第14話 彼女の探索4
※※※
翌日のこと。
ランプの明かりだけがぼんやりと壁を照らす地下に、のんきな鳴き声が響く。
「わかった。わかったからちょっと大人しくしてよキケル」
リサは右ポケットから顔を覗かせるヒヨコに、左ポケットから出したパンをちぎって与える。
黄色いヒヨコに見える生き物は、それをうまうまと頬張り、そのまま大人しくなった。
リサは深くため息をつく。
昨日は親の気持ちというものをクリストに教えてもらったが、どうも自分が親代わりをするのは慣れない。
そもそも、リサは地下にまでヒヨコを連れてきたくはなかったのだ。
しかしリサの顔を見ては大騒ぎし、物を口に入れて十数分後にはまた鳴き出すヒヨコを、扉の立て付けも悪くなっている家に置いていけなかった。
万が一。ヒヨコの鳴き声に気づいた誰かが親切心で、もしくは親切めかした強盗心でリサの家に入ったとする。
そしてヒヨコを一瞥しただけで帰ってくれればいいが、前足があるのを知られたらどうなることか。
ポケットの中で、満足げに目を閉じる小さな生き物を見下ろし、リサは呟く。
「拾ったのに、むやみに死なせたくないもんね……」
一羽きりのヒヨコ。
目を開けた時に一心に見上げてくるすがるような瞳に、リサは自分もこうだったのかと思わずにいられないのだ。
この世界に突然移動してしまって、わけもわからないままに王都をさまよった。
どこかもわからない場所で、ただ飢えを満たして生き続けるという、生き物の本能に従って二日ほどを過ごせたのは、ただただ幸運だったのだと思う。
そんなリサを拾ってくれたのは養父だ。
自分だって裕福なんかじゃない、それどころか最底辺の貧民街に住んでいたのに、それでもオットーはリサを拾った。
それに比べて、ヒヨコは少々うるさいだけで、人間の子供より世話もかからないはずだ。
とりあえず名前を『キケル』と付けてみたら、やはり以前より愛情が湧いた気もする。
念のため、大人しくしてるキケルの口元にもう一つパンの欠片をおしこんで、リサは先を急ぐ。
そしてたどり着いたのは、イオニスが幽閉されている部屋だ。
いつものように壁を叩く。
そして壁を構成する煉瓦があちら側からとりのぞかれていき……。
だが、今日は厚い布がその先にかけられていた。
上は煉瓦を外すのは無理だと考えたらしいイオニスが下へ二段分更に穴を広げたようだが、それを覆って床にまで垂れている。
その布をひょいと押しのけてイオニスが顔を出した。
「何か情報を掴んだのか?」
「うん、とりあえず赤色の鍵については少し……。で、この布何?」
厚さと中の光で透ける文様からして、タペストリーだとは思うが。
「万が一こうして話している最中に、誰かが来た時のためだ。煉瓦さえそちらへ放り込んでおけば、きちんと元に戻さなくても体裁は繕える」
「あ、なるほどね」
幽閉生活はかなり暇なのだろう。来る度にイオニスは逃亡のための準備を着々と進めている。
「で、新しい情報は?」
膝をついた彼は大分位置が下がった穴の下辺に肘をついて、イオニスが尋ねてくる。
リサはいつもより低い位置の瓦礫の上に座った。そうすると顔の高さが同じになった。
「まず人から聞いた分。下働きで直接接触していない人なんだけど、彼らは赤色の鍵が古物商から遺物を買い取って、派手な手品でそれらしく見せてるんだろうって言ってた」
ふうんとイオニスが相づちを打つ。
「あとこれは私の意見。地下迷宮で一度、貧民街の人間じゃない人達がいるのを見たの。揃いの赤い服を着て、地下を迷わず歩いてた。だけど十人ぐらいの集団だったのよ。貧民街の人間は、お互いに良い物を発掘する競争をしているようなものなの。だから集団で行動するなんてありえない」
「君は、その赤い服の集団を『赤色の鍵』ではないかと考えたわけだ」
リサはうなずいた。
「貧民街の誰かが、そうやって集まって作った結社かもしれない、て可能性もあるわ。協力して遺物を発掘して、それをどうやってか貴族に売り込むことで名前を売って……。最終目標は想像つかないけど、もしイオニスを助け出すっていうなら」
「王家を脅して、何らかの特権を得ようとするつもり、というのが一番確率が高そうだな」
イオニスは自分の中で情報を確認するように黙り込み、うつむき加減になる。
そうすると彼の顔に陰影が増す。相変わらず綺麗な顔だなと思っていると、急に胸元でぴよぴよとあのヒヨコが鳴きはじめた。
「ちょっ、キケル待って静かに!」
小声で叱りながら外套の左ポケットを探る。が、パンはくずだけ残して無くなっていた。
恐ろしく早い間隔でエサを要求されていたので、パンが尽きてしまったのだ。
「それはもしかして昨日のヒヨコ?」
「お願いイオニス! 何でもいいから食べるもの無い!?」
戸惑うイオニスだったが、頼まれてすぐ部屋の中へととって返した。そして彼が戻ってくると、甘い香りにリサは目を見開く。
なんだろう。香ばしくて甘酸っぱくて、匂いだけで涎が出そうな……。
リサの視線が、イオニスの手の上のものに釘付けになる。
真っ白に輝くふんわりと盛りつけられたクリームに、黄金色のスポンジ。横にベリーのジャムらしきものが添えられたこれは、まさか。
「け、ケーキ?」
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