52.飢饉対策の原資確保
天命の大飢饉までもう三年を切っている。
やるべきことはいっぱいあって、こっちのリソースは限られている。
「飢饉の被害が大きいのはとくに東北諸藩ですね」
「であるなぁ~」
要するに金がない。それに藩というもにに分断された日本で米の流通が上手くいかなかった点が問題になります。
「商人は安く仕入れ、高く売れるとこで売るからのぉ。これを強制力をもって買い上げても無理があろう」
幕府の権力をもって、一定の値段で米の価格を安定させ、買い入れるという方法は難しい。
江戸幕府の前期以外では全く成功していない。
名君といわれた徳川吉宗(田沼意次の重商政策の師匠とも言える)でも上手くいかなかったことだ。
「やはり『貸金会所』により、金を貸付、飢饉の危険性のある藩を援助するしかないですよ。田沼様」
「うむ、ワシとしても『貸金会所』は夢であったがなぁ」
「うむ…… あれは、やはり無理であったろうな」
「原資をあらゆる階層からもってくるのが、無理だったんじゃないですかね?」
「確かに、身分の問題は大きかった。結果、幕府の影響力が余りに強くなる」
「それゆえの反発も大きかった」
「歴史がそれを証明しておろう――」
このまま行くとどうなるか?
その歴史の先を知っている田沼意次は暗い顔で言った。
まあ、部屋の中は照明で明るいんだけど。
「民を誰が支配するのか? 税を取るのは誰なのか?」
「その枠組みがぶち壊れますからねえ……」
江戸幕府は全国に徴税権を持っていない。
民も「国民」なんていない。
それぞれの「藩の民」なのだ。
民の管理体制や、財政面ではバラバラの国家が江戸自体の日本だ。
非常に効率が悪い。
「ところで、飢饉対策の米は持ってきています――」
今回、寒冷に強い「キタヒカリ」の種籾を一〇〇キロほど持ち込んできた。
これで、どのくらいの土地に植えることができるかというと――
だいたい一反歩(300坪≒一〇アール=一〇〇〇平方メートル)で1.5キログラムから2キログラムの種籾を植える。
となると、一〇〇キロの種籾は、一〇万平方メートルに十分な量となる。
一〇〇反歩だ。
ちなみに、一反歩から取れる米の量が一石なので、一〇〇石の米が取れる計算になる。
凄く乱暴なのだけど、現代日本から一〇〇キロの種籾を持ち込めば、一〇〇石(6トン)の米ができる計算になる。
あくまでも机上の計算だけども。
決して多くはないが、少なくもない量だ。
しかしだ……
「種籾ばかり持ってくるわけにはいかないですけどね―― 問題点はここです」
「それは仕方あるまい。五〇〇〇石の収穫が見込めれば、そこから種籾を取り、何とかできよう……」
「うーん、そうですね」
あと三年の間に、東北や寒冷地に冷害に強い作物を普及させる。
キタヒカリあたり江戸時代でも種籾をとって、広げていけばなんとかなるかもしれない。
十分ではないかもしれないが、天明の飢饉のようなこの世の地獄は回避されるかもしれない。
「あと、農村にはバラバラに植えるんではなく『正条植え』を普及すべきですね」
「正条植え?」
田沼様が怪訝な顔で聞いてくる。
当然のことながら、この時代の人間が知っていることではない。
江戸時代の種籾は田んぼにバラバラに撒き散らされて植えられていた。
これをきちんと、規則正しく植えるという方法だ。
日本では明治以降に浸透したやり方で、大きなメリットがある。
バラバラに植えると、雑草と稲が混じって草刈が大変だ。
苗床で苗をある程度育て、生育の悪い苗を排除する。
でもって、田んぼには、二〇~三〇センチくらいに結び目をつけた縄を当てて、印をつける。
この印の部分に、苗を等間隔に植えるという方法だ。
田植えの手間は増えるが、その分、後の雑草取りが大幅に省力化できる。
どっちが良いかは、時代が証明しているのだ。
「ふむ…… それは、やってみる価値はあるな」
「とにかく、いろいろやることはありますよ」
俺の言葉に、田沼意次は頷く。すでに、現代知識に触れ、進んだ二一世紀も見ているので理解も早い。
「父上が同意されるなら、問題はないかろ。フヒィ~」
(片手腕立て伏せまだやっていたのか、意知さん……)
意知は、ぼたぼたと汗をたらし、畳にズブズブに濡らしながら精進を続けていた。
己の肉体の凶器化を目指して。
「銭か……」
ぽつりと田沼様が言った。
そうなのだ。銭。
確かに、現代の物品を売って自分が自由にできる金は五万両を超えているはずだ。
大金だ。
それでも東北諸藩を助けるには足らないし、貸金会所の金額には足らない。
日本の近代化を進めた薩摩藩の天保時代の借金は五〇〇万両といわれている。
言ってしまえば、それ以上の金銭が必要だ。
日本という国家システムを変更するのには、お金はあって不足はないのだが……
「長崎貿易しかないんじゃないですか?」
「うむ…… そうであるな」
田沼時代には今までの銀ではなく「俵物」という海産物加工品を輸出すしている。
このことで、長崎貿易は黒字になっていたはずだ。確か。
「しかし、あまり進んだ文物を与えるのは、問題もあろう」
「そうですね」
田沼意次の心配は俺も考えたことだった。
例えば、一〇〇円ライターあたりは、構造を分析され、技術にどのような影響を与えるのか分かったもんじゃないのだ。
「こうなったら、現代から持ってきた物で、あまり社会に影響を与えないものを売りましょう」
「高く売れるもの。あまりかさばらぬものが良いが」
「こんなものはどうです?」
と、俺は田沼様に今回持ってきた物をみせた。
「これは!」
「そう。真珠です」
「真珠だと!」
真珠はまだ天然のものしかない。
それも天然ゆえに形がいびつなものが多い。
しかし、現代には人工で、真球に近い真珠があるのだ。
「これを輸出して、バンバン、金銀を巻き上げましょうよ」
「おお、これは…… これが売れるなら。うむ」
「でしょう、田沼様」
「さすが、土岐殿よ…… ふふふふふ」
まるで、悪代官と悪徳商人の密談のようになってしまったが、長崎貿易に手を入れる方向で進むことが決まった。
これで、金を稼ぐのだ。
(後の問題は、現代でどう換金するかだなぁ~)
こっちはこっちの問題を抱えつつも、少しづつ事態は進展して言った。
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