようにしよう、うん。

「すみません、悠さんっ」

 何故かミュウは謝罪すると、布団の中に潜り込んで……不思議な事に布団のふくらみが消え、すとん、と布団だけが床に落ちた。

 気になって布団をめくってみるが、誰も居ない。テレポートでもしたのだろう。

「……さすが魔女」

 寝癖の為だけに転移するとか。

「よしっ」

 満足げに頷いた姫ちゃんは、パタンッと音を立てて手鏡を閉じると、ブレザーのポケットに仕舞った。

「そ、それでな、悠。余はスクランブルエッグと、カリカリベーコンという朝食は作れるようになったのだ。練習がてら、貴様に馳走してやらんでもないぞ、うん」

「実験台ってこと?」

「そ、そうだ。余が貴様に食べてもらいたいということはまったく無いのだぞ。あくまでも練習のためだ」

 自分から本心をバラしていくスタイルーー!

 まあ、これがあるからみんな姫ちゃんの事を傲慢って思わずに可愛いって思うんだけどね。

「実験台でも姫ちゃんの手料理が食べられるのは嬉しいな」

「……そ、そうかっ」

 僕に顔を見られないように背を向けて……。

 あ~あ、すっごく嬉しそうに笑ってるんだろうなぁ。見たいなぁ。

「で、では急ぐぞ。……あ、食材が家に……」

 そんな人生が終わったような雰囲気出さないでよ。も~、仕方ないなぁ。

「卵とベーコン位ならあるよ。それでお願いできる?」

「……っ。よ、よかろう。どんな食材でも作れることを証明してやる」

「うん、お願い」

 さて、問題が解決したのはいいんだけど……やっぱり僕を引きずっていくんだね。






 そして台所の前に来たんだけど……。

「ぐぬぬぬ……」

 姫ちゃんが警戒して唸り声を上げる。

 台所の中からは、トントンという規則的な音や換気扇の回る音がドア越しにも聞こえている。

 つまり、既に誰かが台所に居て料理を作っているという事だ。

 そして、僕らはその人物に心当たりがあった。

 姫ちゃんがゆっくりとドアを押し開ける。途端、

「おはよう、二人とも。朝ご飯は出来てるわよ~。今日はお魚とお味噌汁の純和風の朝食にしてみたわ」

「セイラちゃん……」

 台所に立っていたのは、同じ学園の小等部三年、日下部聖來(ひかべせいら)だった。

 母親譲りのブロンドを背中まで伸ばし、少しだけ天然のゆるふわパーマがかかっている。

 まつ毛は長く、人形を思わせる繊細な顔の作りと、少し垂れぎみな目が本人のほんわかした雰囲気と相まって、傍に居るだけで癒される謎のオーラを身に纏っていた。

 ちなみに彼女はロケット担当だ。彼女が動くたびにぶりゃん! とか、たぱぁん! って感じの音がするぐらい立派なものを持っている。

 そう、年齢が一番小さいのにもかかわらず、僕の周りに居る女の子たちの中で一番大きいのだ。しかも勝負にならないくらいダントツに。

 そんな彼女が小等部の制服の上からチェックのエプロンを着て、踏み台の上に立ってねぎを刻んでいる。

 親が旅行に行ってしまった今、家主は僕であるのだが、セイラちゃんが家で料理を作っていることなどこれっぽっちも知らなかった。

 まあ、いつでも来ていいって言ったけどさ。前に渡した合いかぎ、やっぱり返してもらうべきかなぁ……。

 いやダメだ。返してもらうときの悲しそうな顔が目に浮かんでしまう。

「はい、ちょっと味見して見て。これでいいかしら?」

 そう言ってセイラちゃんは小皿を差し出して来た。中にはみそ汁の物と思われる茶色の液体が少量注がれていた。

「ん……」

 ズズッと音を立ててみそ汁をすすり、

