第12話 彼女の探索2

 彼はいつもの探索用の服ではなく、小綺麗なシャツとズボン姿だった。そうしていると、普段より年上の青年らしく見える。

 彼はリサが自分を認識してくれたとわかって、ほっとした笑みを見せる。


「とにかく危ないからこっちおいでよ」


 そうして連れて行かれたのは、庭園の奥まった場所だ。月の光も届きそうにない隅ならば、確かに見つかりにくいだろう。

 肩の力を抜いたリサに、ユシアンが尋ねてくる。


「どうしてこんなところに?」


 リサの頭には、いくつかの言い訳が思い浮かんだ。

 しかし、ほとんど見破られてしまいそうな気がする。それにユシアンはどうして、この屋敷に普通に出入りしているんだろう。でも理由より、知りたいことを教えてもらえるかもしれない期待の方が大きかった。


「こないだ発掘品の関係で、最近『なんとかの鍵』っていう変な人達が、発掘品を貴族に売ったりしてるって聞いたのよ」


 で、自分たちの妨害になるかもしれないと、探り歩いていたのだと話した。

 ユシアンは話を聞いて、真剣な表情に変わる。


「確かに最近、噂を聞くよ」

「ほんと!?」


 勢い込んで訪ねるリサに、ユシアンはうなずく。


「父さんが商品を買ってもらってる貴族の中で、彼らから品物を買ったって人がいるんだけど……。僕らが直接会うのは、使用人なんだけどね。珍しい物を持ってくるらしいとは聞いた」


 そこでユシアンは「で?」とリサに質問してくる。


「そんな話をどこで?」

「たまたまなの。地下探索中に見つけた出口が、貴族のお屋敷の庭に通じてて。そのせいで立ち聞きしちゃったっていうか」


 口から出任せだが、実際にこういう事はよくあるので、ユシアンも不審に思わなかったようだ。


「まぁ、あまり気にすることはないと思うよ。きっと古物商から買い取って、派手な手品でそれらしく見せてるのかもしれないし」


 そうかもしれない、とはリサも思う。

 しかし、そうだったら余計にマズイのではないだろうか。

 イカサマで偽の遺物を売り歩く組織が王子に接触するなんて、なにか企んでいるとしか思えない。王子を脱出させるとみせかけ、拉致して人質として使い、王家に揺さぶりをかけるつもりではないだろうか。


 それにやっぱり、赤いローブの人々が気になる。あんな堂々と探索しているのに、今までリサや周辺の探索者は彼らに出会わなかったのだ。身のこなしからすると、とても初めて探索をしたようには見えないのに。


 とにかく、情報は手に入れた。

 貴族と接点のないリサにはこれが精一杯だろう。情報元がユシアンだったので、途方もなく遠回りをした気がするが……。

 はぁっ、と深いため息をつくと、ユシアンが心配そうに尋ねてくる。


「疲れたのかい? こんな夜中近くまで地下に潜ったりしていれば、無理もないけど……」


「うん、まぁね。でも今日はもう帰るね。いろいろありがとう」


 そうしてリサは重たい足をひきずるように、地下への入り口に向かおうとした。


「待って、リサ。地下からじゃ大変だろう? 僕が地上から送るよ」


 ユシアンの申し出に、リサは驚く。


「そんな迷惑かけられないよ」


 出入りの業者が、あきらかに探索者の姿をした人間を連れて歩いては、評判が下がる。屋敷の人にも目撃されることになるし、それでユシアンの家が仕事を失うようなことになっては、申し訳が立たない。


「ほら、私この格好だからさ」

「どっかから服ぐらい借りてくるよ。そこで待ってて」


 ユシアンはそう言うなり走っていってしまった。止める間もなかったので、リサは伸ばしかけた手を下ろし、見つかりにくいよう茂みに身を隠してユシアンを待った。

 彼はそれほど時間をおかずに戻って来た。


「リサ、早くこれに着替えて」

「う、うん」


 暗くて服の色はわからないが、手触りが妙につやつやとしている。

 木綿か麻しか触ったことのないリサは、その感触に驚いて思わず服を取り落としそうになった。


「ちょっ、ユシアンこれ高い服なんじゃないの!?」

「いいから早く着るんだリサ、それしかなかったんだって」


 促されてリサは背嚢を下ろし、まず外套から脱ぎはじめた。

 もしかして屋敷のどこかの部屋からこっそり拝借してきたのだろうか。そういぶかしみながら外套をたたんでリュックに入れ、次にシャツに手を掛けようとしてふっと見上げる。

 ユシアンと目が合った。


「ご、ごめん!」


 ユシアンが急いで回れ右をしたので、リサは怒りそびれ、急いで着替えることに専念した。


 下着の上から急いで貸してもらった服を着る。

 冷たい布が、つるりとリサの肌の上を滑った。はじめての感触にリサは思わず首を縮める。そしてサッシュベルトを結びながら、その帯布にがさついた指が触れて、ざらっと音を立てそうなことに再びおびえた。


「これ……まさか……絹?」

「着れたのかい?」


 独り言を耳にしたユシアンに尋ねられ、リサは服の布地について考えるのを中断した。


「うん。大丈夫」


 振り返ったユシアンは、言葉もなくじっとリサを見つめてくる。


「そ、そんなに似合ってないの?」

「いいや……綺麗だよリサ」


 暗くても、ユシアンの顔が初夏の風みたいな透き通った微笑みを浮かべたのが分かった。

 リサは急に空いた手が心細くなって、あわててリュックを持ち上げる。服が入ってぱんぱんにふくらんだリュックを抱きしめると、ちょっと落ち着いた。それなのに、


「じゃあ、行こう?」


 歩き始めたところで、リュックはユシアンに奪われてしまう。


「あっ」

「その服でこれを持ってたらおかしいだろう? 僕が持つよ」

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