第18話 彼女が魔王となったわけ
あれから数日が経ち、彼女は少しずつ立ち直りつつあった。
だから僕は意を決してある事を提案した。
「それでさ、君の呪いを解こうと思うんだけど、どうかな?」
「え?」
これが為れば、彼女が殺される原因は完全に無くなるのだ。
彼女は晴れて自由の身となり、彼女の好きな事を好きなだけ出来るようになる。
……僕が傍に居る理由がなくなるのは少し寂しいけれど。
「君は無理だって思ってるかもしれないけどさ。僕は異世界人なんだ。君たちの知らない知識を……ちょっとだけ持ってるし、違う考え方や視点で見る事が出来るよ。僕だったらその呪いを解けるかもしれない」
きっと僕の言葉は彼女にとって辛い言葉だろう。
こんな言葉に縋って、縋るたびに裏切られて、そして今の様に全てを諦めてしまうほど絶望してしまったんだ。
そんな彼女を僕は再び希望という名の地獄に突き落とそうとしているのだ。
「…………不可能だと言ったはずだ」
彼女は予想通り、僕の願いをバッサリと切って捨てた。
本来ならば敵意を向けられても仕方がなかった。冷たく否定されて終わるだけマシな方だろう。
「でも僕はやる前から諦めたくない」
どれだけ彼女に嫌われることになろうとも、僕は彼女に生きていて欲しいから。
「だから……」
「はぁ~あ……」
僕の言葉を遮るようにして、彼女はわざとらしくため息をついた。
これ以上この話はしたくない、そういう事だろう。
でも、
「だから君に話をして欲しい。呪いの事を。それは生まれつきだったの? それとも誰かにかけられたの?」
「…………」
しつこく食い下がる僕に、彼女は冷ややかな視線を僕に突き刺してくる。
何があっても引かない。その気概を見せるために、彼女の圧力に屈して逸らしてしまいそうになる視線を、下腹に力を籠める事でぐっと我慢する。
ここまで来たのだ。僕の為にも、なにより彼女の為にも僕は負けるわけにはいかなかった。
一分、二分と時間は過ぎていく。どちらも互いに譲らなかった。
そしてさらに時間が過ぎていき、二桁に達しようとした頃になって、
「あぁ、もう! まったく!」
とうとう彼女は根負けして天を仰いだのだった。
「まったく! まったくだ! 本当に、貴様は! 貴様という奴は!」
相当腹に据えかねているのか、彼女は自分の頭を手でぐしゃぐしゃとかき混ぜながら悪態をつく。
「信じられない! ああ、信じられないとも! こんなバカが居るとは。無駄だと言うのに、言ったのに。それでも信じないとは……! 呆れ返って言葉も出んわっ!」
僕の事罵倒しまくってるじゃないですか~。
「うん、馬鹿だから分からない。馬鹿でいいから、教えて欲しい。というか僕が馬鹿なのは君も知ってるでしょ。裏切った時から分かってたでしょ」
僕が賢かったら、君を殺してる。
全てに絶望した目で、無抵抗で、自ら進んで殺されようとしている君の事なんか考えずに、世界の安全のために君を殺してる。
きっとそれが正しいし、賢い人のやることだ。
そして束の間の平和の中で仲間と生きる。
誰も傷つかない世界の出来上がりだ。
でも僕はそれが出来なかった。
例え彼女が望んでいる事でも、僕は彼女を殺すことなんて出来なかった。
彼女が死を望んでいる事が、諦めてしまっている事が、許せなかった。
だから僕は……。
「ふんっ、いい迷惑だ」
そして彼女は僕から眼を背けた。
「あ~あ。あ~あ!」
僕を見なくて良い様に、体ごと反対方向を向いて、わざとらしく嘆いた。
「そんなことしても諦めないよ」
「……分かっている! この馬鹿!」
彼女は吐き捨てると、背中を向けたままゆっくりと歩き出してしまった。
「待って、逃げるのは無しだって……」
「わ、分かっているわ、この愚か者が!」
おっと、格下げされちゃった?
