第19話 時間切れ

 それを聞いた僕は即座に荷物の片付けに入った。

 地面にスクロールを広げ、とにかく片っ端から詰め込んでいく。

 荷物が無ければそれは死に直結してしまう。歯がゆくとも置いて逃げる事は出来なかった。

「勇者クン、急いで」

 セラさんは急かしながらも片づけを手伝ってくれた。

 だが、彼女は違った。

 むしろ微笑みを浮かべながら、悠然と岩に腰掛けていた。

 彼女は態度で語っているのだ。

 ――もう終わりだ、と。

「――っ」

 僕は激しい怒りを感じて思わず地面に拳を叩きつけた。

 もちろんこれは彼女に対するものではない。

 一番は僕に対して。そしてもう一つは簡単に彼女を殺すことを決めたこの世界に対してだ。

「勇者クン……」

「ごめん、セラさん。荷物をお願い。僕は彼女を説得するから」

 心配そうにこちらを見ているセラさんに頼み、僕は彼女の元へと走り寄った。

「…………」

「…………」

 僕たちの間に言葉は無い。

 でも彼女は僕の視線から逃れる様に、ふいと何もない空を見上げた。

 それで僕は確信した。

「逃げるよ」

 彼女の手を掴んで有無を言わせず引き上げた。

「……もう、いいではないか」

「良くない!」

 僕の声に怯んだのか、彼女が軽く身を引いたのが掴んだ手を通して感じられた。

 それでも、彼女にそれ以上の行動は無い。

 僕の手を振り払って逃げるでもなく、抵抗してこの場にとどまり続けるでもない。

 ただ、諦めという感情だけがそこにはあった。

「良くないよ。僕は君に死んでほしくない。絶対に……絶対にだ!」

 僕は彼女の手を両手で包み込み、彼女とまっすぐ視線を合わせる。

「最初は、君が気に入らなかった。無抵抗で殺される君が気に入らなかった。全てを諦めてる君が気に入らなかった。……無抵抗の女の子を殺させようとするこの世界が気に入らなかった」

「貴様……」

 もう僕の口は止まらなかった。

 今まで彼女の事をおもんばかってせき止めていた想いを吐き出していく。

「話してみると、予想通り君はただの女の子だった。魔王でも何でもない、ただの女の子だった。結構我が儘だし、口は悪いし、横暴だし、死にたがるし、引きこもりっぽいし、ぬいぐるみが好きだし、少女趣味だし、猫舌だし、子ども舌だし、嘘が下手で全部顔にでちゃうし、意外とノリが良いし、話してて楽しいし、冷酷な美人かと思ったら可愛いし、優しいし、世話好きだし、看病までしてくれるし、その上僕のために自殺までしちゃうし……」

 文句を言ってたはずなのにいつの間にか褒めていた。魔法かな?

「だから僕は君が死ぬなんて嫌だ。この世界の理不尽だとかそんなのはおためごかしだ」

 僕は彼女を引き寄せる。

 彼女はというと、頬は赤く染まり、目をグルグルさせながら頭の上にはてなマークをいくつも飛ばしていた。

 彼女にとっては説得されたと思ったら悪口を言われ、それが誉め言葉に変わっているのだ。怒っていいやら喜んでいいやら訳が分からないだろう。

「僕が、嫌なんだよ。君が死ぬのが。他に理由なんてない」

「なっ……」

 そう、とても単純な話だ。

 僕は僕の近くに居る人が死ぬなんて受け入れられない。

 感情の問題なんだ。あれこれ理屈をこねくり回す必要なんてないんだ。

「だから君が拒否しても、僕は君を連れて逃げるし、僕は君を守る為に戦う。君が拒絶してもそうする。迷惑だって言ってもね。君の考えとか感情なんて関係ない。知ったことか」

「あっ……あぅ……」

「という訳で君の意見は聞かない。無理にでも連れて行くから」

 僕はそう宣言すると、一方的に会話を打ち切って彼女の手を握りしめ、セラさんの方へと歩き始めた。

 幸い、引きずっていく事にはならない様で、一応彼女は自分の足で歩いてくれている様だった。

「セラさん、ありがとうございます」

 セラさんはまとめてくれた荷物を入れたクロールを渡してくれたので、礼を言ってポーチに突っ込む。

「いいえ~。説得は……?」

 ひょいっとセラさんは僕の背後で黙りこくっている彼女を覗き込んだ。

「あ、出来たみたいね~」

「説得というか、無理やり引き連れてるんですよ。ね?」

 僕は視線を向けずに背中へ確認だけ放り込む。

「……う、うみゅ」

 ……噛まないでよ。僕を殺す気なの?

