第28話 彼の真実と彼女の決意2

 リサとイオニスの二人は、闇夜の中を早足で進んだ。

 目立つといけないので、キケルは隠したままだ。


 そして家の角に隠れながらようやくたどり着いた聖堂では、門衛の見習い神官がイオニスの顔を見て驚愕しつつ、中に入れてくれた。

 門衛は二人を聖堂の中へ通して、神官長を呼んでくると走り去った。

 その様子を見ながら、リサは感心していた。


「神官とかお金持ちだと、王子の顔もちゃんと覚えてるもんなんだね」


 見た瞬間に追い出される、リサのような貧民街の人間とは対応が大違いだ。うらやむでもなく、純粋にリサはびっくりしていた。

 そのつぶやきを聞いたイオニスが尋ねてくる。


「なぜ聖堂に王家の肖像画があるのか知っているか?」

「聖堂を建てる時の出資者だから?」


 リサの答えに、イオニスは笑う。


「万が一の場合、王家の人間が助けを求めてもすぐわかるように、だ」


 なるほど、こういう時の為かとリサが納得していると、聖堂の奥の扉から禿頭の神官が飛び込んできた。急いで式服を着たのか、肩の辺りが寄れている。


「で、で殿下! ああ本当に殿下なのですね。重篤な病を得られたと聞いておりましたが、これは一体……」


 まろびよってきた神官長は、はっとしたようにリサの方へ視線を向ける。そのこわばった表情に、リサは何を言われるのか察して一歩引きかけた。


「まさか、この地下ネズミに悪さをされたので? 殿下を騙して外へ連れ出したのでは」


 それを聞いたイオニスは、くつくつと声を出して笑う。


「その逆だ。私がたまたま王宮外で賊に襲われた所を、この子に救われたのだ。我が恩人に非礼を詫びよ」

「えっ、あ、はぁ……」


 神官は釈然としないながらも、王子の命令だったのでリサにわびの言葉を述べた。しかも、きちんと床に膝をついての正式礼にてだ。

 今まで神官からそんな対応をされたことがなかったリサは、悪態よりも驚いて思わず体を引いてしまう。が、その背をイオニスに支えられた。

 見上げると、彼は苦笑いしていた。


「賊を避けるため、地下室に一時匿ってもらいたい。また後で王宮へ戻る際に人目を避けるため、そなたらの衣を貸すように。私の恩人にも神官巫女のものを」

「巫女……じょ、女性ですか?」


 神官長は今まで一番目を丸くした。

 それは驚くだろう。突然現れた天上人が、恩人と言って女性を連れているとしたら……。そこに秘密の匂いを感じるのが人間というものだ。

 下手をすると、リサのことを貧民街の人間に扮装した、どこぞの令嬢と勘違いした可能性もある。


 この神官長は口の端に妙な笑みを浮かべながら、イオニスとリサをそれぞれ個室へ案内した。

 そこは人をもてなすための部屋だろう。応接用のソファやテーブルが置かれていて、宗教とは関係ない風景画が飾られ、金の水時計までおかれている。


 リサは思わず「寄付金でこういうものを買ってるわけね」と呟いてしまった。こういうことをしたいのだとしたら、確かに神官達は貧乏人など相手にすまい。

 そして王子には媚びを売りたくてたまらないだろう。

 ややあって、こちらも深夜にたたき起こされたのだろう、神殿巫女が寝ぼけ眼でやってきてリサに衣服を渡してくれた。


「着方は?」


 ぼんやりとした口調で尋ねられたリサは、着方を知っているかと尋ねられたのだなと頭の中で足りない言葉を補足する。


「教えて下さい。自分でやります」


 そうして口頭で説明を受け、神殿巫女が立ち去った後で着替える。

 白いワンピースの上から、青地の丈の長い胴衣を重ねて帯で締める。それだけだと寒いので、上にこれまた青いガウンを羽織る。これで偽神殿巫女のできあがりだ。


 ただ、リサは小柄だ。

 この世界の人は欧米人ほどではないけれど、日本人よりやや大柄な人が多い。なので自分と同じ年頃の女性よりも、リサはどうしても小さいのだ。

 神殿側も、リサの体格を見て小さめの衣服を用意してくれたようだったけれど、あちこちが少しぶかぶかだった。


 しかしリサには他に問題がいろいろあった。

 とりあえず脱いだ服はリュックにしまう。

 その際、ポケットからキケルを取り出して、ガウンの隠しに入れる。


 幸いなことに、ヒヨコの光の強さはぐっと衰えていた。蝋燭の明かりほどだ。

 夜だから眠りはじめたキケルをそっと収納すると、更に他の道具を身につける。


 ウエストに革帯を巻き付けた。そこにはいくつかポーチがくくりつけられていて、中には何種類かの探索に仕えそうな遺物や月光石が入っている。

 そこへなけなしの金が入った財布もくくりつけた。

 スカートのポケットには、入る限り細かな道具を入れる。

 そしてようやく準備が整ったところで、イオニスがやってきた。


「うわ……」


 リサは思わず言葉を失う。

 中は王子様然とした高そうな服のままだったが、そこに神官服の青い長衣を羽織っている姿がやけに似合う。深い青の色が彼を引き立てているのだろう。

 しかし外套のように羽織っているだけのその姿が、背後に従っている禿頭の神官長より、徳が高そうに見えるのがおかしい。


 禿頭の神官長は、依頼通りリサ達を地下室へ案内してくれた。

 聖堂を出て裏手に回った場所だ。神の像があるだろう壁の辺りに、錆びた鉄の扉があった。神官長が鍵を取り出し、扉を開く。

 ぎしぎしときしむ音を立てながら開いた扉の向こうは暗く、冷たい風が吹いてきてリサの頬を撫でていく。


 なるほど。この先はただの地下室ではなく、どこかに通じているのだとリサは納得する。風はその証拠だ。

 背後ではイオニスが神官長から油のランプと、いくらかの食料と酒を受け取っていた。


「お寒いかと思います。お風邪などめされませんよう」


「ああ、気にしないでくれ。しばらく経てば私達はここを出て行くだろうから。かまわないでおいて欲しい」


「御意にございます」


 イオニスが先に扉の向こうへ入り、リサがそれを追った。

 そして中に入ったところで、鉄の扉が神官長によって閉められた。


「聞きしに勝る、だな」


 二人きりになると、イオニスはため息と共に呟いた。


「え? 何が?」

「君への対応が、だよリサ」


 イオニスがリサの髪に手を伸ばしてくる。再び地下を通るのだからと一つにくくっていた髪を、指で一筋すくう。 


「地下ネズミへの対応ってこと?」

「君が地位向上を願うのもわからないでもない、と思った。あと、あんな対応をされて君が怒らずにいられるのも驚いたよ」

「まぁ、慣れているもの」


 いつものことだと言うリサに、イオニスは目をまたたいて苦笑いする。

 そして唐突に言った。


「君の願いを、叶えなくてはね」


 イオニスは約束を忘れていないのだ。リサはそれが嬉しくて、大きくうなずいた。

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