第3話 はじめての共同生活


「はぁ……はぁ……」

 僕は疲れ切って岩肌を覗かせる地面に寝転がった。

 周囲はオーガの血と死体で汚れているが、構うものか。

 それよりも鎧の中が汗と血でぐちょぐちょだ。

 正直そっちの方が気持ちが悪かった。

「あー……お風呂入りたい。火山地帯だから温泉沸いてないかな……」

 でもその前に、ちょっと休みたい。

 さすがにオーガ百八体を一人で相手にするのはきつかった。

 でもなんとか全て倒しきったぞ。

 だから僕は腕で目を覆い隠して眠ろうと……。

「ふむ……まさか本当に一人で倒しきるとはな」

 ……した矢先に頭上から魔王の声がした。

 声色からすると、少し感心している様である。

「結構ギリギリでしたけどね」

 眼前から腕をどけると、魔王が僕の顔を興味深そうに覗き込んでいた。

 彼女の長い髪の毛が、ぶらぶらと誘惑するように揺れている。

 僕が猫だったら猫パンチをするところだった。危ない危ない。

「今までの奴らは、魔物に追い詰められた結果、余を殺したり逃げ出そうとして殺されたりしたのだ。それに比べれば貴様はだいぶ強いようだな」

 魔王は満足げに頷いている。

 どうやら強いという事で好感度が上がったようだ。

 これはこれで少し嬉しい。

「強ければ強いほど、私を殺したときに生き返るまでの間隔が長くなるからな。実に良い」

 訂正、嬉しくありません。

 まあ、ここで死んでしまって彼女を失望させるよりかはずっといいし、自分の命のために彼女を手にかけてしまうような、そんな弱い人間でなくてもっと良かったけれど。

「僕は、絶対貴女を殺したりしませんから」

 僕は再度強く決意する。

 だが、魔王はその決意を鼻で笑った。

「今のはずいぶんと運が良かったのだぞ。雑魚が大量に生まれただけだからな。デーモンやドラゴンが出れば、貴様とて考えが変わるであろうよ」

「絶対に、変わりません」

「ふっ……だとよいな」

 魔王は確信があるのか、勝ち誇った顔で笑う。

 だから僕も自信をもって笑い返した。

「……その顔は見ていて腹が立つから止めよ」

 そうですか……。

「ところでさっきのでいくつか確認したい事が出来たんですけどいいですか?」

「…………余に対して質問するのに寝たままか。良いご身分だな」

 それは確かにそうだ。

「よっ」

 僕は掛け声とともに身を起こすと、その場でくるりと体を回転させ、胡坐をかいた。

「えっとですね」

「余は立たせたままか?」

 ……ちょっとめんどくさいとか思ってナイヨ。ウン。

「えっと、なら……」

 周りは血だらけだから座りたくないんだろうなぁ……。

 そんな風に思案した結果、僕は兜を脱いだ。

 そしてそれを魔王に渡す。

「それを椅子にしてください」

「……お主いいのかそれで。鎧が泣くぞ」

 美人に座られるとか、もしかしたらご褒美って悦ぶかもしれないじゃないか。

 もし伝説の鎧に人格があって、そんな人格だったら最悪だけど。

「まあ、仕方がないか」

 魔王はため息をつくと、兜を横にして地面に置き、その上に腰を下ろした。

 座れるんだ。というか座っちゃうんだ。

 魔王が神の力が籠った兜に直接座る。

 神の力とかで火傷とか負ったりする可能性に今思い当たったけれど、それもないみたいだ。

 いや、それならそもそも受け取らないか。

 さて、お互い座ったことだし本題に入ろう。

「魔物が生まれるの、貴女の意思じゃないんですね?」

「…………」

 あからさまに魔王は押し黙ってしまった。

 意外に分かりやすい人だ。じゃない、魔王だ。

「だったら、尚更僕は貴女を殺せません。貴女は何も悪く無いですから」

「存在そのものが危険であれば、殺す理由には十分だろう。貴様は呼吸するように殺しにかかる、殺人鬼と共に生きられるのか?」

「いやいや、それはたとえが違いますって。いつ噴火するか分からない火山の火口で過ごすのか、の方が違いですよ。まあ、応えは『生きられます』ですけど」

 その答えを聞いた魔王は、あからさまに機嫌が悪くなった。

 まあ、自分の望みから遠のいたのだからそうなるだろうけど。

 でも、思う。

 それが本当の望みだろうか。

 死ぬことが、彼女の望みだろうか。

 僕は確信する。

 彼女は何と言おうと、僕を傷つけるようなことはしなかった。

「……頭は悪く無いと思うたが、やはり馬鹿だったようだな」

「意外と辛辣だ!」

 いやまあ、言葉の棘は刺さりまくってるけど。

「余は魔王故な。勇者をいたぶるのは性(さが)の様なものだ。辛くなったらいつでも余を殺してよいのだぞ?」

