第3話 地下迷宮の王子様2

 やがて三叉路になった場所へたどりつく。

 ここはもとから三叉路なのではなく、つぶれた状態のまま埋まった家屋やらが重なり合って、こんな状態になっただけだ。今日までに、左から順に調べていったリサは最後に残った右の道へ入った。


「ここが外れだったら、どうしようかなぁ」


 最近見つけた新しい出入り口からの探索も、この道を調べたらおしまいだ。

 二週間かけても鍋が転がった部屋とか、瓦礫の山で行き止まりだったりと、めぼしい遺物は見つけられずにいた。


 そろそろ食べ物も買い足したい。なにより探索に必要な月光石、これが足りなくなっている。

 リサは小さくなったランプの明かりに目を向ける。ガラスの筒状をしたランプの上蓋を開けてみると、中に浮かんでいる月光石がもう小さく欠けて溶けそうになっていた。


 筒の中に満たされた水の中にポケットから取り出した月光石を入れる。石は中央部まで沈むと、強く輝き出しながらふわりと停止する。

 月光石はこれで最後だ。何か小さなものでもいい、金になるものを見つけなければ。


 壁から天井から床まで、リサは目を皿のようにして捜した。けれど転がっているのは瓦礫の破片ばかり。そしてとうとう、行き止まりに着いてしまった。

 灰色の石壁を見つめ、リサは深いため息をついた。


「だめか……」


 その壁は、わりと綺麗な状態のまま残っている。タイルで描かれたらしい、卵を枝葉で包み込む木や、周りを飛ぶ竜たちの絵が、ランプの明かりに照らされていた。

 リサは踵を返した。

 ないものはしかたない。そう思った時だった。


 耳に風が隙間を通り抜ける、笛のような音が聞こえた。少し遅れて頬をなでる風。

 右手を見ると、壁に小さな穴が開いていた。指が三本入るかどうかという穴だが、確かにこの先には、空洞があるはずだ。


「抜け道?」


 リサは早速その壁をくまなく調べた。けれど継ぎ目もなにもわからない。仕方ないと思いながら、リサはベルトにくくりつけた革の小物入れから、小さな丸い石を取り出す。

 光の下で見れば翡翠のような宝玉には、表面にびっしりと意味の分からない記号が細かく書き込まれている。

 リサは穴のある壁の近くにそれを置き、少し離れる。そしてとなえた。


『解呪』


 宝玉が、細かな緑の稲妻を発する。

 次の瞬間、ランプの光も通さない黒い球体が広がった。

 音もなくそれが消え失せた後は、壁は削られたように無くなり、予想通り細い横道とつながっていた。代わりに辺りの壁や天井も抉れ、美しいタイルの壁は見る影もない。


 が、木が描かれてあった所に、怪しい穴があいていた。

 リサが手を突っ込んだら、すぐ突き当たりに指がつきそうな穴。中には枯れ草が敷き詰められ、白い卵が一つ転がっている。


「いくらなんでも、死んだ卵よね……?」


 なんでまたこんな所にと、リサは思わず卵に触れてみた。


「……あったかい?」


 なぜかほんのりあたたかい。周囲になにか熱源でもあるのかと思ったが、枯れ草も周りの壁も冷たい。

 卵形の温石みたいな遺物だろうか、と考えた。

 まさか何かの卵をあっためておくための、魔法がかかった遺物なのだろうか。 


 リサは考えながら卵を見つめる。

 数十秒ほど悩んで、上着のポケットにしまった。もしかしたら、値がついて売れるかもしれないと思ったのだ。


 いよいよ、横道へと踏み込んだ。

 横幅の狭い道は、どうやら崩壊して偶然にできた道とは違うようだ。壁の石は整然と並び、磨かれてつるつるしている。

 しかしそれほど行かずに、この道も行き止まりとなった。


 また横道が隠されているかもしれない。そう思って、壁を探り始めたリサは、再び風を感じた。


 発生源は瓦礫の辺りだ。

 リサは瓦礫を少しずつどけていく。大きな物は通路をふさぎかねないので、わざわざ分岐点まで戻って捨ててきた。やがてこまかな破片を除いていくと、赤い煉瓦の壁にぶつかる。


「あれ、めずらしい」


 古王国でも煉瓦の建物はあるが、赤煉瓦は滅多にない。

 それも外れそうなので、リサは何気なく手をかけた。そして掴もうとすると煉瓦は乾いた音をたててずれていき、その向こうに落ちてしまう。


「…………え?」


 一拍遅れて、ごとりと音がした。くぐもった音は、石や煉瓦の床ではありえない。明らかに柔らかい布の上に落ちたような音だ。

 なにより、煉瓦を押してしまった手が突き抜けた先。そこから光が溢れていた。


 リサのランプよりも、もっと強い光だ。手を引っ込めて覗こうとしたリサは、目が明るさに慣れなくて、思わず一度まぶたを閉じる。それからもう一度開いた。


 すると長方形の穴の向こうに、宝の山ではなく人の顔が見えた。


 光に煌めく短い金の髪は、今までリサが見たことがないほど艶やかだ。

 なにせリサの周りにいる下町の人間は砂埃にまみれて、どんな色の髪も一様にくすんでいる。元の世界みたいに、家にお風呂が完備されているわけでもないから、仕方ない。

 リサ自身は子供の頃の記憶が強いから、なんとかお風呂の頻度を上げたくて、迷宮で得たお金で風呂屋に時々通っているけど。


 とにかく、この青年が身分が高そうでお金を持っているのは間違いない。

 顔色はやや青白いものの、近所の鍛冶屋の息子より整っている。真っ直ぐな鼻筋といい、顔立ちのなにもかもが美しく、上品だ。

 そんな絵画の中の聖人みたいな青年が、紫にも見える青の目を見開いている。


「君は……?」


 問われてリサははっと我に返った。

 しまった。この状況って、もしかして気付かないうちに、誰かの屋敷の壁に穴を開けてしまったのではないか?


「す、すいません! 今すぐ戻すんで!」


 怒られないうちに退散しよう。

 とりあえず手近な瓦礫で穴をふさごうとしたが、当の青年に静止される。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 そして今度は青年が手を穴に突っ込んできて、瓦礫を持ち上げたリサの手を掴んだ。


「わっ!」


 驚くリサに、青年は掴んだ腕を放さず懇願してきた。


「お願いだ。頼みがある」

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