第7話:噂は尾ひれをつけて広まり始める

 翌朝、早起きの絢香さんに起こしてもらって、無事に登校。

 今朝何やら二人で話していたみたいだけど、話の内容は教えてもらえなかった。

 それに、昨晩は三人でまたゲームに熱中してしまったから、異様に気怠い。

 でも、昨日と比べると随分と心がスッキリとしている。新しい道を見つけると、ここまで違って物が見えるとは思ってもいなかった。


「涼太、気分は大丈夫そうか?」

「はい。お陰様で大分楽になりました。本当にありがとうございます」

「よかったよかった。ついでにお礼として俺にUFOキャチャーの極意を教えてくれよ。今度二人で遊びにいく時にさ」

「もちろんですよ。それくらいならお安い御用です」


 先輩のくれたモノに対して、僕はそれくらいしかお返しできるものがない。

 いつか僕が大きくなったら、先輩を旅行にでも連れて行ってあげられるようになりたいな。


 昨日まででは考えられないような軽い足取りで、難なく私立渚川高校に到着した。

 校門では、何故か健斗がキョロキョロと誰かを探している。

 

「先輩、僕ちょっと健斗に声かけてくるんで、先に行っててください。放課後にまたよろしくお願いします」

「おう、また後でな」


 軽く会釈して別れ、一見すると挙動不審になっている健斗の元へと向かう。

 僕が小走りで近づいてくる様子を見て、健斗はようやく怪しい挙動を止めた。

 

「おー涼太。おはような。ずっとここで待ってたんだぞ」

「おはよう。探してたの僕だったんだね。なんか怪しかったから、変に注目集めてたよ?」

「え、マジ? まぁそんな事はどうでもいいんだけどよ。その、昨日の昼の時、マジでごめんな。なんかずっと気がかりでさ。俺空気読めないとこあるから」

 

 昨日の昼って……ああ、別れ話の時に図星を付いてきたやつか。

 ずっと気にしててくれたなんて、やっぱり健斗は優しい。


「全然大丈夫だよ。まだ色々と気分的に晴れてないとこもあるけど、神崎先輩のおかげで大分楽になったからさ」

「よかったよかった。やっぱ神崎先輩はすげーよな。俺もマジ尊敬してる、勉強面以外では、だけどな」


「そうだね。勉強だけはできないんだよね。勿体無い気もするけど、そこが先輩らしいっていうか……」


 神崎先輩についてもっと話せる事はあった。

 でも、僕の声は大きなバイクの音にかき消されてしまった。

 真っ黒の二人乗り用のバイク。名前とか詳しくは分からないけど、凄い高級なのは分かる。

 乗ってるのは渚高校の制服を来た女子と、県内一位の名門私立高校の制服を着た男子。

 あんなカップル初めて見たな……ぁ。


「おいおいおいおい、あれって長瀬か? 涼太、一体どうなってやがるんだ?」


 健斗の声は上手く耳に入って来なかった。

 やはり僕なんかじゃ一日やそこらじゃ克服できないのか?

 ダメな高二男子じゃ、この辛い現実に囚われ続けてしまうのか?

 バイクのヘルメットを外して降りてきたのは、僕の元彼女。

 黒髪を風になびかせて、同じくヘルメットを外した茶髪の浮気相手とキスをした。


 混乱しているのは僕だけじゃない。

 学校にいる人、特に二年生は驚愕の声を上げた。

 みんなは、まだ僕たちが別れた事なんて知らない。

 健斗にだって、まだ面と向かって言っていないんだから。


「おい涼太、大丈夫か? 顔色悪いぞ?」


 健斗は、棒立ち状態の僕の肩を掴んで揺さぶっている。

 ダメだ。こんな光景くらいで、また見せつけられたからって、僕はこんな所で負けちゃいけない。

 先輩と絢香さんに元気付けてもらったことを無下にしてはいけない。


「だ、大丈夫だよ。それよりもう行こう。朝のホームルームに遅れちゃうよ……」

「涼太……。気が向いたらでいい。俺に、いや俺たちに事情を聞かせてくれないか? 大体察しはついたけど、お前の口から直接聞きてぇんだ。親友として、お前の事は知っておきたい。そしてお前を助けたいからさ……」

