第14話 迷子の迷子の?


「うんうん、いい値段で売れたぞ」

 僕はほくほく顔で商会を出た。

 この商会は素性も分からない僕の持ち込んだドラゴンの鱗をほぼ適正価格で買い取ってくれたのだ。ありがたいどころの話では無かった。

 しかも現金一括払いというのもありがたかった。

 まあ、顔が引きつってた気もするけど。

 やっぱりドラゴンの肉片が付いてる鱗だったからかな。新鮮採れ立て産地直送。生産者の顔が分かるって信用度高い気がするよね。

今日はちょっと豪勢な食事が出来そうだぞ。

「ひ……じゃなかった。ええっと、名前教えてくれないさん終わりましたよ~……って」

 影も形も見えないんですけどー!

 どこ!? ほんとに知らない人に着いてっちゃったの?

 誘拐!? 発信機付きのバッジ何て都合のいいもの彼女に付けてないよ?

 いや、もしかしたらホントにへそを曲げてどっか行っちゃったとか?

 うわ……ごめん。冗談だったのにやり過ぎた?

 ぬいぐるみは取り上げたりしないから帰ってきて!

 というか欲しかったらもうひとつくらいあげるから!

「おーい! ……ああもう、なんて呼べばいいんだよぉ! 名前はやっぱり必要じゃないかぁ。どこ行ったんだよぉ」

 パニックに陥った僕が走り出そうとした瞬間、視界の端に黒いナイトドレスが映ったような気がして慌てて振り向いた。

 よく見てみれば、曲がり角から彼女の服の裾の様なモノが見え隠れしている。

「…………ふう…………良かった…………」

 僕は特大のため息を一つ、盛大に吐き出すと、そちらに向かって歩き出した。






「商会の前で待っててっていったよね。本当にびっくりしたんだから……」

 ちょっと文句っぽい事を言いながら、僕は長い艶やかな黒髪が印象的な女性の背中に声をかけた。

「…………」

 その女性は、チラリと視線を僕の方に向けたのだが、またすぐに正面へと戻してしまう。

 僕の予想通り、その女性は彼女で間違いないのだが、何やら不機嫌そうであった。

 あ~……さっきのが尾を引いてるのかな……。

 よし、ここは潔く土下座で謝ろう。

 そう決意した僕が、膝を折った瞬間。

「だから貴様の名はなんだ!」

 彼女が荒々しい怒声を発した。

「え? ぼ、僕の名前は……」

「貴様ではない」

 え? でも君が貴様って呼ぶの僕だよね?

