第11話:千の灯
「………も、もう無理………」
ゴトン、とマイクを床に落としてしまった。
あれから何時間延長したんだっけ?
時刻はすでに十一時。本来なら高校生は補導されてしまう時間だ。
もう声が出ない。声帯をここまで酷使したのはいつ以来だろうか。
みんなで歌って騒いで。失恋を祝うには最高の宴だった。
校門での出来事を思い返しても、今の愉悦した心ならそれをも乗り越えられる気がする。
香澄のことを忘れた訳じゃない。でも、香澄がいなくても僕はこんなにも楽しく過ごせる。
先輩たちに親友たち。それとついでに絢香さんも。
僕の周りには、元彼女を失って欠落した部分を埋めてくれる存在がたくさんいるのだから。
「もうお終いか、涼太? 俺みたいになりたいなら、もっと……頑張らなきゃ、ダメだぜ?」
「せ、先輩も、だいぶ……お疲れ、じゃないですか?」
「……じゃあ帰るか。そろそろ姉貴にど突かれそうだしな。みんなもそれでいいか?」
「「「「「うん……」」」」」
みんなも僕ら同様に大分グッタリとしている。
部活の練習よりも疲れた。騒ぎすぎると頭が痛くなるなんて知らなかったよ。
おぼつかない足取りで店を後にした。外は真っ暗だけど、繁華街は比較的明るい。
店を出て少し歩いた所で飯島先輩がダウンしてしまった。
今は山内先輩におぶられて寝ている。側から見ればお父さんと娘さんだな。
「け、健斗氏。わたーくしもおんぶを所望するであります」
「何言ってんだよキモいな。なんで俺がオタク少佐をおぶらなきゃなんねーんだ。逆に俺をおぶれ。お前の方が体でけーだろ」
「それはわたーくしがラージなファットであるということでありますかな? 自慢じゃござらんが、わたーくしは六十三キロしかないでありますぞ」
意外な事実だ。そこまで太っているようには見えなかったけど、運動してないからてっきり七十キロくらいあるのかと思ってたな。
「それでも見た目小デブじゃねーか」
「な、なんですとー! 健斗氏、決闘を申し込むであります。今からゲーセンで決闘であります!」
「おっ、いいぜー。でも、みんなと解散した後な」
「了解であります!」
健斗と智樹のやりとりは相変わらず見ていて面白い。
二人ともお互いを理解しているからこんな会話ができるんだろう。
僕も、そんな二人の親友でいれて嬉しいよ。
そんな二人を眺めている僕の肩を、チョンチョンと突いてくる人がいた。
「なぁ、涼太くん。KINEのID教えてー」
「え? いいですけど……」
尻ポケットからスマホを取り出し、KINEを起動した。
そう言えばここ最近開いてなかったな……
履歴の一番上はもちろん香澄。水曜の放課後にデートしようって僕が送ったっきり返事はなかったみたいだ。
そりゃそうだよな。香澄はあの日和人とデートしていたんだから……
「大丈夫か、涼太くん?」
画面に釘付けになっていた僕の目の前に、千野先輩の綺麗な顔が現れた。
それもかなり至近距離。千野先輩は無意識の行動なんだろうけど、少しだけドキッとしてしまった。
「だ、大丈夫ですよ。ちょっと眠かっただけです」
僕は、香澄とのトーク履歴を消す……事が出来なかった。
横にスクロールして、非表示を選択。ダメだな、僕は。
「そっか、なら良かったよ。ウチのやつはコレ。QRコードで読み取って」
「はい、分かりました」
QRを読み取って、千野先輩を追加した。
それにしても名前が、サウザンドラヴァーって、これだと……
「千野先輩、この名前って……」
「どうや、頭ええやろ? 千野愛、やからサウザンドラヴァーっちゅうねん。自分のセンスが怖いわぁ」
やはりお気付きではないようだ。
関西弁が出ている辺り、相当自信があったんだろうけど。
指摘するのはなんか可哀想だ。
「サウザンドラヴァーだと千の愛人って意味ですよ? 愛だけならラブです」
「……って、そんなん知っとるに……決まっとるやろ? やだわぁ、涼太くん。これが関西のジョークっちゅうやつやねん」
バンバンと、僕の背中を叩いている千野先輩。
言い訳が苦しすぎて、本当に面白い。
絢香さんとはまた違った明るさだな。
「そうですか? ならいいんですけど……」
「でもなぁ、涼太くんがどうしても、っちゅうんやったら変えてやってもええよ? どうしても、やったらね」
そんな睨まれて言われたら断るわけにはいかないよな……
「じゃあ変えt ……」
「いや、涼太はそのまんまがいいってさ」
僕の口を強引に塞いだ神崎先輩が、千野先輩をからかうように言った。
神崎先輩も人が悪いなぁ。でも、間違いを直す機会を失って固まっている千野先輩が見れたからいっか。
「あ、篤には聞いとらんよ。ウチは涼太くんの、お願いを聞いてあげようおもうて……」