「辛くなったら泣いて逃げ帰ります」

 帰る場所ないけど。

 いや、もしかしたら待っていてくれるかもしれないけど。

 だけど帰らない。

 僕の帰る場所は……。

「……泣くな。それでも勇者か貴様は……」

「今は勇者じゃありませんし。いくらでも逃げられますよ」

 胸を張って言うようなことじゃないけど。

 三十六計逃げるに如かずとも言うし、大丈夫大丈夫。

「……逃げなかっただろうに」

 ぼそりと魔王がつぶやいた言葉を、僕は聞こえないふりをして流した。

「…………それとですね。もうひとつの確認したい事なんですが、自分で死なないのは、殺された方が長い時間死んだままで居られるんですね?」

 これは確認するまでもないだろう。だが同時にそれを知っているという事は、魔王は過去、自ら死を選んだことがあるという事だ。

 そしてそれを認めるという事は、僕にそれを告白する事で、心の弱さをさらけ出してくれる様なものだ。

「……ああ」

 少し、距離が縮んだ気がする。

「長く死んだままで居たら、それだけ魔物を生まないで済みますもんね。そしたら人を傷つける事も、憎まれる事も、少なくなりますよね」

「……っ! 知った風な口を利くな、この下郎が!!」

 っと、失敗した。まだ駄目だったか。早すぎた。

先ほど感じた親近感が、僕を見誤らせた。

「余は生きるのに飽いただけだ!」

 魔王がそれを認めるはずがなかった。

 認めたら、それこそ魔王で居られなくなるから。

 僕がしてしまったことは、無理やり彼女の鎧をはがして、お前は弱いんだぞと見せつけるようなことだ。

 せっかく頑張って来たのに。

 必死で歯を食いしばって来たのに。

 それが無駄な事だって嘲笑ってしまった。

 許されざることをしてしまった。

 だったら僕の捕る行動は一つだけだ。

「ごめんなさいっ!」

 地面に正座した状態で頭を下げ、額を地面にこすりつける。

 つまりは土下座だ。

 この異世界に、これが謝罪だとする文化はない。

 でも分かるはずだ。

 相手からすれば、如何様にでも出来るから。

「……あ……」

「僕が馬鹿でした! 僕が間違ってました! 許してください!」

 魔王が何か口にする前に、ひたすら謝罪をした。

「だ……」

「ごめんなさいっ! 申し訳ありませんでした!」

「そ……」

「もうしません! 反省します! すみませんでした!」

「い……」

「謝ります! ほんと……」

「だぁぁぁぁぁっ!! うるさいっ!」

 怒られてしまった。

 でもこの怒られ方は先ほどの怒られ方とは違う。

 ちょっと力業だったけど、良かった。

 でも頭はまだあげないけど。

「こちらが何も言えんではないか! ……ったく」

 そう言うと、魔王は僕の頭をがっしりと掴み、持ち上げる。

「痛い痛い痛い」

「ふむ……」

 そして僕の顔をじっくりと見聞した。

「余をおちょくったわけではないようだな」

「違います。本気で反省してます。今のは全面的に僕が悪かったです。間違ってましたごめんなさい」

「……ふんっ」

 僕の真剣な眼差しに、どうやら納得してくれた様だった。

「おほんっ」

 少し間を空けるためか、魔王は咳ばらいをする。

 こういうところってホント普通の人間臭い。

「まあ、本当に反省しておるようだからな。許そう」

「ありがとうございますっ」

 ところで元とはいえ勇者を許す魔王ってどうなのだろう。

 それを言ってみたところ……。

「しまった。許すには余を殺せと言うべきだったか……」

 なんて見当違いの後悔をしていた。

 そんなこんなでしばらく休めたので、僕はかなり体力を回復させていた。

 さすが伝説の鎧。怪我や体力をわずかながら回復させ続ける効果があるのだ。

 ゲーム風に言うならリジェネやヒーリングといった所か。

「ところで魔王様」

 むう、なんかしっくりこないなぁ。

「何用だ?」

「移動しませんか?ここ火山で暑いですし、血で汚れてますし」

「断る」

 取り付く島もない感じ。

 でも、多分魔王は移動してくれる。

 だって、僕を追ってここまで来てくれたから。

「なんでそんなにこの場所にこだわるんですか?」

「……ここに居れば私を殺しに来るだろう」

 ん~、やっぱりそれかぁ。

「僕と一緒に居れば、ミュウ……魔法使いの女の子が僕の事を探知できるんで、アル……勇者の剣を持ってる男の人がいつかは襲い掛かって来ますよ」

「ぬ」

 魔王の眉がピクリと動いた。もうひと押しかも?

