第37話 そして彼は陽光の下で4
ユシアンは祭壇の上に手をついた。
文字が祭壇に書いてあったのだろう、それを見ながら彼は古王国語で唱える。
『其は復讐者の名を与えられし者を呼び出す術師の血。召還の契約に従い、我が意を受け入れよ』
祭壇に一瞬、燃えるような緑の炎が走った。
ふっとかき消えた後、悪魔の居た円形の場所から改めて炎が吹き上がる。
炎は疾風のように空へ駆け上り、なおも離れていこうとする悪魔をその手に絡め取った。
下腹部あたりを炎に巻き付かれ、悪魔は叫ぶ。
そのままずるずると引き戻されはじめた。
リサはほっとする。
悪魔を制止することができたのだ。
しかし祭壇にふれているユシアンの手にも、いつの間にか炎が巻き付いていた。悪魔を睨み付ける彼の額に、汗が浮かぶ。
「リサ、これはあいつの動きを抑制することしかできないみたいだ。封じる方法は!?」
「待って、思い出すから」
―― 一人は王国一の魔法の使い手。
彼は悪魔を、都から出ないように檻を作った。
一人は聖なる爪を持つ者。
王様と血の契約を交わし、悪魔を打ち据える。
そして弱った悪魔を、王様は自らの血で封じたのだ。
「王様……」
王様が封じたことになっている。けれど封じる方法はおそらく魔法だ。
そして古王国の血を継いでいるクリストの姿は、瓦礫の下に埋まってしまったのかわからない。
「古王国の王様の血が必要だわ」
「古王国の血なら、そいつが持ってる!」
切羽詰まったユシアンの声に、リサはイオニスと顔を見合わせる。
そうだ。彼がマユリさんの子供なら、クリストの親戚なので古王国の血を継いでいるのだ。
「でも、血を持っていたからってどうやって封印するのか……」
するとイオニスが言った。
「リサ。古王国の遺物は、どうやって中に魔法を閉じ込めているのか知っているか? 同じ方法が使えれば……」
その問いに、リサは閃いた。
「イオニス、キケルに乗せて貰おう!」
ユシアンが押さえていても、悪魔は足を自由自在に動かしていた。そのため同じように苦戦していたキケルは、リサの呼びかけに応えて地上へ舞い戻った。
「お願い乗せて!」
そう言ってキケルの足をよじ登ろうとしたリサは、
「ひゃっ」
服をクチバシの先で加えられ、ぽんと背中に放り投げられた。イオニスも同様の方法でキケルの背に乗る。
でもキケルの背中にぼふっと落下したリサとは違い、イオニスは綺麗に足から着地していた。
キケルの毛で、リサは自分の足を固定する。
空中で宙返りをしているのを見たので、キケルの背中にいるのなら、手の力で張り付くのも限界があると思ったのだ。
イオニスもキケルの背に体を固定したのを待ち、リサはキケルに頼んだ。
「キケル飛んで!」
青白い獣は、再び空高く舞い上がった。
青い空がどんどん近づいてくる。
急速な上昇に、体が身動きできないほどの重圧がかかり、リサは「うっ」と息を詰める。
でも全くの未知の感覚ではない。
(飛行機みたい)
元の世界で乗っていた飛行機。離陸時の感覚に似ている。でも久々のその感覚と、飛行機ではなく生き物のキケルに乗っていることが、リサを少し不安にさせた。
けれどもすぐ傍にいるイオニスと庇われるように寄り添い合ううちに、だんだんと恐怖は消えていく。
そして少しずつ祭壇へ向かって空中をひきずられる悪魔の前に、キケルが滞空した。
「さぁ、リサ。私はどうするべきか言ってくれ」
抱きしめていた腕をほどいて、イオニスがリサに笑みを向けてくれる。
イオニスから信頼の表情を向けられて、リサは勇気づけられながら方法を口にした。
「必要なのは、魔力を持つ物。封じる対象と対極にあるもの。それらを配置して陣を作り、対象を中心に据える……。あなたの髪を十一本ちょうだい、イオニス」
イオニスは言われるまま、少し伸びた脇髪を切り取ってリサに渡す。
「ところでなぜ十一本なんだ?」
