異世界の迷宮で王子様と出会ったら

佐槻奏多

第1話 プロローグ

「昔々、世界を一人の王様が魔法で治めていたころのこと」


 聞き慣れたおとぎ話に、リサはうっとりと目を細めた。

 パンを食べてお腹の虫も静かになった。この頃合いに、眠さでほわほわとした気分で養父のおとぎばなしを聞くのが、リサは大好きだった。


 薪が足りなくて、火は早々に消えてしまったが、暖炉からはまだ暖かな空気が漂ってくる。補修してつぎはぎだらけだったけれど、春先の冷たい風を防いでくれる壁と屋根もリサを守ってくれていた。


 ちっぽけで今にも壊れそうだったけれど、リサには立派な家だ。

 そう思えるまで、何か月かかかってしまったけれど……。


 元々リサは、日本で暮らしていた子供だ。

 ある日の学校帰り、突然に見知らぬ場所に放り出されたあの日から二日のことは、思い出したくもないほどひどい記憶だ。

 食べ物もなく、お金も持っているものでは一切何も買えない。それどころか、見知らぬ大人に突然抱えられてどこかへ連れ去られそうにもなった。

 逃げ出して、古い家が身を寄せ合って建っているような場所の隅っこで震えていた時……養父に会ったのだ。


 養父は食べ物と水をくれた。

 あたたかい寝床も。優しい手も。もっと幼い子供を相手にするように、ぎこちなく子守歌まで歌ってくれた。

 そのうちに養父の友達だという大人たちが、リサにあれこれと手を差し伸べてくれて、今は安心して暮らせるようになった。


 時々、日本のことが懐かしくなる。

 でもリサは、ようやく手に入れた穏やかな生活を手放したくないと思っている。


 たくさん物にあふれていて、たくさんの娯楽があって。でも日々冷たくなっていく両親や、朝も夜の食事も一人きりの生活は嫌だった。

 満腹になるまで食べられないのは、あの時と変わらないし、よれよれの服を着ていても笑われることがない。


 そんなことを思いながら、近くにあった養父の手に頭をすりつけると、養父は笑いながら撫でてくれた。


「今日は王様の話だ。王様を恨んだある男が、悪魔を呼び出した」

「悪魔って?」

「大きくて、真っ黒くて、角がある怪物だよ」


 養父が頭の上に人差し指で角をつくってみせる。すると鼠顔の養父に角ではなく耳が生えたように見え、リサは思わず笑ってしまった。


「あんまり怖くないよ」

「そうか?」


 養父は少々残念そうだったが、そのまま話を続けた。

 悪魔は王様の都を壊してしまった。悪魔はあまりに強すぎて、王様の魔法だけでは退けられなかったのだ。


「王様は、死んじゃったの?」

「いいや。王様の仲間が助けてくれたんだ。そして悪魔を倒した。けれど、都は壊れてただの瓦礫の山になってしまった。都を守れなかった王様はとても悲しんで、自分がいなければこんなことにはならなかったんだろうと言って、王様を辞めてしまったんだよ。その後、自分のしたことを反省した悪魔を呼び出した男が、都の上に新しく都を作ったんだ。いつか王様の末裔が帰って来てくれるように」


 さぁ今日のお話しはこれでおしまいだ、と養父が立ち上がる。

 養父はランプを持ち、毛羽だった外套をしっかりと着込んだ。そしてランプに満たされた水の中に、月光石を入れた。一拍の間を置いて、ふわりとランプに明かりが灯る。


「お父さん、どこいくの?」


 リサの問いに、鼠顔の養父はにやっと笑う。


「王様の都の跡を探しに行くんだよ」

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