「例えば人里に僕が居れば、魔王様も居るかもしれないって思って慌ててやって来るかもしれませんよ」

「…………断る」

 ちょっと心が揺れたみたいだけどやっぱり駄目だったみたいだ。

 まあ、ここに居る事を確実にアル達が知ってるってことを魔王が知ってるから、ここに居た方が確実に会えるって判断だろうなぁ。

 ……今は難しそうだな。仕方ない、諦めよう。

 一度に求めすぎてもいけない。今はここまで移動してきてくれたってことだけを素直に喜ぼう。

「魔王様はここを動かないんですよね?」

「そのつもりだが」

「ふむ」

 なら、ここに拠点を作るしかないだろう。

 周りは血だらけだから……って僕も血だらけだった。

 鎧は脱ぐか。

 そう思い、僕は盾や鎧を脱ぎ始めた。

 すると、魔王が真っ赤な顔をして慌ててその場を飛退いた。

「ななな、何をするっ!? やはり貴様はそういう事が狙いだったか! よかろう、余が直々に塵へと変えてくれるっ」

「違いますよ。血で汚れまくってるんで、洗おうと思ったんですよ」

「……いきなり脱ぎだすな! 一言言えっ!」

 ごもっとも。

「鎧だけ脱ぎますね」

「……遅いわ」

「今度は脱ぐ前に言いますって」

そんな会話をしながら、僕は鎧を脱ぎ捨てた。

解放された気分と同時に、鎧による回復が無くなったので少し疲れを感じてしまった。

 できるだけ早くに準備をした方がいいだろう。

「え~っと……」

 スコップとかないんだよね。

 いいや、盾使おう。

 いわゆるスモールシールドで、小型の円形だから穴を掘るのに使いやすいだろうし。

「あ、穴掘りますね」

「いちいち言わんでいい。余は貴様のやる事に興味などない」

 ……怒られた。さっきの経験を生かそうと思ったのに。

 さて、鎧を水で洗えるくらいの穴が掘れればいいから、そんなに大きくなくていいや。

「よいしょっと」

 僕は適当な場所に穴を掘り始めた。

 伝説の盾をスコップ代わりにして。

「……さすがに余でも罰当たりだと思うぞ」

 ですよね~。でも使っちゃうけど。

 ここ、溶岩が固まってできた岩だから、穴を掘るっていうよりは、穴を開けるって感じだった。

 足で盾を蹴って地面に食い込ませ、それをすくい上げる。

「……盾が泣いておるぞ、絶対」

 大丈夫。有名な映画でも盾を蹴って相手を切るのに使ってたから。

 こういうのも正しい盾の使い方……なはず。

 自信ないけど。

 そして僕は魔王から非難の視線を浴びながら、穴を掘って鎧と盾を洗ったのだった。

 …さっぱりしたらお腹空いてきちゃったな。

 とはいえどこか食べに行くという事が出来るとは思えないな。というか山の中だし。

 一応、今まで行ったことのある町や村に行くことのできるアイテムを持ってはいるけれど、それだと同じパーティーを組んでいない魔王が取り残される。

 というわけで自炊一択になった。

「れんご……」

 おっと、何かする時には事前に言う約束だった。

「料理作るんで、地面を爆砕させますよ~」

「待て、話の前後が全く繋がっていないのは気のせいか?」

「繋がってますよ。料理には火が必要ですから、溶岩をもっかい溶かして熱源にしようって話ですから」

「そうか……」

 なんとか納得してくれたみたいだ。じゃあ気合を入れて……。

「煉獄の炎よ。今ここに溢れ、罪人たちを焼き……」

「待てぇ!」

「……なんでしょう?」

 呪文詠唱途中で止めたら魔法は発動しないんだよなぁ。でも少し魔力使っちゃうからやなんだけど。

「どう聞いてもそれはこの辺り一帯を火の海にする魔法ではないか!」

「よく分かりますね。呪文を聞いただけで効果が分かるなんて」

 魔王が人間の魔法に造詣≪ぞうけい≫が深いなんて正直意外だった。

「当たり前だ! そのぐらいは余もつか……っている者達を見て来たからな」

「ああ、使われてきたから覚えちゃったんですね。ってことは魔王様も魔法は使えるんですか?」

