第17話 空元気
それから僕たちは数日間、二人で静かに暮らしていた。
交わす言葉は最低限で、ほとんど目も合わせない。そんな生活だった。
多くを語ればきっと僕は彼女を責めてしまうことだろう。正しい事をした彼女を。
間違いなく、ルカちゃんを救った彼女を。
そんな事は、絶対にしたくなかった。
「……また、戦いが終わった後に倒れたんだ」
「その様だな」
僕は彼女の膝の上で目を覚ました。
彼女は表情を小動もさせず、涼し気な目で僕を見下ろしていた。
堅い土の上だというのに頭がすっきりしているのは間違いなく彼女のおかげだろう。
それから体が痛まないのは彼女がポーションで治療してくれたに違いなかった。
「ありがとう。それからおはよう」
「ん」
もう朝じゃなくて昼くらいだけど。
どうせならこのまま惰眠をむさぼりたい感じだ。
ちょっとやってみよう。
僕は再び目を瞑り直してみた。
「……おやすみ」
「ん」
「…………」
「…………」
あれ? この感触、もしかして僕の頭を撫でてない?
え、もしかしてこのまま膝枕してもらえるの? しかもナデナデ付きで?
やったー……。
「じゃっな~いっ!」
とりあえずセルフ突っ込みをしながらガバッと上体だけ起こした。
「どうした、寝るのではないのか?」
「寝ないよ! 寝たいけど。というか突っ込もうよ。いつまで寝ておるのだ! 早く朝餉を作れ! ってさ」
「……おやすみなどと言うから寝かせてやったのだぞ。わがままな奴め」
あ、ちょっといつもの感じだ。
でも、明らかに彼女の言葉には勢いがなかった。
つまりはそういう事なのだろう。
あの事件がまだ尾を引いているのだ。
「そこはボケって言うかさ……」
異世界人にノリ突っ込みを要求する僕も僕だけど。
「まあいいや」
思考を切り替えた僕は、立ち上がると彼女に向けて手を差し出した。
「朝……じゃなくて昼ご飯作るよ。お腹空いたでしょ」
「……うむ」
頷いた彼女は僕の手を取ってくれた。
それは今までとは少し変わったことだった。
彼女と僕の距離が近づいたからなのか、それとも彼女が気弱になっているからなのかは分からないけれど。
それが良い関係に進んだからであると僕は信じたかった。
でも全然そういう雰囲気じゃないんだけどねー。
さっきも彼女を引っ張り上げた後は手を放したし。
それを寂しそうにする気配も無かったし。なんというか、僕ってホントそういう風に見られてないんだなって……。
いいもん、悔しくないもん。
そういう風に成れたらいいなって思うけど、そういう感情よりも先にすべきことがあるし。
というかそういう下心で始めたんじゃないし。
「ねえ、今日の味付けどうしようか?」
「貴様に任せる」
任せるっていうのが一番困るんだよね。
ん~……唐辛子、入れるかなぁ。
実はあの日、彼女に振り回されながら様々な店を見て回ったのだが、そのうちのいくつかで調味料などを購入していたのだ。
唐辛子もその一つで、乾燥して輪切りにしてある保存性の高いものだ。
その分辛味は生の唐辛子より劣るけれど。
ただ、その調味料を使うことであの日の事を彼女が思い出してしまわないか心配だったのだ。
「辛いの平気?」
「……分からん。余の時代にはあまり調味料の種類が無かったからな。ハーブ、バジル、オリーブと言ったものが普通だった。胡椒は高級品だったからめったに食べられなかったな」
うん、どんだけ古い人なんだろう……。
全体に混ぜるのは危険そうだから、後から混ぜといた方が良いな。
とりあえずノーマルな鶏がらスープで……いや、味見て貰ったらいいか。
じゃあ少し器に注いで、唐辛子をちょいちょいっと振りかけて……。
「はい、味見してみてよ」
