15.鎖国見直し、ロシア交易の可能性は?
「土岐殿、蝦夷地だが――」
田沼意次が俺に話しかける。
「はい田沼様、蝦夷地ですよね」
「蝦夷地の鉱山はどの程度なのだ?」
蝦夷地――
つまり北海道だ。
ここは未開発の鉱山の宝庫といっていい。
秩父どころではないかもしれんのだ。
「相当な金銀が取れますね。まあ、正確には――」
俺は資料を探そうとマウスを動かす。
鉱山を示す印がびっしりだ。
そして、それはほぼ手つかずなわけだ。
「いや、まだそこまでは良いのだ。もうひとつだ――」
「もうひとつ?」
「オロシャじゃが、敵か? 日本の敵となりうる危険な国か?」
「あ…‥ ロシアですか…… ん~ 難しい問題ですね――」
長い目で見れば、この国は日本の安全保障の肝となる国だ。
ただ、その国が危険かどうかは一概には言えない。
言ってしまえば、外国は全て危険なのだ。いや、危険になりうる可能性を秘めているが正しいか。
友好的な国であっても、いつ態度を変えるのかそれは分からない。
近代に入り、あれほど強固だった日英同盟が崩壊し、一気に日本国内では反英感情が高まる。
戦前のある時期では、日本にとって最も憎むべき国は「英国」だったという時代もあるのだ。
そして、日本にとって最大貿易国であるアメリカと戦端を開く。
アメリカにしたって、損得でいえば、日本と戦争をするメリットなどないのだ。
アメリカにとっても日本は上得意の貿易相手国であった。
ロシアにしても同じだ。
友好的な関係を築けるかもしれないが、常に危険はある。
オランダあたりと付き合うのとは意味が違ってくる。
「危険な国となる可能性を持った国です」
俺は言った。
「ん~ やはりそうか……」
苦い顔で田沼意次が言った。
「ただ、こっちの準備(そなえ)次第ですね全ては――」
「そうか…… 備えか――」
確か、この時代はロシア脅威論をオランダから吹きこまれていたはずだ。
オランダから見れば、日本との交易は独占したい。
自国の国益にかなうなら、その危険性を訴えることもあり得る。
日本人とて莫迦ばかりではないので、その辺を見切っている人間もいる。
「ロシアとの交易ですか?」
俺は本陣に斬り込むように言った。
田沼意次は、蝦夷地開発により、金、銀を確保する。
そして、それを使ってロシアとの交易を考えていたのだ。
蘭学者・工藤平助の「赤蝦夷風説考」という本の影響だ。
実際に、田沼意次が「赤蝦夷風説考」を見るのは天明四年(1784年)のことだ。
今から五年後だが、天明六年から来た田沼意次にとっては、過去の体験になっている。
田沼意次は、手元に残った紅茶をグイッと飲んだ。
もう温くなっているだろう。
「土岐殿はどう考える?」
「オロシャとの交易ねェ……」
俺が口を開く前に平賀源内が言葉を挟んできた。
「何じゃ、源内、ソチに考えがあるのか?」
「いえ、田沼様の考え、ロシアとの交易で国富を増やす。それは分かるんですけどね。オレは天才だから」
「なんじゃ―― 申してみよ」
「幕閣はアホウばかりだから。分からねーんじゃねぇかなぁ―― そりゃ説得が難しそうだぜ。田沼様」
俺が何かを言う前に、平賀源内が幕府内の問題を指摘した。
確かに「権現様(徳川家康)以来の祖法を変えるか!」という旧守派の反発は避けられそうにない。
「まあ、そうであろうな…… しかし、そうせねば、この国は危うい」
「えっと、いいですかね。田沼様」
「おお、土岐殿済まぬ。ソチの考え聞かせてほしい」
「ロシアは危険ですよ。ただ、日本と商売した方が得だと思えば、損得勘定で動くだけの知恵はあるでしょう」
「ほう――」
「その為には、日本との交易でロシアが利益を得られること。あ、これはお互いにですけどね」
「確かに工藤の書にも書かれておったな……」
「工藤平助の『赤蝦夷風説考』ですか―― ありますよ。この中に」
俺はパソコンを操作して言った。
データは確かさっきあったのを確認している。
「それはいいのだ―― ワシも手段を選んでおれぬということかもしれん」
「あ、ちなみに『権現様(徳川家康)以来の祖法を変えるか!』って反対する人いますかね」
「ああ、おるだろうよ。莫迦がいっぱい」
そもそも徳川家康の決めたことに逆らうなと言いだしたのは、田沼意次を引っ張り上げたともいえる八代将軍・徳川吉宗だ。
現代では、多分、徳川家康の次に有名な将軍だろう。暴れん坊だから。
吉宗は開明的な部分を多く持ちながらも、結構保守的なとこもあったのだ。
幕府を開いた徳川家康に対し「神聖にして侵すべからず」的なことを言っているはずだ。
「でも、清、オランダ、朝鮮、琉球に限定した付き合いは、徳川家康公が決めたものではないですよね」
「え?」
「いや…… 寛永一六年(1639年)までは、ポルトガルも来てましたからね。家光公の時代ですよ」
「そうだったか……」
「そもそも、徳川家康公は、オランダ船に全国の港で交易をしていいと許可だしたんですからね。今、長崎だけですけど」
「そ、そうだったか……」
田沼意次がちょっと驚いた顔をする。
江戸幕府が始まってすでに一八〇年は経過しているのだ。
結構、忘れていたりする。
これから、五〇年ほど経過した江戸末期になればガンガン外国船が日本にやってくる。
そのとき「鎖国は我が国開闢以来の法である」と時の天皇が将軍に訴えているのだ。
ことほど左様に、よく昔のことが分かっていないのが、昔の人なのである。
歴史も学問であり、一八世紀の段階では未熟なのだ。
「そういった、歴史的事実も、説得の武器になるんじゃないですかね」
「まぁ、どうだろうねぇ――」
源内が呟いた。
あの、源内さん、勝手にパソコンパチパチしないでくれませんか?
俺と田沼意次が話している間、平賀源内は勝手にパソコンを弄りだしていた。
ああ―― もう……
「へぇ―― これを動かすとギヤマンに映っている印が動くわけだ。面白れぇな、おい。これ、欲しい。土岐殿」
意味もなくマウスをクリクリ回しながら平賀源内は俺におねだりを始めるのだった。
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