9.平賀源内と近代化のショートカット
「平賀源内様だけじゃないですよ。おそらくこの時代には、優秀な日本人が山ほどいます」
「ほう――」
「当然、田沼様も含めてです」
真面目な顔でヨイショする俺。
「いやぁ~ それほどでもないだろぉ? 本当か?」
「本当でなければ、ここに俺が居る訳ないですよね」
チョンマゲの後頭をかいて照れる田沼意次。意外にチョロイところがあるのかもしれない。
まあ、俺に対する評価の高さが、そのような態度を天下の老中に取らせているのかもしれない。
なにせ「二三〇年後の未来人」で「大元帥明王の使い(強制)」だ。
そんな存在に褒められれば悪い気はしないだろう。
「父上は歴史に名を残します。この私も父上に続き……、ぐぬぬぬぬぬぬぅ―― 殺すかぁぁ、佐野ぉぉぉぉ~」
息子の意知だった。
唐突に、自分を暗殺した男に対する怒りを再燃させる。
その双眸に血管が浮き上がっていた。
「いえ、意知殿も、あのようなことが無ければ、歴史に大きな名を残し――」
「そうであろう? やはりそうであろう。やはりな!! 分かったからには絶対にやらせはせん。くッくッくッくッくッ」
どす黒い笑みを浮かべる田沼意知。
どーなんだ?
この田沼意知は……
年齢的には二〇代の後半かな。確か。
俺と同世代ということになる。
発言の端々に「鋭い」物は感じた。
聡明であることは間違いとは思う。
そうでなければ、政敵だらけの江戸城内で息子とはいえ異例の出世をさせはしなかったろう。
田沼意次と言う稀代の政治家が後継者として信じるだけの能力はあったのかもしれない。
今は分からんけど。
「で、源内であるか――」
田沼意次が話を戻した。
「連絡は取れるのですか?」
「この時、どうだったか…… 源内は、江戸に戻ってきていたと思うが……」
田沼意次は「うーん」とランタンの光に照らされている天井を見て考える。
そういえば、この田沼意次も中身は一〇年後の田沼意次だ。
そのあたりまでは、詳しく覚えてないのはあり得る。
「え、ちょっと待ってください。調べます」
俺は先ほどまで、田沼意次のドキュメンタリー動画を見ていたノートパソコンを操作する。
田沼意次、意知の親子のデータだけじゃない。
このノートパソコンには、同時代の有名な人間のネット上のデータをかなり、ぶっこ抜いて入れてあるのだ。
平賀源内は当然入っているし、解体新書を翻訳した杉田玄白を中心とする蘭学グループのデータもある。
改暦に絡む、天文学者のデータもある。
政敵として最もマークすべき松平定信のデータももちろんある。
「あッ…… 江戸にいますね。エレキテルが完成して……江戸にいるみたいですか……」
「ほう…… そんなことまで分かるのか」
「二一世紀で調べたモノがこの中に入っています。エレキテルの仕組みで」
「やはり、エレキテルか……」
なんと便利な言葉なのか「エレキテル」。説明が超楽だ。
俺は、平賀源内に心の中で感謝する。
機械の仕組みなど分からんでも道具は使える。
これより前の時代の人間であれば、不思議な道具は「妖術」扱いされかねない。
エレキテル万歳だ。
「森羅万象―― 全ての知識がこの中にあるのか? エレキテルだから」
「いえ、さすがにエレキテルでもそこまでいきません」
「そうか……」
「まあ、必要な事柄は、二一世紀に戻れば、また持って来られます。エレキテルなので」
「そうか、エレキテルだからか……」
こっちには当然ネットが無い。
もし、今後欲しいデータがあれば二一世紀にいったん帰る。
で、ネットで調べてUSBメモリに保存。
それを、こっちに持ち込めばいいというわけだ。
「とりあえず、源内には内々で連絡を取ろう。意知――」
「はい、父上」
平賀源内を俺たちの計画に巻き込むことができそうだ。
「江戸の科学者」として歴史上は有名な平賀源内だ。
広範囲に多くの実績を残している。
元々は医学を学び、博物学者として、各地で物産会(博覧会)を開く。
鉱山開発にもたずさわり、絵画の分野でも浮世絵から洋画までに影響を与えている。