「分かっている。だから、こちらに、来るな。そ、それが守れるというのなら……」
「分かった、守るよ」
僕が足を止めると同時に、彼女も歩みを止める。
僕たちの間には少し距離があるけれど、話が聞けないほどじゃあなかった。
「よかろう。……ちと、待っていろ」
「うん、待ってる」
そして僕らの間には静寂が広がった。
聞こえるのは嗚咽にも似た、彼女の荒い呼気だけだった。
にらみ合ったよりも更に長い時間が経ち、ようやく彼女が口を開いた。
「余の呪いの話をする前に、余がどういう存在であったのかから話をせねばならんな」
そして彼女は語り始める。
彼女は古の、気が遠くなるほど昔に生まれた只の人間だった。
ほんの少し違った所は、ほかの人より少しだけ優しく、強かったのだ。
そんな彼女は世界が在れている事を嘆き、剣を取って戦った。
戦って戦って、やがて彼女はこの世界を守護している女神に認められるほどに強くなった。
そして人々は彼女をこう呼んだ。始まりの勇者と。
ある時女神は彼女にある頼みごとをした。
この世界を救ってほしいと。この世界を蝕む魔王を、自らと共に討ってほしいと。
彼女は一も二もなく頷いた。
それが世界のためになると、人々のためになると信じたからだ。
彼女はその身に女神を宿し、魔王と戦った。
永い刻をかけて、戦い続けた。
そして、その果てに魔王を倒すことに成功した。
しかし、魔王は死に際に女神を道連れにし、彼女に呪いをかけたのだ。
始めはその呪いが何か分からなかった彼女は、女神を失った悲しみに暮れながら、人々の元へと帰った。
人々は諸手を上げて彼女を歓迎し、称え、そして、畏怖した。
それでも彼女は人々に受け入れられていたのだ。呪いが発動するまでは。
呪い。それは彼女の意志に関係なく、大量の魔物を生み出していくものだった。
だから人々は彼女を恐れ、最後には彼女を――殺した。
殺して魔物の恐怖から逃れようとしたのだ。
だが、逃れられなかった。
数日後、彼女は世界の片隅で生き返ったからだ。
幾多の魔物と共に。
彼女は魔物と戦った。戦って、力を使い、そのせいでまた魔物を生んだ。
生まれた魔物は世界を飲み込んでいった。
だから人々は必死になって彼女を探し、見つけるたびに彼女を殺した。
殺されるたびに、彼女は生き返った。
そしていつしか彼女は魔王と呼ばれるようになった。魔物たちの、王と。
そんな彼女であっても庇おうとした者達も居た。だがそんな人たちは、ある時は魔物に殺され、ある時は耐えられなくなって彼女を殺した。
そして、一人、また一人と彼女の元から去って行ってしまった。
彼女は、独りになってしまった。
やがて彼女は、逃げ隠れすることに疲れてしまった。
どれだけあがいても、何をしても、彼女は決して救われなかったから。
だから、殺してくれと、楽にしてくれと人々に己の首を差し出した。
人々はそんな彼女を様々な方法で殺し、あるいは封印しようとし、あらゆる方法を試し、そして、そのすべてに失敗した。
彼女は苦しんで苦しんで苦しみぬいて、それでも生き返ってしまった。
唯一分かったことは、神の力が宿る武器、始まりの勇者――すなわち彼女が使っていた武器で殺した時のみ、彼女の死んでいる時間が長かったことだ。
だから人々は神の力が宿った武器を使える者、すなわち勇者を望んだ。
大勢を集めて訓練し、適合者に勇者の武器を持たせる。適合者が居ない時には異世界から召喚し戦った。
そして勇者に魔王を、彼女を、殺させた。
「――でも僕は殺さない」
話し終わった彼女に、僕はそう誓った。
「……馬鹿者が。少しずつではあるが、死んで生き返る時間が短くなってきている。魔物が生まれる頻度もな。この呪いは、だんだんと強くなっていくのだ。お前がしている事は、それを助長しているかもしれんのだぞ」
「それでも僕は君を殺さないよ。その方法は間違ってる。だって、解決してないじゃないか」
