第7話 彼と彼女の思惑2

 ユシアンの格好はリサとさして変わらない。

 彼もまた、地下迷宮探索をしているからだ。

 フードを外しているので、深みのある金の髪が陽にあたっていた。彼の青い瞳が細められるのを見ながら、リサはふと考える。


「いつもあんな武器持ってるの? あれも発掘品?」


 リサはユシアンに尋ねた。爆発はどうだかわからないが、閃光を発した物はきっと発掘品だろうと。


「最初のは火薬を手に入れたんで、ちょっとした爆薬を作ってみたんだ。地下で使ったら落盤事故を起こしかねないから、使いどころがなくて困ってて」


 本来なら売ってしまえばいいお金になるけれど、爆薬だけは売り買いできない。

 爆薬のことを教えた養父オットーが、それを貧民街の人々に徹底させたのだ。

 国に目をつけられてしまったら、爆薬を作らされた後は口封じに殺されてしまうかもしれない。

 それぐらいなら、古王国の発掘品だと嘘をつくべきだと。

 ユシアン達はそれを守ってくれているのだ。


「もう一個はその通り。古王国の発掘品だよ」


「そういえばどうしてあんなところにいたのユシアン? またなんか見つけた?」

「うん。ちょうどリサに見てもらいたいものがあってここまで来たんだ」


 それを聞いたリサはユシアンを斜めにかしいだ自分の家に案内した。

 中に入り、買った物を無造作に台所近くに置いて向き直る。


「さ、そこ座って」


 促され、ユシアンはテーブル前の椅子に座った。椅子は釘を打った部分もガタがきていて、彼が座るとぎぎっと壊れそうな音がする。


「リサも何か見つけた?」


 買い物袋を見てユシアンがそう言った。リサは収入源になるような物を見つけない限り、買い物をしないからだ。


「あー、まぁ、見つけた訳じゃなくて、ちょっといいもの拾ったから売ってきたの」


 リサはとっさに誤魔化す。

 地下探索に行ったら、お宝じゃなくて自称王子を見つけただなんて、気心のしれたユシアンにも話せない。


「それより、ユシアンのヤツ見せてよ」


 促すと、ユシアンは床に降ろしたリュックの中から、四角い石を取り出した。


「これなんだ。箱みたいなんだけど蓋があるわけじゃないし、無理に開けたら壊しそうで。どう使うのかわかるかい?」


 リサは受け取って上下左右から眺める。

 石の箱だ。継ぎ目はあるけれど、蝶番がついていない。ただ、外側には色とりどりの絵が描かれていて、その一つに小指くらいなら突っ込めそうな穴がある。

 穴の下に小さく刻まれた文字を見つけると、ユシアンが何と書かれているのか先に教えてくれた。


「月夜の華って書かれているんだ」


 言われて、リサはすぐにこの石の箱をどう使うのか分かった。


「ん、ちょっと見てて」


 買ってきた物の中から、月光石のカケラをつまみ出す。それを穴の中に落として、一言呟いた。


「月夜の華、解除」


 石の箱がほのかに発光する。中で月光石が輝きだし、石の表面を透かしてあふれ出したのだ。

 そして光が当たった壁や天井に、様々な華の絵が投影される。箱の表面に描かれたのと同じものだ。


「ああ、なるほど。だから月夜の華なんだ」


 ユシアンが感心したような声を上げた。


「月光石を光らせて、綺麗な模様を壁に描き出すランプね。これなら貴族のお嬢様なんかはほしがるかも。クリストさんも値をつり上げて売りやすいんじゃないかしら」


 言いながら、リサは石の箱を逆さまに振る。

 わずかに小さくなった月光石が出てきて、石の箱の光は蝋燭を吹き消すように収まった。


「ありがとう、やっぱりリサは物知りだ。俺は月光石を入れるなんて思いつかなかったよ」


 ユシアンの浮かべる紛れもない賞賛の表情に、リサはなんだかこそばゆくなる。


「や、私はほら、ちっちゃいころから父さんにくっついてたから。似たようなもの見たことあっただけで……」


 言い訳をしつつ、リサは心の中で思う。


(実は、書いてあったんだよ……)


 箱の底に、説明書きがあったのだ。ただし……小さな日本語で。

 ――月光石一つ、と。


「オットーさん、すごい人だったんだもんね。クリストおじさんもいつもそう言ってる」


 リサの父オットーは、地下探索を始めた人間だ。

 そもそもは、彼のねぐらにしていたテントが壊れてしまったのが全てのはじまりだった。雨を避けられる場所を探したオットーが地下迷宮の穴を見つけ、偶然その中にあった魔法の発掘品を見つけた。