すると神崎先輩は僕を解放してくれた。
同時に何か念を込めた視線を送られたけど……
「涼太も、このままの方がいいよな?(なんで今まで黙ってたのに言うんだ、クソばか)」
「え、えーと、そうですね。僕もサウザンドラバーの方が良いと思います。聞こえはカッコいいですし(ご、ごめんなさい。知りませんでした)」
千野先輩は少しだけウルウルと造り涙を浮かべた。
「いけす! 涼太くんはええ子や思うてたのに。でもええもん。ウチはサウザンドラヴァーやもん。カッコええからええんやもん!」
僕と先輩は笑いを堪えるのに必死だった。
騒ぎ疲れているはずなのに、それをも吹き飛ばしてくれる程明るい千野先輩。
心に蓋なんてしなくても、神崎先輩と千野先輩が僕の
閉じ込めるよりも、流し出した方がいいのかもな。
そんなやり取りをしているうちに、僕と神崎先輩の家に続く道まで着いた。
「俺と涼太はこっちだからさ。ここで解散と行こうや?」
「いいっすよ」「了解であります」「分かりました」「ああ」「……むにゃ〜」
四人と寝ている飯島先輩は快諾してくれたけど、千野先輩はそうではなかった。
「なぁ〜涼太くん、篤でもええんやけど、ウチを家まで送ってくれへん? この辺痴漢がおるって夢花がいっとったんよ」
そんな肝心な情報提供者は無垢な寝顔を浮かべている。
飯島先輩は山内先輩に安全に送り届けてもらえるのに、千野先輩が怖い思いをするのもなんだか可哀想だな。
「俺はめんどくせーな。涼太がいくっつーんだったら行ってもいいけどよ。てか、そうじゃないと姉貴に言い訳つかねーし」
先輩の行動基準は全て絢香さん。
それでも、夜の帰宅時間まで縛られてはいなかったはずだけど……
でも、帰りが遅くなりすぎると絢香さんは怖そうだし、まぁ普通か。
「じゃあ送って行きましょうよ神崎先輩。千野先輩にもお世話になりましたから」
「はいはい分かったよ。心優しい後輩に感謝するんだぞ、愛?」
「分かっとる分かっとる。涼太くんは優男やもんな。シスコン篤とは大違いや」
「し、シスコンだと⁉︎ 俺があんな凶暴暴力女を好くわけねーだろ。ったく、お前が女じゃなかったら潰してたぞ」
そこはちゃんと許してあげる辺りやっぱり神崎先輩は優しいな。
「先輩は優男ですよ」
と、神崎先輩をフォローした僕の顔を、二人は直視した。
「篤、あんた後輩に慰められとうよ。優しい後輩に感謝せなね?」
「っぷ。そうかもな。全く、涼太には調子を狂わせられるな」
二人の先輩たちは、僕を見て笑っている。
バカにされてるわけじゃないんだろう。でも、面白いことを言ったつもりでもなかったんだけどな……
「てことで、みんな解散。また明日学校でな」
神崎先輩の一言で、みんなは今度こそ帰路に着いた。
僕達も千野先輩の先導で足を進める。方角的には僕と神崎先輩と真逆。繁華街から離れた場所にあるみたいだ。
「涼太くんのお家はどこにあるの?」
「千野先輩の家とはほぼ反対方向ですね。でも、歩いて三十分くらいですよ」
「へ〜。案外近いんだね。逆に今まで一回も会ったことないのが不思議……」
「お前ら、ちょっと悪い。すぐ合流するから、先行っててくれ」
順調に夜道を歩いていた途中で、神崎先輩が唐突にスマホを手に取って路地裏の方へ消えていった。
電話の着信音は聞こえなかったし、どうしたんだろう。
「神崎先輩はどうしたんでしょうか?」
「無視無視あんなシスコンは。どうせ小便漏らしかけてただけだよ。カラオケで飲み物がぶ飲みしてたし」
トイレ、にしてはコンビニのある方向とは違ったし、やっぱり気になるな。
でも、直ぐに合流するって言ってたし、先輩が「悪い」なんて言うのは珍しいし……
何か事情があるんだろう。
「トイレかも知れませんね。先輩は後で追ってくるって言ってたので、二人で行きましょうか?」
「せや……じゃなくて、そうだね。後五分くらいだし、ウチはもう眠いからはよ帰りたいんよ」
頑張っているみたいだけど、関西弁が混ざりまくっている。
別に、ありのままで話してくれてもいいのに。
「千野先輩、話しやすい方で話してくれて大丈夫ですよ?」
「……うーん。やけん、関西弁ってなんかアホくさいやろ? おばちゃんの話し方とか昔男子に言われてな、やっぱ女の子として気になってしまうんよ」
「僕はそんな風には思いませんよ? なんか明るくて、元気をもらえるような話し方だと思います」
「そうか? ウチ、ババくさくないか?」
「はい。普通の女子高生ですよ」
千野先輩は、少しだけ嬉しそうな顔をして前を向いた。
僕は、先輩の明るい性格と、面白い話し方に随分と救われた。
神崎先輩には及ばないかも知れないけど、それでも今日一日だけだとは思えない程の救済を与えてくれた。
「涼太くんは、やっぱええ子なんやね」
「ヘタレ、ですけどね」
「そんでも篤みたいなナルシストの何倍もマシやで。涼太くんはあんなキモ男みたくなったらアカンよ?」
「誰がキモ男だって?」
背後から少しイラついた神崎先輩の声が聞こえた。
振り返ろうとした瞬間に目に入ったのは、神崎先輩の大きな拳で頭をグリグリされている千野先輩の泣き顔。
まぁ、これでも手加減してる方か。
「暴力反対や! だからあんたはモテないんやー!」
「心配しなくても俺はモテモテだ。ちなみに今日も後輩に告られた。お前みたいなアホとは格が違うんだよ」
そう言いながら、神崎先輩は千野先輩を解放した。
冗談みたいな発言なのに、実際にモテてるから説得力がある。
でも、女の子からするとムカつく発言なのかもな……
「あんたにアホ言われとうないわ! ウチより成績順位一個上なだけやろ?」
「それでも上は上だ。学年ビリのお前は同級生全員に敬意を示すべきだな。特に俺には」
「くぅーっ。ほんまムカつくやっちゃ。もうええ。涼太くん、こんなシスコン置いて二人だけで行こ」
「え、えええ?」
二人のテンポに全くついて行けない。
そんな僕の手を引いて、千野先輩は早足で歩き始めた。
なんだかもう僕がいなくても一人で帰れるんじゃないのかな……
「せ、千野先輩……」
「なんや? ああ、涼太くんは手引かれるの嫌なんか?」
「そういう訳じゃないですけど、神崎先輩も一緒に……」
「心配すんなー。俺は後ろにいるぞ」
振り返ると、神崎先輩は僕の数メートル先をあくびしながらついて来ていた。
よかった。確か僕が一緒じゃないと神崎先輩は絢香さんに怒られちゃうみたいだし。
「なんでついてくんの! ウチは涼太くんと二人がええのに……って、もう家ついたわ」
千野先輩が僕の手を離した。
視線の先にあるのは、結構年季の入ったアパート。
うちの高校は私立校だから、てっきりそこそこ裕福な家庭かと思ってたけど……
少し呆然としてしまった僕の肩に、神崎先輩の大きな手が置かれた。
「やっぱ愛はアホだな。用事は済んだし。帰るぞ涼太」
「え、あ、はい。帰りましょうか……」
「お姉ちゃん!」
錆びれたアパートの階段から、小学生くらいの少女が駆け寄って来た。
勢いよく千野先輩の足に抱きつき、泣き始めてしまった。
「花、何しとるん? もう深夜やぞ?」
「……うぅ。お母ちゃんが、お母ちゃんがまだ帰ってこうへんの。家で待っとったん。でも、一人じゃおっかなくて外でお姉ちゃん待っとった……」
「そっか。お母ちゃんはまだ仕事か。ごめんな、花。遅くなってしもうたよ」
「おっかなかったよ……明日は早う帰って来てな?」
「わかったわかった。約束や」
千野先輩は、未だ自分の腹に顔を埋めている妹の頭を優しく撫でた。
遅くなっちゃったのは、僕のせいでもあるし、なんか妹ちゃんに罪悪感を感じるな……
「千野先輩、僕のせいでなんかごめんなさい」
頭を下げて謝罪した。
僕も小さい頃にお母さんが留守だった時には、夕方でも怖かったのに、こんな深夜まで一人だったなんて、きっと相当辛かったはずだ。
そんな僕の謝罪への返事は、神崎先輩のような大きな手ではなく、細く小さい手から繰り出されたチョップだった。
「アホか。なんで涼太くんが謝っとんねん。悪いのはウチなんやから。でもありがとうな。涼太くんが意味不明な謝罪してくれたから、花もちょっと元気出たみたいやわ」
顔を上げると、千野先輩の後ろに隠れて、僕を見つめている少女が見えた。
そんな花ちゃんの顔は少し笑っている。ヘタレさも、たまには役に立つんだな。
「なぁ、お姉ちゃん。この兄ちゃん、なんか情けない顔しとるね?」
「っぷ。あかんあかん。花、この兄ちゃんはヘタレなんや。情けないわけやない。そこ間違っちゃいかんで」
「え、それ同じじゃないですか?」
「ヘタレか。じゃあヘタレの兄ちゃんなんやね。よお分かったよ」
「は、花ちゃん……」
なんか変なあだ名をつけられてしまった。
このままだと、僕はこの少女にヘタレと呼ばれ続けてしまう。
そして花ちゃんは、何故か顔を赤らめて千野先輩の後ろに隠れてしまった。
「名前で呼ぶなんて、ヘタレの兄ちゃんはプレイボーイっちゅうやつなんやね。ウチ、クラスの健二君が好きやから、ヘタレの兄ちゃんの気持ちには答えられまへん」
「っぷ」「あははは」
神崎先輩と千野先輩が腹を抱えて笑い始めた。
僕は花ちゃんにすごい誤解されてるみたいだし、なんか色々と複雑だ。
でも、自然と笑顔になれている。僕は今の状況を楽しめているんだろう。
こんなヘタレでも、失恋した僕でも楽しんで生きられるのかもしれない。
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