第23話 彼の誤算と彼女の涙4

  ※※※


 翌日、起きてからずっと、リサはなにをするでもなく、ぼんやりと昨日のことを思い返していた。


 イオニスの出生のこと。

 それを告げた後、ユシアンに言われたこと。


「イオニスは……」


 一言も、両親への恨み言をリサの前では言わなかった。

 むしろリサに気にしないようにと言った。だからこそ、ユシアンに聞かされた話を信じてしまいそうになる。


 既に両親を恨みに思ったイオニスが、反王家の組織にありとあらゆる情報を渡し、計画を知っていたとしたら。

 彼にとっては母親すら自分の本当の親ではなかったとしても、問題はなかったのだろう。自分のしていたことを、後押しするだけで。


 もう一つ納得できることがある。

 リサにあっさりと王家の隠し通路を教えたことだ。

 自分の脱出には関係ないことを調べさせるために、イオニスはリサに隠し通路を使わせた。これが犯人を探し出すためにやむを得なく……という理由だったら、リサは疑問に思わなかっただろう。


 しかし、イオニスはいともあっさりと地図を書いて渡してくれた。記憶させて燃やす、という手順すら踏まなかったので、今もあの地図はリサが持っている。

 王族だけの秘密のはずの通路を外部の人間に教えるなど、落城の時か、本人を消す自信がある時ぐらいではないだろうか。


「……いや、そんなまさか」


 頭の中で出した答えは、いつもユシアンの告げた内容を肯定しようとする。

 もちろんユシアンが嘘をついているとは思えない。

 彼は今までもたぶんそうした噂を知っていて、けれどリサに泥にまみれた話をしないようにしていただけだ。


 ユシアンは時折そんな事をする。貧民街で生きてきたリサに、そんな配慮は無駄だと思うのに。

 なぜかユシアンは、リサをとても綺麗なものとして保護しようとすることがある。

 父親にとって、リサの養父が恩人だったからだろうか。


「でもどうして」


 イオニスはリサに、脱出したいとしか話してくれなかった。それが反乱に関わってのことだなどと、一言だって言わなかったのだ。

 本当にリサの同情を引いて協力させ、後で邪魔になったら始末すれば良いと思っていたのかもしれない。


 ぼんやりしながらも、キケルの鳴き声を聞いて寝台から起き上がる。

 それから朝、昼、夕と、お腹が空くたびに鳴きだすキケルに餌を与え、自分ももそもそと食事だけはとる。

 そんな中、リサは気持ちだけがふくらんでいくのを感じていた。


 イオニスに今すぐ問いただしたい。

 嘘だと言って欲しい。

 彼が頬に触れた手の感覚を思い出しながら、強く願う。

 だけど新月の日は、月光石は使えないのだ。昼でもいつものランプが使えない以上、空気の流れが滞りがちな洞窟にかがり火を持っては入れない。

 自分が酸欠になって倒れてしまう。亡き養父にも、くれぐれも注意するように言い聞かされていたことだ。


 やがて日が傾いてくる。

 リサはまどろんでいるキケルを机の上に転がし、その横で今日は使えない月光石を指先で弾いていた。


 今夜は王都も闇の中に沈む。

 かがり火や蝋燭以外の明かりがなくなるのだ。

 日常的に使われるのは月光石なので、需要の少ない蝋燭は少々値が張るものばかりだ。大抵の者は皆、早々に床についてこの日をやり過ごすのが習慣になっている。


 だけどリサは、薄暮の時間になってもぐずぐずとそうしていた。

 不意にキケルが眼を覚ました。

 まだお腹はすいていないのか、リサがもてあそんでいる月光石に興味を示し、ころころと転がるそれを追いかけ始めた。

 リサは面白くなってキケルと遊んでやっていると。


「ちょっ!」


 キケルが突然月光石をくわえ、あろうことか飲み込んだのだ。


「だ、だだだ出しなさいー! いくらあんたが変わり者だからって、限度が……」


 リサはそのまま声を失った。

 目の前のヒヨコの腹が、ぼんやり光り始めたのだ。


「……ひ……ヒヨコらんぷ?」


 その様は、寝台脇に貴族が置くようなシェードランプの弱い光にも似てる。しかし、光っているのはヒヨコの腹だ。

 呆然としている間に、キケルが残った破片をさらに飲み込む。

 ごくりと嚥下し、ばさばさっと短い羽を羽ばたかせると、腹の光がさらに強くなった。いつも使っているランプのように。


 全身を光らせたキケルは「ピッ」と短く鳴いてリサを見上げてくる。

 薄闇に包まれかけた部屋の中、ヒヨコは神々しく輝いて見えた。じっと自分からそらされることのないその視線に、リサはふと気付く。


「もしかしてお前、自分をランプ代わりにするようにって言ってるの?」


 キケルは返事をするように頭を上下に動かした。

 確かに今の状態のキケルさえいれば、新月でも洞窟の中にも入れるだろう。

 しかも今日は皆、外を出歩かない日だ。誰にも……ユシアンにも見つからないで済む。


 リサはキケルを両手でそっと持ち上げ、その頭に軽く口づけした。


「一緒に行ってくれる? 私、どうしてもあの人に聞きたいの」

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