第24話 彼の誤算と彼女の涙5
簡単に身支度をしたリサは、薄闇に覆われた王都の町へ飛び出した。
もちろん、こんな珍しい特技を持つヒヨコのことを知られるわけにはいかないから、キケルはジャケットのポケットに入れ、更に外套で光が漏れないように覆っている。
そのまま息が切れそうなほど走って、イオニスのいる地下室へ通じる洞窟へ入った。
そこからはキケルを肩に乗せ、狭い隘路のような洞窟を急ぎ足で進む。
キケルは肩にしっかりと捕まり、動かないでいてくれた。
そうしてリサの行く手を明るく照らしてくれる。
時折キケルが楽しげにさえずると、その光はさらに明るく明滅した。それに励まされるように、リサは地下を駆け抜けた。
やがてたどり着いたその場所。
合図を送って深呼吸し、返事が来るのを待たずに煉瓦を除けていく。新月の夜だ。地下牢の周りにはきっと人がいないだろう。
ややあって、壁の向うにいる彼もリサを手伝いはじめた。
そしてイオニスの顔が見える。
彼の方はリサの肩で燦然と光り輝くヒヨコを見て、馬鹿みたいに目を丸くした。
「なんだ……そのヒヨコは」
「あなたの目の前で孵化したヒヨコよ。月光石食べたら、お腹から光るようになっちゃって」
リサはヒヨコを肩からそっと下ろし、瓦礫の上に置いてやる。
「珍しいでしょう? だから今日ここに来られたの」
「本当に君はびっくり箱みたいだな」
イオニスが苦笑う。その笑みがなんだか弱々しくて、リサは戸惑う。
そういえば彼の部屋の方はかなり暗い。蝋燭一本ぐらいしか明かりがないようだ。
今日は朝からずっと月光石が使えないということは、一日中こんな暗い場所で過ごしたのだろうか。
ただでさえ太陽に当たることもできないのに、これでは拷問みたいだ。
人は暗闇の中に居続けると、心を病んでしまう。そう日本で暮らしている時に、テレビで言っているのを見たことがある。
「イオニスはこんな暗い所にいて大丈夫?」
「そうだな、君がこちらへ来てくれれば大丈夫になるかもしれない」
首をかしげるような言い回しをされたが、とりあえず部屋の中に入ってほしいらしい。
でもリサが綺麗な絨毯の上に立てば、埃が落ちるに決まっている。人の部屋を汚すことにちゅうちょしていると、
「わっ!」
イオニスが急にリサの脇に手を差し入れて抱き上げた。そのまま驚く彼女を、自分の側に引っ張り込んでしまう。
リサは頭の中が沸騰する。
口から飛び出しそうなほど心臓が大きく拍動した。
自分はこんなに埃だらけなのに。それに何だろうこの体勢。顔が近くて、頬が触れているイオニスの服から自分じゃない人の匂いがして、なんだか頭がくらくらしそうだった。
「あの、イオニス、服が汚れ、汚れちゃう……」
抗議していたリサは、彼の様子がおかしいことに気付いて言葉を飲み込む。
イオニスはリサを床に降ろさず、何かにすがるように抱きしめたまま黙っていた。
まるで、寂しがりの子供がぬいぐるみを抱きしめて、我慢をしているみたいだ、と思った。
ようやく抱き上げられたままの体勢に慣れてきて、少し冷静になったリサが尋ねる。
「寂しいの?」
「ああ。多分そうだな」
なのに返事は他人ごとみたいだった。
自分にも覚えのある言動に、リサは思い当たる。
養父に拾われたばかりの頃。両親とも離れ離れで、知らない町に来てしまったことがショックで、呆然としていた。
まだ子供だったから、誰かが自分のことを離れた場所へ捨てたのだと思って、大人のことを誰も信じられなくて、苦しさを紛らわせるために心を鈍らせていた小さい時の自分。
あの時は養父がリサを根気強く宥めてくれた。
きっとイオニスも、昨日の話に傷ついて、似たような状態になっているんだろう。
けれど幼い頃の自分に養父がそうしてくれたように、泣けと彼に言っていいんだろうか。
自分より大人のはずのイオニスにリサがそんな事を言っても、彼はそんな自分を恥じて余計に頑なになってしまわないだろうか。
――そして、こんな風にすがってくる人が、リサを殺そうとするだろうか。
ユシアンの言葉を思い出して悩んでいると、イオニスがふっと息をついてリサを降ろしてくれた。
でも腕がほどかれる気配はない。
「今日はどうして来たんだい?」
尋ねられて、リサはここへ来た目的を話そうと息を吸い込む。
「本当のことを教えてほしくて。どうして私に、自分の父親のことを調べさせようとしたの?」
今までにも、イオニスがそれを調べる機会はいくらでもあったはずだ。こんな知り合って数日の、身分もはるか下の人間になんて頼む必要はないだろう。
なのにどうして、彼は今までそれを知ろうとはせず……リサに任せたのか。
貧民街の人間など、あとで殺せばいいと考えたから? そう尋ねたいけれど怖くて口に出せず、リサは別な仮定を声に出す。
「あなたは犯人について調べてほしいことがあるって言った。だけど私もあまりの内容にびっくりして、それをすっかり忘れてたわ。あなたの両親のことが、あなたが閉じ込められる理由の一つだったのね?」
リサの問いに、イオニスが「君は鋭いな」と呟いた。
「隠す必要もないから言おう。私を幽閉したのは王妃だ」
ああ、とリサはため息をつく。
母親だと思っていた人に幽閉されて、それが血縁のない人だとわかって、尚更にイオニスは傷ついたのだ。
そして二人の間には、元から幽閉されても顔色一つ変えない程度の結びつきしかなかったのだろう。
「元から、王妃様と仲が悪かった?」
「そうだな。あの人とこんな風にしたこともない。けれど今考えればそれも当然だろうな、血縁のない子供とあればな」
いや、血縁のある子供ならもっと酷く扱ったかもしれないな、とイオニスは呟きながら暗い笑みをこぼす。
その言葉の意味はリサにはわからない。けれど、王妃に恨みすら抱いていることは感じ取れた。
「だから……イオニスは反乱を起こそうなんて考えたの?」
その問いには、イオニスは一瞬言葉を失ったようだ。
「ある人に聞いたの。あなたが王家に楯突こうとしてる人達の仲間なんだって。反乱を起こそうとしている人達が、明日行動を起こすみたいだから大人しく家にいた方がいいって。イオニスは関係ないよね?」
関係ないって言って。ユシアンの聞いた噂は嘘だって。
自分でもおかしいほどリサは強く念じていた。
この噂が嘘なら、イオニスがリサに嘘をついている可能性は少なくなる。
リサはイオニスを見つめた。イオニスは視線をそらさずに、首を横に振ってくれた。
ほっとリサは吐息をつく。
「良かった。反乱を起こすなら、私の頼みなんて聞いてくれる暇なんてなくなっちゃうもんね。私を利用して……逃げ出した後には殺されるかもって、思って」
「私に、君を殺せるわけがないよリサ」
強い口調で遮られ再びきつく抱きしめられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます