第2話 魔王様との謁見は後ろ向きでした
「…………」
魔王は、差し出された僕の手には何ら興味を示さず、ふいっと横を向いてしまう。
「はよぅ余を殺せ」
そして魔王は目を瞑り、無防備な体を差し出した。
「いや、だから僕は貴女を殺したくないから、仲間と戦っていたんですよ?」
「興味ない。勇者の剣は持っておるのだろう?」
「……本当に見てなかったんですね……」
目の前でミュウに渡したじゃないか。
僕たちのやり取りなど、本当に興味がなかったのだろう。
「仲間たちに渡しちゃいましたよ。だって、魔王を殺す剣なんて、僕には必要ないですから」
僕の言葉を聞いて、初めて彼女の眉の角度が少し上がった。
興味を持ってくれたのなら幸いだけど、そんな事は無かった。
魔王は視線を彷徨わせると、僕の盾に目をとめた。
「ならそちらの盾で余を殴れ。それからも神の力が感じられる。十二分に余を殺せるはずだ」
魔王がこんなにも神の力に拘るのには理由がある。
普通の武器で魔王を殺した場合、ほんの数日で復活してしまうのだ。
神の力が宿った武器で殺した時のみ、数年から十数年もの間、魔王を死んだままの状態に留めておけるのだ。
その期間は使い手の力に比例するという。
僕であれば十年程度だろうか。
というかこの魔王様は殺したくないって僕の言葉すら聞いていない様だった。
本気で興味がない、というよりは、死ぬことが目的になりすぎててそれ以外はどうでもいいって感じだ。
「やですよ。めちゃくちゃ痛そうじゃないですか」
「余が打ちのめされるのだから、貴様が気にすることではあるまい」
ドMさんかな……?
「……だから貴女を殺したくないって何度も入ってるじゃないですか。いえ、傷つける様な事だってしませんから」
「……では余の体が目的か。貴様の様な邪まな輩は今までも居たからな。そういう者に対して容赦はせぬぞ」
そう言うと魔王は僕を睨みつけながら手を掲げる。
「そういう事はしません、絶対しませんから。貴女を傷つけるような事しませんってさっき言ったじゃないですか」
だいたいそう言う事はきちんと段階を踏んでからじゃないとだめだ。
まずは交換日記とかからして、デートだとかを重ねて結婚してからじゃないとだめなのだ、うん。
「では……そうか、余の美貌に惚れたか?」
わーすごい。自分で言っちゃったよこの人。いやまあ、言っちゃってもいいってぐらい綺麗な人だから構わないけど。
美人って得だよね。僕が似たようなこと言ったら、寝言は寝て言えってアルあたりにどやされそうだけど。
「そのような輩も居たには居た。だが、どいつもこいつも始めの内は甘い言葉を囁いておいて、いざ手に負えぬとなったら……」
魔王はうっすらと笑みを浮かべる。
まるでそれが笑いごとだとでも言うかのように。
「皆(みな)余を殺した」
底の浅い人間などそんなものだと吐き捨てた。
「僕はそんな事しません」
「それと同じことを言っていたよ。全員な」
そして魔王は再びあの目で僕を見た。
何もかも諦めたような目を。
きっと僕の進む先に絶望があると確信しているに違いなかった。
「僕は愛を囁いてなんかいませんよ。同じこと言ってません」
「ぬ」
ほぼ屁理屈みたいなものだが、実際にその通りだったので魔王は返答に詰まった様だった。
「……では貴様の行動原理はなんだ?」
「ふっふっふ、それはですねぇ。…………」
やばい、あんまり考えてなかった。
もちろん、言い訳の方を。
「あまり勿体をつけるな。余は気が短い」
「ちなみに怒るとどうなるんですか?」
「ここから身を投げる」
そう言って魔王はマグマを指さした。
だからドMさんかな?
絶対死なせないけど。
「まあ、その、あんまり考えてなかったんですけどね。そうですねぇ、勇者はみんなを助ける存在だって言われましたから、ですかね」
「嘘だな」
嘘ですけどね。
だって本当の理由なんて言えるはずがない。
全てを諦めたような目をしているから、なんて本人に言えばどれだけ傷つけるかなんて言わなくても分かるだろう。
過去、僕も同じ目をしていた。
理由はもう思い出せないほど大したことのないものだ。
簡単に言えば思春期特有の中二病ってヤツだ。
でも、それでもあの時は全てに絶望して、もうどうなってもいいって思って、死にたい、この世界なんて滅んでしまえって考えてた。
それとはレベルが全然違うとは思う。でも方向性は一緒だから、少しだけ共感できる……かもしれない。
きっと彼女がそんな目をするようになるまで、想像を絶するような事が起こったんだと思う。
でも、何かがあれば救われるはずだから。
そんな目をしなくていいようになれるはずだから。
……それはとても難しいことだけど。
僕も異世界に召喚される、なんて無茶苦茶な事があって、始めてそうじゃないって理解できて救われたんだから。
彼女はもっとすごい何かがないと救われないかもしれない。
分からないけど。
分からないから僕は何かをしたいと思った。
人類を裏切ってでも、彼女に何かしてあげたいって思った。
「……本当ですよぉ。だって、貴方だけが殺されて助けられないなんて、そんなの勇者がやっていいことじゃない。全ての存在を救わなきゃ、勇者じゃないですよ」
お、なんか話してたらそれっぽい理由になって来たぞ。なんて、救いたいのは本当だけど。
「はっ」
鼻で笑われてしまった。
「安っぽい正義感か。どうせすぐに馬脚を露すだろうて。その時が見ものだな」
「そんな時は来ませんよ」
どうやら彼女は理由になどそこまでこだわりはない様であった。
どうせすぐに意見を翻して自分を殺しに来る。
そんな確信が彼女にはあるからだろう。
「まあいい。どうせ余はいずれ殺されるのだからな。貴様の仲間とやらに剣を渡したのだろう?気長にそれを待つとしよう」
そう言って魔王はごろりと横になった。
いや、危ないですからね、そこ。
寝返り打ったらマグマにボチャンじゃないですか。
「寝ないでくださいよ。というか、ここから移動したいんですが」
「嫌じゃ嫌じゃ。余はここから動かんぞ」
何この部屋から出てこないひきこもりを相手にしている感覚。
たかし~とでも言えばいいのかな?
