第35話 そして彼は陽光の下で2
ユシアンは、リサをまだ抱えたままのイオニスに、嫌そうな視線を向ける。イオニスもそれを真正面から受け止めていた。
二人の様子に首をかしげつつ、リサはユシアンの言葉に重要なことを思い出した。
「そうだ、ユシアンはあの悪魔をどうやって封じるつもりだったわけ?」
「古王国の血を持って封じると聞いてる。ただ、方法はあの祭壇を見ないと……」
当の祭壇は、結界と瓦礫の向こうだ。ユシアンと二人同時にそちらの方向を向いてしまう。
「祭壇には封じについては書かれていない」
イオニスがぽつりと告げる。
「祭壇の文字、読んだの?」
「以前この祭壇のことを教えられた時に見た」
彼は祭壇にあった一文を諳んじて見せた。
「この悪魔を解き放つ者は祭壇を血で穢せ。この悪魔を従えることを望む者は、聖王を裏切りし血統の血を捧げよ……。
悪魔は王妃の血によって解き放たれた。おそらく誰の血でも封印を解くのはかまわない、というこのなのだろう。そして私は従えようとした。結果として無理だったということは、おそらく私が王家の人間ではないせいだろうな」
自嘲気味に語ったイオニスは、ふっとため息を吐く。リサはまだ自分のお腹に回されていたイオニスの腕にそっと手を重ねた。
わずかばかり、可能性があると思っていたイオニスの気持ちが悲しくて。口ではあれほどに切り捨てるようなことを言っていても、割り切れない思いはあるだろう。
「悪魔を従えさせられたら、あなた王様も殺そうと思っていた?」
自分も王妃も王でさえ遠い場所へ始末してくる。その言葉の意味とは、これではないのか。
リサが尋ねると、腕がぴくりと動く。
やがて嘆息したイオニスが話してくれた。
「この騒動が収まった後、私は王国を赤色の鍵に渡してしまえばいいと思っていた。それなら国王も王妃も邪魔だし、どうしてもこの世から退場してもらわなければならない、と思っていた。なにせ王家の評価を落とし、私の代に国を譲るにしても……王妃や国王をそのままにしておけば、私の出生について知っている君が、狙われる」
リサは聖堂で顔を見られているのだ。イオニスと一緒にいたところを。
顔を見た聖堂の人間の証言から似顔絵を作り、しらみつぶしに探すことは想像できた。
「私の……ため」
王妃はイオニスが自分の子ではないからと、立太子前に殺そうとしたほどなのだ。その秘密がリサに漏れているとわかったなら、必ずリサを始末するだろう。
イオニスはその憂いを絶つために、王妃と国王、そして自分自身も消えてしまおうとしていたのではないだろうか。
だからあんな別れ方をした。
全てが終わるまで、リサが追ってきてイオニスを思いとどまらせないために。
できればリサが気を失っている間に、全てを解決してしまおうとしていたのだろう。
「あなたって本当にバカだわ」
うつむくともう一方の手がリサの体に回され、イオニスの腕にふれたリサの手を掴む。
悪かった、とそう言っているような仕草に、リサは涙が出そうになる。それを押し込めるように話を続けた。
「なら、祭壇には封じの方法が書かれていないのね。そしてユシアン達も血を使う方法しかわからない、と」
「末裔といっても、古王国時代からかなりの年数が経ってる。魔術を使う術も、意図的に隠匿されてしまったらしくて伝わってないんだ」
ユシアンが複雑そうな表情でリサとイオニスを見ながらうなずく。
「私、古王国が悪魔をどう封じたのか知っているの」
だから追いかけてきたのだと言うと、イオニスもユシアンも驚いた。
「父さんが話してくれたの。古王国の王様は魔法の使い手の他に、聖なる爪を持つ者と血の契約を交わして、悪魔を倒したって。だからもしユシアンの方法でどうにもならなかったら、父さんの話のヒントぐらいは祭壇に書いてあるんじゃないかと思って」
ユシアンが目を見開く。
「なら、オットーさんが言う昔話の方が、正解かもしれない。彼も、古王国に関わりある人間だから」
「……え? うちの父さんが?」
すごく初耳だ。というか養父はリサにそんな話はしてくれなかった。ただ恐ろしいほど古王国や地下の遺跡について、発掘品についても詳しかった。それを考えれば、養父も古王国に関係していると気づくべきだったかもしれない。
リサはただただ、自分を家族として受け入れてくれた第二の父親として、養父を慕うことしか考えていなかったのだ。
「クリスト叔父さんとは元から知り合いだったんだよ。だから貧民街の人達と仲間になって地下探索ができるよう、取りはからってくれたんだ」
ユシアンの話に、リサは呆然とする。
養父が死んでもう三年。これまで一切そんな事など知らなかったのだ。
固まってしまったリサは、地面が揺れてはっと息を飲む。
結界は壊れる様子はない。だけど地上では悪魔による破壊が進んでいるはずだ。
しかも悪魔は空高く飛んでいる。そこから地上へ向けて攻撃が行われていたら……。
「どうしよう」
リサもまた、祭壇にたどり着けば養父の言葉の意味を詳しく調べられると思っていたのだ。魔法は遺物をかき集めて代わりにするとしても、聖なる爪というのが何なのか知らなければ。
「ユシアン、この結界ごと移動ってできないの?」
一応悪魔の攻撃にも耐えられるようだし、移動さえできれば祭壇にたどりつけると思ったのだが、ユシアンに首を横に振られてしまう。
下を指さされてみれば、三人を囲むように淡い紫の円が光で描かれている。
「特定箇所に円陣を作る装置なんだ。移動は無理だし、実はこれしかない」
万が一のためにと、クリストとユシアンが一つずつ持っているきりだったらしい。
「でもこのままじゃ……」
悩むリサの耳に、ピピピと小鳥のさえずりが届く。
そしてリサの襟元に隠れていたらしいキケルが、小さな羽で滑空してリサの膝元へ降り立った。
相変わらず光り輝いたままのキケルを見て、リサは瓦礫の下なのに明るい理由を知った。そうか、キケルがいたからだ。
「なんで鳥が……光ってるんだ?」
驚くユシアンなど意に介さず、無心に見つめてくるキケルのまなざしに、リサは更に落ち込みそうになる。
このままでは、生まれて間もないこのヒヨコも犠牲になってしまう。
「ごめんね、守ってやれなくて」
キケルに謝ると、ヒヨコはくいっと不可思議そうに首を傾げた。
それから羽ばたいて飛び上がり、驚くべき行動でリサ達の度肝を抜いた。
なぜかイオニスを見て鳥にあらざる唸り声を上げたキケルは、彼に向かって突撃した。そのまま傷をふさいだばかりの肩にぶっすりクチバシを差し込んだのだ。
「いっ……!!」
「きっ、キケル!?」
イオニスはヒヨコにクチバシを突き刺されて痛みに目を丸くし、リサは思わず絶叫する。ユシアンはぽっかり口を開けて呆然としている。
「キケル、止めなさい!」
なんなんだこのヒヨコは。急に人食に目覚めて猟奇的なヒヨコになってしまったのだろうか。
リサは真っ青になりつつ、とにかくイオニスの肩から引き離そうとしたところで、ヒヨコが新たに流れ出た血をごっくんと飲み込んだ。
「ひっ……」
あまりのことに、怯えてリサは手を引っ込めた。
キケルはそれで満足したのか、ゆったりと三人の中央に降り立ち――そのまま巨大化した。
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