第16話 王宮に侵入します1
地下道を歩きながら、リサは自分の頬を叩いていた。
「ああ、だめだめっ」
何がだめなのか、自分でもよく分からないながら、そう唱え続けていた。
あれからずっと頬が熱い。どうしてかイオニスの言葉がぐるぐると頭の中をめぐっている。
似合わないなんてことはないって、ようするに似合っているということなのかと考え、イオニスの表情を思い出して再び顔が熱くなる。
「だめだめっ、集中っ」
ほこりっぽい地下道で深呼吸するわけにはいかず、胸のあたりを一定間隔で軽く叩く。ゆっくりと。心臓の鼓動がそれと同じ間隔になるように。
そうしてようやく落ち着いたリサは、王宮内へ至る隠し通路を進む。
場所の見当さえつけば王宮の隠し通路へ入るのは簡単だった。
地下迷宮から隠し通路へと、壁に穴を開けて強引に入ればいいのだ。問題はそこを他の人間が入らないようにすることだった。
リサは、自分がぎりぎり通り抜けられる程度の穴を遺物の魔法で作り、穴を崩して塞いできた。
その時何が一番難しかったかというと、イオニスに結ってもらった髪が崩れないようにすることだった。
王宮の隠し通路も地下迷宮のように埃っぽく、しかもところどころ蜘蛛の巣までかかっている。フードを目深に被って髪につくのを防ぎ、何度か立ち止まって自分の位置を確認しつつ、リサは進んだ。
しかしイオニスの書いた地図は記憶をたよりにしたものだったためか、一つ分かれ道が抜けていた。
リサはそこで苦悩し、左を選択。
その先は地図どおりだったので、これが正解だったかもとほっとしながら目的の扉の前へやってきた。
ポケットの中のキケルを確認する。
前足のあるヒヨコは、まだ眠りの中でまどろんでいる。
幸せそうな顔に見えるので、ケーキの夢でも見ているのかもしれない。
リサはヒヨコを起こさないように外套を脱ぎ、リュックと一緒にその場においた。
「……よし」
心の中でお邪魔しますと呟きながら、リサは少しずつ扉を開けていった。
錆びると予想されたのか、扉は蝶番などついていなかった。
石の板をごりごりと押し出すような音とともに顔を出すと、どうやら扉のある場所は背の高い棚の裏だった。
出入り口へ人が通り抜けられるよう、人がかろうじてとおりぬけられるだけの隙間が、棚と壁の間には開けてある。
そろりそろりと移動して、部屋の角に作られた棚と棚の隙間から部屋の中へ出た。
曲線を描く天井は白く、大きな硝子窓にはきちんとカーテンが引かれている。絨毯は足が沈むほどふかふかとしていて、歩いてもほとんど足音をたてずに済んだ。
道を間違えていたいのなら、ここはイオニスの部屋から続く書斎のはずだ。
部屋の壁という壁を、書棚が占領している。他には一画に大きな机と椅子があるだけだ。
目的の物はイオニスの部屋にある。リサは隣へと続くのだろう扉へと近づく。
聞き耳を立て、リサははっとする。
部屋の向こうに誰かがいる。しかも向こう側は絨毯が敷かれていないのか、足音がこちらへ近づいてくるのがわかった。
リサが大急ぎで隠し通路の出入り口がある書棚の裏に隠れるのと、扉が開かれるのは同時だった。
「既に十日だ。まだ見つからないというのはお前達の怠慢の結果だろう!」
「申し訳ありません陛下。ですが当日出入りしていた貴族達を、帰さないわけにも参りません」
陛下、という単語にリサは驚く。
まさか自分は別な部屋にたどりついてしまったのではないだろうか。かといって、隠し通路に戻るにはかなりの物音をたててしまう。今動くわけにはいかなかった。
それに話しているのは、イオニスのことだ。つい聞き耳を立ててしまう。
「今は各貴族の王都にある邸宅をしらみつぶしにしております。あと二日あれば、結果をご報告できます。それで……」
もう一方の男が言いよどむ。すると国王らしきすこしざらついた響きの声の主が、ため息をついた。
「また王宮で探していないのは、王妃の周辺だけだと言うのだろう」
「妃殿下がご自身ですぐさま捜索されたとは聞いています。ですが念のため……」
「妃がそう言ったのだから、諦めよ」
「しかし」
言いつのろうとした配下を、国王は退けた。
「妃はあれの母親だ。いかにお前達にとって、あれに冷たく接しているように見えてもな」
話は終わりだと打ち切られた。扉の開閉音から、配下の男が部屋を出て行ったのがリサにもわかった。
残った国王も、しばらく無言でいた後、ため息をついてその部屋から退出した。
リサはほっと息を吐く。
「イオニスって、お母さんと上手くいってなかったんだ」
あの話からすると、王宮の人間に疑われる程度には不仲だったようだ。そして国王は、分かっていて見ないようにしているようだ。
イオニスのことを探してはいるようだが……。
リサは教えてやりたい気持ちになった。
イオニスのことを話す声はなんだか硬質で義務的な感じだったのが気になるが、養父がそうだったように、国王もイオニスのことを子供として愛しているだろうと思ったから。
無事だということだけでも書き置きしたかったが、そうするわけにはいかない。誰が犯人なのかわからない以上、国王達が違う動きをみせたら、イオニスの命が危うくなる可能性がある。
リサは気持ちを抑えて、あの二股にわかれた道へ戻った。
今度も同じような書斎へたどりつく。絨毯は毛足が短く、そして先ほどの国王の部屋よりもずっと多くの本が並べてあった。
再びリサは続き部屋のドアに耳を近づけ、中の様子を窺う。今度は物音がしない。
念のため、扉を少しずつ開ける。
目で覗けるようになると部屋の中を見回し、さらに聞き耳をたててみる。が、誰もいないようだ。
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