「毎日僕のお味噌汁を作ってくれない?」

「ええっ。そんな……」

「ななな、なにぃぃぃ!?!?」

 思考が百八十度反転した。

 いや、前も美味しかったけど、最近更に美味しくなってきてない?なんていうか、僕の味覚を狙い撃ちしてきてるとかそんな感じの味で、正直滅茶苦茶美味しい。

 ……ってどうしたの姫ちゃん。怖い顔して。

 セイラちゃんもずいぶん真っ赤な顔してるね。

「どうかした?」

「いいい、いえいえ、どどどうもしししてないわ」

 動揺しまくっているのか、セイラちゃんは明らかに声を震わせながら後退った。

「姫ちゃんも」

「なななにゃんでもないっ!」

 僕に名前を呼ばれることで、姫ちゃんの硬直は解ける。そして、

「お、おいっ女神! これはどういうことだ!? 悠は家庭的な女の子の方が好きだとお前が言うから余は料理を練習したというのに、これでは勝ち目がないではないか!」

 自分の背後に向けて、何やら怒鳴りつけ始めた。

 別に姫ちゃんが電波系という訳ではない。二重人格でもない。

 普段僕には見えないが、本当に女神様が居るのだ。しかも結構フランクでノリのいい人? なのだ。

 いや、昔は電波ちゃんだと思ってたけどね。

「なにっ? 作戦を変える?」

 あ、いやな予感。というか、料理作戦はあなたの入れ知恵だったんですね、女神様。

 ナイスアドバイス。

 心の中でサムズアップを送っておこう。

「あ、セイラちゃんありがとう、美味しかったよ」

 そう言いながら、僕は小皿をセイラちゃんへと差し出した。

「あ、あ、うん。お口に合って良かったわ……きゃっ」

 僕の手と、セイラちゃんの指先がわずかに触れ合った瞬間、セイラちゃんは過剰に反応して手を引いてしまう。

 結果、どちらの手からも離れてしまった皿は、床に落ちてしまった。

「おっと……」

「ご、ごめんね」

 二人そろってその小皿を拾おうとかがみ、

「あっ」

「あっ」

 二人の手が触れ合い、共に同じ言葉が口から洩れてしまった。

「……えっと」

「……うん」

 小三の女の子相手に何雰囲気出してるんだ僕は……。

 そう思って手を引こうとしても、触れ合った手の感触が思いのほか気持ちよくて、まるで金縛りにかかってしまったかのようにその場から動けなかった。

「ゆ、悠クン」

 いつの間にか、セイラちゃんは細い指で僕の指を軽く掴んでいた。

 何故か、僕の鼓動は速度を上げていく。

 わずかに重なっている指先から、僕の鼓動がセイラちゃんに伝わってしまわないか、気になって仕方がなかった。

「あ、な、何かな?」

「あの……ね?」

 セイラちゃんは赤い唇を広げ、息を吸い込むと、意を決して言葉を紡ぎ始める。

「わ、私は、悠クンのお味噌汁なら毎日作っても……」

「悠、こっちに来い!」

「うわっ! ひ、姫ちゃんいきなり何!?」

 急に僕とセイラちゃんの間に姫ちゃんが割って入ると、姫ちゃんは再び僕の襟首を引っ張って歩き始めてしまった。

「つべこべ言わずにこい!」

「分かった分かったから自分で歩くよ! あ、セイラちゃんごめん」

「…………」

引きずられている僕が到達したのは食卓だった。

 セイラちゃんとは三メートルも離れてはいない。

 これだときちんと話を聞いてからでもよかったんじゃ……。

「悠。早く椅子に座れ!」

「ああ、うん」

 姫ちゃんに言われるがまま、僕は自分の席に座った。

 何するつもりだろう。

「少し待っていろ」

そう言って姫ちゃんはキッチンの方に引っ込んでしまった。

 セイラちゃんと何か話してる?