「無論だ。人間とは違う魔法だがな。非常に多彩で威力も高いぞ」

 そう言って魔王は無い胸を精いっぱい逸らした。

「へぇ~、見せてくださいよ」

 軽い気持ちで言ったのだが、突然魔王は顔を曇らせた。

 鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 ……すねちゃった。なんで?

「余が魔法を使えば、魔物が生まれてしまう。使った魔法が強力であればあるほど、強い魔物が生まれてしまうのだ」

「なるほど、つまり、魔法が使えないわけじゃなくて、使う事が出来ないって感じなんですね」

 なんとなくニュアンスが伝わったのか、魔王は頷いてくれた。

 というか、いいのだろうか。

 魔物を生み出したくないから魔法を使えないって、それ、誰も傷つけたくないって白状しているようなものだけど。

 気付いてないのかな?

 まあ、優しい魔王みたいだからいいのかもしれない。

「話が逸れたな。とにかくその魔法は使うでない」

 じゃあ違う方法で火を確保しないと……。

「分かりました。じゃあ、火口近くまで案内してください」

 戦いながら移動したせいで、火口がどこか分からないんだよな……。

「……そのぐらいなら良いが、危険な事はするなよ」

 案内してくれるんだ。

 というか前々から思っていたけど、魔王ってよりは特殊能力を持ったただの普通の女の人だよね。

 まあ、周りが勝手にそう呼んで、本人も自称しちゃってるんだからそれで定着しちゃってるみたいだけど……。

 なんか、嫌な感じがする。

「ありがとうございます。お願いします」

「よかろう」

 魔王は尊大な様子で頷くと立ち上がり、椅子代わりの僕の兜を拾って手に持った。

 ……まだ使ってたんだ。やっぱりごつごつした岩の上に直接座るのって痛いよね。

「こっちだ」

 魔王はそれだけ言うと、こちらを振り返りもせずにずんずん先を歩いて行った。

 鎧は……置いて行っても盗まれないだろうからいっか。






「で、何をするつもりだ?」

 一番初めに僕たちが会ったあの火口に戻ってきていた。

「盾で掬って持って帰ろうかと」

「盾が泣くぞ」

 勇者の装備に同情的な魔王だな。

 僕が物を大事にしなさすぎるだけかもしれないけど。

「じゃあ、風魔法とか叩き込んで、跳ね飛んだ溶岩を使って料理するしかないですね」

 ……あ、ずいぶん渋い顔してる。

 どっちも嫌だけどどっちかしないといけない事は分かってる感じか。

 魔法って発動し続けるのはずいぶん魔力消費激しいからなぁ。

「……では魔法を叩き込め」

 魔王の中では盾への愛情が勝ったようだった。

「はい、じゃあ僕の後ろに居てくださいね。溶岩がかかったりしないように」

「うむ」

 あ、なんか女の人を守って戦う感じがちょっと勇者っぽい。

 まあ、することは料理なんだけど。

「大空を翔る聖霊よ……」

 ちなみにほとんどが反対側に吹き飛んだので、わざわざ集めに行かないといけなかった。






「ふんふんふん」

 僕は鼻歌を歌いながら適当に鍋の中に具材を放り込んでいく。

 乾燥させた野菜、干し肉、塩漬けしたオリーブ等々。どれも適当な大きさに切ってあるため、ほとんど味を調えるだけで良いのだ。

「おい、それだけの荷物、どこに持っていた」

「え?荷物がたくさん入る空間魔法でしまっていただけですよ」

 そう言って、僕は腰のポーチから魔法陣の書かれたスクロールを広げて見せた。

 魔法陣の直径は一メートルほどあり、ちょっとしたレジャーシートの大きさはある。

これを広げた状態で、必要なものを念じればそれを取り出せるし、上に置いて呪文を唱えれば格納できる、という優れものの道具である。

「そんなものがあるのか……魔法技術の進歩は凄いものだな……」

「ですよね~。僕の世界だとこんな事出来ませんでしたし」

 あ、塩効きすぎたかも。

 オリーブオイル付け足せばマイルドになっていいかな?

