12.天才・平賀源内のマーケティング戦略

 平賀源内は、更に懐中電灯を分解。

 豆電球を取り出た。初めて触っているとは思えない手際だ。


 で、ジッと見ている。


「エレキテルの火花をここで、閉じ込めるのかい? ワタル殿」


「まあ、それに近いですね」


「このほっそい線か? ここに『エレキテル』通して光らせるのかい?」


 フィラメントを見つけて指摘。

 概ね正解だよ――


 あんた、何者? 

 存在がオーパーツなの?

 やべぇ……


 歴史の中で天才といわれても、所詮は江戸時代の人間だと舐めていた。

 この男、二三〇年間積み上げてきた人類の科学の歴史を乗り越え「ひょいッ」と気軽に覗き込んでくる。

 異常な知能の高さなのだろうか?

 確か、子どものころから「神童」だというエピソードは多いが。


「ま、そうだとすりゃぁ―― 今、思いつく方法は四つほどかな……」

「四つ? え?」

「コイツをオレ流のやり方で作る方法だな。多分出来るぜ」

「そうですか……」


 平賀源内は、今度は手早く組み立て直す。

 そして、「もう分かった、興味なし」という感じでポイッと懐中電灯をリヤカーの中に放った。

 

 またリヤカーを漁って今度は一〇〇円ライターを取り出した。


「ああ、これだろ。田沼様の言っていたのは――」

「うむ、そうだが」


 田沼意次が答えた。

 すでに、一〇〇円ライターは初回に、相当数を持ち込んでいた。

 これから、江戸で販売する主力商品としてだ。


 ふたりのやり取りからするに、田沼意次は実物を源内にはまだ見せていなかったのだろう。

 

「土岐殿が、こちらに来てから見た方が良かろうと思ったが。源内」


「田沼様のご判断はもっともでございましょう」


 そう言いながら、源内はチャカ、チャカと火を付けたり、消したりしている。

 何の驚きもみせず「ああ、こんな感じの仕組み」って感じだった。

 

 そして、俺の方を向いた。 


「ワタル殿、こりゃ『刻みたばこ用点火器』かい?」

「え? なんですそれ?」


 それは初めて聞く言葉だった。

 ただ「煙草に火をつける道具」ということであれば、概ね正解だ。

 しかし、江戸時代にそんな物が――

 

「じゃあ、二三〇年後のコレとオレの『刻みたばこ用点火器』は関係ねぇのか―― ま、油を使っているようだしな。ギヤマンも使っているしよぉ」


 平賀源内は、素材には感心したような感じだった。

 ただ、仕組みに対しては「普通だよな」という感じで言ったのだ。

 まあ、ギヤマンでは無くプラスチックだが、それは説明が面倒なので黙っている。


「こりゃ、オレが何年か前に考えた『刻みたばこ用点火器』に似てるんだよ」 


「え?」


 平賀源内の発明品については、一通り調べたつもりでいたのだが。

 見落としていたのか――


「ちょっと待ってください――」


 俺はそう言って、江戸においてあるノートパソコンの電源をいれた。

 三台あるので、しばらくはバッテリーの問題はない。


 ノートパソコンは問題無く立ちあがる。

 でもって、俺はUSBメモリに入れてあったデータを落としこむ。

 後輩の田辺京子からもらったデータだ。

 メモリは64ギガ。その容量のほぼ半分が埋まっていた。


「あ…… あった」


「ほぉ、コイツが『エレキテル』で動くカラクリかい。すげぇな。流石にこれは仕掛けの見当がつかねェ、驚いたぜぇ」


 後からモニターを除きこんで平賀源内が言った。

 つーか、もう少し驚けよというくらい淡々とした言葉じゃないか。


「これですか…… 源内さん」


 俺はモニターを源内に見るように促す。


「土岐殿、なにがあったのだ」

 

