47.「護摩祈祷」はガチャじゃねぇ、大元帥明王召喚できるのか?

「京子、あのさ……」

「……」

「俺、今すぐってわけにはいかないけど」

「なに、先輩?」

「俺と結婚してくれないか?」

「先輩 !!」

「俺、きっと京子を毎晩、寝かせないから…… 何回もするから」

「うん」

「本当か? 京子!」

「うれしい! 私、先輩とそうなれたら、いいなって思っていたのです」

「そうかぁ!! やったぁ!!」

「まって、ああ、風がなま温かいのです―― キャッ!」

「京子大好きだぁぁ!!」


 自転車の荷台に座った田辺京子が俺にしがみ付いている。

 でもって、ブツブツとひとり芝居をしていた。

  

 俺は、もうあのアニメの名シーンを見ると、コイツのことを思い出すようになったわけだ。

 ムカつく。

 その再現性高さにも、少しムカつく。

 だいたい、そのシーンは早朝であって、今は夕方だ。

 西陽は大きく傾いて、自転車の長い影を前方に伸ばしている。


「ここで降りるか。オマエは歩いて後から来るか?」


 俺は自分では冷たく、もうこれ以上ないってくらい冷たく言い放ったつもりだった。


「先輩の背中が温かいのです」

 

 俺の言葉ガン無視。

 京子はさらにギュッと俺にしがみ付く。暑苦しい。

 俺の極低温の#言霊__ことだま__#など、全然通じない。

 コイツのメンタルは何かの超合金で出来ている。チタン配合とかの。


「先輩と、自転車でデート…… 先輩が三〇近くにもなって、車の免許を持っていなくても、京子は愛しているのです。ただ、カーセッ」

「うるせーよ! 車とか興味ねーんだよ。必要ねーよ!」

 

 これ以上しゃべらすと何を言い出すかわからん。

 俺の言葉で、京子の危険でビッチな言葉を中断させた。

 

 とにかく、俺が田辺京子を電動アシスト自転車に乗せ走っているのはデートではない。

 ちゃんとした理由がある。

 コイツが「私も『護摩祈祷』やるしかないのです。江戸時代、田沼時代に行くためには」とぬかしたのが原因だ。


 確かに俺は、田沼意次が行った「護摩祈祷」で江戸時代に行ける能力を得た。

 田沼意次の執念が大元帥明王を召喚し、そして「なぜか」俺が田沼意次を助けるために選ばれたわけだ。

 

 京子は、後ろで「カントリーロード」を鼻歌で歌い始めた。

 もう、気分がウキウキという感じでムカつく。

 とにかく、この一四六センチのエロボケ女。

 二六歳の大学准教で日本史の専門家は、自分も「護摩祈祷」で江戸時代に行けると考えたわけだ。

 

 正直俺は無駄だろうなぁと思っている。アホかと思っている。

 当事者なのであるが、そう簡単にあんな超常現象がホイホイ起きるわけがない。

 

 だから、アパートでは結構やりあったのだ。


『無駄だからやめよう。マジ無理だと思う』

『無駄かどうかはやってみなければ分からないのです!』

『いや、無駄だろ?』

『じゃあ、なんで先輩だけが江戸時代に行けるんですか?』

『いや、知らん。大元帥明王がそう決めたから』

『だから、もう一度、大元帥明王を呼び出すのです!』


 京子は力いっぱい断言したのだ。

 しかし、そんな簡単にホイホイでてくるものなのか?


『護摩祈祷のやり方なんて知っているのか?』

『そんなものは、調べればいくらでも分かるのです!』


 田辺京子の調査能力なら、それも可能かもしれない。

 しかしだ―― 


『でも、火をたくんだぜ。キャンプファイヤーみたいにさ』

『だからどうしたと言うのですか?』

『そんなの、人目に付くし、通報されるだろ』

『人目に付かないとこでやれば可能なのです』

『そんな場所、どこにあるんだよ』

『先輩の家から自転車でいけるところにあるのです!』

『はぁ? 鮒橋の駅に近いんだぞ。そこから近いって……』


 というわけで、その人目に付かない場所に自転車で向かっているのだが……

 場所はグーグ○マップで確認して、ストリートビューも見た。

 しかし、本当に舗装されてない道だった。 

 

 護摩祈祷をやるやらないというより、そんな場所があったのを知らなかった

 俺の興味はそっちに傾いてしまったのだ。


 で、電動アシスト自転車をこいでいる。アシスト機能はオフ。

 小柄な田辺京子は、鳥の羽みたいなもんだ。軽すぎる。

 ただ、ギュッと背中に密着する体は意外に柔らかくて悪くない。京子のくせに。


「マジだ。舗装されてねーよ」


 そこは、確かに道なのだが、土がむき出しで砂利というには大きすぎる石ころが埋まっているような道だ。

 ローマ帝国の方が、もっときれいな道を造るだろう。しっかりしろ鮒橋市!