 いいよ、受けて立つから。後三回くらいなら耐えれられるよ。

 それ以上言われると鼻血出すから止めてね。

「ごめんね、勇者クン。私、止められなくて……」

「止められなかったって、何が起こったんですか?」

「説明している暇なんて無いの。初めに渡したスクロールの中に手紙が入ってる。そこに今後の事が全部書いてあるから、それを読んで」

 つまりはそれほどに危険が差し迫っているのだろう。

 もう会話の時間すら惜しいほどに。

「分かりました」

「逃げるなら南の大樹海がいいと思うわ」

「何から何まで、ありがとうございます。それじゃあ」

 僕は礼を言って、小さな宝石に金属製の羽があしらわれた移動用の魔具を天に掲げ、移動先を頭に思い浮かべた。

 これで移動が始まる……はずだった。

「あれ……?」

 魔具はうんともすんとも言わなかった。

 念のためにもう一度試してみるが、起動すらしなかった。

 故障ではないだろう。セラさんはこの魔具を使ってここまで来たのだから。

 なら考えられることはひとつしか無かった。

「……遅かった、か」

 彼女のどこか他人事のような言い方が、僕の胸に深く突き刺ささった。

 荷物を捨てて行けば間に合っただろうか?

 いや、無理だろう。大体一分も経っていない。

 恐らくはセラさんがここに到着した時点で妨害が始まったと考えるべきだろう。

 となればもうすでに時間切れになっていたということだ。

 セラさんが泳がされたのはきっと、僕らが今居る場所を正確に知る為だろう。

 ここは活発な火山の影響で隠れることが出来る場所のほとんどないハゲ山だとしても、人間二人を見つけるのは難しいからだ。

「逃げられないなら、戦って切り開く」

 そう決意した僕は、彼女の手を放して腰の剣を抜き放った。

 剣は日の光を反射してギラリと光る。この剣で多くの魔物を切り殺して来たのだ。

 人間などもっと簡単に死ぬだろう。下手すれば、殺そうと思っていなくとも。

「勇者クン、あなたにそんな事が出来るの?」

「…………やるしかないなら」

「絶対出来ないでしょ」

「絶対出来んな」

 二人から絶対のお墨付きがもらえましたとさ。

 ……まあ、そうだよね。僕は多分、人間は殺せない。

 魔物は平気で殺しておいてどの口が博愛主義を唱えるんだって感じだけど、やっぱり人間と魔物は違う。

 同じ命を奪う行為だけど、僕には出来る気がしなかった。

「そうだね、無理だ」

 僕はそれをあっさり認めると、そこら辺から適当な石を拾い上げた。

 そして刃の部分に叩きつけ、刃を潰していった。

「これで頭を狙わなけりゃ大丈夫……かな?」

 鉄の塊で殴るんだから骨折とか絶対するだろうけど、斬るよりは殺傷能力が低いはずだ。

「大して変わらないと思うわよ」

 ですよねー。

「胴体、肩口、手首、足首辺りならば恐らく大丈夫だろう」

「え、本当?」

「……余も昔そうして戦ったからな」

 あ~、抵抗してた時代の話か。さすが始まりの勇者。

「ありがとう、狙ってみる」

「う、うむ」

 出来るかどうかは分からない。もしかしたら僕は今日初めて人の命を奪うかもしれない。

 でも、それでも彼女が死ぬのだけは嫌だった。

 きっと人は言うだろう。彼女はどうせ生き返るからいいじゃないかって。

 僕はそれでも嫌なんだ。

 彼女はもう、二度と死んじゃいけないんだ。絶対に。

「とりあえず隠れたり逃げたりしながら山を下りて、魔具が使える所にまで行く。そしたらその後は樹海を目指す。いいね?」

「仕方がない」

 彼女はとりあえずの内は僕の願いに従ってくれるらしかった。

 もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、彼女は僕との生活の方が、死のまどろみよりも楽しいと思ってくれているのかもしれなかった。

 だったら、今まで僕がやって来た事はそれだけ彼女を幸せに出来たという事のはずだ。

 ……ああ、良かったな。

本当に、心からそう思えた。

 しかし、

「来るわよ!」

 セラさんの警告が、僕を否応なく現実に引き戻した。








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