第13話 そして彼女は一目惚れをする


 あれから僕は必死に説得することで、何とかみんなの誤解を解くことができた。

 途中で色々混ぜっ返されて更に誤解された部分もあるけど……。

 いずれにせよ、あの後僕たちは平和裏に分かれる事が出来た。

 しかもセラさんやミュウは、彼女の呪いについて色々と調べてみてくれるという。

 事態は段々と良い方に向かっている。僕にはそう感じられた。

「ふむ、色々な物があるのだな」

「あ、市場って来たことなかったの?」

 今僕らは町の市場にやってきていた。

 もちろん、一度魔物が出て来た後に全て倒し、魔物が出るまでの時間を十分に確保してからの話だ。

市場では、色んな商人たちがいたる所にテントを張って店を出していた。

 その店先に並ぶものは、野菜、果物、香辛料などの食料だけにとどまらず、人形や服から装飾品、果ては家具なんてものまで売っていた。

 そんな店の数々を、彼女は物珍しそうにのぞき込んでは感嘆のため息を漏らしていた。

 本当は彼女が火山から離れる事は良くないのだろうけれど、鱗の換金だったり食料の調達だったりでどうしても僕が町に行かなければならなかったのだ。

 そんな状況で、僕が彼女を一人置いて出かける事など出来るわけが無かった。

 だから彼女を必死に説得して、最大限の注意を払うという条件のもと、こうして外出出来る事になったのだった。

 今はそれが正しかったと確信している。

 だって、あんなにはしゃぐ彼女を見るのは、初めてだったから。

 というか、こんな美人を連れて歩くなんて僕もちょっと鼻が高い。

 さっきから道行く人々が、彼女の容姿にくぎ付けになってしまっていた。

 それでも話しかけないのは僕が居るからだろうか。

 お姫様がお忍びで町に繰り出してて、僕はその護衛、みたいに見えるのかな?

「あれはなんだ? 果物か?」

 彼女が指さした先にはカゴに盛られた沢山の唐辛子があった。

「あれは……」

 唐辛子の事を説明しようとして、ふと思いついてしまう。

 あの誤解された仕返しに、今度作るご飯に唐辛子でも混ぜ込んでやろうかな。

 ……あくまでも適度な量しか入れないけど。ってあれ? 仕返しにならない気がするぞ?

 ……まあいいや。喜ぶ顔の方が見たいし。

「何をしている。ぼさっとするな、愚か者め」

「ととっ、ごめん……って置いてかないでよ!」

 え? 唐辛子の説明要らないの?

