第4話 いつもの日課は命がけ


 それから奇妙な共同生活が始まった。

 何気ない話をして、保存食を使った食事をし、共に食べる。

 それが終わるとテントでそれぞれ別々に眠る。

 その合間に生まれてしまった魔物と戦う。

 そんな日々を繰り返し、何度も死にかけながら、それでも僕は魔王と共に居た。

 ただ彼女に寄り添い続けた。

「あぁぁぁぁっ!」

 僕の倍以上の巨躯を持った鋼鉄の軍馬に乗ったリビングメイルの一撃が、背後から僕の肩を打ち据える。

 鎧は刃こそ通さなかったが、衝撃までは完全に防いでくれるわけではない。

 今の衝撃で肩の骨が外れてしまった。

 ――痛い。

 でも、動きを止めるわけにはいかなかった。

 今日生まれたのは死の騎士が四騎。先ほど二騎潰したとはいえ、未だ二騎が健在だ。

 というか、そのうちの一騎に殺されそうだ。

「のっ……おおおぉぉぉぉっ!」

 僕は剣を投げ捨てると、槍を掴み取る。

 そのまま外れた肩に槍の柄を乗せて、リビングメイルを投げ飛ばした。

 前方の岩を破壊しながらリビングメイルが吹き飛んでいく。僕はそれを最後まで確認せず、振り返りざまに軍馬の頭に槍の石突を叩きつけた。

 ごきりと嫌な音がして、軍馬の頭が大きくへこむ。それと共に、軍馬は全身を痙攣させながら地面に倒れた。

「あとっはぁっ!」

 僕は気合をあげて、手元の槍を、持ち主めがけて投げつけり。

 槍は狙い過たずリビングメイルの胴体を貫き、地面に縫い留めた。

――オオォォン!!