 喧嘩してるわけじゃないっぽいけど……心配だな。

 と思ったらセイラちゃんと一緒に料理を手に戻って来た。

 姫ちゃんがご飯とお味噌汁でセイラちゃんが焼き鮭の切り身だ。

 出来立てでとても美味しそうである。というか美味しい。みそ汁はホント美味しかった。

 毎日でも飲みたいよなぁ。

 なんてことを考えている間に、姫ちゃんは僕の左隣に、セイラちゃんは正面に座った。

「じゃあ、私が鮭をほぐしておくから、姫ちゃんは食べさせてあげて」

「う、うむ」

 年下の少女にちゃん付けで呼ばれているのに姫ちゃんは何も反応しなかった。

 緊張か人徳か……人徳だな、うん。

 セイラちゃんってなんというか……お母さんっぽいし。

「では悠、こちらを向け」

「え、何?」

 見れば姫ちゃんは真っ赤な顔をして右手に箸を、左手に御茶碗を装備している。

 それでやる事って……。

「い、いいか悠。何も言わずに口を開けろ。いいな?」

「え~っと……」

「は、早くしろっ」

 急かされた僕は、姫ちゃんに言われた通りに大口を開ける。

 そこへあ~んという掛け声も無く、橋に乗せられた白米を口に突っ込まれてしまった。

 うん、なんというか……ご飯だね。僕の好みに合わせてちょっと固めに炊いてあるから歯ごたえもちょうどいい。

 セイラちゃんだな、これ炊いたの。

「う、美味いか?」

「まあ、ご飯だし。うん、美味しいと思う」

 それを聞いた姫ちゃんは途端に花が咲いたように笑顔になった。

「そ、そうかそうか。もっと食べろ」

 そう言ってまた姫ちゃんは白米を差し出してくる。

 仕方なく僕はそれに食いついた。

「ほら、口を開けろ」

「う……むぐっ」

 いや、あの……無理に口に入れ……ちょっ、入らな……。

「ちょっと、姫ちゃん。ダメよ」

 ナイスセイラちゃん。言ってやって言ってやって。

「おかずも食べないとご飯だけじゃ食べづらいわ」

 そっち!?

 口いっぱいのご飯の方が先でしょ!

「む、そうか」

 姫ちゃんは僕の顔を掴むと、ぎゅいんっとセイラちゃんの方を向かせた。

「さあ、魚を入れろ」

「うふふふ、ちょっと待ってて~。今ほぐしてるから」

 ずいぶん時間をかけて魚をほぐしてるんだな。ってそうか、僕がご飯を飲み込むのを待ってるのか。

 …………よし、飲み込んだぞ。

「はい、じゃあお魚さんの番ね。悠クン、あ~ん」

 適度な大きさにほぐされた鮭の切り身を、セイラちゃんは箸の上にのせて差し出してくる。

 僕は恥ずかしさを我慢して口を開けた。

「悠クンはいい子ね~。ゆ~っくりもぐもぐするのよ。あ、もし骨があったらぺってしてね」

 ……なんか、恥ずかしい。恥ずかしいけど……鮭美味しいからどうでもよくなって来るな。

「じゃあ次は姫ちゃんの番よ。ご飯を食べさせてあげて。あ、その時にあ~んって言ってあげるといいわよ」

「分かった」

 セイラちゃんは、姫ちゃんをうまく誘導している。普通は逆なのに、高校生が小学生に教えられていた。

 まあ、姫ちゃんこういう事に疎いもんね。

「ゆ、悠、口を開けろ」

「んぁ」

「い、いくぞ……。あ~ん」

 口の中に入ったご飯と鮭が程よくまじりあってとっても美味しい。

 うん、単体で食べるよりずっといいな。

「ど、どうだ?」

 緊張した面持ちの姫ちゃんが、こちらの様子を恐る恐るといった感じで伺っている。

 さっきも聞いたというのにまだ心配らしい。

 なんていうか、凄く愚直だよね。

「美味しいよ、とっても」

「そ、そうか」

 素直に感想を伝えると、姫ちゃんは先ほど以上に蕩けた笑顔を見せてくれた。

 ……ああ、もう、可愛いな。

「お味噌汁も飲ませてあげて」

「う、うむ。そうする」

 なんかセイラちゃんが母親で、姫ちゃんがそれに従う娘みたいに見えて来たぞ。

「じゃあ……」

 姫ちゃんはお味噌汁の注がれたお椀を両手で持つと、僕の様子を伺い――そこで硬直した。

「……なあ、こういう水物はどう食べさせれば良いのだ? 味噌汁を匙で口に入れるのも違和感があるが」

「いや、そもそも僕一人で食べられるんだけど」

「そんなの簡単よ」

 いや、僕の意見聞いてね、二人とも。

 どれだけ逆らっても食べさせることは決まっているらしかった。

 ……まあ、嬉しいは嬉しいんだけどさ。気恥しいっていうかさ。

「はい、ちょっと貸して」

「うむ」

 セイラちゃんはお椀を受け取ると、席を立って僕の方へと近寄ってくる。

 ……嫌な予感しかしなかった。

「あの……。自分で食べるから……」

「は~い、聞きませ~ん」

 楽しそうにコロコロと笑いながら、セイラちゃんは手に持ったお椀を僕に向けず……。

「なっ」

「……やっぱり」

 自分の口元に持っていき、可愛らしい口で中身をすすった。

 ここまでくれば誰もが彼女のやりたいことを理解できるだろう。

 はい、アウトーー!!

 女子小学生が男子高校生相手にやっていいことじゃないからー!

「ん? ん~ん」

 セイラちゃんはお椀を机に置いた後、僕の方へ向き直る。そのまま少し背伸びをして僕の顔を両手で挟むと、ゆっくりと顔を近づけて来た。

 なんで両目を瞑るの?