 彼女の興味は別に移ってしまったのか、もう他の店先へと移動してしまっていた。

 唐辛子を売っていた店のおばちゃんが、僕を見て同情するように苦笑している。

 もしかしたらこんな風にはしゃぐ女性に振り回される男性というのは、ここら辺ではよく見られる光景なのかもしれなかった。

 その後も彼女は色々とはしゃぎ回り、様々な物に興味を抱いてはすぐ次の店に移る、という行為を繰り返したのだった。

 そしてとある店舗の前で彼女の足が止まる。

 だいぶ彼女のテンションに付き合うのに疲れていた僕は、これ幸いと膝に手をついてこっそり休憩していたのだが……。

「…………」

 来るはずの質問がいつまで経っても来ない。

 それどころか、彼女の足はその場に張り付いてしまったかのように動く気配を見せなかった。

「どうした……」

 何気なく彼女の視線を追ってその店に並べられている商品をのぞく。

 そこには、様々な木彫りの人形やぬいぐるみが置かれていた。

おそらくこの世界におけるファンシーショップのような位置づけなのだろう。

「へー、この世界にもテディ・ベアとかあるんだ」

 異世界の動物をよく知らないのでクマという名前の動物なのかは分からないけど。

 恐らく彼女が見入っていると思(おぼ)しきぬいぐるみは、愛らしい瞳とこげ茶色のもこもこな体毛を持っており、いかにも少女が好みそうな姿かたちをしていた。

 僕の感心したような声に彼女がびくりと反応すると、見入っていたことを誤魔化す様にごほんと咳ばらいをした。

「い、いやなに、そう、そうだ。貴様が好みそうだなと思って立ち止まってやったのだぞ。ありがたく思え。べべべ、別に余が可愛らしいとか思って止まったのではないぞ?」

 可愛らしいと思って止まったんだね。

 声を震わせて言い訳する彼女は、ぬいぐるみと同じ……いや、それ以上に愛らしかった。

 言ったら確実に怒るだろうけど。

「ふむ……」

 僕は少し考えた後にポーチから財布を取り出し中身を数える。

 うん、食料を買っても十分残るな。甘いものとか喜ぶかなって思ってたけど、こっちに回してもいいかも。

 それにドラゴンの鱗っていう収入もあるし。

「あの、お……お姉さん」

 店員のオバサンを褒めて値切るのは常套手段です。

「このぬいぐるみっておいくらですか?」

「そうねぇ……」

 店のおばさんは、苦笑しながら僕の方をチラリと見て、いたずらを思いついたように笑みを深くした。

「金貨百枚」

「たかっ!!」

「あんたが狡(こす)い手を使うからだよ」

 バレてましたか……。

 僕は頭をかきながら謝罪する。

「あはは、それで本当の値段はおいくらなんです?」

「ま、銀貨二枚ってところだね」

 大体一万円くらいか。

 二十センチ程度の大きさのぬいぐるみにしては高いのかな?

 いや、工業的に作る事が出来ないんだから、布の値段と手作りって事を鑑みればむしろ安い方なのかな。

「もう一声!」

「……あんたはその女の子への贈り物を値切るのかい? その娘も安くみられたもんだね」

 そっ、それを言われると痛い……。

「よ、余が欲しいのではない! この男が勝手に買おうとしておるのだ! 勘違いするなっ!」

「そ、そうなんです。僕が欲しいだけなんですよ」

 そういう事にしてくださいと、僕は片目をバチコーンと何度もつぶっておばさんに合図を送った。

「はあ……まあ、あたしゃ売れればいいからそこらへんはどうでもいいいけどね。……とにかく銅貨一枚だって下げやしないよ」

 ちぇっ、しょうがない。

 まあ、もこもこした布って高そうだもんね。

「銀貨二枚……いいですよね?」

「はい、まいど。大切にしてやってくれよ。アタシが作ったから、傷ついたりしたら持っておいで。金は取るけど直してあげるよ」

 最後に広告してくるあたり、なかなか商売上手なおばさんだった。

「ありがとうございます」

 僕は礼を言ってぬいぐるみを受け取った。

 とりあえず正面からぬいぐるみの野生の欠片も無さそうなつぶらな瞳を覗き込んでみる。

 ……これは確かに守護(まも)りたくなるな。

 さて、どうやって渡そう。

 今もチロチロこっちを見るほど興味津々なのに、直接あげますって言っても絶対受け取らないだろうしなぁ。

 となると……。

「えっと……ちょっと荷物になるんで持っててもらえますか? ほら、ポーチに突っ込むのも可哀そうですから」

 あ、店員のおばさんが鼻で笑ってる。

 うっさいな。こういうの苦手なんだよ。いくらでも言葉が出てくる女たらしみたいなリア充と一緒にしないでくれ。

「…………」

 彼女は差し出したぬいぐるみを無言でじっと見つめたまま硬直している。

 あれ、不味かった? というかやっぱり露骨すぎた?

 僕は心配になってぬいぐるみを渡すことを一旦諦めようとしたその時。

「……し、仕方ないな」

 彼女はようやく動き出した。

 顔を赤くして、そっぽを向き、自然と緩んでいく口元を無理に引き締めようとしているためか、唇は不自然に震えている。

 それでも彼女は手を差し出し、優しい手つきでぬいぐるみを受け取った。

「き、貴様がどうしてもと頼むのなら、余が手ずから持っておいてやらんでもない」

「うん、お願い」

 そんな僕の視界の端で、おばさんが僕に押せ押せとジェスチャーでけしかける。

 いやいや、無理だからね?

 というかおばさんが考えてるようなラブラブな関係じゃないからね?