彼女は僕が差し出した赤い輪っかが浮かんでいるうす茶色のスープを興味深そうに見つめると、試しに臭いをかいでみる。
「……あまり匂いはしないのだな」
「あ~確かに匂いはさほど強くはない……のかも」
乾燥してるから匂いが弱いだけで、生だとそこそこにある気がする。
「ふむ」
彼女は慎重に器を受け取った後、そのまましばらく眺めていたが、やがて意を決して一気に喉の奥へと流し込んだ。
「あっ、それは……」
「けふっ! けふっ! えふっ!」
予想通り、唐辛子で喉を焼いてしまったのか、彼女は何度もせき込んだ。
「あ~あ~、もう」
僕は慌ててもう一つの器に氷を魔法で生み出し、水を注いで彼女へと差し出した。
彼女はそれをひったくるようにして奪うと、勢いよく飲み干した。しかしまだ咳は収まらない。
なので僕はもう一度同じ氷水を作ってやった。
彼女はそれを受け取ると、今度は氷を口に含んで固まってしまった。
「大丈夫?」
と聞いてみるも、彼女は返答することもできない様で、涙目になりながら軽くこちらを睨んでいる。
何やら文句がありそうだった。
……君すっごいお子様舌だったんだね。
「この刺激、慣れたら美味しいんだけどなぁ」
などと言いつつ僕の分も注いてパラパラと唐辛子を振りかけてみる。量は先ほどの倍だ。
それを見た彼女は露骨に青ざめている。
「なれたらこれぐらい平気だよ。むしろ美味しいと感じるから」
信じられないって顔してるね。でもホントだから。見ててよ~。
「いただきまーす」
見せつける様にしてスープを口に含み……思い切り後悔した。
辛っ! 滅茶苦茶辛くない!?
異世界の唐辛子って辛すぎない!?
ヤバッ、ヤバいって! 辛いっていうか痛い!
ヒリヒリする!
水水水って熱いのしかない!
氷氷……魔法……唱え……集中力がっ……。
あ、なんだよその勝ち誇った顔。
いや、僕平気だし。辛いの慣れてるし。ちょっとビックリしただけだし。
ホントだよ?
「おいひ……はーはー……ね」
「うほりゃな」
即座に見抜くとはやるな。
うん、見てれば分かるよね。
「……ごめん……ちょっと……調子にのって……いれすぎた」
彼女はそんな僕の肩をポンポンと叩くと、満足げに頷いた。
なにそのドヤ顔。初めて見る表情だけど凄く嬉しくない。
むしろムカつく。
見てろ。
「入れすぎたってだけで……適量だったら美味しいよ」
僕はもう一度スープを少量注ぐと、先ほどの経験から割り出したギリギリまで唐辛子を振りかけた。
量的には彼女が飲んだ量より気持ち多めな程度だ。
「このくらいなら、行けるかな」
彼女の視線が言っている。飲める物なら飲んでみろと。
その挑発を、僕は真正面から受けて立った。
……正直自滅してる気がするけど。
「い、いただきます」
僕は少し震えながら再びスープを口にした。
……今度は……ギリギリ我慢できる、うん。
「んっんっ……ふぅ~」
スープの量は三口程度の物だったため、すぐに飲み干した。
そしてヒリヒリする唇を必死に我慢しながらドヤ顔をして見せる。
「うん、このぐらいなら美味しく飲めるね。やっぱり大人ならこのくらいの辛さはたしなまないと、ね」
あれ? なんか青筋浮いてるね。
スープを注いでどうしたの?
うん、熱そうだね。
あ~んしてくれるの? いいよ、悪いから。
いいって……。ちょっ、そんな無理に……。
まだスープ熱いんだから。
辛(から)いの食べた後に熱いスープって辛(つら)いの! 痛いの!
ちょっ、待っ!
無理! 無理ぃぃぃ~~~!!
…………少しは、戻ったのかな。
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