「うわわわっ」

 後ろで姫ちゃんの狼狽する声が聞こえるが、それは僕のセリフだと思う。

「あの、ね? 僕小学生のセイラちゃんとそういう事すると逮捕されるんだけど」

「ん~ん、んんっ!」

 何言ってるか全然分からない。でも多分僕の言葉を否定したんだろうな。

 そう考えている間に、セイラちゃんの唇はどんどん近づいてくる。

 ……まつげ長いな。ホントお人形さんみたいで可愛い。

 じゃない! このままだと僕はロリコンになってしまう!

 セイラちゃんの五十一万を越えるバブみ力のせいでオギャッてしまう!

 助けて、姫ちゃん!

「あわわわわ……」

 ダメだな姫ちゃん、耐性なさすぎ!

 ミュウの時には怒りが勝って大丈夫だったみたいだけど。

 などと考えている間にセイラちゃんの唇は数センチというところにまで迫っていた。

 セイラちゃんの瞳に魅入られてしまったのか、僕の体は僕の意志ではまったく動こうとしなかった。

「やっ、まっ……」

「待ってください!」

 そんな僕たちの前に、助け舟が現れた。

「私にも悠さんを食べさせてください!」

 ……タイタニック以上の泥舟だった。

 だがミュウの登場は、姫ちゃんの金縛りを解いてくれたようで、我に返った姫ちゃんはセイラちゃんから僕を引っぺがすと、ぬいぐるみを抱きしめるように僕を平たい胸のなかにしっかりと抱き込んだ。

「さ、させるかぁっ! お前も止めろ、余の悠だぞ!」

 君のじゃないけどね。というかさっきは家臣だったから、地味に主張が大きくなってない?

 でも助かったよ……って姫ちゃんそんなに力を入れて抱きしめないで。胸が……これっぽっちも無いけど恥ずかしい!

「……んくっ。え~、正妻は姫ちゃんでいいけれど、妾の私にも少しだけ分けてくれてもいいじゃない?」

 小学生が妾を自称するってどうよ?

「姫さんは悠さんを独占しようとしすぎです! たまには私達にも分けてください!」

 その前に君は僕を誘惑しまくるのをやめましょう。理性切れるから、お願い。

「い、嫌だ! 悠の全部は余のものだ!」

「でも、悠さんが私達を欲しいって言ったら仕方ないですよね?」

「え……?」

「そうよ~。貴女たちだと、色々と物足りないって思うかもしれないでしょ」

 そうセイラちゃんが口にした瞬間、致命的ダメージを心に負った二人の心が砕け散る音が聞こえた気がした。

「…………余、余はまだ未来があるし」

 姫ちゃん。夢って言うのは人が付くと儚いになるんだよ。

「…………わ、私も将来大きくなるし」

 実年齢百歳越えに将来大きくなる余地ってあるのかな。

「な、なあ、悠」

「な、なに?」

 もう何度目になったか分からない心の警鐘が鳴り響く。

 絶対ダメな展開にしかならない、コレ。

「悠は……大きい方がいいのか?」

「い、いやそれは……」

「悠さん……」

 何故か頬を紅潮させた二人が僕に迫ってくる。

 僕にナニをするつもりだ!?

「ま、待って二人とも! ほら、学校! 朝ごはん!」

「大丈夫だ。まだ時間はある。いざとなったら学園の始業時間を遅らせてやる」

「悠さんは学園なんかに行かなくても私が養ってあげます」

 僕のささやかな抵抗なんて彼女たちは意にも介さないようだった。

 一方は権力で、一方は財力で、叩き潰してくる。

「あのっ……ちょっ」

「……わからなかったら触って確かめてみてもいいんですよ?」

 もっとダメなヤツ来たぁー!

「ま、待て悠。触るのなら余ので確かめよ!」

 対抗しないで姫ちゃん!

 いや違う。対抗するならそんな方向にいかないで!

「いや、だから……僕は……」

「ふふっ。大きいの、触ってみる?」

 だからそんな事言わないで背中に押し付けないで耳に良き吹きかけないで小学三年生―!!

「だぁぁぁぁっ!!」

 僕は大声を出して全員を押しのけると、

「登校しないと! ね!」

 そう宣言して走り出す。

「待て、悠!」

「待って下さい悠さん!」

「じゃあ今度二人きりの時に触ってね、悠クン」

 三者三様の言葉が後ろを追いかけてくる。

 ああ、もう無理。これ以上は本当に無理だから!

 色々とはちきれちゃう!

 このままだと本当に……ダメになるっ!!

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勇者ですけど世界を裏切って魔王のために戦う事にしました 駆威命『かけい みこと』(元・駆逐ライフ @helpme

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