ただ、実際のところ本業のでは挫折が多いみたいだ。
そして、同時代人から見れば「文筆業」で成功している人間に見えただろう。
芝居の台本から、今でいう官能小説、コピーライター、CMソング作成、要するになんでも書けた。
ただそれは、源内から見れば、本業の研究資金を稼ぐための仕事ではなかったかと思う。
「でだ…… 土岐殿」
「なんでしょう。意次様」
ここには田沼がふたりいるので下の名で呼ぶ俺。
「ワシを二一世紀に連れて行く話であるが、しばらくは厳しいな」
「うーん。そうですか……」
「ワシは老中首座となっており、その後の動きもある程度知っておるのだ。となれば、そう長くは城を空けられぬ」
田沼意次は言った。
幕閣といえ、その存在は「大名」という自分の領地も持っている存在だ。
よって、その仕事だってある。
通常、老中は月ごとの輪番制となり、びっちり政務が埋まっているわけではない。
ただ、この田沼意次の場合、元々自分の領地を治めることより、幕府の仕事中心に熱心だった。
「家政を疎かにした」という遺訓が残っており、かなり「公儀(幕府)の御用ばかりを取り計らっていた」らしい。
それが、田沼家の大名としての成長を阻害した。
要するに、この時代の幕閣としては例外的なほど、多忙な老中だったのだ。
その上、これから七年のことが分かっているのだ。
全てを俺に頼らずとも、できることはあるのだ。
「これから何が起き、何が問題となるかは分かっている」
「そうですよね」
「それゆえ、その対策をせねばならない」
俺は二三〇年後の未来人だが、この田沼意次も中身は一〇年後の「未来人」なのだ。
「まあ、そうでしょうね」
俺としてもそんな予測はなんとなくあった。
「ただ、いずれ城内も落ちつこう―― そのときには二三〇年後の日本を見せてもらおう」
「待っています田沼様」
そして、今日の話は概ねこれで終わったのだった。
◇◇◇◇◇◇
この日、俺は二一世紀に戻ることにした。
「一応、今度は二日後でいいですかね」
「城勤めが終わって、夕刻からがよかろうな」
「二一世紀の一刻は、こちらのおよそ半刻であるから……」
「あ、そちらの時間でいいですよ。こっちで会わせます」
「そうか――」
と言うことがあり、次は二日後に江戸に来ることになった。
だいたい午後六時だ。
明かりもあるし、問題は無い。
二一世紀から持ってきた道具はしまいこみ、風呂敷をかけた。
まあ、見られたら「オランダからのモノだ」といえば通用してしまうだろう。
そんな感じで田沼親子と一旦、分かれる。
俺は「時渡りのスキル」のゲートを開けた。
「二日後に。土岐殿」
「はい。今度は何を持ってきましょうかね……」
平賀源内に会えるかどうかは分からないが、もし会えた場合のことを考えたモノも持って行くべきだろう。
「かっぷめん、牛の干し肉を多少大目に願いたい」
「あ、分かりました」
ちょっと笑みを浮かべて言った田沼意次に俺も笑みを浮かべ返事をした。
しかし、もっと旨いモノもあるだろうけど…… そういうのも持ってこようかと俺は考えた。
「では」
そう言って俺はゲートに入る。
そのタイムトンネルの中をリヤカー付の自転車で進むのだった。
俺のいた、二一世紀に向けてだ。
◇◇◇◇◇◇
「一八世紀からの近代化―― 田沼の政治の失敗。要するに金だよなぁ……」
俺は自宅に帰って、買った本やネットを調べて色々と考える。
一八世紀後半の江戸は、大量消費経済社会に突っ込んでいる。
原始資本主義の世界。
その中では金を持っている者が強い。
田沼政治で行われた公共事業も、天変地異でダメになった。
ただ、潤沢な資金があれば、それも乗り越えられたかもしれない。
そして飢饉に対する対策だ。
確かに松平定信は、自分の白河藩で餓死者を一人もださなかった。
その手際を見る限り「莫迦」じゃない。
田沼意次のいう「莫迦」は、頭が悪いということではない。
少なくとも松平定信は切れる。頭は抜群にいいのだろう。
そして、一定以上の政治能力は持っている。
今までの幕府のやり方「質素・倹約」と言うドグマに染まってはいるが。