空を走った槍の軌跡に逆らう様に、最後の一騎が僕めがけて全力の突撃≪チャージ≫を敢行した。

 その死の一撃が僕を貫くその瞬間。

「はぁっ」

 僕は突進の勢いに合わせて後方に跳んだ。

 それにより、槍の威力は鎧を貫くにはわずかに届かない。

 結果、槍は僕を押すに留まった。

 ただ、突進そのものは終わっていない。

 槍に続いて軍馬の強烈な頭突きが僕の胸部に叩きつけられる。

「ぐっ……かはっ」

 その衝撃は、僕の肺腑から全ての大気を絞り出してしまうほどの威力があった。

 勝利を確信したか、リビングメイルから不気味な吠え声が響く。

 しかし、そいつは気付いていなかった。打撃と同時に反撃のチャンスも僕に渡してしまったことを。

 僕は、空手≪からて≫の右腕を軍馬の首に巻き付けると、渾身の力を籠めて捩じり折った。

命という基盤を失った軍馬は、走り続ける事も叶わず、乗せていたリビングメイルや僕を巻き込んでその場に倒れ伏した。

 僕はその勢いを利用して左腕に装着されている盾を、リビングメイルに叩きつけた。

 さすが伝説の盾と言うべきだろう。リビングメイルの鋼鉄の体にも負けることなく、逆にめり込んでいった。

 僕の狙い通りに。

「死……ねえ!」

 僕は残る魔力を盾に流し込んだ。

 その魔力は光の壁となって盾から放射状に発せられ、リビングメイルの体を両断したのだった。

「……とりあえず、終わり……と」

 僕は地面に槍で縫い留められているリビングメイルになんとかとどめを刺すと、本日の戦いを終えた。

 とはいえ体はもう傷だらけである。

 魔力も残り少ないため、魔法による回復すらおぼつかなかった。

「いい加減、ボロボロではないか」

「あ、魔王様……」

戦いが始まってからずっと、隠れることなく堂々とその場に立っていた魔王が、重い口を開いた。

 だが彼女はその態度とは裏腹に、口調からは僕を責めるような、そんな感情的な響きに満ちていた。

 ああ、きっと僕を心配してくれていたんだろう。

 彼女はそんな優しい人だから。

 そしてまた、いつものように同じ言葉を僕に賭けるのだろう。

「早く余を殺せ。さすれば貴様はこの苦痛から解放されるのだぞ」

「……いやですよ。やりたくてやってるんですから」

 ああ、こんなこと言ったらドMに聞こえてしまうじゃないか。

 ドM疑惑は魔王の方だったはずだ。

「痛みを喜んで受け入れる者が居るはずないだろう。……何故だ。何故会ったばかりの余のためにここまでする」

 それは会ったことのない人間のために死に続けている貴女が言っていいセリフじゃあない。

その言葉は全て貴女に返ってしまっているはずだ。

 だから僕はこんな事を続けるのだ。

「会ったことのない人のために何かをするのが勇者ですから」

「このっ……」

 魔王がチラリと僕の剣に視線をやった。

 だがそれは無意味だ。自殺は意味がない。

 神の力が籠った武器でなければ、ほんの数日で蘇ってしまうそうだ。

 だから彼女はずっと勇者が来るのを待っていたのだ。

 なるべく長く、死んだままで居られる様にするために。

 しかしこの場に神の力が籠められた武器は無い。防具はあるけど。

 剣はミュウが持って行ってしまった。

 あの判断をした僕を褒めてやりたいよ、ホント。

 盾や鎧は僕が魔力を籠めて無理やり武器に転用しているから攻撃能力を発揮しているのだ。

 魔王が持っても自殺は出来ない。

「僕の治療を手伝ってくださいよ」

「……分かった」

 ある意味こんな酷いことはないだろう。

 心優しい彼女が、彼女のために傷ついた僕を、間近で見させられるだなんて。

「やっぱり優しいですよね、魔王様」

 だから場を混ぜっ返す。

 罪悪感を覚える時間を、少しでも短くするために。

「やっ優しいわけあるか! 余は魔王だぞ!? これは……貴様の傷が癒えれば余を殺しやすくなるからであって……け、決して貴様のためなどではないからなっ」

 ツンデレ乙。

 いやまあ、内心がデレてくれてるわけじゃないからツンデレではないだろうけどさ。

 というか、もしかして惚れられてる!? って思うのって基本ただの勘違いだよね。

 優しいだけだろって。

「あはは、魔王様ずぼしっ……つっ」

 笑ったら痛めた肩に響いてしまった。

「黙れ、馬鹿が……」

 魔王は手厳しく叱責するが、つまりは治療に専念するために余分な事はしゃべるな、ということだ。

「……巻物(スクロール)を腰のポーチから出してもらえますか?」

「よかろう、動くな」

 その証拠に、喋ったのに怒らなかった。

 むしろ僕の頼み通りに動き、目の前に荷物を大量に詰め込んであるスクロールを広げてくれた。

 僕はそのスクロールに手を置き、ポーションを出すために集中し始めた。

 えっと、ポーションポーション……。痛みでうまく集中できないな。

 いいや、ミュウの荷物の中に魔力回復用のポーションがあったはずだから、まとめて出しちゃえ。

「すみません。この中にポーションが入ってるはずなんで、出してもらえますか?」

 言葉と同時にミュウの荷物全てが詰まった巨大なバッグがスクロールの上に出現した。

「いいだろう」

 偉そうな口調で甲斐甲斐しくお世話をしてくれる魔王様って、なんだろう、王様じゃないよね。むしろツンデレメイドっぽい。

 なんて妄想をしているうちに、魔王はポーションを探し出していた。

 というより、バッグごとさかさまにするとか、なかなか豪快だな。

「そら、口を開けろ。流し込んでやる」

 いや、ホントにメイド喫茶みたいだな。

 萌え萌えきゅーんとか言ってくれないだろうか。

 行ったことないから本当に言うのか知らないけど。

 というか魔王がそんな事言うシーン考えたら……似合わなっ。

「……何百面相している。早く口を開けんか。それとも押し込まれたいか」

「は、はい。ありがとうございます」

 僕が口を開けた途端、魔王は即座に瓶を僕の口内に突っ込んだ。

 早い早い早い。

「げふっ、えふっ…………」

 気管に入っちゃったよ。

 でも魔力は回復できたな。これで治療が出来る、かな。

「まだ必要か?」

 そう言って心配そうに尋ねる魔王は、手にポーションを五つほど携えていた。

 こんなに心配してくれるなんて、嬉しいなぁ……。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 僕は内心で小躍りしながら、鼻歌のように呪文を口ずさみ始めたのだった。






