第33話 彼の真実と彼女の決意7
呟くと、男はあまり表情を変えずに「そうだ」と肯定してきた。
「やっぱり、ユシアンとクリストさんは赤色の鍵の人だったんですか」
「そうだ。君は知らなかっただろうが、我々は貧民街の人々を仲間に引き入れて、活動していたんだ」
気弱そうに見えながら、その話し方には確固たる信念が感じられた。
「あなたが……赤色の鍵の首領なんですか?」
「いいや。首領はクリストだ」
あまりに意外な事実にリサは驚く。クリストは、せいぜい構成員の一人だと思っていたのだ。
「おじさんが?」
「黙っていたことは許してあげるといい。クリストは古王国王家の末裔で、王国を取り戻したいと願っていたんだ。そのためには多少血なまぐさいこともつきまとう。クリストもユシアンも、それに君を関わらせたくなかったんだよ」
古王国の王家の末裔?
「そんな末裔だなんて、実在するの? 誰かに騙されているんじゃなくて?」
「騙されているわけじゃないんだよ。私の家も、クリストの家も古王国の王家に関連した家として、王都から離れた場所で存続していたんだ」
「そう……なんだ」
赤色の鍵に関する噂は本当だと肯定され、リサは納得した。
彼らにとって遺物発掘の貴重な情報をもたらしたオットーの養女ということで、リサはいつも大事にされていた。
そんな彼らが自分たちの野心を隠したいと思っても、仕方ないのかもしれない。リサだってユシアン達に内緒で養父の夢を叶えようとしていたのだ。
「さ、うちの首領達があの悪魔はなんとかします。王都の都民も、今我々の仲間が避難するよう誘導しているはず。あなたも早く王都の外へ」
走りながら、頬がこけたモーリッツは他にも話してくれた。
イオニスと取引して何をしようとしていたのか。イオニスが持ちかけた赤色の鍵を英雄にする筋書きを聞いて、リサはなんだか涙が出そうになる。
彼は、本当に復讐を願っていたのだ。
けれどそれより先に悪魔は放たれた。すぐに封じるはずだった悪魔は、暴れ続けて被害を拡大している。
その言葉を証明するように、川を渡った向こう岸は逃げ惑う人で一杯だった。
まだ夜明けからいくばくも経っていない。そんな中、突然の揺れで起きた人々は空を見上げて恐怖した。次に先ほどの炎で家々に火が燃え移り、錯乱した集団と化してしまっている。
着の身着のまま逃げる人々は、錯乱して子供も老人もなぎ倒して走っていた。
その合間に赤い外套を着た人々がいて、なんとか誘導しようとしている。一緒に声を張り上げている襤褸をまとった人は、もしかしたら貧民街の人間ではないだろうか。
再び天を火炎が焦がす。
道の先にある時計塔の上部が折れた。轟音と共に落下していく。
リサは呆然とした。あまりに圧倒的な悪魔の力に。絶叫と共に狂気に浸食されていく人々の姿に。
「本来なら、こんな被害は城だけのはずだったのに」
悔しそうに呟くモーリッツ。
やろうとしたことは同じだ。みんな利己的な理由であの悪魔を操り、何かを破壊しようとした。イオニスも、ユシアンたちもだ。
それでもイオニスは……違う方法を探すと言ってくれた。
リサを傷つけられないからと。その言葉を思い出すと、胸が締め付けられたように苦しい。
王妃が悪魔を解放しなければ、きっとイオニスはリサを騙したように、ユシアン達にも別な方法を提案することができただろう。その彼も、あの悪魔を止めに行ってしまった。
リサは、ふとモーリッツに尋ねた。
「クリストさんたちは、どうやって悪魔を封印するんですか? 血の契約は末裔だからあれとして、聖なる爪とか手に入れたんでしょうか? それってどんな形をしてたんです?」
「……古王国の主は血で封じの魔術を使ったと聞いている。それ以外に必要なものがあるのか?」
なにげない質問に返されたのは、問いだった。
リサは愕然とする。
