第7話 僕は失敗する


 剣は巨人の皮膚を容易く切り裂き、大きさだけで僕の伸長を超えるほどの巨大な傷を作り上げた。

 だが、それはあくまでも僕から見た時の話だ。

 今生まれ出ている魔物は名前をギガンテスといい、その見た目は人間とさして変わらない存在だ。大きさだけが違い、個体にもよるが、だいたいは十メートルを超える。

 特殊能力は何も持たず、魔法も使えないが、あまりにも巨大な体から繰り出される攻撃は、ただそれだけで魔法を超える威力を生む。

 また、その大きさ故に凄まじいタフネスを誇り、矢や槍による一撃など蚊に刺された程度にしか感じない様であった。

 つまり、ただ強い。そんな相手だ。

 ギガンテスに立ちあがられてしまえば僕に倒す手段はかなり限られてしまう。

 だから……。

「出てくる前に出来る限り手傷を負わせてっ!」

 今ギガンテスは右肩口までが影から生えてきていた。

 もう少しすれば、生物共通の弱点である頭が出てくるはずだ。

「大地を疾(はし)るあらしまなる風よ。剣に宿りて、我が眼前に立ちはだかる敵を噛み砕け!」

 僕は反撃にと振り回される腕から逃れるために後方へと跳び退くと、剣に風の魔法を纏わせた。

 狙うのは強固な骨に守られた頭では無く、無防備な首筋だ。

 一撃で倒すことは出来ないが、致命傷を与える事ができれば、後は守るだけで勝つことが出来る。

 だから僕は突貫しやすいように剣を地面と水平に持ち、左手を地面について、その弱点が出てくるのを待ち構えていた。

 しかし……。

「逃げよと言ったであろう!」

 彼女の言葉が邪魔をする。

「大丈夫、殺せる!」

 そう僕が言った瞬間、影からギガンテスが顔を出した。

 ――瞬間。

「だぁっ!」

 僕は放たれた弾丸のごとく、突進した。

 僕は刹那の間を見切り、がむしゃらに振り回される腕を掻い潜り、ギガンテスの首元まで辿りつく。

 そして勢いそのままに、渾身の力を籠めて剣を繰り出した。

 剣は、ギガンテスの強固な皮膚をやすやす貫いて、根元まで突き刺さる。

 それで終わりではない。

「弾けろっ」

 僕の命令と共に、剣に籠められた風の魔法が起動する。

 暴風の牙は、爆音とともにギガンテスの首元で暴れ回り、首から肩までを大きくえぐり取った。

 ここまでのダメージを受ければ、ほとんどの魔物が死ぬだろう。

 だが、こいつはまだ死なない。

 いや、正確には死ぬまでに見境なく暴れ回るのだ。

 だから再び僕は大きく跳び離れた。

 しかし、そんな僕の全身を強い衝撃が襲った。

「ぐあっ」

 衝撃によって僕は数メートルも吹き飛ばされてしまった。

 そのままゴロゴロと地面を転がり、衝撃を殺す。

 そして顔を上げた時、目の前には先ほどとは別のギガンテスの手のひらがあった。

「くそっ」

 僕は両手両足で地面を突き飛ばして何とか体をその場から移動させる。

その直後、先ほどまで僕の体があった位置をギガンテスの大きな手が薙ぎ払っていった。

何とか死の顎(あぎと)から逃れる事が出来た僕は、素早く起き上がって状況を確認した。

 そして、愕然とする。

 先ほど瀕死にまで追いやったギガンテスを含め、5体の巨人がその場に生まれつつあった。

 一体でも相当な破壊力を持つ魔物が五体。

 小国なら落とせるほどの戦力が目の前にあった。

「もう、いいだろう。こやつらの反応は鈍い。貴様なら逃げ延びる事もできるはずだ」

 彼女の言葉が、甘い誘惑となって僕をくすぐる。

 確かにそうすれば、きっと楽になれるだろう。

 命を落とさずにすむだろう。

 だが……僕が僕でなくなってしまう。僕の魂は死んでしまう。

 何より彼女の目が、絶望で染まってしまうだろう。

 だからそんな選択肢は、有り得なかった。

「絶対に嫌だ!」

 もはやどこに居るかもわからない彼女めがけて怒鳴り返すと、剣を構えてギガンテスへと向かっていった。








「はぁ……はぁ……はぁ……」

 僕は重い脚を引きずりながら歩く。

 先ほどから息は上がりっぱなしで、心臓はエンジンのように激しく鼓動を刻んでいる。

 それでも僕は戦い続けていた。

 目の前には地面を片腕で這いずっているギガンテスが一体。

 それ以外は全て、血の海に沈んでいた。

 こうなったのは様々な幸運に恵まれたからだ。

 この場所が、奴らが動きづらい火山であったこと。

 僕が身を隠せる場所が多数あったこと。

 そして何より、ギガンテスが傷つけない様に意識していた彼女がこの場に居たことだ。

 それによってギガンテスたちは、この場を根こそぎひっくり返したり、見境なく暴れ回るといった、本来の戦い方が出来なかったのだ。

 そこをうまくつくことができたためにこの結果に至る事ができたのだった。

 最後の一暴れに振るわれた腕を、僕は大きく跳んで躱(かわ)すと、ギガンテスの背中に着地する。

 そして、ギガンテスの延髄(えんずい)めがけて勢いよく剣を突きさした。

――オオアアァァァァッ!

 ギガンテスは体を揺らして僕を振り落とそうと必死にあがく。

 だが、僕はそれに屈することなくギガンテスにしがみつくと、剣をえぐり込んでいった。

 やがてギガンテスの抵抗も止み、僕は辛くも生き残ったのであった。

「……はぁはぁ……。っと……」

 柄まで突き刺さってしまった剣を無理やり引き抜いた。

 それと同時に大量の血液が噴出し、僕と周囲を赤く染めていく。

「うっぷ……」

 勝利のビールかけにしてはずいぶんと趣味の悪い飛沫(しぶき)を避けて、僕は地面に降り立った。

 僕は酷く疲れ切っていたが、幸運と言うべきか、目立つ外傷は一つもない。

 まあ、一撃でもまともに喰らえばそれは死とイコールなのだが。

「まさか本当に倒しきるとはな」

 僕の背後からお褒めの言葉をかけられる。

 その声は感心するというよりは、憂(うれ)う感情の方が強く出ていた。

 それも当然だろう。彼女は僕に逃げて欲しいのだから。

「そうだね。全員倒したよ。だから、僕は逃げない。君の傍に居るよ」

「……そうか」

 そして僕は振り返り、彼女の目をまっすぐ見つめた。

 彼女は悲しさと、諦めと、煩わしさと、そして、ほんのひとかけらの喜びが混じった複雑な光をその瞳に湛えていた。

「そして……そしていつか、君がこんな風に生きなくていい様に、この呪いから……」

 視界が、歪む。

 とても大事な事が言いたいのに、僕の体は言う事を聞かなかった。

「おいっ!」

 気付けば、世界は回り、空が見えていた。

 ああ、倒れたのか。などと、どこか他人事のように考える。

 彼女が必至な顔をして僕に何事か呼び掛けているが、それがなんと言っているのか僕にはさっぱり理解できなかった。

「ごめんな……さ……い……」

 その一言を最後に、僕の意識は途切れたのだった。

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