51.資金対策と飢饉対策

「先輩!」


「ん? なんだ」


「江戸時代のライブ中継をして、ユーチューバーになりましょう!」


 はぁ――

 俺は、ビニールバットがどこにあったかと、周囲を見た。

 あった。


「アホウか! アホウか、オマエは本当のアホウなのか?」


 俺は最高学府で准教を勤めるチビネガネの頭を細かく叩く。ビニールバットで。

 ぽこぽこぽこと、気の抜けた音が響く。


「どーせ、誰も信じないのです! CGと言い張って、疑われても言い張って、炎上上等なのですよ」


「俺は嫌だ。めんどくせぇ」


 とは言いつつも、wi-fiの利用はいろいろな可能性を開くかもしれない。

 生配信は論外であるが。


「少なくとも、私が江戸時代を見ることができるのです。リアルタイムでアドバイスを送れるのです」


「確かにそれはありか……」


「ありありなのです!」


 くいっと丸メガネを持ち上げ、京子が言い切る。自信たっぷりだ。

 その自信は分かる。

 まあ、エロボケ脳のチビネガネであるが、江戸時代に関する知識は大したものなのだ。


「wi-fiについては後で考える。それより、先にやらなきゃならんことが多すぎだ」


「確かにそうですね――」


 と、一応思案げな感じで京子は言った。本当に思案しているのかどうかは知らんけど。


「まずは、江戸城の電化だろ。種痘の実施、蝦夷地探索、飢饉対策――、それに江戸、現代の流通というか経済的なwin-win関係をどう作るとか」


「問題は山積みですねぇ~」


「言われんでも分かってるんだよ」


 根本的には、こっちの資金繰りの問題が大きい。

 これも結局のところ、江戸時代、現代という時間を隔てた間の細々とした貿易の中でどーすんの?って問題に帰結してしまう。

 それに、こっちが稼ぎすぎると、江戸時代で流通する貨幣量にも影響が出てしまう。

 結局、江戸時代は田沼時代を例外として緊縮財政であって、市場規模に比べ流通貨幣量が少ないという問題がある。

 儲けた金を現代にばかり持ってきてしまっては、江戸がやばくなる。

 

 これは幕末に起きた金の流出で分ることだ。


 でもって、江戸の小判を現代で換金が難しいので、現代での資金繰りも思うと通りにはできない。

 古物商で一〇〇両を現金化した以外では、小判一枚、二枚という感じでちょびちょび換金している程度なのだ。


「結局は長崎貿易の拡大なのですね。わ…… 土岐先輩」


 京子が『航さん』と言いそうになったので、ギッと睨んだ。

 ビニールバットを持って。

 言い直したのでバットから手を離す。


「簡単に言うな」


「簡単とは思っていないのです。しかし、現代の物を江戸時代の国内だけに供給しても限界あるのです」


「それは分ってる」


 現代の物品を長崎貿易、つまり対オランダ、対清貿易で輸出するという方法はある。

 実際に田沼時代は、長崎貿易が珍しく黒字になった時代だった。

 

「対外輸出は盛んにしたいけど、あまり目立つこともできんのだよ」


「確かに、田沼には政敵は多いですし、長崎貿易は扱い間違えると危険かもしれないのですが……」


「ま、それもいずれはやる気だけどな」


 とにかく、京子との情報の刷り合わせ、ネット通販の商品発送を終わらせる。

 こっちの仕事が一段落したら、また江戸時代に行く。


        ◇◇◇◇◇◇


「江戸城のエレキテルは順調ということですね」


「まずは問題はない。ここの『かんでら』よりずと明るいな」


 俺は田沼の江戸屋敷に戻ってきた。

 さすがに単一電池六本のカンデラ(キャンプ用)に比べたらよほど明るい。


「今のところ三部屋ですからね」

「うむ、仕事ことを考えるともう二部屋程は欲しいが、あまり遅くまで仕事させるのもまずかろうよ」


 夜遅くまで仕事といっても、せいぜいが午後八時くらいな感じだ。

 江戸時代の武士に長時間労働を強いて十八世紀の時点でブラックな職場を作り出す気もない。

 小型発電機をそろえる予算の問題もある。


「己が器量を知り、お勤め如何にしても果たすべし。武士たる者の心得と思われますが――」


 と、田沼意知が片手腕立て伏せをしながら言った。

 なにをしているのか? この御曹司は?