「魔術が一番効果を発揮しやすい数字だって聞いたわ」
リサは自分を乗せているキケルの体からも毛を何本か失敬し、イオニスの髪と寄り合わせ、さらに外套に隠していたナイフにしっかりとくくりつけていく。
何個もそれを作っていたら、ナイフが足りなかった。その分は、万が一のため持っていたフォークや、もったいないけれど大きめの月光石にくくりつける。
「イオニス、ナイフ投げとか得意?」
「そこそこに」
「掌に切り傷を作っても?」
イオニスは意図を察して口の端を持ち上げた。
「問題ない。封印に血が必要なのだろう? 君のためならば私の血ぐらいいくらでも捧げよう」
その台詞にリサは顔が熱くなる。
君のためならって、どういう意味? そう聞き返す間もなく、イオニスはまずナイフで掌を切った。血がにじみ出した手で自分の髪を結んだナイフを握りしめる。
「まずは?」
「五つ星を二つ描く。キケル、ユシアンの直線上へ!」
リサは祭壇を囲むような星形になるよう、五本のナイフをイオニスに地上へ投げつけさせた。
落下の速度と相まって、ナイフは祭壇のある場所、悪魔が封じられた場所を囲むように瓦礫に突き刺さる。
リサは術者となるイオニスに、自分の唱える古王国語の呪を復唱させた。
それは昔、養父が持っていた古い本で読んだものだった。
『其は異界をしろしめす』
投げたナイフがぼんやりとした青白い光を発する。
悪魔がこちらの行動に気づき、ナイフを吹き飛ばそうとして爆発を起こす。
しかし既に魔力の方向性を与えられたナイフは、異界と繋がる接点のため現世の風やつぶてには左右されない。
悪魔は次の行動を防ごうと、キケルに向かって足を伸ばしてくる。
キケルはそれを避け、あるいはかぎ爪で引き裂いて破壊した。
ユシアンの術で動きが鈍っているのか、悪魔の攻撃はより緩慢だった。
「次、もう少し距離をとって……」
最初につくった五芒星の外側に、太陽の昇りはじめた東を頂点に、再び五つの点へナイフやフォークや石を投げつけさせた。
悪魔はもがきながらもむちゃくちゃに爆発を起こそうとする。
それを防ぐため、リサはキケルの上に立ち上がって翡翠色の石を投げた。黒い軌跡とともに悪魔は胴や足をえぐられ、痛みを感じたのか絶叫を上げる。
その間にイオニスが五つの点を作り上げた。
リサは次の呪文を口にした。
『其は転換の力を呼び込む』
「其は転換の力を呼び込む……リサ!」
早口で復唱したイオニスが、リサを引き寄せて伏せさせた。
轟音と共に炎が頭上を走る。今までは空の上での出来事だったためにわからなかったが、その軌道に近づいたため、リサは身を焦がされるような熱に悲鳴を上げた。
キケルがすぐに回避行動をとった。
おかげですぐ熱さから解放されたが、キケルも無事では済まなかった。
「キケル!」
キケルの左側の翼が、一部焼け焦げて炭化していた。飛び方も右で補おうというのか傾いたものになる。
それでも骨や肉はなんとか無事だったのか、キケルはなおも羽ばたいた。
ただの鳥ではないからこそ、そんな真似ができるのだろう。
悪魔はもう一度炎を吐こうとした。
でも翼に新たな緑の炎が巻き付き動きを止められた。けれど祭壇へはじりじりとしか移動していない。
下を見ると、ユシアンは術の負担に耐えるよいうに、祭壇にもたれて悪魔の姿を見ていた。
――ユシアンの力では、あまり持たない。
それはリサの目から見ても明らかだった。けれど最後の一本は、悪魔が陣の中央に来た時に使わなければ意味がない。
魔力を操り植え付けたりするための異界への扉を開き、そこに物体を思った形へ転換させるための陣を敷く。
これが古王国の遺物の作り方なのだ。
それを完成させなければ、確実にこの悪魔を倒すことはできないだろう。
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