女性だからさとこ~かな?
「……なんぞ失礼な事を考えておる気がするぞ」
意外と鋭い。
「考えてたらどうします?」
「殺される」
なんて下向きなんだ!
だめだ、何とかしないと。
いやまあ、何とかするためにここに居るんだけども……って。
「あ…………」
「どうした」
「いえ、あの……何するとか全然考えてませんでした」
「阿呆か、貴様は」
勢いで行動しちゃったんだからしょうがないでしょ。
「……どうしましょう」
何をすればいいのかまったく思い浮かばなかった。
あ、でもみんなは僕と一緒にいてくれたし、話してくれたし、褒めたりしてくれた、か。
初めてお酒を飲んだときは……ゲロをかけられても怒らないセラさんってすごすぎだよね。
「余には良い考えがあるぞ」
「ほう、何でしょう」
魔王は体を起こして座り直した。
そして手招きをして僕にもっと近寄るように指示を出す。
「はい……って結構近いんですけど」
ナイトドレスの中身が見えそうだとかそんな事は決してない。
大きかったら服が引っ掛かるのに、引っかかるものがないから見えそうだとかそんな失礼な事は考えても居ない。
「まずは両腕を上げよ」
「はい」
言われる通り、僕は魔王の傍で万歳をする。
「うむ、もうちとこう、腕を斜め前に出せ……。そうだ、それでいい」
うん、ちょっと落ちが見えたぞ。
「次に目を瞑れ」
「はい」
そして彼女がゴソゴソと物音を立てながら移動する。
「よし、では合図と共に力いっぱい腕を振り下ろせ」
「はい」
「では今だ」
「はい」
そして僕は言うとおりに……するわけはなかった。
ゆっくりと手を下ろすと、彼女の頭に手を優しく着陸させた。
うわっ、髪の毛がふわふわだ。
凄い手触りがいいし。
気が付けば僕は魔王の頭を撫でていた。
うん、仕方ないよね。こんなに毛並みのいい猫みたいな感じの頭は撫でざるを得ない。
「おい」
明らかに不機嫌な声を魔王があげる。
「なんでしょう」
「気安く余の頭に触れるな! 余の頭に触っていい時は余を殺す時だけじゃ!」
じゃあ一生触れないじゃないですかー。
とりあえず打ち払われた手が痛い。
魔王と言われるだけあって、力は並外れているようだ。
「でも魔王様も悪いんですよ? 僕を騙そうとするから」
僕は目を空けて魔王に抗議した。
うん、結構近いな。
というか綺麗な髪の毛だなぁ。これをさっきまで触ってたのか。
感触覚えておこう。
「ふんっ。余は良い考えと言ったろう。余は早う死にたいのだ。あのまどろみに戻りたい」
ああ、とその言葉で僕は気付いてしまった。
彼女は傷つきたくないのだ。だから何も考えないでいい死の中に逃げ込みたいだけなのだ。
本当に痛い思いをするくらいなら、覚悟して傷ついてしまった方が痛くないから。
「……魔王様、そういえば名前はなんなんですか?」
「……教えれば殺してくれるか?」
「殺すわけないじゃないですか」
「では教えぬ」
けんもほろろというヤツだな。
というか考えますとか言ったら教えてもらえないだろうか。
いや、ダメだな。きっとその後へそを曲げてしまう。
もう曲げてる気がするのは気のせいだ。
「じゃあ僕のを教えますね。僕は……」
「貴様の名など、余は覚える気もないし、呼ぶことなど絶対にありえん」
……ちょっと落ち込んだなんてのは内緒だ。
うん、結構痛い。致命傷かも。
「じゃあ僕の事なんて呼ぶんですか?」
「ゆ……」
「勇者はもう違いますよ」
「…………貴様など貴様とか、おい、で十分だ」
まあ、そのあたりで妥協しよう。大体日本語の発音はこっちの人だと発音しにくいのか変な感じになるし。
だからミュウは勇者様、なんて他人行儀な呼び方をしていたのだ。
……僕が微妙な表情してたから察されちゃったんだよなぁ。
「……さて、どうしましょうかねぇ……」
自己紹介に失敗した今、次は何をすべきなのか僕には全くわからなかった。
リア充ってすごい。
悩んでいる僕の前で、魔王は再び横になろうとして……はたと動きが止まった。
「どうしたんですか?」
「……余は言ったな。いざとなったら余を殺すと。貴様もそうだと」
「ええ、まあ」
過去の人たちはどうしてそうなったのかは知らないが、僕にそんな気はさらさらない。
何があっても彼女に刃は向けない。彼女を殺さない。
