23.全ては「日本近代化計画」のために
「ガソリンもネットで買えたのか……」
発動機用の混合燃料のガソリンはドラム缶入り200リットルが買える。
三万六千円なので、安くはないがガソリンスタンドで容器持って買いにいくよりはいい。
(リヤカーを外に出して、載せてもらえればいいか……)
リヤカーには、配送業者の人に乗せてもらえればいいだろう
それくらいはやってくれるはずだ。不審に思われるかもしれんが、まあいい訳のいくつかは思いつく。
最大積載量三五〇キロのリヤカーであれば、載せても大丈夫だし。
とりあえず俺は「ガソリン」と「四輪バギー」と「船外機」をポチっておく。
さすがにすぐには届かない。一~二週間後という感じだ。
そして、ネットの目に付いた情報をUSBメモリに入れていく。
江戸時代でネットが使えればいいのだが……
俺はふと「現代と江戸の間でLANケーブル引けないか?」とか思う。
リヤカー、自転車、靴以外は地べたに落ちると因果の彼方に消えるらしい。
試したことは無いのだが……
LANケーブルが地べたに触れなければどうなのか?
「時渡りのスキル」で作ったトンネルは幅が二五〇センチくらい。
リヤカーの幅が一二〇センチくらい。
で、トンネルの脇に古い自転車を置く。それでもリヤカーは通行できるわけだ。
トンネルの長さは、約四キロメートルある。
二〇メートル間隔くらいで、自転車を置いて、その上にLANケーブルを通したらどうだ?
自転車は二〇〇台あればいい。単純に一万円としても二〇〇万円。
それで、江戸と二一世紀の現代をLANでつなげるのではないか?
「しかし、俺ひとりでそれをやるのか……」
出来そうな気はするのだが、そのための作業は俺ひとりでやらねばならない。
トンネルに入って、作業できるのは俺だけだ。
田沼意次も、江戸時代と現代を行き来できることになっているが、それは「俺が運ぶ」という条件つきなのだ。
「まあ、何日かけて、少しずつやればできるのか……」
江戸時代と現代を行ったり来たりしている間に、自転車積んで途中に置いておく。
一〇台リヤカーに積んで、置いておけば計算上二〇回で二〇〇台はおける。
「だるいな…… しかし…… 気が遠くなりそうだ……」
とりあえず俺は、その考えを胸の奥にしまっておく。
今はやっている時間はない。
俺は取り急ぎ、江戸に戻ることにした。
平賀源内が秩父鉱山開発に出かける前に話をしたかったのだ。
◇◇◇◇◇◇
現代となんら変わることのない照明で部屋が明るい。
現代から持ち込んだ照明器具が、発電機から「エレキテル」を供給され光っているわけだ。
そして、俺が持ちこんだデータをプリントアウトしたものをジッと読んでいるのは平賀源内。
普段は飄々として掴みどころのない表情だが、今は真剣な顔で見ている。
「蝦夷開発には、役に立つんじゃねェかと思うぜ」
四輪バギー、船外機について平賀源内はそう言った。
「秩父鉱山の開発にも使えるモノがあるんじゃないかな。四輪バギーなんか行けそうだと思うけど」
五〇CCのエンジンで八馬力を発揮する四輪バギーが。
馬八頭分のパワーを持っていることになるわけだけど。
鉱山開発となれば、重いモノを運び出す。それに使用することができるはずだ。
坑道の中に入れなくとも縄でつないで、坑道の中のモノを引っ張り出すことはできるはずだ。
「秩父にはいらねぇよ。エレキテルの灯りと発電機、「へるめっと」とか、工具類で十分だよ」
平賀源内は「心遣いは分かるけどね」という感じを見せつつもそう言った。
「え?」
「面白れぇし、俺も実物を見てみてぇと思うがね……」
「なら、いいんじゃないですか。人足の手間賃だってバカにならないし、節約できますけど」