「この子どもの名前を聞いているのだ」

 そう言って彼女は僕の位置からでも子どもが見える様に、体を少し横にずらした。

 そうして見えた子どもは、見た目三、四歳ので、おかっぱ頭をした女の子だった。

 今は地面にしゃがみこみ、声を押し殺して泣いているのだが……。

「あれ? そのぬいぐるみ……」

 その子の手には、彼女があれほど見惚れていたクマのぬいぐるみが握られていた。

「泣いていたところを見つけたからな。それを持たせれは泣き止むかと思ったのだ」

 それで不機嫌になってたのね、納得。

 でもそれで君が不機嫌になってこの子を怖がらせてたら意味ないでしょうに。

「始めは泣き止んだのだが、名を聞こうとしただけでまた泣き始めてしまってな……」

「そりゃ君が怖かったからでしょ」

 僕もさっき土下座しようと思ったくらいだし。

「なんだと?」

「訂正、君の言い方が怖かった」

 今はホントに君自身が怖いんだけど。視線で人が殺せるんなら、きっと僕は十二回くらいは死んでるはずだ。

「不安になってる所に大声出されたら委縮しちゃうの当たり前だよ。待ってて、僕が話すから」

 不満そうな表情を浮かべる彼女に代わって、僕が少女の前に進み出た。

「よいしょ」

 わざと声を出して、少女の前に腰を下ろす。

 ついでに左手の盾も外して、少女の視界に入らない様背中に引っ掛けた。

「こんにちは~。僕、勇者で~す」

 名前よりも更に通りのいい勇者の称号を名乗った方が少女の気を引けると思ったんだけど効果は無かったみたいだ。。

 手と手の隙間から僕を一瞬見ただけで、再び少女は臥せってしまった。

「君が泣いてるから、僕とこのお姉さん、とっても心配してるんだ。どうしたのかなって」

 とりあえず僕は少女が落ち着けるように、少女の頭を優しく撫でてみる。

 ちなみに地球でやったら通報されるかもしれない。事案発生として。

 ああ、異世界ってこういう意味では安全だなぁ……。

「話すのは涙が止まってからでいいからね。……あ、そうだ」

 えっと……ハンカチはポーチに……あったあった。

「はい、鼻かも?」

 顔の前に突き出されたハンカチを、少女は指と指の隙間から垣間見た後、そのまま僕の顔を恐る恐るといった感じで見る。

 怪しくないよ~怖くないよ~。大丈夫だよ~。ついでにロリコンでもないよ~。

 そう心の中で何度も唱えつつ、少女が安心できるように笑ってみせた。

 その効果があったのかは分からないが、少女はようやく両手を下ろして顔を出すと、ハンカチに鼻先を押し付けてくれた。

「はい、ちーん」

 僕の掛け声に合わせて少女は鼻をズビーと鳴らす。

「あはは、沢山出たね~。でもすっきりしたでしょ?」

 ようやく警戒を解いてくれたかな?