「余が死んでいる間、人々は平和に暮らせている。例え束の間であろうとな。その事実は無視か? お前の我が儘のせいで、今、大勢の人が苦しんでいるのだぞ」
「君はもっと長い間苦しみ続けたんだ。そのぐらいなんだよ。大体、そいつらは大して苦しみもせず、のんきに暮らしてるじゃないか。死ぬしかない君よりよほど楽だよ。死の危険があるなんてその程度、君と比べ物になるか! 生きてるじゃないか。それ以上を求めること自体が贅沢だ。ふざけるなって怒鳴りつけてやりたいよ」
大体その苦しんでいるとか言う奴らは、命の危険を犯して戦ったのだろうか。
本当に死ぬような苦しみを味わったのだろうか。
いずれにせよ、死の苦しみを彼女だけに背負わせるのは不公平だ。
「……貴様は、他人の事でそれほどまでに怒るのだな……」
「理不尽に怒るのはみんな一緒でしょ」
まあ、僕が他所からきた人間だからこういう感情を持つのかもしれないけどさ。
もし僕がここで生まれ育っていたら、彼女が死ぬのが当然って思ってたかもしれない。
……そんな事よりも、だ。僕の目的は彼女の呪いを解くことで、彼女のために怒る事じゃないのだ。
「とにかくどうにかするのは呪いの方で、君の方じゃない。だから僕は呪いをどうにかしようと思う」
「……そうか。出来るとよいな」
ずいぶん他人事だね。
まあ、それだけ試してダメだったんだろうけど。
「まず、失敗したのはどんなことなの?呪いの浄化は当然として、魔物が発生する影を浄化したり、影に魔法を叩き込んだり、影の中に入ったり、影が発生中に君を浄化したり……あとはえ~っと」
死後の光がぱっと思いつく異変だけど、それは……。
「…………」
適当に思いつく限り色んな手段を並べ立てている僕を、彼女は感心したような表情で見ていた。
「……なに?」
「いや、よくもまあとっさにそれだけ思いつくものだと感心してな」
そりゃまあ、ゲームとかはこうやって相手の裏をかく方法を考えるものだし。
「だがまあ、それらはおおむね試した。そして、だめだった。如何なる方法でも浄化など出来んし、魔物の発生を遅らせる事も出来なかった」
「影の中は入ったの?」
「それは試していない」
じゃあ今度試してみよう。魔物を倒しながら描き分けてはいるってかなり難しそうだけど。
「試すまでもないだけだぞ。影は虚無の空間だ。入ればゼロになるだけだ」
「ゼロ?」
「存在が消える。元々は魔王……本来の魔王が持っていた力だからな。余はよく知っている」
おおう……。
「一番、というより唯一効果があったのが、神の力が宿る装備で余を殺すことだった。そういうことだ」
ふーむ……常識的に考えるなら神の力と魔王の力が相殺したからだよね。
「ねえ、君が死んだ後は光が降ってきて君の体が消えるよね。つまり、その光が降ってくるのが遅くなるの?」
「ぬ」
あら、硬直してる。
この反応から察するに分からないみたいだな。そりゃそうだよね、死んでるんだし。
セラさんに聞いたら分かるかも。
「それは、知らぬ。だが、普通に殺された場合は、殺された瞬間に意識が途切れ、次の瞬間別の場所に目を覚ますのだ。神の力が宿った武器で殺された時は、しばらく……ふわふわとしたような感覚があって、それから目覚めるのだ。そこから類推することは出来るだろうな」
光による分解? は起動するけどその後の再構築は上手くいかないみたいな感じか。
となると彼女を蘇生する装置というかシステムは外部にあって、神の力で彼女を殺すとエラーが混じるって考えた方が自然かな。
う~ん……? 何かがおかしいぞ。
つまりこれって蘇生させるシステムと魔物を生み出す呪いは別物ってことだよね。
彼女が死んだ時、彼女という蛇口が無くなるから魔物は発生しなくなる。
でもそれは蛇口が無くなるから魔物が出なくなるだけで、魔物を生み出す力は溜まっていくんじゃないのか?
だから魔物の発生頻度は早くなってきているんじゃないのか?