 なんか、肉体改造が一気に一年以上進んでいるような感じだ。

 俺が見ない間に……


 意次の息子・意知は自分の暗殺に備え、身体を鍛えまくっている。


「佐野、返り討ちにしてくれる…… ギギギギギ」


 と、呪詛を吐きながら腕立てを続ける意知を無視して話を続ける。


「で、上様には」


「良いな―― エレキテルを使ったカラクリであると理解されておられる」


「ですか」


「明るいので、将棋に夜遅くまで没頭でき非常に良いと仰せられておる」


 今の将軍・徳川家治は将棋マニアであり、政治は田沼意次に任せきりだ。

 で、しばらくすると脚気になって死んでしまう。

 史実ではだ。

 ただ、今回は甘い味のついているビタミン剤で脚気の原因となるビタミン不足も回避できそうである。


「しかし―― 胡乱な物を上様や大奥に持ち込むのに反対している者もおる」


「っていうか、その人たちは田沼様のやること全部反対でしょう」


「で、あろうな――」


 田沼意次は腕を組んで思案気にする。


「とにかく、江戸城はエレキテルで明るくなりましたし、菜種油より安く明るくできますし」


「うむ、倹約ということであれば、文句がでることはないであろうな」


 江戸城の電化はひと段落。

 となると次は――


「蝦夷地の探索開発、そして飢饉対策は早急に進めねばなるまいよ」


「そうですね。優先順位でいけば…… そうですね」


 蝦夷地の開発には、冷害に強い稲の品種が必要だ。

 冷害抵抗性の強い品種の種籾を買うことは現代なら可能だ。

 リアカーに積載できる最大三五〇キロまで種籾を運び込んだとする。

 米は三〇〇~四五〇倍になるので、一〇〇トン以上の米が捕れる。


 トウモロコシ、ジャガイモなど米に代わる物も持ち込むことは出来る。


「しかし、蝦夷地の開発は直近の飢饉には間に合わないでしょうし、米の流通をなんとかすることが最優先でしょうね」


「であろうが――、それは中々難しいのぉ」


 江戸時代の飢饉は確かに収穫量の不足という面もある。

 けれども、それ以上に流通が上手くいっていないという部分も大きい。

 特に餓死者の多かった東北地方に効率的に米を送り込めるかどうかが勝負になる。


「結局は金の力なのかなぁ~」


 江戸時代では米は経済の中心であるけども、市場商品として流通する物でもある。

 高く買うところ、高く売れるところに物が集まるのは自然なことだ。


 端的にいってしまえば、需要と供給の市場の動きで物流も決まってしまう。

 それを避けるのは、ある程度「管理経済」的なことも必要なのだけども、幕府が全国的にそれができるかというとちょっと無理である。


「土岐殿よ」


「はい、田沼様」


「飢饉の際に、被害の多かった藩は分るのか?」


「あ――、今は分りませんが、戻って調べれば」


「そうであるか……」 


 確かに、こういうときに現代とwi-fiで繋がっていれば話は早いのだ。

 江戸―現代間の情報伝達のためにも、wi-fi設置も試みてみるべきか。


 とにかく、今は早急に飢饉対策だ。

 まず、これを何とかしないと田沼政権の土台が危うくなってしまう。

 天災ですら為政者のせいにされる時代だ。


 被害ゼロにはできないだろうけど、なんとかダメージを最小限にしないといけない。


 現代の資金対策――

 江戸時代の飢饉対策――


 早急にこのふたつは解決しなければ行けない問題だ。


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