19.発電機&プリンタ稼動! 社会変革のための大江戸情報戦略

「土岐先輩、アイツとは誰?」


 田辺京子は、丸眼鏡を光らせる。

 で、それ以外の姿をベタ塗りにしたかのような感じで俺を見る。

 平〇耕太的な表現? 


「え? ああ、元カノ―― 加藤峰子の会社だなこれ」


「ぐぬぬぬぬっ―― ホルスタイン毒婦ぅぅ……」


 一四六センチのチンマイ身体をわなわなと震わせる京子。

 別にコイツに隠す気などないし。


「あの胸に糞をつめてぶら下げている女ですよね」


「いや、オマエ、そもそも会ったことないだろ?」


「先輩に彼女が出来たという情報を察知し、すでに確認はしていました」


「ふーん」


 加藤峰子は、目の前の二六歳とは思えない存在と真逆のタイプ。

 身長はヒールを履くと、高さは俺とどっこい。一七〇近くある。

 年齢は俺より二つ上になる。


 そしてなによりだ。

 巨乳なのだ。おっぱいがデカイのだ。


 俺はチラリと京子の胸を見た。なんか、切なく可哀想な気分になる。


「先輩ぃ~ やっぱり、私の胸を…… ああ、いいですよ。先輩の傷ついた心と肉体は私が―― ファック・ミー」


 パカーンと俺はビニールバットでチビの頭を叩いた。

 衝撃で眼鏡がズレて、額の上に乗っかる。

 京子は「メガネ、メガネぇぇ」と手を#彷徨__さまよ__#わせ、ウロウロする。

 人の家のリビングで懐かしいボケをかますな。


「オマエは、昭和の漫才師か! 怒るでしかし!」


 俺はなぜか上方言葉でツッコミをいれる。

 だが、コイツはメガネを外すとマジでキレイな顔してやがる。


 二六歳の女に対してどうかと思うが「可愛く」「可憐」なのである。客観的に見てだ。

 しかし――

 中身はドロドロに腐り、下品で下卑たエロオヤジギャグ的腐臭を上げている存在なのだが。


 本当にムカつく。田辺京子のくせに、なぜそんな可憐なのだ。

 俺は、なんとなくこの世の理不尽さに腹を立てつつも、時計を見やった。


(あ、荷物が来る時間だな‥… そろそろ――)


「おら! いつまでメガネ探してるんだ。アホウが!」


 俺は床をビニールバットで叩く。


「ああ、先輩、こう、ちょとした『メガネのダメっ娘』的な演出を…… ときめきません?」

「いらねーよ。ときめかねーよ!!」

「でも、抱きたい―― って」

「思わねーよ!」

「私は抱いて欲しいです! 先輩に! ああ、先輩の遺伝子でこの身体をトロトロに……」


 俺は黙って「これ以上言ったら殺す」という視線を送り込む。


「あぁ…… しゅごぃぃ。その目―― ゾクゾクしますぅ。ああ~、京子は濡れてしまうのです」


 これが二六歳で最高学府の講師。

 しかも、我が国でも偏差値じゃトップの大学だよ。

 やはり、日本の歴史を根本から変えて行かないとダメか? 俺は思ったりする。


 ああ、でもアッチとコッチは何の因果関係も発生しないしな――


「とにかく、江戸からの小判を換金する方法は引き続き考えるからさ」


 俺が言うと、京子はやっと眼鏡を元に戻した。

 クイッと眼鏡の端を人差し指で押さえるのだった。


「そうですよねー。実際にノンバンクの支店に行くわけじゃないですしねー」


 そうなのだ。

 京子は俺の相談を小説のネタだと思っている。

 実際に「江戸の小判を換金する方法」に困っているとは思っていない。


(ノンバンクを利用して、不動産購入の担保に使うか…… どうなんだろうなぁ――)

 

 金を借りる目的は「不動産投資」となるわけだ。

 それは、一体どんなものなのか、俺にはよく分からん。


 それを後で考えようと言ったのは本当。

 でもって、俺にはそろそろ京子に帰ってもらわないとまずいのだ。


 もう一度時計を確認する俺。デジタル電波時計は正確に時を刻んでいる。


(あと、二時間くらいか…… ちと早いが)