 とにかく自転車でその道を進む。ガタガタ揺れる。


「お尻が激しく痛いのです! これも先輩とのプレイと――」

「少し黙ってるか、カントリーロードでも口ずさんでろよ。マジで」


 勘違いで俺に好かれようと己自身をビッチに改造してまった女。

 今でも、全くもってビッチ言動のままだ。

 大学の准教のくせに、どこか頭のネジが吹っ飛んでいる。


 そして、目的地に着いた。


「鮒橋駅から自転車で一〇分か…… こんなでかい空き地があるのか」


 そこは本当に広い空地だ。市の所有地のようで、太い針金で囲ってあるが、中に入るのは簡単だ。

 雑草は短く刈り込まれてあり、きちんと整備されているようだった。


#__i_0993d75f__#


「消防の放水訓練所…… ここそうなのか?」


 針金に斜めになった薄っぺらいカンバンかかっている。

 鮒橋市消防署の放水訓練をする場所のようだった。ただ、毎日そんな訓練をするわけもないのだろう。

 今は誰もいないし、放水したような形跡もない。

 

 確かに、とにかく、だだっ広い。草野球なら同時に二試合できるくらいある。そして何もない。

 確かに放水訓練にはこれくらいの広さが必要だろう。しかも、近くにはため池のようなものもある。


「ここで真夜中に『護摩祈祷』をするのです。人など通るわけがないのです。ふふふ」


 京子は自転車から降りて、ひょいと針金をくぐり、空き地の中に入る。


「あとは、調べまくって、完璧に再現すればいいのです。ふふふふふ……」


 西に傾く陽光の中、オレンジ色に染まっていく京子の姿。

 一四六センチの小さな体が、まるで燃えているようだった。


「じゃ、分かったから帰るか。もう、護摩祈祷でもなんでも好きなようにやってくれ」

「当然、先輩もいっしょなのですが」

「ああ、そうか……って、なんでだよ。やれよ、ひとりで! ここで火を焚いて、『ささやき - いのり - えいしょう - ねんじろ!』 ひとりで! 自分ひとりで!」

「こんな人気のないとこに、夜中ひとりじゃ来れないのです! 怖いのです!」


 長いポニーテールを橙色に染まる空気の中に揺らし、京子は言った。

 大きな丸いメガネの奥には、言いたくはないが、美少女(26)としか言えない瞳がある。

 すがるような眼で俺を見つめる。


 まあ、仕方ない話だ。ここまで来たわけだし……


 京子は、江戸と二一世紀をつなぐ壮大な事業に欠かせぬ人材であることは確かなのだ。


「ま、それくらいはいいか……」

「さすが、先輩なのです。愛しているのです! もしダメでも、ここで先輩と一晩中――」

「やだよ。終わったら帰るから」

「出るまで、何回もやるのです!」

「アホウか、ガチャじゃねーよ。護摩祈祷は」


 ゲーム希少カードじゃないから大元帥明王は。


 まあ、どうせ、ホイホイ大元帥明王が出てくるわけはないだろう――

 その時の俺は、そんな風に思っていたのだった。


        ◇◇◇◇◇◇


 とにかく、江戸と二一世紀の現代を行ったり来たりで俺は忙しい。

 江戸でも現代でもやることは山ほどあるのだ。


 俺が江戸時代の新しい屋敷で「江戸城電化計画」について考えていたときだった。

 濡れ縁に座って、色々考えているわけだが、やはり現代での資金が結構厳しい。


 庭には池があって、仕方ないんで鯉なんかを泳がせている。

 あと、色々金をかけて、庭は綺麗にした。

 ちょっと風流な感じにしてみたが、実際のことろよく分からない。 


 金を遣わないと経済は回らないので、なるべく金は使っていくのだ。

 江戸時代では、本当に遣うのに困るくらいの金が集まっている。

 

 ただ、それを現代に還元ができない――


「江戸城電化計画」に必須「小型の水力発電機」を買うことができないわけではない。

 しかし、それを買うと資金が非常に厳しくなるのだ。

 江戸の方は潤沢な資金があるが、現代の方での資金繰りが結構厳しい局面を迎えつつある。


 ネットショップは立ち上げたばかり。まあ、動きは悪くないが。

 三〇近い男の収入とすれば破格と言っていいレベルで、収益は上がりつつある。物は売れている。

 そりゃ、世の好事家からすれば、あり得ないような品々が売っている。

 漆細工、小間物、着物、絵画――

 そして、江戸をリアルに再現したことになっている、本当の江戸の映像――

 そこそこ、話題にはなりつつある。


 ちなみに、リアル「源内櫛」も商品ラインナップに入っている。

 源内さんが考案した櫛で江戸時代に大ヒットしたアクセサリーだ。

 本当にあの人はなんでもやるし、片手間でも、なんでも一流なのだから、手におえない。


「しっかし、あの人はなにやってんだろうなぁ~ とにかく一度に色んなことやりたがるあのエネルギー。すげぇよ」


 本当にあのチートじみた天才を二一世紀に連れてきて、商売のアイデアとか考えてもらいたいくらいだと思った。

 時代の壁なん関係なく、エライことやりかねない雰囲気があるのだからしょうがない。

 

 その平賀源内の今は秩父だが――

 俺が、面長で齢を感じさせない年齢不詳の天才の顔を思いうかべたときだった。


「よぉ! ワタル殿、ここが新居かい。こりゃ、立派なもんだぜぇ。ええ、お大尽様じゃねぇか」

「源内さん!!」


 秩父にいるはずの源内さんが訪ねてきたのだ。

 しかも、蔦重さんもいっしょだった。


 なんだろう、俺はその時、本当に「江戸に戻ってきた」って感じがした。

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