「余の事を教えてやろう。何故余が魔王と呼ばれるかもな」
魔王はそう言うと、一度座り直した。
その際、足をわざと組み直す事で、僕を追いやった。
ちょっとショックだ。
そういえば泥まみれでお風呂も入っていなかったから臭かったのかもしれない。
「この世界には多数の魔物が居る。なぜか分かるか?」
「……そういう世界なんじゃないんですか?」
僕の回答はどうやら零点だったらしい。魔王はわざとらしくため息をつくと、頭を振った。
「ならば質問を変えようか。魔物はどうやって生まれると思う?」
……まあ、こういう質問だと大体想像がつく。
「もしかして、魔王様が産んでるんですか?」
「ああ」
したり顔で魔王は頷いた。
「ドラゴンとか体の大きさ違い過ぎません?あれ、屋敷より大きかったんですけど」
「……そっ、そんな下世話な産み方ではないわ! この……助べえがっ!」
怒られてしまった。
顔を赤らめて……いや、マグマのせいで視界は多少赤みがかっているから、本当に赤いのかは分からないけど。たぶん、この純朴な反応だと赤くなってると思う。
赤くなってるといいな。
あ、怒ってそっぽを向いてしまった。このままだと話が続かないな。
「ごめんなさい。変な意味じゃないんです。僕の世界だと、口から卵を吐いて、そこから吐いた人より大きな生物が生まれたりするんで」
「……ずいぶん興味深い世界じゃな。そんな人間がおるのか……」
僕は笑顔を浮かべて黙りこくった。
もちろん漫画の話だ。
だから黙って魔王が勝手に勘違いしてくれるのを待った。
「まあよい、これを知らせねば余が殺されぬわけだしな」
魔王は咳ばらいをして、こちらに向き直ってくれた。
「魔物は余を鍵にして生まれてくる。だから、余を殺せば全ての魔物が消える」
「それは今世界中に散らばっている魔物全てが、ですか?」
「うむ。どうだ? 余を殺したくなっただろう?」
「全然なりません。きちんとそれぞれの国で対処をしているはずなんで」
相変わらずの僕の返答に、魔王は舌打ちで返した。
というか魔王魔王って言いたくないな。
本当に名前教えてくんないかな。
「まあいい。もうすぐだからな。余は貴様の近くに居てやる。殺したくなったらいつでも殺せ」
「いや、ですから僕は絶対……」
否定しようとして、僕は気付いた。
魔王の影が、なぜか異様に長く伸びている事を。
「全ての魔が生まれるその根源。だから余は魔王と呼ばれておる。その神髄を、刮目して見よ」
影が、開いた。
まるで門か何かのように。
そしてそこから長い爪と牙を生やした鬼が生まれ出てくる。
オーガと呼ばれているそれは、動作こそ鈍いものの、腕力、防御力、再生力は一級品だ。
しかも単体では無かった。次から次へとオーガが影から這い出して来た。
「くそっ。僕が守りますからっ」
そう言って僕は剣を抜き放つ。
「愚か者が。奴らが余に危害を加える事は絶対にない。時折勝手に生まれては世界中に散らばっていく。道中、近くに居る人間たちを全て殺しつくしながら、な」
それに応える暇は、僕には無かった。
爪をぎらつかせて、オーガがこちらに向かって突進してきた。
いくら魔王に直接危害を加えないと言っても、たまたまという事もある。
それに彼女は今一突きでマグマの中に堕ちてしまうような場所に座っている。
ここで戦うのは危険だった。
だから僕は急いでオーガに突進すると、スライディングでオーガたちの股の間をすり抜ける。
ついでに何体かの足を切り飛ばしてやった。
どうせ再生してしまうが、時間稼ぎにはなる。
「こっちだ!」
僕の誘導につられてオーガが雄叫びを上げながら突進を始める。
一体一体ならさほど問題はないだろう。
だが、こんな事をしている間にも、新たなるオーガが次々と生まれていた。
こんなペースで生まれ続ければ、すぐさま百体を超えるだろう。
「地形を利用してヒットアンドアウェイ、か。ミュウが居たら幻惑とかしてくれるんだろうけどなぁ……」
こうなると以下に自分が仲間に助けられてきたかを痛感する。
だがそれは自分から切り捨てたものだ。
我が儘を言って、傷つけて。
「よしっ、やるか」
僕は気合を入れ直すと、急激に反転してオーガの群れに突っ込んでいった。
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