「……うん。じゃあお昼休みにでも」


 僕の口から発せられているのは一体どんな声なんだろうか。

 ちゃんと覇気の籠った声になってるかな? いや、元々そんな声は出せないか。

 でもせめて、親友達に心配されないように振る舞わないと。

 僕はもう新しい一歩を踏み出したはずだ。先輩が導いてくれた新しい道があるはずだ。

 だったらちゃんと前を向け、自分。嫌な事は覚えてたっていい。だけど、それに縛られ続けていてはダメだ。


 よし、行くぞ。


 気合いを入れたつもりだったが、教室に着いて、僕は自席で縮こまってしまった。

 周りには、健斗、智樹、そして正義が僕を守るようにして立ってくれている。

 教室中、いや、二年生の階全体が僕と長瀬が別れた話で持ちきりになった。


「山田くん、香澄ちゃんと別れたんだってさ」

「え、マジ? いついつ?」

「香澄ちゃんは二ヶ月前くらいって言ってたよ? 全然気づかなかったね?」

「でも、涼太は先月デート行ったって言ってたぞ? なんだ、嘘だったのか?」

「きっと恥ずかしくて言えなかったんじゃないの? 山田くんだし、なんか未練がましいね」

「……それは言い過ぎじゃね? てか、俺は涼太の言い分聞いてないからなんとも言えないんだが?」

「金子くん、まさか香澄が嘘ついてるとでも言いたいの? あんな純情な子が嘘つくわけないじゃん?」

「んー。俺にはわかんねぇな。俺バカだから、ごめん」


 僕の席の近くで、同じバスケ部の金子直哉かねこなおやと吹部の山上やまかみさんが話していた。

 直哉みたいに、男子は何故か僕の肩を持ってくれている。でも、女子はみんな僕の事を未練がましいキモいヘタレとしか思ってないようだ。

 浮気されただけでも十分に辛かったのに、長瀬の嘘のせいで僕は女子の嫌われ者になってしまった。

 もう、本当に、あの女の事を嫌いになりそうだ。


 山上さんとの会話を強引にやめ、直哉は僕たちの方へと歩いてきた。


「なぁ、涼太。お前、嘘はついてなかったよな? てか俺お前らがキスしてんの一昨日見たからさ、やっぱ嘘ついてんのって……」

 

 直哉の問いに返事をしたのは僕ではなく、正義せいぎだった。

 名前の通り正義感が強い男前で、僕たちの中で一番今の状況に憤りを見せていた。


「直哉、分かってるなら涼太にそんな事は聞くな。もし話が聞きたいなら、涼太の気持ちを最優先にしてからにしろ。きっと、俺たちが思ってる何十倍も涼太は傷を負ってるぞ?」

「……そうだよな。ごめんな涼太。無神経だったわ」


「いや、別にいいよ。噂は真実と違う時の方が多いしね。だから、憶測だけで変な噂をするのだけはやめてくれよ?」

「そりゃもちろんだ。俺も男として、そんくらいは心得てるからな。でも、向こうが裏切ったって認識でいいんだよな?」

「…………うん」

「それだけお前の口から聞ければ俺はもうこの件には関わらん。何かあったらいつでも助けるからな。じゃあ頑張れよ」

「ありがと、直哉」


 これで何人目だろうか。

 みんな興味を持つのは勝手だけど、直哉はいいとして、面白がってる連中もちらほらいる。

 特に女子はそうだ。

 男子の一部では、長瀬のことを嫌い始めてる連中もいる。

 僕は別にみんながみんな長瀬の裏切り行為に対して嫌悪感を抱いて欲しいわけじゃない。

 でも、あまりにも非現実的な現実は、高校生の好奇心を刺激するには十分すぎるみたいだ。

 僕が止めても、みんな勝手に見識を抱く。


 僕みたいな気弱なやつのせいで、クラスが二分割されてしまうのは少し嫌だな。

 原因を作ったのは僕じゃない。

 でも、できる限り生じる問題は減らしたい。

 こんな事を思うのは痴がましいかもしれない。だけど、僕が思っていた以上に僕達の関係はこの学年にとって影響力のあるものだった。


 自分のせいで、他人の人生までに不幸にしたくはない。


 