「いっそ、洗脳して味方にできないのかねぇ――」
そんなことも俺は呟いてしまう。
江戸時代の経済構造の変化と「米」を中心とした武士への報酬。
これが、完全にアカンのだと田沼意次は気づいている。
世の中は金で動くようになったと分かっているんだ。
でも「金を不浄」とし「金儲けを卑しい」とする価値観は江戸の無事では常識以前の問題だ。
今ですら「金の話ばかりするな」と言う言葉を聞いたことない人間はいないと思う。
楽に儲けることを毛嫌いし、汗水流して働くのが尊いという考えは二一世紀でも一定の支持をえるだろう。
その意味では、田沼意次は異端の政治家だ。敵が多いのも当然だ。
「俺が巨大商人になってだな。米相場も支配すれば、飢饉も回避できるわけだ――」
天明の大飢饉は1782年に起きる。
1770年代から、すでに不作は続いているみたいだ。
田沼意次はそれを「米の自由化」で乗り切ろうとするわけだ。
株仲間の米商人が米を独占しているので、買い占めがおきる。
米の値上がりをまって、売り惜しみ、物流が滞ると。
で、株仲間を止めて、完全自由化するわけだよ。
そうすれば、流通も自由化されると思ったわけだ。
それが失策、悪手だった。
参入してきた自由化で参入した新規商人も米の買い占めを開始。
更に、米の値段は上がり、飢饉の現場には米は行かない。
そもそも、飢饉になった藩は米ができてないから「金もない」。
高くなった米を買うこともできない。
よって、そんなとこに、米は流通しないのだ。
その結果、史料の中には約2万という餓死者が出たという記録もある。
東北中心にだ。
「金が無いからだな。損を顧みず、米を流通できる、政治体制と資金が必要だ」
俺が巨大資本を握れば、飢饉の前に大量にコメを買う。
でもって、飢饉の東北の藩に、放出すればいい。
最悪、援助だ。
まあ、貸付と言う形で、長い目で代金を返済してもらってもいい。
「田沼意次が失脚直前に考えていた幕府による『貸金会所』を早期に俺が実現すればいいわけだよな」
本を読みながら俺は付箋(ふせん)貼って、要点をパソコンにまとめていく。
歴史事実と照合できる「計画表」みたいなのを俺は作っていく。
大学時代を思い出す。こういうのは結構好きなのだ。
田沼意次の考えていた「貸金会所」は、「全国」の様々な階級から出資を募る。原則身分関係なしだ。
で、幕府の「貸金会所」で集まった金を運用する。
飢饉のときは、飢饉が発生している藩に貸し付け、米を買えるようにするわけだ。
で、利息を付けてそれを返してもらう。
銀行というか、藩が独立国的なことを考えると「世界銀行」みたいな感じだろうか。
しかし、これは「国民国家」となっていなかった当時の日本には厳しい話だった。
当時人民は藩のモノだ。
出資とはいえ、幕府が強制的に金を出させることは、完全に「内政干渉」だ。
結局、これは潰される。
「とにかく、政府が運用できる資金を持った組織が必要ってことは間違いないとは思うが……」
これは要するに巨大な銀行、金融機関だ。
産業を育成するための、資金を投資する機関を作り上げる。
でもって、二一世紀から「科学知識」を持ち込み「ショートカットの近代化」を実施する。
飢饉対策だけではなく、絶対に必要な物だと思うのだ。
「手始めには、二一世紀のモノを売って、金を作ってそこからだな」
で、結論というか、まず手始めにできるのは、そういった「商い」になる。
今、俺と田沼は1879年の6月という時間軸の上にいる。
本格的な天明の大飢饉まで三年だ。
「それほど、悠長にはできないか――」
ひとりきりの部屋で俺が呟いたときだった。
ガラゲーがブルブル震えた。俺は年中マナーモードなのだ。
手に取ったガラゲーを見た。着信番号、名前――
「田辺か」
俺は携帯に表示された名前を確認。
それは、俺の大学時代の後輩。
田辺京子――
俺の数少ない女の知り合いだった。
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