 優しいオットーは同じように貧民街に住む人々の暮らしに心を痛めていた。

 だから決して他人に穴の場所を知らせないよう言い含めて、貧民街の仲間に教えてやった。そのおかげで、貧民街の人間は生活する糧を得られるようになったのだ。


 まもなく、魔法の遺物を買う古物商や貴族たちも、王都の地下に遺跡があるらしいことに気付いた。けれど落盤等で死傷者が続出したため、自分たちで探索するにはあまりに損失が大きいと諦めてくれたのだ。


 そりゃそうだ、とリサは思う。

 貧民街の人間が、遺物を発掘するために何人死んだか知れない。それでもこの仕事がなければ、貧民街の人々は生きていけないのだ。だから危険でも止められない。


 本当は、養父オットーはリサのことも地下には入れたくなかったのだ。危険だから。

 でもリサには特技があった。


 それが――古代王国の言葉が日本語だったこと。


 読めてしまうリサには、他の仕事をするように勧めるより、探索者になった方が安全に暮らせるだろうと養父は決断したのだ。

 なにせ養父は貧民街の人間だ。

 その娘になったリサも同じで。王都でリサを雇ってくれそうなところは、能力なんかよりも貧民街の人間だというだけで蔑み、下手をすると八つ当たりをされる。


 そんなリサが古代王国の言葉を読めるとわかったら……。

 便利な奴隷のように扱われるだけだ。利権をほしがる貴族に捕らわれて、一生閉じ込められてしまうかもしれない。

 それよりは探索者になる方が、日々を心穏やかに暮らせるだろうと思ったのだろう。


「でも、まだなんとかしなくちゃ。ただ発掘するだけじゃ、私たちは品物を買いたたかれて、貧乏なままよ」


 貧民街の人間は元々貧しい層の育ちだ。こういった品物の相場を知らない。銀貨一枚で売った発掘品が、信じられないような高額で貴族に買われていくのを止められないのだ。

 それを教えてくれたのはクリストだった。


「クリストさんがいるから、大分良くなったけれどね」


 発掘品を求めて直接オットーに交渉をもちかけたクリストは、耳にした非常識な低価格に驚いた。

 彼とて力のある商人ではなかったので、価格交渉に口を出すことなどできないが、自分の持っている知識を貧民街の住人に与えてくれた。そのおかげで、貧民街の住民は値上げ交渉ができるようになったのだ。


 そのクリストの甥が、ユシアンだ。

 クリストに感謝している貧民街の住人は、クリストの親族が探索をする事を許している。


「叔父さんが聞いたら、とても喜ぶよ。それより今日の御礼はどうしよう?」

「それなら頼みがあるの。王宮の話が聞きたいんだけど……」


 するとユシアンは明らかに驚いた表情になる。

 ユシアンの母親は、王宮の下働きをしている。だけど今まで王宮内の話など、リサは聞きたがったことなどなかったのだ。


「急にまたどうして」

「ほら、私たちが掘り出してきた物って、王様とか貴族が買うわけじゃない? 置物とか、どんな感じのものが流行なのかとか、知っておけば売るときの交渉に役立つかなって」


 ユシアンはリサの言い訳に納得してくれたようだ。


「わかった。でもうちの母さん、本当に貴族とか王様たちとは接点がないんだよ。彼らがいない時に掃除をしたりするのが仕事だから。あまり役に立つか分からないけど……」


 そう前置きしたユシアンの話に、リサは耳を傾けながら考える。

 さて、どうやって話を振れば、違和感なく王子様の事を聞き出せるだろうか?

 しかし王宮や王族のことに詳しくないリサでは、上手い誘導の仕方が思いつけない。仕方なく、ユシアンが置物も専ら女性貴族に好まれているという話をしたところで、強引に割り込んだ。


「じゃ、じゃあやっぱりあれかな。男の人だと、護身用になりそうなものがいいの? 王様とか……あと王子様って居たっけ?」


 ユシアンは素直に答えてくれた。


「王子はいるよ。一人だけ。イオニス殿下だ」


 名前を聞いて、思わず息を飲みそうになる。では地下にいた青年が名乗ったのは、本物の王子の名前なんだ。

 続いてユシアンは衝撃的な事を告げた。


「だけどもうすぐ立太子の式があるのに、病気で寝込んだって話だよ」

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