第10話:失恋後の宴

「きーみーにーあいたーくてー♪」


 現在、繁華街にあるカラオケボックスで超絶棒読みな歌唱力を披露しているのは茶髪マッシュの田中健斗歌手。

 あの後、健斗たち親友三人組も行き場のない怒りを発散するために一緒に遊びに行く事になった。

 

 僕の右隣には神崎先輩、その奥にいるのは同じバスケ部の優しい巨漢、山内一真先輩と親友三人組。

 左隣には、僕より少し背の低い、肩までかかるくらいの茶髪でモデル体型の千野愛先輩。千野先輩の隣には、黒髪ツインテールで小さい中学生くらいにしか見えない飯島夢花先輩がいる。

 

「もぉ〜。あの茶髪ったらあったまにきてしょうがないよー。私の自慢のツインテールが角みたいに立っちゃいそうなくらい激おこだよ!」


 プンプン、と言いながら小さな両手でツインテールを持ち上げている飯島先輩。

 喋り方まで幼くて、ついついタメ口で喋っちゃいそうになる。

 千野先輩は、そんな見た目も中身もロリっ子な飯島先輩と意気投合している。


「ホンマ、あんな腐れニイちゃんおるなんて、ウチ信じられへんわ」

「愛ちゃん、出てる出てる」

「あっ……え、えーと。本当に、信じられない光景だったよね。涼太くんが可愛そ過ぎてかわいそ過ぎて……ウチやっぱ殴り込みに行ったる!」

「愛ちゃん……まぁ、もういっか。」


 千野先輩は関西出身の方のようだ。 

 感情が高ぶると、普段は隠してるつもりらしい関西弁が表出してしまう癖があるみたいだ。

 幼いと思ってた飯島先輩に呆れられている辺り、神崎先輩が言ってたようにアホ、なのかもな……

 でも、お二方とも明るくて、一緒にいると元気をもらえるような感じだ。

 僕の肩を持ってくれているから、とかではなく、単純に二人の人柄は好きだ。


「千野先輩、殴り込みはやめたほうがいいですよ?」

「えー、涼太くんは釣れないな〜。今一番怒るべきなのは君だよ? ウチが涼太くんの立場だったら、篤の顔をジャガイモみたいにボコボコにして発散しなきゃ収まらないよ」


 恐ろしい事をサラッと言ってしまうのもまた凄い。

 神崎先輩は聞いてないみたいだけど、性格がどことなく絢香さんに似てるのかな?

 それにしても、僕はちゃんと怒りを発散できているのだろうか。

 なんだか周りのみんなが僕の代わりに言いたい事を言ってくれているから、不思議と溜まっていた不満は散り散りになっている気がする。

 

「そんな、神崎先輩は無実ですよ。それに僕には先輩が必要ですから、殺さないで下さいね?」

「ほんとに、涼太くんは篤のこと大好きなんだね。私にもそんな可愛い後輩がいればいいのにな〜」

 