 田沼意次が尋ねる。


「いや、この一〇〇円ライターの原型のような物は、この平賀源内さん。既に作ってますよ……」


 田沼意次、意知親子も、モニターを除きこむ。


 これは、どこかのサイトにあった江戸の発明品一覧を落とし込んだ奴だ。

 それに「刻みたばこ用点火器」が載っていた。


「おお、これだよ。オレがこさぇたモンだな。何年前だ……」


 う~ンと考える源内。

 ライターの発明って、この人だったのかよ……

 トンでもねぇなおい。


「一部の旦那衆に受けたがよ、一般受けしなかったぜ。ヤッパ早すぎたかぁ~。オレ、天才すぎだからよぉ」


 平賀源内が「オレ凄すぎ」とブツブツと言っていた。

 もしかしたら、他にも何か未来で知られていない発明をしているのかもしれん。


 一時期言われた「竹とんぼ」は発明というより、廃れたモノの再発見らしいが……


「しかし、それでは、商業的には厳しいのでは――」


 今まで黙っていた田沼意知が言った。

 確かに、その指摘は鋭い。


 平賀源内の発明品は普及しなかったからだ。

 確かに「一八世紀人的」に真っ当な意味で意知は鋭い。


「いえ、条件が違いますからね。流石の源内さんでも、これを大量生産はできなかったわけですから」


「ま、そうだな―― 結構カラクリは面倒だ」


 ばね仕掛けで火打ち石に鉄をぶつけて、その火花をお灸で使う「もぐさ」に点火するというものだ。

 これは、兵器に応用すれば、火縄銃が一気にフリントロック式になるレベルだ。

 いや…… もしかしたら逆か?

 オランダからの情報でフリントロック式の小銃の仕組みを知って、逆にこれを発想したのか……

 まあ、その辺りは今はいい。問題は商売の話だ。


「大量にあれば、値は下がります。だから、大商いになりますよ。意知殿」


「ん~ 確かにそうかもしれぬ。これは確か元値は四文だしなぁ~」


 意知は仕入れ値をしっかり覚えていた。


「え? これ、四文ですか、田沼様!」


 初めて天才・源内が驚きの声を上げた。


「そうだな。土岐殿」

「ええ、二三〇年後なら四文くらいで求められますよ」

「かぁぁぁ!! いいねぇ! そりゃいいぜぇ! やっぱ、こういうもんは多くの人に使ってもらわなきゃならねぇよ!」


 ウンウンと頷きながら源内は言った。


「薄利多売か――」


 武士らしくない言葉を意知が言った。

 この田沼家の嫡男は、親以上に商売っ気が強いのかもしれない。


「いいや―― 数が出るなら、売り方もありますぜ。意知殿」


 源内がニヤリと笑って言った。

 なんというか、自信たっぷりな笑みだ。


「最初は数を絞って、旦那衆に高く売ればいい。オランダからの『ギヤマンの火つけ器』とでもいえば一個一〇〇両でも売れますぜ」

「そうか――」

「うむ…… まあ、ソチの言うとおりかもしれぬな」


 田沼親子は同意する。そして、源内は言葉を続けた。


「旦那衆はこれを持って歩いて、どんどん使うさ。見せびらかすだろ? 持ち歩けるんだぜ」


 そういって、源内は幾つかある一〇〇円ライターを取り出した。


「色で値段に差をつけるのもありだな。透けた黄色を一等高級品にして、ガラの付いているのを少し安くする――」


 一〇〇円ライターは色々種類を揃えた。

 確かに色々な形のがある。全部一〇〇円(税別)だけど。


「高けぇ買い物すりゃ、他人に見せたくてしょうがなくなる。それが金持ちって奴だぜ」

 

「しかし、ソチのは……」


 田沼意次が突っ込む。要するに「オマエのはそれほど売れなかったよね」ということだ。


「数ですよ―― 田沼様。旦那衆が、あっちこっちで、コイツを使って煙草に火をつける。するってぇと『なんですかいそれは?』となる『これは舶来、オランダ渡りの「火付け器」よ。どうだい?』ってな感じなるわけです。黙っていても、勝手に広まっていく―― 数があるからね」


 販売(マーケティング)戦略を滔々をと語る平賀源内。

 科学的素養だけじゃないのだ。

 そもそも「土用の丑の日」を作りだし、歯磨き粉のCMソングを作り――

 一般受けする戯作や艶本(官能小説)まで書いている才能の怪物なのだ。


「つまり、富裕層への普及を促して、一気に大量の値下がり品を捌くと―― そういうことですか」

 