 俺がネットで注文した商品が二時間後に届く予定だ。

 それが来たら、俺は「時渡りのスキル」を発動させる。


 二一世紀と江戸の田沼時代をつなげるのだ。

 でもって、ネットで買った商品を江戸時代まで運ばねばならない。

 電動アシスト自転車に連結した二台のリヤカーでだ。

 満載積載重量七〇〇キログラムの代物である。


 実際のところ、現代でゆっくりしている時間はあまりないのだ。


『急げワタルよ、江戸の人々は君の帰りを、君の帰りだけを待っている

 近世最悪と言われる飢饉のその日まで、あと三年弱しかない――

 いけ、土岐航よ、江戸には君の帰りだけを、君の帰りだけを待つ者がいるのだ――』


 何か、俺の心に重々しい声の変なエンドロール的な何かが響く。

 なんか、大元帥明王様の声に似ている気がした――


 とにかく、京子を家から出さねばならない。

 

「なあ、飯でも食いに行くか―― 京子」


 時間的にはちょっと早いが、夕食を兼ねたお誘い。

 京子を簡単に家から外に出せる方法だ。


「え…… 先輩」

「色々、教えてくれたしな。奢ってやるよ。大したものじゃないけどな」


 眼鏡の奥の大きな瞳が潤んで、ジッと俺を見つめる。

 やべぇ……

 俺は「エロゲス、コイツは京子。エロゲス、コイツは京子。エロゲス、コイツは京子」と心で防御呪文を詠唱。


「ご飯の後は…… 私の身体を先輩に捧げ――」

「いりません」

「そうですか――」


「あのさ、ちょっとこの後、本当に用事があってさ―― 再就職関係で…… これは、マジでさ。悪い」


 あんまり面倒なことにならぬように、俺は理由をでっちあげる。

 まあ、あながち嘘ともいいきれないので、罪悪感もない。


「むぅ…… まずは、お食事からと―― 先輩は初心ですよね♥」


 京子は「ふふ」っと微笑む。


「食べごろの後輩は後に取っておく―― オアズケの後の方が燃えるってことですか? 先輩のエッチ……」


 何気に失礼な上に、エロビッチなことを言いやがる。このチビ眼鏡。

 しかし、それでもとりあえずは、京子を外に連れ出すことは成功。


 俺はアパートを出て浮かれる京子と一緒に近くの適当な飯屋に入る。


 後は、荷物が来る前に家に戻ればいいのだ。


        ◇◇◇◇◇◇


 俺は「ヒーヒ」いって、一八世紀の江戸に戻った。

 まだ夜が明けてない。ただ、深夜よりも明け方に近いだろう。


 こんな時間でも用人の三浦は待機していた。

 コイツはいつ寝ているのか?


