第38話 そして彼は陽光の下で5
リサはそれを逆手に取り、悪魔を戻すために異界への扉を開き、この世界の力でたたき出すために陽の力を転換点として選んだ。
後は中央に悪魔が移動した所を狙って、力が流れ込む一点を悪魔の体に打ち込むのだ。
けれどユシアンがそこまで持つとは思えない。
キケルも酷い怪我をしている。無茶はさせられない。
どうしよう、とリサは思う。ナイフを握りしめる手が汗でにじむ。しかし急に手元からナイフを奪われた。
「イオニス?」
「なんとなくここまで見てわかった。最後に残ったナイフを悪魔に刺すんだろう?」
リサはうなずいた。
「でも、悪魔が陣の中央に来ないと……」
「キケル、私の言うことが聞こえるか? ケーキをやった恩があるのだから、私の声に答えろ」
イオニスはキケルに呼びかけた。首を振り向かせたキケルに、イオニスが依頼する。
「一度地上へ……。もし人間の気持ちも理解できるなら、言いたいことは分かるな?」
キケルは大きくなってからはじめて、鳥のさえずりに似た声を出した。
その可愛らしい声は、イオニスの意を了承したということだろう。
一体イオニスは何をするつもりだろう?
リサが訳がわからないというのに、キケルは彼の言うとおりゆっくりと降下する。そして地上に降り立つと。イオニスがリサに尋ねてきた。
「最後の呪を先に教えておいてくれ。私に考えがある」
妙に接近して、顔を寄せてくるイオニスから逃れるように、リサは思わず身を引く。
逃さないとばかりにイオニスはリサの足首を掴んでさらに身を乗り出してきた。
「ええと『其を中心として、異界の扉よ開け』でいいと思う」
覚えているものが正しければ、これでいいはず。力場と魔力に、古王国語で指示を出すための言葉だ。
間違っていないように、リサは願うしかない。
でも何度も読んだので大丈夫だろう。
なにせその古い書物は……日本語で書かれていたのだ。
養父は、その書物を古王国よりも前の時代のものだと言った。
養父でもなかなかするりとは読めないらしい。でもリサにとっては馴染みの深い言葉で書かれている、ちょっと難しい内容の本でしかなかった。
最初、探索者になると言ったリサを止めた養父が、最終的にそれを許可した理由。それは、リサは古王国よりも古い時代の言葉を読むことができたからだ。
古王国の発掘品も、そのさらに古い時代の言葉で書かれている。
リサならまず間違いなく、発掘品で怪我をしたりすることもないだろう。
何よりこうしてリサがその言葉を読めるのは、発掘品……それどころか、古王国と何か縁があってのことだと考えたらしい。
一方で、魔力は全て、魔法を使えるはずのイオニスのものだ。
そうして教えたら、のし掛かられそうな妙な体勢を戻してくれるのかとリサは思っていたが、
「では、待っていろ」
イオニスは笑顔のままリサを抱きしめ、キケルの背から放り出した。
「ちょっ……!」
慌てて体勢をととのえ、瓦礫の上に着地した時には、イオニスを乗せたキケルは空へ飛び立った後だった。
「イオニス!」
やられた。リサは自分の鈍さを呪いたくなった。隠し通路で置き去りにされた時と同じことをされたのだ。
イオニスとキケルは、敢然と悪魔に向かって突き進んでいく。
キケルは悪魔の無数の足を蹴り、引き裂き、そして自分もさらに体に傷をつくりながら悪魔に体当たりした。
悪魔の体が、陣の中央部へ押し出される。
そのまま胴を爪で引き裂き、悪魔の脇部分が一部灰になってくずれた。
悪魔は叫びながら自分の体が傷つくのもいとわず爆発を起こそうとする。
余波で祭壇の近くが吹き飛び、既に力つきそうだったユシアンが吹き飛ばされた。
「ユシアン!」
ほど近くで背中から瓦礫の上に倒れたユシアンは、それでも自分で起き上がろうとしている。
リサは彼に駆け寄りながら、空を見た。
悪魔を戒めていた緑の炎は消えている。
代わりに複眼の一つがキケルの爪の餌食となって、砂のように崩れた。
空気を震わせる咆吼を上げ、戒めから解かれた悪魔は移動しようと翼を広げる。
その時、キケルの背からイオニスが悪魔の頭部に降り立った。
『其を中心として、異界の扉よ開け』
遠いはずのイオニスの声が、リサの耳に届く。
頭部に彼がナイフを突き刺した瞬間、二重に描いた五芒の星が光を吹き上げる。
外側の星の中にいたリサは、足元が美しい金の光で満ちていくのを見て足を止めた。
そして内側の星には闇が生まれていた。
中央が悪魔を迎え入れるように膨らんでいく。そして不意に地面などないように陥没する。その闇色の蟻地獄へと、黒い足が、胴が、風とともに吸い込まれていく。
イオニスを乗せたまま。
「…………っ!」
おそらくリサは悲鳴を上げた。早く逃げて。死なないで。居なくならないで。そんなことを叫んだのだと思う。
イオニスも逃れようとしたが、悪魔の複眼から伸びた細長い足に囚われて身動きできなくなる。
「や、やだっ!」
恐怖で心臓が止まりそうになる。
イオニスは悪魔ごと、黒い異界の闇へ引きずられていく。その足が闇に囚われるまで、ほんの数秒だ。
見ていられずに顔を手で覆いそうになった。
その時、青白い体の聖獣が急降下した。そしてイオニスの足元を覆う闇をクチバシでえぐる。
そして急上昇した時、そのクチバシの端はしっかりとイオニスの体を捕まえていた。
キケルはそのまま陣の外へ飛び出す。
同時に内側の陣へと外に溢れた金の光が流れ込んだ。蓋のように黒い異界の扉を塞いだ金の光は、一度鮮烈な輝きを放ち、何事もなかったように消える。
そこには、元の瓦礫に覆い尽くされた床の姿が戻って来ていた。
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