第11話 彼女との再会


「あ、久しぶり……って……どこ?」

 周囲を見渡してみても、木と岩とドラゴンの死骸しか見えなかった。

「声はすれども姿は見えず……なるほど、透明化の魔法か! 見つけられなかったわけだ」

「愚か者が! 余がそのような事をするかっ! ドラゴンの反対側だ」

 ……き、気付いてたし。ちょっとふざけてみただけだし。

「そうだったそうだった。君は魔法を使わないんだった」

 そこでわざと二人に聞こえる様に大声を出す。

「魔物が生まれるから」

 その言葉を聞いたミュウとセラさんの顔に緊張が走った。

 二人とも、僕の言いたいことをきちんと気付いてくれたみたいだった。

「……む、まあ、そうだな」

「そういったのを気にしてるんだよね。だから……」

 少しだけ、僕の胸がざわついた。

 これは僕の罪を告白するようなものだから。

 僕の情けない部分を言いふらすようなものだから。

「だから、僕が戦えなくなったときに、わざわざ君は死のうとしたんだよね」

「…………」

 帰って来たのは沈黙だった。

 だがそれは僕の言葉を肯定することになった。

「ね? 優しい人なんだよ、彼女は」

 僕は作業の手を止めて、ミュウを、セラさんを見る。

 だがミュウは僕の視線から逃れる様に、口惜しそうに唇を引き結びながら顔をそむけてしまった。

 一方セラさんは相変わらずの困ったような笑顔を称えたまま、表情をピクリともさせなかった。

「それをまずは分かって欲しいなって……」

「貴様、嫌みが過ぎるぞ。いい加減にしろ」

 ご本人からダメだしされてしまった。

 うん、この声の感じは不機嫌になる前兆だから、これ以上はやめておこう。

「ところで、出てきてくれてありがとう。探さないといけないと思ってたのに」

 とはいえ一応目算はあった。

 砦で最近戦闘を行った感じはあった。と言う事は彼女が近くに居る可能性はかなり高かったのだ。

 しかし、アルのあの様子だと彼女は接触してきていないのはすぐにわかった。

 あの様子なら、例え勇者の剣がうまく使えなくても彼女に切りかかっただろうから。

 なら、この近くでアルが勇者の剣を使えるようになるまで待っているのではないかと予想を立てたのだ。

 そして、彼女は勇者の装備から発せられる何らかの特別な力を感知できるのでは、とも予想がついた。

 でなければ四つある砦の中から、的確にアルの居る砦を見つける事が出来るはずないから。

 そんな状況で、勇者の装備の反応があれば彼女は必ず様子を見に来るはずだった。

 そして、僕はその賭けに勝ったのだった。

 まさか向こうから声までかけてくれるとは思ってなかったけど。

 いや~、実は避けられてるんじゃないかと内心ひやひやだったんだけども。

「……ふん。出て行かなかったら、貴様はいつまでも探して回るつもりであったろうに。それで野垂れ死にでもされてはたす……寝覚めが悪い」

 あ、今ちょっとだけ本音が出たぞ。

 うんうん、やっぱり僕を彼女自身の意志で救ってくれたのか。

 僕はそんな事を考えつつ鱗を剥がず作業を続けていたら……。

「勇者様、嬉しそうですね」

 ミュウからジト目で睨まれてしまった。

 まあ、嬉しいんですけどね。

 というかさっきから何で不機嫌なんだろう、ミュウ。

「というか貴様、先ほどから何をしている。何故こんな不愉快な物をいつまでも眺めていなければならん」

 君は移動する気ゼロなんだね。もしかしたらミュウ達と顔を合わせたくないのかもしれないけど。

「今ドラゴンの鱗を剥がしてるんだよ」

「なぜそんな面倒な事を」

「高く売れるからだけど……。ほら、お金必要でしょ?」

 君は何も食べなくても生きて行けるみたいだけどさ。

「金……金……。ああ、そう言えばそんなものもあったな……」

 どれだけ俗世から離れてたのよ。お金の存在を忘れるくらいって……。

 これは……ちょっと腹が立つな。

 彼女はそんな長い時間独りぼっちだったんだ。

 だから僕はそれを少しでも取り返すことを決意した。

「お金があったら美味しい料理作れるから、ごちそうするよ。楽しみにしてて」

「……余も手伝おう」

 現金だな。

 というか庶民的だな。

 というか……これからも一緒に居てくれるのかな?

 それが一番大事な事なんだけど……。ちょっと、今はそれを聞ける雰囲気じゃなさそうだ。

「あ、でも結構堅くて……」

 言いかけた僕の言葉に重なる様にして、ブチッっという音が響いた。

 どうやら素手で鱗を捥(も)ぎ取ったらしい。

「わ~お……」

 さすがの怪力。

「ん? 何か悪かったか? 一応鱗は壊れていないはずだが……」

「いえ、まったくもって問題ないと思うよ~。じゃんじゃんやっちゃって。なるべく大きいと価値が高いらしいから」

「そうか」

 彼女の呟きと共に、ブチッブチッと何かを引きちぎる音が加速する。

 それと共に、ドラゴンの体が小刻みに振動していた。きっと、もの凄い力で鱗を回収しているのだろう。

 ……僕、一枚剥がすのにも結構苦労してるんだけどなぁ……。

 嘆いてても仕方ないか。僕もしっかりやろう。

「みんな、頑張れー」

 セラさんの多少無責任な応援を背に、ドラゴンの鱗はがしを黙々と続ける僕らだった。







 それからしばらくして、『彼女』が持ちきれなくなったと鱗をこちら側まで運んできたことで休憩になった。

 その際、彼女はナイトドレスのスカートを持ち上げ、そこに山ほど鱗を乗せていたのだが……。

 見ていません。ギリギリ見えませんでした。はい。

 ざ、残念とか思ってないし。

「ふむ、余が一番多いようだな」

 彼女は相変わらず僕の兜を椅子にして、彼女は自分がはぎ取った鱗の山――確実に数百枚はあるだろう――を満足げに眺めた。

 ちなみに僕は彼女の三分の一程度で、ミュウに至っては一枚だった。

 いやでも一枚でも頑張ったからね? セラさんゼロ枚だからね?

 そんなに悔しそうに唇噛み締めて俯かなくてもいいんだからね?

「ミ、ミュウ、あのさ……」

「……すみません……」

「いや、気にしなくっていいから! 十分役に立ってくれてるからさ」

「…………すみません…………」

 どうやって慰めればいいんだろう。というか慰めれば慰めるほど沈んでいく気がする。

 ちょっとそっとしておいた方がいいかな。

「おい」

「ん、何?」

「貴様にソレをくれてやる」

 そう言って彼女が顎で指した先には、鱗の山があった。

 ……一枚でどのくらいの値段するか分からないけど、相当の高値で売れるって聞いたけど……。

 ほら、さすがのセラさんも口を開けて驚いてるじゃないか。

「いや、でも収穫? したのは君でしょ?」

「それを言うならば倒したのは貴様だ」

「なら生み出したの君じゃん」

「ぬ」

 僕の一言で彼女は黙ってしまった。

 しばらく形のいい顎に手をやって、考え込んでいたが。

「余に食事をくれただろう。あの代金だと思え」

「いやでもどう考えても貰い過ぎ……」

「では次から更に美味い飯を作れ」

 それってお味噌汁を作ってくれ的なプロポーズ?

 絶対違うよね、うん。聞かなくても分かる。

 適当な理由をつけて鱗を僕に渡したいだけだろう。

 というか僕は君と一緒に居てもいいんだね。てっきりどっかいけって罵られるかと思ってた。

その事がちょっと嬉しい、かな。

「了解しました、お嬢様」

「うむ、良きにはからえ」

 なんて、ちょっとキザっぽかったかな。

「あ、あのあのっ。勇者様、私の分も少ないですがどうぞ!」

 いや~、あれだけ一生懸命になって手に入れた一枚を貰うって……なんかすごいヒモっていうか守銭奴っぽいぞ?

 よし、ここは……。

「ミュウ。これ全部を換金したらいくらになるか計算してくれないかな?」

「え? は、はい」

 僕に頼まれたミュウは、張り切って腕まくりをすると、鱗の鑑定を始めた。

 そしてものの数分も立たないうちに仕事を終えた。

「捨て値で換算しても、金貨百六十枚はくだらないと思います」

 金貨一枚で十万円くらいの価値だから……千六百万円?

 凄いな……って言っても生涯賃金は二億とからしいから、一生暮らせるって額にはならないか。

 でも当面お金の心配はしなくても大丈夫そうだな。

 ……換金できればの話だけど。

「ありがとう、ミュウ。じゃあ……」

 そう言うと、僕は鱗の中から大きめの物を二枚選びだしてミュウに差し出した。

「計算をしてくれたお礼と、手伝ってくれたお礼」

「……っ! そ、そんな、多すぎます!」

 あ、それさっき僕が言ったセリフ。

 じゃあ彼女の真似をして……。

「今までずっと僕の心配をしてくれたお礼と、裏切った僕にもこうして普通に接してくれたお礼」

 あれ? 二枚じゃ足りなくない?