 俺は、田沼屋敷に荷物を置いて、江戸時代の拠点にしている場所に戻る。


 それは今のところ、平賀源内の家だ。金貸し連続不審死の告知事項有の事故物件だ。

 ただ、でかい家なので二一世紀から持ってきた道具を使うには都合が良かった。


 それとは別に江戸で、自分の家も持とうと思っている。

 金はあるのだ。デカイ屋敷を希望だ。事故物件ではないの。できれば新築。


 江戸での商売は当たった。

 一〇〇円ライター、腕時計は売れまくった。


 腕時計など、意味もなく、何本も片手に巻くのが「粋」とか言っている旦那衆もいるくらいだ。

 金持ちの旦那衆が競って、腕に何本もの時計を巻くのだった。


 俺が高校生か中学生のときか……

「卵形の育成ゲーム機」を何個も首からぶら下げている子どもがいたのを見た記憶がある。

 こういったところでは、日本人は変化がないのかもしれない。


 まあ、おかげで凄まじく儲かっているけど。


 俺は提灯を持って江戸の夜道を歩く。

 ちなみに俺の持っている提灯は、ロウソクではなく中に「乾電池式ランタン」が仕込んである。

 だからかなり明るい。

 これも、その内、商品になるかもしれない。


 店などは、仄かに明かりが漏れてくることもあるが、全体に真っ暗だ。


「しかし、最初から一〇〇ショップじゃなくネットで仕入ればよかったよな……」


 今では仕入はネットからだ。

 ライターなど一〇〇〇個で三万円ちょい。

 だいたい三〇円。ほぼ「一文」だよ。


 その他にも――

 大学ノート、鉛筆、消しゴム、鉛筆削り、ボールペンなどの筆記用具。

 ビタミン剤、抗生物質などの薬品。

 カップめんやスナック菓子などの菓子類、缶詰類、ドライフルーツなどの食品。

 乾電池のランタンやら懐中電灯とかもある。


 しかし一番重いのはだ――


「紙って重かったよなぁ。しかし」


 おそらく今回持ってきた物の中では上質紙の束が一番重かったのではないかと思う。


 江戸での商売は上手くいっている。

 現代科学の生み出した商品は、江戸の金持ちのハートをがっちりキャッチ。

 京都、大坂からも引き合いがあるのだ。


「現代の現金はまだあるが…… いずれヤバいよな……」


 今の俺と平賀源内、蔦屋重三郎のビジネススキームは、こんな感じだ。


 1.二一世紀から商品を購入して江戸に持ってくる。

 2.蔦屋重三郎の吉原人脈でステマ展開

 3.旦那衆に噂が拡散、購買欲求が高まる

 4.浮世絵によるステマ展開。商品の噂がさらに江戸に拡散

 4.出版物で宣伝開始。臨界点を迎えた購買欲求が弾けるという、飢餓商法だ。

 5.ドカーンと蔦屋の店舗に行列できるほどの千客万来。


 でもって、掛け値なしの現金取引だ。


 商品を渡して、後で現金を回収する方法はとらない。

 現代では当たり前の子の方法は、江戸の初期から始まって、徐々に浸透している。

 とにかく「キャッシュフロー」重視。

 手元に多くの現金が残る様な商売をしている。


「問題は、江戸の金を現代の金にどう安全に変えていくかだ――」


 こればかりは、いかに平賀源内が天才でも、蔦屋重三郎の人脈とプロデュース力を持ってもどうしようもないのだ。


(現代で、不動産投資の担保かぁ……)


 俺は、チラリとそんなことを考える。

 とにかく、二一世紀の金を得ないと、商品の仕入れもできない。

 ビジネススキームが一気に崩壊するのだ。


 俺は、平賀源内の家に到着。

 事故物件と思うと、平成生まれの俺でも嫌な感じがする。


 屋敷の家屋からは薄っすらと灯りが漏れていた。

 そして、低く唸るような震動と音――


 平賀源内はまだ起きているようだった。


        ◇◇◇◇◇◇


「ふーん…… こいつがありゃ、奴らも大喜びだろうけどなぁ」


 平賀源内の屋敷の一番大きな部屋だ。

 彼はモニターを覗きこんで呟くように言っていた。


「帰ったよ、源内さん」

「おお、ワタル殿! 待ってたぜぇ」


 俺は、源内が出してくれた座布団の上にぺたりと座る。


「なんか飲むかい?」

「甘くない紅茶で」

「わぁったよ」


 そう言って部屋に置いた、小さな冷蔵庫を開ける。

 中から二一世紀で買ったペットボトルを出すのだった。

 源内から俺はそれを受け取り、キャップを開け、一気に身体の中に流し込んだ。

 冷たい飲み物が、科学のありがたさを骨身に沁み込ませていく。


「音の苦情とかはないよね」

「ま、特にはな―― 一応囲ってあるしよ」


 濡れ縁では、発電機が音を立て、電力を供給していた。

 縁日の屋台でよく見るあれだ。


 周囲を木の衝立で囲み、古い布団を並べている。

 周囲に響く音も、気休め程度に減らしているだろう。

 屋敷の周囲には多くの木が植えてある。それも効果あるかもしれない。


「ま、文句言われりゃ、エレキテルの実験だって言ってやるよ」

「間違ってないですけどね」


 平賀源内の作った「エレキテル」は言ってみれば手動発電機だ。


 今、濡れ縁で動いているのはその子孫といっていい機械なのだ。


 とにかく、発電機の稼動で江戸の生活が一気に変わった。


 そこから供給される電力で、源内は、パソコンを見ていたのだ。

 部屋は電気スタンドで、現代と同じくらいに明るくなっている。

 夜にも関わらずだ。

 そして、冷たい飲み物が飲める。


「『蘭学階梯』ですか……」

「そうだな。ま、今となっちゃ、俺には意味はねぇけどよ」


 これは日本初の蘭学の文法書だ。 天明八年 (一七八八年)に大槻玄沢が創刊する本。

 一〇年近く先の話で、まだ影も形もないはずのものだ。

 現代からデータにして持ち込んだものだった。


 平賀源内はそれを見て「奴らも大喜びだろう」と言ったのだ。

「奴ら」とは彼の人脈、蘭学グループのことだろう。

 解体新書を訳した杉田玄白、前野良沢などの蘭学医たちだ。

 彼は「赤蝦夷風説考」を書いた工藤平助とも交流があったはずだ。


 みんな、蘭学医だった。


「ハルマ和解もありますし―― 蘭学の研究は一気に加速するでしょうね」

「う~ん、ま、悪かねぇけどよぉ」

 