 女の子とそういう関係になるのはちょっと憧れるけど。

 ……多分、僕なんか眼中にないし。彼女は人間全員に優しいから。

 あ、ちょっと涙が出そう。

「それじゃあ、行こうよ」

「……うむ」

 視線がぬいぐるみにくぎ付けだね。

 そんなに好きなんだ。意外と少女趣味だよね。

 意外となんていったら失礼だけどさ。

「足元気を付けてね?」

「……うむ」

「前をよく見てないと他の人にぶつかるよ」

「……うむ」

 こんなに一生懸命だとあげたこっちも嬉しい。いや、まだあげてないんだけどさ。持ってもらってるだけだけどさ。

「おーい、聞いてる?」

「……うむ」

 ダメだこりゃ。

 あ、ちょっとイタズラ思いついたかも。

「名前教えてもらってもいい?」

「……うむ」

 ってこれじゃだめだな。

 どうせ後でバックレられる。

「ラブリーマイエンジェルまおーたんって呼んでいい?」

「……うむ」

 あ、でもこれだと意味が通じないや。英語知らないよね、異世界だし。

 ん~、ただ日本語訳するのだと芸がないな……。

「やっぱり血十字聖堕天使って呼んでいい?」

「……うむ」

 ほんとにいいの!?ごめん、僕が恥ずかしい。

さてどうしようか。魔王って単語入れたくないんだよなぁ……。

「……姫って呼んでいい?」

「……うむ」

 結局シンプルなのがいいと思いました。

 べ、別にいいのが思いつかなかったわけじゃないんだからねっ。

 お姫様みたいに綺麗なイメージってのはホントだし。

 なんだよ、おばさん文句ある?

 どうせ一時的な冗談なんだから。

「じゃあ行こうよ、姫」

「……うむ」

 何度か促した後にようやくふらふらと歩き出したので、僕は彼女の腕を掴んで歩くことにしたのだった。






「おーい、姫~。ひ~め~。お姫様~」

 ダメだ。なんだか馬鹿にしてるような気分になって来た。

 はい、ぬいぐるみが見えないように目を隠すよ~。

 僕は心の中で謝罪しつつ、背後から彼女の両目を隠した。

 ちょうど恋人たちが、だーれだってやるみたいに。

 ……そんな甘い理由じゃないけど。

「ふわぁっ!」

 う~ん。意外と普通な悲鳴だ。もっとこう、キャッとかはわわ~って可愛らしい悲鳴を期待したのに。

「な、何をする! この手を退けよ!」

「退けるから話聞いてよ。いい加減ぬいぐるみに見とれてないでさ」

「みっ、みっ、見とれてなどおらぬわっ!」

 めっっっちゃくちゃその言葉に信憑性ないけどね。

ドラゴンの鱗を換金できる商会に来るまで、君、完全に上の空だったでしょ。

 僕が腕を引いて歩いても気付かなかったんだから。

「じゃあ手を退けるけど、僕の話を聞いてね? お願いだから」

「い、いいだろう。だから早く手を退けろ」

 あ、そう言えば誰だって言わなくても僕だってわかってたな。

 嬉しい……わけがない。彼女に話しかけるの僕一人じゃん。初めから一択だっての。

 とりあえず僕は彼女から手を放すと、ゆっくり彼女の周囲を歩いて正面に立った。

 彼女はぬいぐるみの鑑賞を邪魔されたのがよほど不満だったのか、不機嫌そうに唇を尖らせている。

「あのね。今から僕たちは、ここの商会に入ってドラゴンの鱗を換金します。ここまではいい?」

「ぬ?」

 そう言われて彼女はあたりの風景が変わっている事に初めて気が付いたとでも言うかのように、きょろきょろと周囲を見回した。

 しょうがないなぁ、もう……。

「あの人形売ってた店からだいぶ離れてるよ」

「……わ、分かっておる! は、早く換金してくればいいではないか」

「あのね、ドラゴンの鱗が一枚とかだったら気軽に行ってたけどさ。結構な数となるとそれなりに交渉する必要があるんだよ」

 つまり、魂が抜けた状態の君が商談中であるにも関わらず不用意に頷いてしまったら事だ。かといってそんな状態で外に一人放置するわけにもいかない。

 自分を取り戻してもらわないと困るのだ。

「……交渉は苦手だ。貴様に任せた」

 だと思った。

 大体君、人と話すのも久しぶりだもんね。

「分かったよ。じゃあ姫はここで待ってて。時間がかかるかもしれないけど、そこら辺をうろつかないでね。変な人に着いて行っちゃダメだよ」

 僕は母親か。

「そんな事は分かっておる。余を子ども扱いするな」

 ぬいぐるみを抱きながらそのセリフはちょっと説得力ないと思うなぁ。

「姫はきれいだから、外に居ると変な男とかが声かけてくるかもしれないけど、絶対相手にしちゃダメだからね。いい? 危なくなったら大声で僕を呼んで。すぐに駆け付けるから」

「分かった分かった……」

 彼女は煩わしそうに手を振って、そこで止まった。

「……貴様、今なんと言った?」

「男が声をかけてくるから……」

「そこではない。余の事を何と呼んだ?」

 お、ようやく気付いてくれたぞ。

「姫、だね」

「……なんだその恥ずかしい呼び方は」

「恥ずかしいかな? 似合ってると思うけど」

 少なくともほかの候補よりは恥ずかしくないし。

「似合う似合わないではない。何故急にその様な呼び名を付けた。余に対する嫌がらせか?」

「え、だって僕は君に聞いたよ? 姫って呼んでいいかって。そしたら君がいいって言ったんじゃないか」

「……そんな事を言った覚えはない」

 君、ぬいぐるみに見とれてそれどころじゃなかったしね。

 言った言わないは水掛け論にしかならないしなぁ……。

 さて、どうしよう。

「じゃあ、いい加減名前を教えてよ。君とかじゃ呼びづらいんだよ。……それにあの名前はなるべく使いたくないし」

「魔王でいいではないか。余も認めておるし、どうせ本気にする者も居らん」

「僕が認めないから却下。あれは君の呪いに付いた名前で、君の事じゃない」

「それは…………」

 あれ? 急に顔を赤くしてごにょごにょ何やら言い始めたけど……。リンゴ病?

 何も恥ずかしいことは無かったよね?

「き、貴様が呼びたくないと言うのなら余も強制は出来んな、うむ」

「だよね。だから名前教えて。でなけりゃ姫って呼ぶよ」

 ちなみにそれが狙いだったりして。

「ふんっ、貴様などに教えるかっ。それに姫などというふざけた呼び方もさせん」

「じゃあ美少女魔法しょー……」

「そんなふざけた名前はもっとさせん」

 まだ最後まで言ってないのに。

「我が儘だなぁ」

「それは余のセリフだ!」

 どっちもどっちだと思う。

「じゃあ行ってくるから、ひ……」

「それ以上言ったら消える」

「……消える時にぬいぐるみは置いてってね」

 そんな世界が終わるみたいな顔しないで!

 そんな表情今まで見たことない!

 というか泣いてない!? 泣いてないよね!? 目元が潤んでるのってそれゴミが入ったんだよね!?

「ごめん! 今の嘘だから! 持ってて! そのぬいぐるみを落としたり無くしたり盗られたりしないように全力で抱きしめてて! お願い!」

「…………」

 ぎゅっって感じで彼女はぬいぐるみを抱きしめる。

 その姿からは、絶対に返さないぞ、という意思が溢れ出していた。

 いやもう凄いプレッシャー。

 涙目一つで国を崩壊させられるんじゃないかってくらいの破壊力だった。

 ダメだ、僕もう色々とダメになりそう。

「じゃあ、お願いだから静かに待っててね……」

 僕の言葉に、彼女は多少子どもっぽくこくんと頷くと、ぬいぐるみに頬ずりし始めた。

 いやもうなんというか、色々隠さなくなってるよね……。

 さって……何か別の呼び名考えないと……じゃない。ドラゴンの鱗をできるだけ高く売る言葉を考えないとな……。

 そんな事を考えながら、僕は商会の扉を叩いたのだった。


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