 というかこの理由だとセラさんにもあげないと……。

 よし、更に十枚追加しよう。

「で、ですから貰い過ぎです! なんで追加してるんですか!?」

「だって嬉しかったから。あ、セラさんもどうぞ」

「え~、ホントに貰っちゃっていいの?」

「はい。どうせ目の前のドラゴンから剥ぎ取れば、まだ手に入りますから」

 そう言って、セラさんには大きめなドラゴンの鱗十枚を差し出した。

 だってあの二枚はあくまでも計算をした報酬だから。

 ケチでやってるんじゃないよ?

 というか今までのお礼だったら鱗全部上げてもホントは足りないんだよなぁ……。

「うん、ありがとう」

 あら? すんなり受け取るんだ。

 と思ったらセラさんが腰のポーチを探っている。

「はい、お返し」

「へ?」

 渡されたのはハンカチ位の大きさのスクロールだった。

 手提げかばんより少し多く入るくらいの容量しかない代物だ。

「これ……?」

「いろーんなポーションとか~、解毒剤や解呪用の聖水、睡眠薬とかも入ってるわよ」

「え……?」

 慌ててスクロールに手を当てて中身を確認してみる。

 その中に会ったのは、僕が使ってしまったポーションを補ってあまりあるほどの回復用のポーションだった。

値段的には確実に先ほど渡した鱗を上回る代物だった。

「こんなの受け取れ……」

「受け取れないとは言わないでね? 貴方を治療したのは誰かなぁ~」

「ぐはぁ」

 痛いところを突かれてしまった……。

 確かに、治療方法がないと僕は彼女を守ることなどできるはずがなかった。

「……ありがたく、いただきます」

「はい、いただかれて~」

 そんな事をやっている横では、ミュウがあわただしく自身の体を撫でまわしていた。

 いや、無理に何か僕に渡せる物を探さなくていいからね?

 いやいや、こうなったら私を……とか全部聞こえてるよ? もらえないからね?

 どんだけ僕をゲスにしたいのよ。

「じゃ、じゃあ僕は彼女とこれからも一緒に行動するから、ミュウ達とはお別れだね」

「なぜ余が貴様と行動を共にせねばならん」

 わーお、すぐさま否定とか結構キツイよ。

「確かに僕は情けない結果しか出せなかった。失敗しかしなかった。でも、それでもまだ君の傍に居たい。君を守りたい」

「余を守りたいのならば殺せ。それが一番余を傷つけぬ方法だ」

 そう言って僕を見る彼女の目は、やはり全てを諦めきった瞳だった。

 確かに殺してしまうのが最も彼女を結果的に傷つけない方法だろう。でもそれは矛盾をはらんだ解答だ。

 百点を取れないから十点を取りに行く。それでも零点を取るよりマシだから。

 ……ふざけるな。

 ああ、ふざけるな。

 僕は絶対に百点を取ってやる。

 それまでがずっと零点だったとしても、最後の一回でもいいから百点取れば、全てが報われるんだ。

「……聞いたよ。最初は殺されるのに抵抗してたって」

「……昔の話だ。今とは違う」

「今もそうだ。君は寂しがり屋で、人恋しくて、人と話すのが好きで……。本当は人間が大好きだって……」

 僕の言葉を聞いた彼女は、勢い良く立ち上がると僕を睨みつけた。

「私の何を知っている! 知った風な口を利くな!」

 ついに僕は彼女の傷口に触れてしまった。

 だから彼女は当然のように怒り出してしまう。

 何故なら痛いから。

 もうずっと目を背けて、傷口何てないと思い込んで忘れて来た痛みを、僕は無理やりさらけ出させて、見せつけて、痛いだろうと指摘しながら踏みにじった。

 きっと僕は最低な事をしている。

 ただの部外者が、知った顔で正論を押し付けて、出来もしない絵空事を語って嘯いている。

 彼女はそんな言葉に何度踊らされて、何度傷ついて来たのか分からないのだ。

 もう、絶対にそんな痛い想いはしたくないのだ。

 でも、それでも僕は……。

「僕は、君に死んでほしくない」

「なっ……」

「僕の知っている事なんて、きっと表面だけでしかないんだ。僕は君に会って、たった数日しか話したことがない。それで分かる事なんて少しだけだ。でも、少しでも君を知っている。ほんの少しだけ君を知っている。だから言えるんだ」

 僕は一度言葉を切って、大きく息を吸い込んだ。

 その間、彼女からの反論は、ない。

「君は死なんて望んでない」

「…………ちがっ……う」

 僕の言葉を、即座に否定することは、彼女には出来なかった。

 そしてそれが、答えだった。

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