「……おい」
……ダメだな。分からない事が多すぎる。もっと情報を整理して……。
「おい、黙ってないで何か反応しろ!」
「うわっ!?」
気付けば彼女は僕の目の前に居た。
どうやら僕は、ずっと彼女を無視して考え込んでいたみたいだった。
「っとごめんごめん。ちょっと考え事してたんだ」
「ふんっ、余を無視するとはいい度胸だな」
彼女は腕組みをしてあからさまに怒っていますというポーズを取っている。
でもそれって、もっと構えっていう猫的な要求だよね。
……ぐはっ。
「怒らないでって。考えたことがあってね……」
僕はカノジョをなだめすかしながら、先ほどまでの考えを披露した。
「……ふむ、なるほど。面白い考え方ではあるな。まあ、仮定ばかりで何も実のある内容では無いが」
……相変わらず君は手厳しいな。
じゃあもう一つ、今思いついたのはどうだ?
「それからね、僕は、電池を外せばいいと思ったんだよ」
「でん……ち?」
耳慣れない地球の言葉に彼女は困惑する。
まあ、これだけじゃ分からないよね。
「電池、つまり動力(エネルギー)だよ。これは機械的な考え方なんだけどね。装置っていうのは大まかに言うと、動力、操作、作用の三つで構成されるんだ」
説明しても彼女は首を傾げていて理解が及んでいない様だった。
やはり科学という概念に疎い彼女にはなじみが薄い考え方なのだろう。
等価交換とかエネルギー保存の法則とか無視しまくってるもんなぁ、魔法って。
「魔法を使うのにも魔力が必要でしょ。そして操作、つまり呪文が必要になる。作用は魔法の効果ね」
「……始めからそう言え」
「でまあ、呪いにも動力があるでしょっていう話。その動力を外してしまえば、呪い自体はあっても作用しなくなるんじゃないかっていう……」
あ、その顔分かってないな。というか、呪いを一つのシステムと考える事が出来ないって感じかな。呪いはそれだけで動力も操作も作用も合わさった存在だって考えてるっぽい。
そこからか~……。そうだよね~。魔法とかみたいに祈るだけで力が出てくる世界に居ると意識しづらいよね~……。
「えっとね。初めから説明すると……」
それから僕はカノジョに根気強く説明を続け、ようやくわかってもらう事ができたのだった。
まあ、お婆ちゃんにパソコンを教えた時よりは分かってもらえたけどね……。
「ふむ、なるほど。そんな考え方をしている訳か。そういう考えは余もしたことが無かったし、試したことは無かったな。……そうか」
最後のそうか、が少しうれしそうに聞こえたのは、僕の気のせいではなかったはずだ。
希望は、まだあるよ。
「力になれて良かったよ。まだ魔物が出てくる仕組みを解明したり、その影を発生させる何かに力を注ぐ存在や方法を解明しなきゃいけないけど……」
それが出来れば、彼女の呪いを機能不全にさせる事は出来るかもしれない。
いや、かもしれないじゃない。出来る様にするんだ、必ず。
「ミュウやセラさんに手伝ってもらわないとね。いつ来るとか約束してなかったや。しまったな……」
どうにかして連絡とる方法考えないとな……。
「……ってあれ?」
僕は視界の端に魔力の光を捕らえた気がして空を見上げた。
「どうした……誰か来るな」
その魔力の光は、移動用の魔具が放つ光だった。
迎撃されたらほぼ確実に死んでしまうので、この魔物がいつ現れるかわからない場所に向かってくるのは相当な命知らずか、あるいはそれだけの理由があるか、だ。
光は僕たちの近くにまで降り立った、そしてその光の中から姿を現したのは……。
「セラさん!?」
あまりに意外な人物の登場に、僕は驚きを隠せなかった。
噂をすれば影がさすって言うけれども都合良すぎでしょ!
「良かった。まだ間に合った」
セラさんはそれだけ言うと、僕たちの元まで走り寄ってくる。
「いったいどう……」
「これ」
僕が質問するのも構わず、セラさんは手の中の物を僕に押し付けてくる。
チラッと視線を落とせば、そこにあるのは移動用の魔具と何かが入っていると思しきスクロールだった。
「あなた達、これを持って早く逃げて!」
「え?」
「もう、この山は軍隊に囲まれてるの。何がどうあっても魔王を殺すつもりよ!」
何のことはない。セラさんは、時間切れを知らせに来たのだった。
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