「貴様の世界?」

「ええ、僕は召喚されてこの世界にやって来たんですよ。僕の世界、地球って言うんですけどね」

「どんな世界なのだ?」

「魔法がまったく使えない代わりに科学技術が発達してまして、基本的に色んな事を誰でもできる世界なんですよ。でもまあ、こんな収納魔法みたいな事は出来ませんけど」

「ふむ……魔法が使えない世界、か……」

 そんな風に何気ない会話をしていたら、料理が完成した。

 用意しておいた皿にスープを注いで匙を挿し、カチカチの黒パンを二切れほど添えれば完成だ。

 ちょっと贅沢に肉を多めにしてある。気に入ってくれるといいけど。

「はい、出来ましたよ」

「は?」

 魔王は差し出された皿と僕とを、信じられないとでもいう様に、交互に見つめている。

「……これはなんだ?」

「魔王様の食事ですよ?」

 さすがに自分一人だけ食べるなんて外道な真似は、僕には出来なかった。

「余に食事は必要ない」

「必要なくても食べられるなら一緒に食べて貰えると嬉しいんですけど」

「……毒か?」

 目の前で料理したでしょうに……。

「いえ、一緒に食べる人が居ると、食事がより美味しくなるんですよ。ぼら、僕は今まで四人で一緒に生活してましたし」

 あ、すっごい事思い出した。

 あの三人の荷物、僕のスクロールの中だ。食料とかもほとんど僕が持ってたっけ。大丈夫かな?

 ……確か緊急時に城まで移動できる魔具持ってたはずだから大丈夫だよね、きっと。大丈夫ってことにしとこう、うん。

「信じられないなら、まず僕が食べてみますから」

 そう言ってスープを少しすすって見せた。

 うん、香草が効いててなかなかいい味だ。

「はい、毒なんて入ってませんよ」

 僕は毒見をした皿を差し出した。

 だが何故か魔王は受け取ってくれなかった。

 もじもじと何か言いにくそうにしている。

「いや、その……別の皿を寄越せ」

「え?洗い物を少なくするために、お鍋から直接食べようと思ってたんですけど……」

「じゃあ、それでいい……」

 魔王の顔は、なぜか赤らんでいた。

 ……赤くなる要素なんてあったかな?

「食べにくいですよ?」

「いい」

 皿より鍋で食べる派なのか?意外に大食いとか?

「……お前が、口を付けてないから」

 一瞬、意識がぶっ飛んでしまった。大声で言いたい。

 可愛えええぇぇぇぇっ!!

 何、この魔王様。関節キスを気にするとか凄い乙女過ぎない?

 ミュウでもいちいちそんな事を気にしなかったのに。

 大体気にしてたら旅なんて出来やしないから。

 寒い地方で体を温めるために強いお酒を回し飲みするとか、命の前では些細すぎることだ。

「……何か文句あるのか?」

「ありません! とってもいいと思います!」

 正直ときめきました。

「ふんっ」

 魔王は苦々し気に強く鼻を鳴らして手を差し出した。

 とはいえ鍋はやはり熱い。食べ方に慣れていないとやけどは必至だろう。

 もう一枚皿出した方がよさそうだな。

 そう判断した僕は、皿と匙をスクロールから取り出し、食事の準備を手早く整えた。

「はい、少し冷めてしまったかもしれませんけど……」

「構わん……あちっ!」

 だから僕をもだえ殺すつもりですか?猫舌て! 猫舌て!

 しかも可愛らしく両手で口元を押さえたりしないでください!

 ちょっと恥ずかしいところを見せたかなって思ってこっちを睨まないでください!

 本気で可愛らしすぎてにやけてしまうじゃないですか!

「食事が久しぶりで食べるという感覚を忘れていただけだ!」

 魔王はそう言い放つと、匙でスープを掬って口に入れる……前にふーふーと息を吹きかけ、十二分に冷ましてから食べ始めた。

「むっ!」

 魔王が目を見開く。

 口に合わなかった? と僕が心配するまでもなく、魔王の匙は再び動き始めた。

 猫舌だからそこまで食べる速度は早くはないが、味に満足してくれた様だった。

「いただきます」

 だから僕も両手を合わせて食べ始めた。

 その後の食事はずっと無言だったけれど、とてもとても美味しかった。

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