 少女は僕の言葉に声を出さずに頷いた。

「ちょっと待っててね。かわいい顔が台無しだ」

 僕は少女の鼻の下を丁寧に拭うと、折りたたんでポケットにしまう。

 そして最後にもう一度少女の頭を優しく撫でた。

「それじゃあ、お兄さんに君のお名前教えてくれる?」

「…………ルカ」

「ルカちゃんかぁ。かわいい名前だね」

 背中の視線が少しグサグサ刺さってる気がするから断っておくけど、僕はロリコンじゃないからね。

 僕の好みは長い黒髪が似合ってて、理知的で切れ目が似合う、すらっとした女性が好みなんだ。

 ついでにツンデレだとドストライクのど真ん中だよ。

 って心の声は通じないから後できちんと言っておこう。

「それで、ルカちゃんはどうして泣いてたの?」

「…………道に迷ったの」

 あ~、やっぱり迷子かぁ。市場に来て興奮しちゃったのかな。

「お母さんやお父さんとはぐれたの?」

 この質問に少女は首を横に振った。

「じゃあ一人で来たんだ」

「…………ん」

 なら、この辺の兵士とかに聞けば分かるかもな。ちょうど市場で大勢兵士は警備してるし。

 僕の顔は……たぶん大丈夫かな。砦で戦ったことのある兵士じゃないなら、僕が勇者だなんて気づかないよね。

「うんうん、事情は分かったよ。だったらお兄さんとお姉さんが、ルカちゃんのおうちまで連れてってあげるからね」

「ホントに?」

「ホントホント、約束するよ」

 お母さんたちの名前はその時になってから聞けばいいか。

「って事でいいですか?」

 僕はしゃがんだ状態から背後に居る彼女を見上げた。

 やはり不機嫌そうな態度は崩していなかったけれど、彼女は無言でうなずいてくれた。

 なんだかんだで優しいよね。

 というかそうじゃなかったらぬいぐるみ渡したりしないんだけど。

「よし、それじゃあ行こうか」

 僕は立ち上がってお尻のゴミを叩き落とすと、ルカちゃんに向かって手を差し出した。

「……ありがとう」

「お、きちんとお礼言えるなんて偉いね~」

 少女の弱い力で握り返された手を、僕はがっちり掴み直すと引き上げた。

 なかなかお転婆さんみたいだし、きちんと手は繋いでおこう。

「それじゃあい……」

「待て」

僕の言葉を遮った彼女が、ルカちゃんの後ろに回り込む。

 ルカちゃんはというと、何をされるのかわからなくて緊張しているのだが、彼女が怖くて後ろを振り向けない様だった。

 そんな事は我関せずといったばかりに、彼女はルカちゃんの肩に手を置くと、ポンポンとおしり辺りをはたいて土を落とした。

 あ、実は僕も気になってたんだよね。でも触ったらそれこそ事案だからできなかったんだ。

「もういいぞ」

「……ありがとう……」

 ルカちゃんはきょとんとした様子ではあったが、それでもきちんとお礼を言った。

 彼女はそんなルカちゃんには返事をせず、ふんっ、と鼻を鳴らしてそっぽを向いたのだが……。

 僕は彼女の少し赤くなった頬を見逃さなかった。

「あのお姉ちゃん、怖そうに見えるけど実はとっても優しい人なんだよ」

「……うん」

 お、そこに同意するなんて良い子だな。

 君には彼女の親衛隊副隊長の座を与えよう。

「いいから早く行けっ!」

「はいはいはいはい」

「まったく……」

 照れ臭さ交じりの罵倒に押し出されるように、僕らは歩き始めたのだった。







「本当にありがとうございますっ! ルカをここまで連れて帰って下さって! いつもなら店に居るはずなんですが、今日は姿が見えずに心配していたんです。本当にもう……ありがとうございます!」

 あれから僕たちは、ルカちゃんの家を探し当てる事ができていた。

 ルカちゃんの家は大衆食堂を経営しており、ちょうど昼時なのも相まって両親ともに探しに出る事も出来なかったのだという。

 常連さんたちもルカちゃんの身を案じており、兵士の詰め所にでも連絡しようかと相談をしていた折に、僕らがひょっこりと顔を出したものだから、店内はちょっとした騒ぎになってしまった。

 もちろん、良い意味でだが。

「いえいえ、僕らもちょうどご飯の食べられるところを探していただけなんで、ルカちゃんに案内してもらってちょうどよかったんですよ。だからそんなに感謝していただかなくて構いませんよ、ルカちゃんのお母さん」

 ほら、彼女も隣で頷いてるでしょ?

「そんな……。ルカ、あんたももっぺんお礼言いなさい!」

「……ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「どういたしまして~」

「ふん……」

 まった分かりやすいツンデレを……。あ、でもツンデレっていう概念が分からない人には分かりにくいか。

「あ、一番初めにルカちゃんを見つけたのは彼女ですから」

「そうだったんですか。良い人に見つけていただいて……」

「だから貴様はそういう事をするなっ」

 叱られても続けるからね。

 イメージアップキャンペーンは大事だし。

 君も寂しくなくなるでしょ。

 ……ほらまた顔を赤くしてツンツンするんだから。

「あらっ? ルカ、あなたそれどうしたの?」

 ルカちゃんのお母さんが、ルカちゃんの手にあるクマのぬいぐるみを見とがめて声を上げる。

「あ、それは……」

「それは余が渡したのだ。だから問題ない」

 な、そうだろう? と彼女の目が僕に同意を求めていた。

 建前上は僕のぬいぐるみだしね。でもあんなに気に入ってたのに……いいのかなぁ……後悔しないかなぁ……。

 本当にいいの? と視線だけで尋ね返してみたんだけど……。

あ、睨まれた。仕方ない、また買えばいいしね。

 君が気に入るのがあればいいけど。

「……そうですね。彼女のぬいぐるみだったので、本人がルカちゃんにあげたというのであれば別に僕が言う事でもないですし」

 ……で、いいよね? ってこっち見てないし……。

「そんな……まあどうしましょう……。ルカ、お礼きちんと言ったの? 言いなさい。あぁ、もう本当に何から何までありがとうございます」

「あり……がとう、お姉ちゃん」

「うむ」

 なんかありがとうって言ってばっかりだね、ルカちゃん。

 ……で、君はこうして感謝されるの、嬉しいんじゃないのかな?

 今までずっと殺され続けて人間を守って来たのにも関わらず、感謝もされず、死ぬことが当然で、死ななければ悪と罵倒される。そんな人生と比べたら、ずっと。

 ツンツンして腕組して自分は興味ないよ~って態度してるけどさ。

 いつもと違って浮かれてるの、なんとなく伝わってくるからね。

「……さらば、オクタヴィア……」

 名前つけてたんかい! ってかぬいぐるみと心の中で別れを告げてたのね。

 なんか変な勘違いしてたみたいで僕かっこわるっ!