 俺は確認する。


「まッ、数を出しすぎて、必要以上に値を下げる必要もねぇかな。まぁ、利益効率(もうけ)の一番いい数ってもんがあるだうろさ。そいつはオレが見極めるよ」


 何この人。凄い頼もしいんですけど――

 惚れてしまいそうだ。平賀源内。

 あ、そう言えば、源内は男色家という噂も……

 まあ、この時代はそう異常なことと見なされてはいないが。


 天才として「惚れる」のは有りだが、「掘られる」のは嫌だ。

 その一線はきっちりしよう。


「他にも色々あるんですけどね。時計とか――」


 俺は一〇〇円ショップを物色していたときに、デジタルではない「腕時計」を見つけたのだ。

 漢字ではない「数字」ではあるし、一日の時間の決め方も違うがいくつか持ってきたのだ。


「へぇ、こりゃすげぇカラクリだ。腕に付ける時計か――」


 さすがの源内も、驚きの声を上げた。

 いや、天才だからこそ、この凄さが分かりすぎるのかもしれない。


「しかし、土岐殿―― 暦が、二三〇年後の日本とこちらでは異なると」


 田沼意次が言った。

 その通りだ。この部屋も二一世紀の置時計がある。

 俺と田沼親子の時間を合わせるためのものだ。


 それで使うなら問題はないが、確かに「時刻を知る」という目的ではこれは厳しい可能性はあるように思うだろう――

 しかしだ。

 それを回避する方法はあるのだ。


 一日二四時間であるという地球の回転周期は江戸も現代も同じだ。

 天文学的な厳密さを考えなければ。


 江戸時代はそれを一二に分割。

 現代は二四に分割。

 そして、江戸は季節によって、一刻の長さが変わる。


 時計の針は一二時間で一周する。


 要するに文字盤を変えれば、概ねの時刻には対応できるのだ。

 上から紙を当ててもいいわけだ。

 そうすれば、使えないことは無い。


 俺はそんな感じのことを田沼親子、源内に説明した。


「ま、分かるけどなぁ~ いらねぇんじゃねぇかな。面倒くせぇし」


 源内さん、俺のアイデア一刀両断に切り捨て。


「同じさぁ、一日が二四等分されているってなら、そういうもんだって、頭で考えて時間を修正すりゃいいんだ」


「そ、そうですか……」


「これも、そうだぜ。どうせ、金持ちの旦那衆は見せびらかしのために買うさ。時刻を知るとか関係ねぇな――」


 腕時計は確かに現代でもブランドとして身に着けるという意味が大きい。

 金持ちが「ロレックス」をこう見せびらかす的な……

 時刻の正確を期すなら、電波時計でもっと安いのもあるのだ。

 それでも「ロレックス」だしな。現代でも。


 俺はジッと自分の持ってきた腕時計を見た。


〔これを見せびらかす、金持ちの旦那衆か……)


 しかし、それは何度見ても「一〇〇円ショップの腕時計」だ。


 江戸の街に、金持ちの旦那衆が、煙管に一〇〇円ライターで火をつけ――


『おお! 粋だねぇ。舶来の火つけですかい、旦那』

『ほぉ、分かるかい。これは一〇両のオランダ製だ――』

『いや、そう言えば〇×の旦那は、一〇〇両の透けたギヤマンのを持って也したぜ』

『ぬぬぬぬぬ! なんだとぉぉ―― しかしこれはどうだ。この腕にあるオランダ渡りの時計よ』

『ほぉぉ、そりゃすげぇ。そんな腕に付ける小さな時計』

『みよ、細かく針が時を刻んでおろうが――ひゃはははは! 五〇〇両じゃぞ!』


 という世界が展開されるのであろうか―― 値段は俺の想像だけど。

 日本人の金持ちのコレクター気質っていうか、それは庶民もそうかな……

 物を集める(コンプリートする)って商売に弱い気がするのだ。


「まあ、それでしばらくは、事業を進めてみようではないか―― 土岐殿」


「はい。田沼様」


 まあ、それで問題はないだろう。

 妖しい商品ということで、摘発される危険もない。


 なにせ、バックには天下の老中筆頭・田沼意次がいるのだ。


■参考

意外な事実!マッチよりも先にライターが発明されてた

https://matome.naver.jp/odai/2146824408728193701

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