第5話 地下迷宮の王子様4
「とりあえず私に関する情報がほしい。王宮に知り合いは?」
「下働きの人なら、いなくもないけど」
でもそれで十分な情報が集まるだろうか?
「それで十分だ。行方不明と言われているなら、誰が捜索を行っているのか知りたい。もし行方不明ではないというなら、私がどういう理由で人前に出ていないのか、わかると有り難い」
「全部は難しいだろうけど……まぁ、やってみるわ。報酬までもらったわけだし」
約束は守るものだ。それは日本にいた頃に両親からも教えられたし、今の世界での養父もリサに言い聞かせたことでもある。
約束を破る者は、信用されなくなるからね、と。
リサの返事を聞いたイオニスは、安堵した表情になる。
今までわりと平然としていたために思い及ばなかったリサだが、彼も一週間幽閉されて、不安で仕方なかったのかもしれない。
やがてイオニスの手により煉瓦は元に戻され、リサは念のためその部分だけ瓦礫で覆い直した。その上で、目印として瓦礫の端に赤い色のチョークで印をつけておく。
「さて、これって好機なのか……」
とりあえず今日もお宝は見つからなかった。
カフスを売れば、月光石を買って食料を買い足すこともできる。王子だと自己紹介してきたが、嘘をついてるならこれっきり会わなければいいだけだ。
閉じ込められたままにするのは……少々気の毒だったが。
うん、と一人うなずいてその場を離れようとしたリサは、ふと穴があった場所を振り返る。
「本当に王子様なら……お願い、聞いてくれるかな」
ぽつりとつぶやく。
昔養父が口にしていた願いを思い出したのだ。
貧民街の人達を、もう一度都民として承認してもらえれば、と。
もし彼が本物の王子様なら、その願いを叶えてもらえるかもしれない。
だからリサは、まず噂を集めに行くことにした。
※※※
煉瓦を元の通りにはめ込んだイオニスは、口元に笑みを浮かべた。
「まさかこんな偶然が起こるとはな」
突然壁の煉瓦が外れて、人の手が飛び出した時は魔物かと思った。
けれど相手はちゃんとした人間で、イオニスを知らない事については不満が残るものの、一応話が通じる。
貧民街の人間だと知って、自分の顔も知らないのは納得したが……。
こちらを警戒はしているものの、女だ。
イオニスは彼女を味方につけることにした。
哀れっぽい態度を見せたら同情するだろう。自分を幽閉した相手の使用人を懐柔するより、楽に協力させられるはずだ。
そう思ったが、なかなか信用してもらえずに困惑することにもなった。
が、どうにか協力の手立ての一歩は踏み出せたと思う。
「それにしても、女だてらに地下探索とはな」
探索者は全員が、王都の片隅に逃げた貧民街の住民だ。
リサという名の彼女は、顔も薄汚れて茶色の瞳ばかり大きく見えた。体格も良いようには見えない。服まで砂埃まみれで、腕を掴んだイオニスの右手も汚れていた。髪だけはいつか見た農民よりも綺麗にしていたが。
面倒そうに手の砂を払い落として、イオニスはため息をつく。
王宮の使用人より汚い女だが、外へ出るために我慢しよう。
「さて、そろそろか」
呟きながら机の前にある椅子に座る。
ややあって、鉄の扉がノックされた。そのまま返事も待たずに開けられ、この一週間で見慣れた兵士と中年の女が入ってくる。
「お食事ですよ、殿下」
嘲笑を含んだ声で話すのは、いつも兵士だけだ。王宮の下働きらしい中年の女は、ただ黙々と新しい食事の盆を机の上に置き、朝食の盆を下げていなくなる。
「あと、本日はご面会の方がお越しです」
兵士が廊下に声をかけると、やってきたのは煌びやかに金糸で飾られた深紅のガウンをまとった四十代の女性だ。金の髪はイオニスの色よりも深く、瞳の色は青。
美しいが頬高で気の強そうな印象を与える女性に、イオニスは微笑んで見せた。
「ごきげんよう母上。やはりあなたが拉致の犯人ですか」
そう、この女性はイオニスの母であるカトリーナ王妃だ。
余裕さえ伺えるイオニスの態度に、母であるカトリーナ王妃は渋い表情をする。
「このような場所でも、そなたは特に問題なく過ごしているようですね」
「おかげさまで。不自由なく暮らしておりますよ。ところで、もう一週間経ちます。そろそろ私をこの部屋へ留め置かれる理由くらいは教えていただけるのでしょうね?」
穏やかに尋ねたイオニスに対し、カトリーナの表情はますます暗くなり、そのまま沈黙する。イオニスは催促の言葉一つかけず、じっと彼女が口を開くのを待った。
廊下から吹き込んだ冷たい地下の空気が、イオニスの頬をなでていく。
地下は静かだが、寒いな。
この部屋だけは、古代の遺物を使って温めてはいるが。それでも胃の奥から寒気がする。
そう心の中で思った時だった。
「そなたを、立太子させるわけにはいかぬ」
だから、二週間後に控えた立太子の式の前に、幽閉した。
そう絞り出すような声で告げられたが、イオニスは眉一つ動かさなかった。その様子にカトリーナの方が不快そうに尋ねてくる。
「イオニス。そなた何も感じぬのか?」
彼の方は内心、鼻で笑ってやろうかと思った。今更何を言っているのだ、この女は。
けれど表面的にはあくまで穏やかな表情をつくろう。
「いつ、あなたがお認めになるのかと思ってはおりましたよ、妃殿下。それで……」
イオニスは目を細めて尋ねた。
「私の本当の父親は、どこのどなたなのですか?」
髪も瞳の色も似ていない王と王子。顔立ちの違いもこの年になるとはっきりしてきた。
祖父母の血が出たのだと繕っても、どれほどの人間がそれを信じていたと思うのだろう。イオニス自身でさえ、早くから疑っていたというのに。
それでもカトリーナは、イオニスが十八歳を過ぎるまで放置していた。
恐らくは「王妃が不義の子を産み育てても責められずにいる」と、国王が笑いものにされている姿を見て、いままで気持ちを宥めていたのだろう。
けれど二週間後に立太子式が間近に迫った頃になり、国王の子供ではない事に良心の呵責を覚えたのかもしれない。
(本当に中途半端な女だ)
イオニスは心の中で唾棄する。
隠し通すなら、最後までやりとげればいいものを。
おかげでイオニスは迷惑をかけられている。幽閉するのと引き替えに、せめて本当の親ぐらいは教えてもらいたいものだ。
尋ねたイオニスの目の前で、カトリーナは引き結んだ唇を震わせ、何かを堪えている。
それを無感動に眺めながらイオニスは思った。
今日はなんという日だろう。
これからの計画に必要な情報を得る伝手も得た。そしてずっと言いたかった事も言えた。
全てを精算する時期がきたのだろうと、素直に思える。
もしかするとあの埃だらけの汚い少女は、身をやつした運命の女神の使者かもしれない、と。
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