 いやいや、きっと想ってくれてるよね? そうだよね?

「……なんだ貴様、さっきから気持ち悪い顔でこちらを見て……」

「ひどっ……」

 本格的に心折れそうだ……。

 こうなったら……。

「あ、ところでですね、こんな状況で言うのもなんですが、こちらのお店のおすすめ料理がポトフで、すっごく美味しいって聞いたんで、いただけませんか? お題も払いますから」

 美味しいものに癒しを求めよう。

「そんな、ここまで良くしていただいた方にそんな……」

「良くしてもらったと思うのならなおの事、僕たちをいい人にさせてくださいよ。お金を払わなかったら、ご飯をたかりに来たみたいじゃないですか」

「……それは……」

「ね?」

 僕の説得がトドメになったのか、お母さんはしぶしぶ頷いた。

 そして表情を店員のものへと切り替えると、傍らに居るルカちゃんの方へ向いて、

「じゃあルカ。お客さんを席までご案内して!」

 やや厳しめの声で告げた。

 その後、自らは料理の準備の為にと厨房の奥へと引っ込んでいく。

「う、うんっ」

 ルカちゃんは慌てて頷くと、ぬいぐるみを左腕に抱えて店内を見回した。

 店内は長机が三列に計六台ほど並べられている造りであるため、ルカちゃんの伸長では空いている席を見つけるのには多少難しそうだった。

「ルカちゃん、こっち空いてるぞ~」

 恐らく常連と思しき髭面の老人が、手を上げて知らせてくれる。

 露骨に安堵した表情を見せた後、ルカちゃんは空いている右手で件の席を指し示す。

「あっ、じゃ、じゃああちらに……。えっと、ついてきてください」

 先をちょこちょこと歩くルカちゃんについていき、僕たちは席に座った。

 ついでに老人に頭を下げておく。

 彼女の方はすまし顔で我関せずといった様子だ。

 しかしその美貌だけは黙っていても、周囲から見えなくなるわけではない。

 そのため、当然のように注目の的になっていた。

 特にここは大衆食堂であるため、多くの男性客で溢れかえっているため尚更だ。

 ぼ、僕が一番彼女の事を理解しているんだからねっ。

「それじゃあ、お待ちください。すぐ持ってきますから」

「あ、ありがと~」

 ルカちゃんの背中を見送ると、途端にやることが無くなったので……。

「ねえ、ひ……」

 睨まないでくださいごめんなさい。

「……ポトフ、楽しみだね」

「……ふんっ」

 楽しみなんだね、そう思っとこう、うん。

「ところであんたら、どういう……っていうのは聞いていいんかの?」

 僕ら、特に彼女の事が気になって仕方がないのだろう。

 先ほど手を上げてくれた髭面の老人が話しかけて来た。

「そうですね~。実は僕は先日まで前線に居たんですけど、彼女のために戦う事にしたんで、逃げ出して来たんですよ~。だから詮索は困りますね」

「ふはっ。なんじゃい、全部言っとるでは無いか」

 全部言っているけど、多分勘違いしてるよね、おじいさん。

 まあそれを狙っていたわけだけど。

 駆け落ちした脱走兵とか考えてるのかな。

「なるほどの~。燃える様な恋に生きとるわけじゃの~」

「はい、その通りです!」

 いや、全然違うけどね。

「きっ、貴様! 否定をせんか否定を!」

 当たり前のように彼女が突っ込んで来た。

 しかも顔を真っ赤にして。

 そんなに顔を赤くすると余計誤解されるのに。

「え~、あれだけ情熱的に色々とやりあった仲じゃない」

 喧嘩とか心臓マッサージとかだけどね。

「はっ、破廉恥な! そっそんな事はしておらんわ!」

「あはは、そういう事にしておこうか」

「だからっ、貴様はそういう……」

じゃれ合い、という名の一方的な絡みは、ルカちゃんがポトフを運んでくるまで続いたのだった。

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