 昼休み、親友三人と立ち入り禁止の屋上でお弁当を食べる事にした。

 ここくらいしか、秘密裏に話ができるような場所は高校にはない。

 万が一女子に僕の話を聞かれたりしたら、確実に何かしらの問題になるだろう。

 確実に僕の周囲の人物まで被害を受けてしまう。


「それで涼太氏、浮気、という事でいいのでありますかな?」


 最初に口を開いたのは秋葉智樹だった。

 オタクの彼は、何故か女子を元から嫌っている。

 二次元を愚弄する輩は許せんのであります、とか言ってたっけか。


「まぁ、そうだね。僕は一昨日知った。いつから浮気されてたのかは知らないけどね」


 平然と話をする僕に、三人は少しだけ驚いている。

 でも、平気なふりをするのは簡単だ。ただ感情を表に出さないように細心の注意を払うだけ。

 長瀬本人を目の前にしなければ、どうとでもなる。


「許せん、許せないであります! 宣言しよう、三次元の女など偽物イミテーション、いや、ゴミであると!」


「おい、落ち着けオタク少佐。憤ってんのはわかるけど、全女を否定するような事言うと更に嫌われんぞ? そのまま童貞で一生を終えてもいいのか?」


 健斗の冷徹な指摘に、智樹はシュンと小さくなってしまった。

 智樹は元気なんだけど、その分感情の変化が激しい。見てて面白いけどね。


「それにしてもあの長瀬がな。俺は最初クラスの連中から聞いたときは驚いたぞ? てっきり超純情な女子かとばかり思ってたからな。裏の顔、と言うやつか」

「俺も最初は信じられなかったってか、信じたくなかったけどよ。今朝あんなもん見ちまったから、それが現実だと受け止めるしかなかったよな。てか、あのクソ野郎はどこのどいつなんだ? 彼氏いる女をたぶらかすとか、男の風上にもおけねぇ」


 三人は誰よりも僕の味方をしてくれている。

 それが空回りしなきゃいいんだけど……


「和人って名前らしいけど、僕はそれ以外は分からない。と言うより、知りたいとは思わないけどね」


 そう言うと、三人の視線が同時に僕に集まってきた。何かおかしかったかな。


「お前、そんなに強かったっけか? 俺だったら浮気されて、あんなもん見せつけられたら二ヶ月は凹み続けるぞ? 今だって、お前の気持ち考えるだけでスッゲー胸が痛い」

「俺もそう思うな。俺は彼女できた事ないが、所謂、寝取られ、と言うのを目の当たりにしたら、相当気持ち悪くて、何かに八つ当たりしてしまうかもしれん」

「わたーくしも、二方に賛成であります。もし、愛しの萌え戦士ミクちゃんが犯されたらと考えると、もう下半身が爆発してしまう勢いでありますぞー」

 

 なんか智樹だけ違和感あったけど、やっぱそうか。

 今無理をしてるけど、自分的にはそこまでの無理じゃない。

 意識をすれば、自然に心に蓋をできるような感覚。もしかしたら、僕は心を閉ざしかけてるのかもしれない。

 人間は精神的なストレスが原因で外界から自身を隔絶しようとする、とかは聞いた事あるけど、もしかして僕もそうなちゃったのかな?


「僕、変かな?」


「変ってわけなじゃいと思うけどさ。今お前はだいぶ無理して俺たちに話してくれてるんだろうし、それは十分に分かる。でも、それは普通ならできない事だ。少なくとも俺には無理をできない。だからお前はフツーにスゲーんだよ。この現状から前に進もうとしてるのが伝わってくるって言うか、なんと言うか」

 

 健斗の言葉に、他の二人も頷いた。

 なんだか最近特に役に立たない事で褒められる機会が増えたな。

 でも一応、僕の本当の気持ちは伝えておこう。三人は信頼できる親友だし。


「凄くなんかないよ。僕は今結構無理してるし。本当はあのバイクに乗ってた男に殴り込みに行きたい気分だ。でも、長瀬は僕を突き放したし、自分であの和人って男を選んだ。それを直接面と向かって伝えられたら、もう何も手の出しようがないだろ? だから、神崎先輩と先輩のお姉さんに言われたように、前に進むって決めたんだ。でも、三人とも、こんな僕なんかの事を心配してくれてありがとね」


「「「……………」」」


 三人は僕の素直な告白に黙り込んでしまった。

 そして互いに顔を見合わせて、何かを無言で伝えあっている。 

 僕の悲愴感を理解してくれたのか、それとも違う何かなのか。

 親友の三人なら、僕の気持ちを考慮して行動してくれるはず。

 そうでなくとも、その時は僕が止めればいい。

 ヘタレで気弱な僕でも、そのくらいはできるはずだ。

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