 平賀源内の歯切れはイマイチだった。


「これを製本するために、俺は二一世紀から、大量の上質紙を持ちこんだんですけどね!」


 無茶苦茶重いのだよ。紙は――


「とにかく、出版事業には乗り出さないと。そもそも、蔦屋さんの本業でしょ」

「まあ、そうだなぁ」


 ちょっとずつ未来の本を出版する。

 でもって、日本の科学力、知識力の蓄積速度を上げていく。

 段階的にそれを用意して、出版していくのだ。


「だたよ、これを本当に書いた奴は報われねぇってなってな…… ふと、そう思っちまったんだよ」

「まあ、確かに…… それはそうですけどね」


 俺は腕を組んで考えた。


「なあ、いっそ教えてやらねぇか? 書いた奴にはよ」


 平賀源内は言った。

 

「う~ん…… 鉱山発掘だって、似たようなものでしょう――」


「ま、秩父は俺だが、それ以外は確かにそうだな……」


 平賀源内も本格的な冬になる前に、秩父鉱山の再発掘に動く予定だ。

 今回は、自前の金でやるのだから、川越藩の抵抗もさほど強くはないだろう。


「エレキテルを作っても、勝手にマネされるわけだぜ――」


 そのエレキテル自体が、オランダのポンコツを使って組み立て直したんですよねとか俺は言わない。

 何の情報もなく、その時代の先進機械を修理してしまうこと自体が天才なのだから。


「その辺りの取り決めは、個人じゃどうにもなりませんよ。世の中変わらないと――」


 平賀源内が言っているのは「著作権」という問題だ。

 もし、日本が近代化するならば、この意識は絶対に必要になる。


 近代化に必須なこと。

 その一つは、私有財産が守られることだ。

 その私有財産には「知的所有権」だって存在するわけだ。

 少なくとも、発明品を勝手に後からコピーしたのでは、近代の社会は成立しない。


「まあ、世の中を変えるしかねぇか……」


 平賀源内は「しゃねぇなぁ」という感じで言ったのだった。


        ◇◇◇◇◇◇


「おお!! なんだこれ。すげぇな、おい! カラクリの絵師かよ!」


 平賀源内が驚いているのはプリンタだった。

 さすがの天才も、この仕組みは中々理解できないようだった。

 俺も正直分からんし。


「これで、刷ればどんどん本ができますよ――」


「確かにな…… 版木もいらねぇのか」


「このカラクリ、『スキャナ』っていいますけどね。これで読み込ませればなんでも刷れますね」


「蔦重が見たら、欲しがるぜぇ…… 一万両出すんじゃねぁか?」


 ビジネスパートナーからも銭をむしり取ろうとする。

 さすが、天才の平賀源内だ。容赦ねぇわ。


「で…… ぜってぇ当たる占いの本を出すってのかい――」


 平賀源内は覗きこむように俺の顔を見た。

 そうだ――

 

 これから先、起きることは分かっているんだ。


「徳川実記」のような政治の記録はヤバいので、田沼意次だけに知らせる。


 ただ、些細な事件、火災、そう言った記録は現代にも残っている。

 文献を漁って、それを本にする。


 個人のことまでは分からない。

 でも、社会の動きは分かるんだ。

 だから、それを書く。そしてだ――


「『大元帥明王の大予言』としてでも売ればいい。バックには田沼さんがいるし、予言が当たった時の影響はでかい」


 江戸の民衆の心をつかむ。そのためにどうする?

 俺と京子が考えて出した結論がこれだった。


 京子は「乞食坊主でも担ぎ出して、新興宗教作ればいいんじゃないですか? この案で受けたら、抱いてください、先輩♥」とか言っていた。

 まあ、宗教団体を起こすまではやる気はない。今のところはだ。

 更に、アイツを抱く気はもっとない。


 とにかくだ――


 江戸に大予言ブームを作る。

 そして、民衆の空気を誘導するような土壌を作るわけだ。


 空気。

 社会学的に言えば「ニューマ」とか「ニーマ」ってやつだ。

 日本社会の根本的支配者――

 それを俺が誘導する。


 二一世紀の俺にとって、情報こそが最大の武器なのだから。

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