血だけで封印できるのなら、養父から聞いていたお伽噺と違う。そもそも血だけでなんとかなるのなら、古王国を滅ぼされる前に昔の人も悪魔を封印できたはずで。古王国が滅びることもなかったはずだ。
「わ、私も行ってくる!」
突然反転したリサを、モーリッツが制止してきた。
「やめたまえ! 危険だお嬢さん!」
「でもこのままじゃ、みんな死んじゃう!」
怒鳴り返して、リサはユシアン達の去った方向へ走った。
再び地を揺るがす振動が大地を駆け抜ける。
それでも足をゆるめず、リサは到着した茂みの中から、地下道を探す。今し方人が踏んでいったらしい草があり、その近くに穴はあった。
迷わず飛び込んだリサは、自分がランプを持っていないことに気づく。
「しまった……」
後悔しかけたリサの耳に、肩に飛び移ってしがみついていたキケルの鳴き声がする。
リサはハッとする。
そういえばキケルは、まだ月光石を食べても発光してくれるだろうか。月光石を入れたポシェットの口を開いたが、そこで手を止める。
でもあんまり石を食べさせてお腹を壊しては可哀想だ。
逡巡するうちに、キケルがポシェットにばたばたと飛び移り、中をさぐりはじめる。
「き、キケル?」
おどろく間にも、腰に下げたポシェットの辺りに光が灯る。その光はすぐに強くなり、辺りを煌々と照らしはじめた。
光り輝くヒヨコは、自慢げに鳴きながら四本の足を使ってリサの腕にしがみつく。そして「さぁ行け」とばかりに翼を羽ばたかせた。
「うん、ありがとう」
リサは腕のヒヨコに口づけ、地下通路を走り出した。
整然と石が積まれた壁や天井から、王宮の隠し通路に直接入ったことがわかる。しばらくは一本道だった。ほこりっぽい中を口を布で覆わずに走ったため、何度も咳をした。
口を押さえながら、リサは養父の語ってくれたおとぎ話を思い出す。
王様は悪魔を封じようとしたけれど、一人の力では適わなかった。
そんな王様を助けたのは、聖なる力を持つ王様の友達。
一人は王国一の魔法の使い手。
彼は悪魔を、都から出ないように檻を作った。
一人は聖なる爪を持つ者。
王様と血の契約を交わし、悪魔を打ち据える。
そして弱った悪魔を、王様は自らの血で封じたのだ。
このおとぎ話が本当なら、古王国の末裔の血だけでは悪魔を封じられない。なすすべもないままユシアンとクリストは殺されてしまう。
逃げていた人々も、王都も、みんな悪魔に破壊されてしまう。
そしてイオニス。
彼の切なくなるような声が耳に蘇った。
自分も王妃も国王も始末するとはどういう意味なのか。どちらにせよリサの答えは一つだ。
「勝手なことはさせない!」
やがて分かれ道を見つけた。リサはすぐに足元を確認する。積もった砂埃に足跡が残っている。それを追ってさらに走る。
途中で、今までにない強い振動に襲われた。
走る体勢のまま壁にぶつかる。しかも地上部であの悪魔が何らかの攻撃を行ったらしい。すぐ目の前の天井が崩落し、リサは慌てて避けた。
砂埃が収まると、道は完璧に寸断されていた。かわりに地上へと穴が空き、光が降り注いでいる。
リサは迷い無く腰にベルトで固定した革の小物入れから、小さな丸い石を取り出す。瓦礫に放り投げ、高らかに呪を唱える。
『其は螺旋の先へ続く鍵。第三の扉より無よ来たれ』
闇が広がり、瓦礫をくまなく飲み尽くす。そうして土砂を取り除いた先は、まだ無事な通路が続いていた。
リサは息が切れ、喉から血が出そうなほど痛んでもまだ走った。
やがて人の足跡が続く、階段を見つける。しかしその先は扉らしいひしゃげた鉄と、瓦礫で行く手が埋まっていた。
ユシアン達はいない。彼らが通った後にここは塞がれたのだ。
再びリサは瓦礫を消失させる。
そして目に映る光景に、叫んだ。
「イオニス!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます