7.江戸に巨大財閥を創れ! その2

 ドキュメンタリーが終わった。


 概ね、田沼意次に対する評価は高いものだ。

 だって、そういうのを俺は選んできたし。


 しかし、歴史的事実はひっくり返らない。

 政策は失敗。田沼意次は権力を追われ失脚。

 息子の意知は暗殺されてしまうのだ。


「ぬぅぅぅ―― これが、我ら親子の運命…… やはり莫迦どもがいかんか…… それにしてもなぜに、ワイロがいかぬのだ? 私腹を肥やすわけでもない!」

「ぐぬぬぅぅ、佐野ぉぉ―― よくもこの意知をぉぉぉぉ―― やってくれるか! 先手を打って、先に亡き者に――」


 俺が言葉で説明していた彼らの運命。

 それをテレビ番組のドキュメンタリーで見せられたわけだ。

 人の口から聞かされるより、説得力が何倍も違う。

 

 ところどころ「バブルとはなにか?」とか「オーバーとなにか?」とか「ルートとはなにか?」とか尋ねたきた。外来語が日本には多いなと今さらながらに思った。

 その他にも明治以降に出来た、この時代に無かった言葉を訊いてくるが、概ね流れは理解はしたようだ。


 江戸政権内の旧守派という政敵――

 重商主義による初期資本主義の暴走――

 それによる民衆の反発――

 おまけに、連続する天変地異と言う運の無さ――


 足軽出身で開明的過ぎるがゆえの政敵の多さで四面楚歌。運も悪い。おまけに、いかに「開明的」でも18世紀という時代的限界の壁にぶち当たる。そして失政もある。彼も人間なのだ完ぺきなはずがない。


「落ち着いてください。田沼意次殿、意知殿」

「土岐殿……」

「これを回避するために、俺がいるのですよ。大元帥明王様がついてます!」

「確かに…… そうじゃが」


 そこで俺は、100円ライターを手に取った。

 シュッとスル。ボッと小さな紅い炎が立ちあがった。

 科学の炎である。


 実際は、なんてことのない光景だ。21世紀ならばだ。


「おお!! それは!! 神通力!」


 しかし、ここは火を起こすことも大変な江戸時代だ。

 それを考えれば、この100円ライターは、奇跡のような道具だろう。

 しかも分かりやすいのだ。


「まあ、火打ち石と油を組み合わせて、火をつける道具ですよ」

 

 俺は、100円ライターを田沼親子に渡す。


「ここを抑えると、油が吹き出ます。で、親指でキュッと回して、火打ち石で火花が出て、火が出ます――」

「なるほど―― これはギヤマンか? おお!! 出来たぞ! なんと簡単に!!」


 ボッと火が飛びでる。田沼意次が感動に震えていた。


「それ、いくらすると思います」

「これの値か? 二三〇年後のか?」

「いえ、こっちの世界のお金でいいですよ。いくらの値をつけますかってことで」

「ぬぅ―― 難しいな……」


 田沼意次はじっと一〇〇円ライターを見つめる。


「作りも細かい。なんという細工か……」 

「父上、『オランダから長崎のものと』説明すれば、その値は跳ね上がりますな」


 この時代、結構「オランダ」から物が入ってきている。

 蘭書もそうだ。

 意味も分からぬオランダの本を家宝にしているような者ものいるくらいだ。

 しかし、意知ちゃん、意外に商売が上手そうな感じだ。


「まあ、珍しき、今までにない道具だ。一〇両でも買う者は殺到するだろう」

「一〇〇両以上出す商人がでましょうな」


 田沼親子が一〇〇円ライターに破格の値をつけた。


 で、俺は種明かしする。


「えー、それ。だいたい四文(一〇〇円)くらいですよ」

「なに!!」

「バカな!!」


「二一世紀は、こういった道具がべらぼうに安いです。大量に生産されているからです」

「そのような……」


 一〇〇円ライターを見つめ「これが四文?」と小さくつぶやく意次さん。


「もし一〇両で売れるなら、ぼろもうけですよね――」


 俺の言葉に、黙って「そうだな」と首肯の表情を見せる田沼意次。

 

「要するに、商いですよ。商業政策です―― ここが肝になるなると思いませんか? 田沼様」


 俺は、本題に入るのだ。

 俺は21世紀の現代で考えていたことを打ち明ける。


「ぬぅ…… 侍が#政__まつりごと__#をし、その基盤は米じゃ。米を作るのは百姓であるが、それを流通させ、金にするのは商人。商業政策の重要さは知っておる――」


「その商人が、上手く動かなかった。利益最優先で、コメの価格が高くなればいいと考える。飢饉が起きようが売り惜しみする。その部分が失敗の原因のひとつですよね」


「そうだろうな―― まあ、世の中そうなっているのだ―― ワレも必死で手は打ったのだが……」


 この商人の制御がうまくいかない。

 田沼意次をもってしても初期資本主義のテーゼである「神の見えざる手」に勝てない。

 年貢米を武士は得るが、それを金にできるのは商人だ。

 武士はその首根っこを商人に握られつつあるのが、この時代だった。


 かといって、消費を抑制し、商業活動を押さえつければいいというものではない。

 それは、何も解決せず、みんなで貧乏になっていく政策だ。

 質素・倹約、農本主義への回帰は、もうできない。時代は戻らないのだ。


 要は、資本を握った商人を如何に政権の下でコントロールするかだ。

 どこの国でも、初期資本主義の中では資本の暴走があり、多くの不幸を産みだしている。


「神の見えざる手」は猛烈なパンチを放つ。

 そして人は学び、政府は資本に介入する方法を編み出していくのだ。


「で、ですね。田沼様の思い通りに動く巨大な商人がいたらどうです?」


「それは――」

 

 田沼を支持する豪商はいた。しかし、それは商人の中の一部だ。

 いかに豪商とはいえどだ。


「他の商人が束になっても敵わない、全ての面で優越した豪商が産まれたらどうですか?」

「ぬ…… それは――」

「国の物流。物の流れ―― それを全て握ってしまえばいい」


「物の流れ――」


 商業とはいってみれば、物の流れだ。

 それを独占的に握る存在がいたらどうだと俺は思うのだ。


「藩を越え、日本国を物の流れの中で一体にするような巨大な商人ですよ」

「そのようなモノがおれば、それは幕府すら超える―― 危険すぎる……」

「いいえ、それは無い。俺がなればいいから」

「土岐殿が?」


 俺の考えだ。


 俺が江戸でまずは物流革命を起こすのだ。


 飢饉の問題は物流の問題も大きい。

 米を解放せず抱え込んだ商人。

 藩で隔たれ、思う通りの物流が無しえない。

 

 飢饉は天災と当時の社会システムが起こしたものだ。

 米の品種改良は簡単にできない。

 しかし、温暖地域の生産を増やし、物流を活発化させる。

  

 独自経済の藩というものが困窮するので、東北など寒冷地では餓死者が続出する。

 それなら、あるところにある米や食料を物流させるシステムを創る。 

 圧倒的な資本をもった「財閥」とも言うべき存在を作る。

 しかも、強力に政権に結び付いた「財閥」だ。いわゆる「政商」だ。


 そして、田沼政治を支えるのはどうか?ってことだ。


 当然、その財閥を担うのは俺だ。

 まさしく、「Win―Win」ではないかと俺は思うわけだ。


 田沼意次、意知は黙っていた。


「原資は未来の道具―― これで、金を持った商人から金を巻き上げればできますよ」


「それは確かに可能かもしれぬが――」

「いっそ、清やオランダに売りますか。儲かりますよ。長崎貿易――」


 田沼意次は今まであまり重視してなかった長崎貿易を重視。

 金銀の抽出を抑え、俵物(海産加工品)を主力輸出物として、大きな黒字を産みだしている。


 田沼政治の最盛期には、江戸幕府は巨大な幕府の初期に迫るほどの資金を抱えるまでになっていたのだ。

 それも、相次ぐ政策の失敗と天災で帳消しになってしまうが。


「幕府が自由にできる圧倒的な資金力を保持続ける。そうすれば、金で動く商人は結局、幕府の言うとおりに動かざるを得ない」

「そうかもしれぬが―― 持つのか? それで幕府が」

「だから、俺が金儲けをするわけですよ。徹底的な金儲けを―― 容赦なき金儲けを―― この日本の金を自由に出来るほどの巨大な商人に―― いや…… いずれは世界すら…‥」


 あ、言いすぎたかな。

 なんか、ちょっと、田沼親子がドンビキしている感じがした。


「とにかく、大元帥明王様の加護です! これでいけます!」


「確かに、その方法であれば……」


 大元帥明王の威力抜群。それで納得の色をみせる田沼意次だった。


 とにかく、商人が台頭して、コントロールできないなら、それを超える存在をまずは作ればいい。

 どのような商人も逆らえぬ巨大な資本だ。


 巨大な財閥――

 ロックフェラー。

 ロスチャイルド。


 それ以上の存在をこの日本で作る。

 可能だ。


 幕府じゃなれないので、俺がなることにしたのだ。


 21世紀から持ち込んだ、数々の商品。

 そしは、それは絶対に民衆からも支持される。みんな幸せだよ。マジで。


 まだ、微かに田沼意次の顔が不安げだ。その父親の顔色をうかがう息子の意知。

 確かに、いきなり話を突っ込みすぎたかもしれない。

 

 俺はここで、話を転換するのだ――


「それに、民衆だって、そうなった方が幸せですよ。いいですか――」


 俺は荷物の中から袋を取り出し、中からそいつを出して田沼に見せる。

 直近の商品でいくなら、おそらく「切り札」となりうる存在だ。

 

「これ、薬なんですけどね――」

「薬?」

「梅毒を完全に治す薬。抗生物質というやつです」


 俺は一五錠で二〇〇〇円で買った抗生物質を田沼親子に見せるのであった。

 俺の世界、21世紀では、ネットで簡単に買えるものだった。

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