 と言いながら、千野先輩が神崎先輩に肩パンした。


「ん? なんだよ? 俺今ポテト食ってて忙しいんだが?」


 口いっぱいにポテトを頬張った先輩が、モグモグしながら返事した。


「ったくー。篤はなんでこんなにテキトーな奴なのに後輩に慕われるんだ? 教えろ、ウチにその極意を教えろ」

「極意って言われたって。やっぱ人望だろ。俺はイケメンな上に優男だからな。後輩に慕われて当然だ」


 そんな事を堂々と躊躇いもなく言える先輩を心底尊敬するよ。

 間違ってはいないし、きっと僕も神崎先輩みたいになれたら自信を持ってそう言えるのかな……いや、イケメンにはなれないか。


「キモッ。篤それキモいからやめな。夢花もそう思うよな?」


 飯島先輩に視線を移すと、そこには神崎先輩と同じようにポテトを口いっぱいに頬張った幼女がいた。


「はひ? ははひひはひはほふ(なに? 私に何か用?)」


「っぷ、夢花、そりゃあかんて。ピンポイント過ぎて逆に怖いわ」


 僕も笑いを堪えるのに必死だった。

 一応先輩だし、きっと笑っちゃいけないんだろう。

 堪えるのは苦しい。でも、さっきまでとは全然違う幸福による苦しさ。

 先輩の用意してくれた新しい道は随分と効果覿面なようだ。


「愛ちゃん笑うなー。私の必殺ツインテパンチが炸裂しちゃうぞー?」

「夢花はまだ戦隊モノに憧れてるのか? そろそろ現実に戻ってこないと、受験に間に合わないよ?」

「なんかムカつくー、けど否定もできない。まだ夏前なのに嫌な事思い出させないでよ〜」


 受験か。確か神崎先輩はスポーツ推薦で決まってるんだったよな。

 だからいつも僕と遊んでても、勉強ができなくても幸せそうに生きている。

 他の先輩たちはそんな事ないんだろうな。


「千野先輩は受験大丈夫なんですか?」

「ウチは篤と同じ体育系の大学の推薦あるから大丈夫。なに? 涼太くんはウチの事心配してくれたの?」


 心配、なのかな? と言うよりはなんとなく聞いただけだし、気になったは気になったけど、別に知らなくてもよかった、よね?


「冗談やって。涼太くんはちゃんと考えて答えてくれはろうとするんやね。ええ子やええ子や」


 千野先輩が僕の頭を無造作に撫でてくれた。

 もう関西弁は隠す気ないのかな? 多分、気が緩むと出ちゃうんだろう。

 別に関西弁でもいいと思うんだけどな……


「千野先輩はなんで関西弁で喋るのを嫌がるんですか?」

「え、ってウチ関西弁で喋っとった? いややわー。東京の人たちはウチらの事見下してんねんもん。やけん東京弁で話さなバカにされてまうやろ?」

「いや、今思いっきり関西弁ですよ?」

「…………涼太くんのいけず!」

「え、僕ですか? よく分からないけどごめんなさい」


 調子狂わせられてるな。でも、話していて楽しい。

 飯島先輩も、神崎先輩も、僕の周りにいる先輩たちはみんな明るくて、優しい人ばかりだ。


 そんな本調子に戻りかけている僕の口元に、一本のマイクが近づいてきた。

 

「愛に構ってるとキリないぞ? こいつはド級のアホだからな。それより、なんか歌え。歌うと気分スッキリするぞ」

「ちょい、そういう事はせめてウチのいないとこで言ってくれへん? ウチ、悲しくて泣いちゃうわー」

「あー、はいはい。じゃあ涼太。好きなの選べ。これから三十分間はお前だけのシンギングタイムだ。何せ、今日の主役だからな」


「おー、いいぞー涼太―」「涼太氏、ご所望とあらばわたーくしがアニソンをご一緒に」「いや、ここは何か元気のでる歌をみんなで……」


 健斗たちも歌いたいみたいだ。 

 どうせならみんなで歌った方が楽しいだろう。

 意気消沈していた僕なんかの為に、一緒になって負の感情を共有してくれた大切な仲間達と。

 きっとあの状況で一人だったら、僕は自殺していたかもしれない。

 みんながちょっとずつ痛みを引き受けてくれて、ひと時の感情だとしても僕は今この時を心から楽しめている。

 

「じゃあ、みんなで歌おうか? でも最初の曲は僕に選ばせてね……っと、これだこれだ」


 テーブルの上にあるタブレット端末で、僕のお気に入りの曲を選択した。

 こんなに有名な曲なら誰でも歌えるだろう。


「涼太、何選んだんだ?」

「すっごい有名な曲だよ。もうすぐ表示されると思う……」


 【花吹雪の男––––吉岡弘】


「「「「「「「知らねーよ!」」」」」」


「え、演歌だけど……」


「「「「「「「渋すぎるよ!」」」」」」

 

 あれ、僕の選曲はダメだったのかな?

 まぁ、いいや。一人でも歌おう。


「じゃあ僕が一人で……」

 

「今すぐ変えろ!」「涼太氏はナンセンスであります」「りょーたくんって真面目すぎー」


 大ブーイングだ。でも、僕は歌うぞ! たまにはわがままになりたいからね。


「後でね後で。もう始まっちゃったし。どうかご静聴でお願いします!」


 ♪〜


 お父さんがお母さんと結婚した日に歌った曲。

 僕も、香澄との披露宴で歌いたかった、そんな想いが詰まった男歌。

 別れの後に歌っても、こんなに気持ちがいいんじゃないか。さすがは吉岡弘さんの名歌だ。


「やっぱ、涼太くんはええ子やね」


 カラオケのBGMに掻き消された千野先輩の声。でも、視線を移すとニッコリと笑い返してくれた。


 みんな、変に僕を気遣わない。逆にそれが本当に心の支えになっている。

 未来へと続くこの道で、太陽を見つけられるのも、そう遠い未来じゃないかもしれない。

 

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