第27話 彼の真実と彼女の決意1

「まだ見つからないというの?」


 その女性は静かな声で叱責した。

 煌びやかな金糸で飾られた深紅のガウンが、みじろぎするのと共に揺れる。金の髪に彩られた頬高な顔の中、青い瞳が不快感を表すように細められた。


 その様子を、ユシアンは書棚の隙間から覗いていた。

 どうやらイオニス王子の執務室には隠し通路があったらしい。その出入り口のために書棚と壁には隙間があり、そこから隠し通路へ入ろうとしたところで、王妃とその配下らしい兵士がやってきたのだ。


 まだ夜明けにさしかかった頃だというのに、人が来るとは思わなかったユシアンは舌打ちしたい気持ちだったが、せっかくなので王子を幽閉した張本人の行動を見ておくことにした。


「深夜のうちに始末をするはずが、番人はあれが隠していた剣で殺されたと聞きました。で、あの地下室から洞窟に続く穴を見つけたそなたらは、地下ネズミどもが攫ったのだろう、ネズミの住処を探ればすぐ見つかると言ってなかったか?」


「それが……。今の刻限に至るまで貧民街には殿下のお姿は……」


 ユシアンもそこまでは知っていた。

 深夜、貧民街に王妃の配下の兵士達が襲来し、金をちらつかせて身なりの裕福そうな男がいたら出せと要求したのだ。


 しかしそんな男はいない。貧民街の住民は素直にそう言った。

 兵士達は信じずに、ランプの明かりで捜索をしようとした。が、新月の夜は闇が深い。隅々まで調べることができずに、一度彼らは退いたのだ。


 そしてユシアンの元に貧民街の仲間から連絡がきた。

 ユシアンはまさかという思いでリサの家を訪ね……彼女が居ないことを知って全てを理解した。


 リサが、どうやってか新月の夜にイオニスを脱出させたのだ。

 二人を捜そうとしたユシアンは、王宮に地下と通じた場所があるとマユリが教えてくれていたのを思い出す。

 きっと王子はその通路を使って王宮に戻るはずだ。そう考えたユシアンは母の手引きで城へ侵入し、ようやく地下への隠し通路を見つけたところだった。


「しかし間もなく日が昇ります。そうしたら再度捜索を……」

「良い」


 王妃は配下の言葉を遮った。


「いえしかし、早く見つけねば」

「既にあれが幽閉場所から逃れて数時間が経っている。しかも手引きした者がいるのだ。既にこの件のことを知っている者が複数いると見るべきだろう」


 冷静な口調だった。

 けれども王妃の視線は伏せがちとなり、落ち込んでいるようにも見える。

 ユシアンは心の隅に感じた胸の痛みを無視する。このような女に同情する理由など無い。全てがバレて破滅するがいいと心の中で呟いた。


 そこでちらりと、リサの顔が脳裏をよぎる。

 ユシアンがこんな冷たいことを考えていると知ったら、彼女は驚くだろう。ユシアンから離れてしまうだろうか。


 リサは貧民街育ちにしては、驚くほど素直な少女だ。

 養父であるオットーから叔父クリストが聞いたところによると、貧民街に捨てられた裕福な家の子供だったらしい。

 数日ほど貧民街をさまよっている間に汚れたものの、服はかなり上等で、しかも素材がよくわからないような代物だったのだとか。


 オットーは『大事に育てられたものの、良く思わない人間にさらわれて、捨てられたのだろう』と言っていたらしい。

 いつか家に帰してやりたいが、リサはそのあたりの記憶があいまいで、身元を探る手掛かりになるようなものも持っていなかったため、探しきれなかったようだ。


「念のため、各聖堂に通達せよ。イオニス王子の振りをした者が助けを求めて来たなら、それは王宮に入った賊だと言うのだ。顔が似ているのを良い事に宝物を盗み出そうとした者ゆえ、即刻処分せよとな」


「しかしそのような触れを出せば、陛下に……」

「かまわぬ」


 王妃は言い切った。

 そして言葉の強さとは相反するふらりとした足取りで、部屋を出てゆこうとする。


「妃殿下はいずこへ?」


 王妃はちらりと振り返って言った。


「私は別な手をもって全ての証拠を消す」


 仮面のように表情を消した顔に、ユシアンは不穏なものを感じたのだった。

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