 そうして僕の治療は終わり、ようやく人心地つく事が出来た。

 肩を嵌め直す技術も持ってる魔王は凄いと思いました。

「ありがとうございます。助かりました」

「恩に思うのなら私を殺せ」

「それはお断りします」

 いつも通りの要求に、いつも通りの返答を行う。

 つまるところ、いつも通りの日常が戻って来たのだった。

「では早く朝餉の準備をしろ」

 その傲慢な要求に、僕は少しだけ笑みを漏らす。

 前までは食事など必要ないと言っていたのに、今は違う。

 僕が影響を与えたのだと思えば、少し、嬉しいな。

 彼女には、こんな風に何気ない日常を楽しんで生きていて欲しい。

 これからもずっと。

……僕の命が尽きるまで、なんて。

「今日の食事は少し味を変えろ。胡椒をよく効かせるのだぞ」

 食事を堪能しすぎじゃありませんかねぇ……。

 胡椒って高いんだから少ししか持ってないんだよ。

 まあ、たいして調味料を持ってないからあんまり味を変えられないし、僕もちょっと飽きて来たのだけど。

「そうだ。今度一緒に町に行きませんか?美味しい食堂あったんで、食べに行きましょうよ」

「……無理だ。移動している最中に先ほどの様な事が起こるからな」

 あ、一瞬迷った。きっと行きたいんだろうなぁ。

「大丈夫ですよ。一度行ったことのある町に行けるアイテム……魔具があるんで、それで行ってきて、魔物が生まれる前に帰ってきちゃえば」

「だが……」

「町に行ってみたくないですか? 美味しいごはん食べたくないですか?」

「それは……そうだが……」

 魔王は、僕の誘惑にさんざん頭を悩ませていたのだが、何かに思い至ったようで、ハッとした様な表情を見せた。

「いやいや、なぜ余が人の町になど行かねばならん。余は魔王ぞ。人間の敵ぞ?」

 今更感が半端ないと思います。

 でもまあ仕方ないか。この前は急ぎ過ぎて逆鱗に触れてしまったから、あまり攻めすぎるのもよくないだろうし。

「……分かりました。でもいつか一緒に行きたいってことは覚えておいてくださいね」

「…………」

 あれ、なんでちょっと不満そうなの?

 もしかして今回は強引に行くべきだった?

「早く食事を作れ。余は空腹だ!」

「あっ、はいはい。片付けたら作り始めますから」

 そういえば僕もおなかがペコペコだ。一晩中戦ってたたんだからしょうがないけど。

 食べたら寝させてもらおう。

「っと、ミュウの荷物仕舞わないと……」

 ポーション出すのに荷物全部出しちゃったもんなぁ……。パッキングってちょっと苦手なんだけど、きちんと入れられるかな。

「余は先に戻っておくぞ」

 あ、手伝ってくれないんだ。

 まあ、僕のために働いてくれたのが本当はおかしいんだよね。勇者の命を心配する魔王なんて、魔王っぽくないし。

「さーて、詰めるかな……」

 そして後片付けを開始した僕に、ある意味人生最大の壁が立ちはだかったのだった。

 ……黒って……しかも凄い形の持ってるんだね、ミュウ……。ちょっと見る目が変わっちゃいましたよ、僕。






「すみません、遅くなりました」

 さすがに触るのがためらわれたからです。

 め、目を瞑ってしまったからね。そしてもう記憶から抹消するから。

 大丈夫だよ、ミュウ。君の名誉は守られた。

 とはいえ、やはり荷物を詰めるのが下手だったから、ちょっと入りきらない物も出てきてしまったな。

「遅い」

「今作りますからちょっと待っててください」

 僕はそう言うと、盾や鎧などの防具を手早く脱ぐと、テント横に設けた洗い場に重ねて置いた。

「……今日は洗わなくていいか。血もついてないし」

 そう判断すると、そのまま覆いをかけておく。

「待て」

 だが、それを魔王は不満に思った様だった。険しい顔で傍まで歩いてくると、乱暴に覆いをはぎ取った。

「前々から言おうと思っていたが、貴様は装備の扱いが雑すぎる。きちんと毎日手入れをせんか」

「え、でも今日はたいして汚れてませんよ?」

「そういう問題ではない。貴様は特に無茶な使い方をするのだから、ガタが来ている個所もあるだろう。そういうところが無いかを点検し、壊れているところがあれば修復するのだ」

 まるで自分がそう体験してきたかのような言いっぷりだな。そういえば昔はどんな事をしてたんだろうか。今度聞いてみよう。

「……まあ、そうしたいのはやまやまなんですが、食事も作らないといけませんし」

「ぬ」

 魔王は顔をしかめる。

 きっと彼女の中では今、食事と装備の手入れが天秤にかけられているのだろう。

「仕方がない。食事の用意を始めろ」

 食欲は強かったか……。

「余が装備の手入れをしておいてやる」

「…………。今なんと?」

「べっ別に怪我をしておったのだし大変だろうなとか、食事の用意をしてくれるのだからせめて何かせねばとか思ったわけではないぞ!」

 そう思ったんですね。

 というか尊大な態度のわりに割と常識的というか、小市民的な魔王だな。

 個人的にはそっちの方が親しみやすくていいと思うけれど。

「ええい、そのにやついた笑みを浮かべるのはやめんか!」

 あ、表情に出してないつもりだったけど出てたのかな?

 僕は悪く無い。魔王の態度が可愛すぎるのが悪い。

 とりあえず僕は自分の頬を軽く叩いて気を引き締める。

 効果音があるならキリッとかついてそうだ。

「えっと、じゃあ食事の用意をしますから、そちらはお願いしますね」

「うむ」

 そして僕は食事の準備を、魔王は装備の手入れを各々し始めたのだが、手だけ動かしているというのも何となく寂しいものだ。

 ……寂しい、か。最初の内は無言である事の方が多かったし、僕の気が引けていたこともあって、会話が無いのが当たり前だった。

 でも、それが少し変わってきたのかもしれない。

 彼女と話をしていたい。内容なんてなんでもいいから。

「……あの」

「なんだ?」

 僕に話しかけられても、魔王は手を止めることなく黙々と盾を磨いている。

「調子はどうですか?」

 自分の子どもと間合いを図り損ねた父親か。天気の話題並みにどうでもいい質問だ。

「悪くはない」

 あ、乗ってくれるんだ。

「貴様が乱暴に扱っていた故、取っ手が歪んでいるかとも思ったが、まったくの無傷だったぞ。さすがは神の力が籠められた盾だな。頑丈だ」

 あ、そっちですか。僕としては魔王の調子を尋ねたつもりだったんだけど。

「だが今後も無事とは限らんからな。もうあんな使い方をするでないぞ」

「あんな使い方って、どんなですか?」

 正直心当たりが多すぎる。

「まず、盾の縁(ふち)で殴るな。次に切りつけるな。投げるな。盾は相手の攻撃を逸らすための物であって武器ではない」

 某有名キャラクター全否定ですね。異世界では無名だろうけど。

 僕としてはあの戦い方に憧れたからそんな使い方してたりして……。

「アルの剣もいい剣なんですけど、頑丈さではやっぱり普通の剣なんで、折れちゃいそうなんですよね。だからつい無理の利く盾を使っちゃうんですよね」

「貴様の聞く耳など持たん。とにかくもっとこの盾は大事にせよ」

「魔王が勇者に神の装備の使い方で文句を言うって不思議ですね」

「余が求めているのは、はい、という返事だけだ」

 あ、ちょっと不機嫌になったかな。

「はい、努力します」

 どうしても無理なときはまた乱暴に使っちゃうだろうけど。

 僕は盾よりも魔王を守りたいのだから。

「まったく、お前も大変だな」

 唐突に、魔王は柔らかい口調でねぎらいの言葉をかけて来た。

 それは何か、懐かしい友人にでも語り掛ける様な口調で、僕に対してはまだ見せてくれていない姿だった。

 だが、この場には僕と魔王しかいないため、僕はいぶかしがりながらも返答する。

「……え? そんな大変じゃないですよ?」

「ん?」

「はい?」

 僕と魔王、お互いの頭上にははてなマークが飛び交っていた。

 僕に話しかけたのでなければいったい誰に話しかけたのだろう。

 僕は周囲を見回してみたのだが、やはり人影は見当たらなかった。

「あれ? 今の僕に言ったんですよね?」

「…………」

 この沈黙、違うのか。なら誰に?

「い、い、いや。うむ、貴様だぞ。ああ、もちろん貴様に言ったんだとも。決して盾に言ってなどいない」

 わーお、凄く分かりやすい。

 というかこんなに分かりやすくていいの、この人……じゃない魔王。

 でもまあそうだよね。今までずっとこの盾を持った人に殺され続けて来たんだから、長年の友達みたいなもんだよね。

 別にそれならそれで隠さなくてもいいと思うけれど……。

 人形に話しかけるノリだったから恥ずかしかったのかな?

「……もうちょっとで出来ますからね。今日は炒めた野菜とあぶったチーズをパンにはさんで食べてくださいね」

「う、うむ。期待しているぞ」

 照れ隠しなのか、魔王はそっぽを向きながら尊大に頷いた。



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