「ああ、これが役にたつてぇこたぁ、分かるさ。おそらく、すごく役に立つだろうぜ」
平賀源内は俺が持ってきたデータをプリントアウトした紙をパラパラと見ていく。
その中には、鉱山開発の資料とか、工具、機材の情報もある。
「じゃあなんで?」
「バカになる―― 仕組みも分からねぇで、道具だけに頼るとバカ共は、もっとバカになるのさ」
源内はそう言うと、ゴロリと横になった。
自分の家なのだ。どんな姿勢でいようが自由だ。
「バカになるんですか?」
「ああ、そうだな。で、こいつはぁ――」
平賀源内は、四輪バギーの写真が大きく載っている紙を手に取って言葉を続ける。
「おそらく、外で回っている『発電機』と同じ仕組みで、車を回転させているんだろう? この船につける奴もおそらく同じだ」
平賀源内であればそのくらいは分かるとは思うので、今さら俺は驚かない。
ただ、やはり一八世紀のオーパーツ人間だとは思う。
「そうですね、油を燃やしてその力で回転力を生み出す『エンジン』というのを使っています」
「エンジンな…… 以前、ワタル殿が持ってきた本で見たな」
「じゃあ、源内さんは、仕組みを――」
「だいたいわかる。興味もあるがなぁ…… 今回の俺の仕事にはいらねぇよ」
平賀源内はきっぱりと言った。俺は言葉もなく「何で?」って顔で源内さんを見つめる。
「蝦夷地探索はいいさ。使ったとしても悪かねェ。なんせ、失敗が許されねぇからな。四の五の言ってられねェよ」
「はあ……」
「でもよ、秩父は俺の仕事だ。だから、いらねぇ。俺もやってみたい工夫が山ほどあるんでね」
鉱山の再開発に川越藩から許可を得たのは、藩の金をビタ一文遣わないからだ。
幕府の紐付きでもない。
二一世紀から持ち込んだ商品を売りさばいた金でそれを賄うのだ。
そして、源内さんはその費用を徹底的に圧縮してやる気なのだ。
鉱山の開発になれば、鉱山技術者や人足の手配。
設備投資、宿泊施設の整備も必須だ。
更に、鉱石が出たとして、それを精製するための設備もいるのだ。
秩父の鉱山からは鉄だけではなく、金、銀も出ることが分かってる。
それは未来の情報であるが、平賀源内にとっては、己の考えの正しさが証明されたという事実にすぎない。
要するに「自分の仕事」として、やりたいということんだろう。
平賀源内はその頭脳自体がこの時代じゃ「チート」みたいなものだ。
その上で二一世紀の技術を必要以上に投入するのは「自分の仕事」の領分を侵されている気になるのだろうか?
「まあ、源内さんが、いらないってならいいですけど……」
「でもよぉ! 持って来たら見てぇのよ。それを見てぇ。それは正直な気持ちだ」
もう五〇にもなろうかという男のはずだが、まるで子供のように目を輝かせてそう言った。
自分の知らない技術を知りたいという思いと、それをよく理解しないで「自分の仕事」をすることに境界線を引いているのかもしれない。
「ええ、持って来たらぜひ見てください」
「おう、それは楽しみにしているぜ。悪かねェんだ。技術はよ―― ただ、人間だって変わらなきゃ意味がねぇんだ」
源内さんの言うことは俺にも分かる。
日本の近代化を一気に進めるのであれば、二一世紀の機械や道具を持ちこんだだけじゃだめなのだ。
社会構造そのものが変わらないとだめだ。そして、その社会を構成する人間の意識が変わって行かないとどうにもならない。
それは、俺も以前から感じていたことではあるのだ。
ただ、蝦夷地開発は「チートだからとかアカン」とか言っている場合ではないのだ。
これは、成功させないと、田沼政権自体が崩壊しかねない。
失敗は許されないのだ。
「でよ、ワタル殿」
「はい?」
「明日は時間あるかい? ちぃと付き合ってもらいてぇんだがよ」
江戸で売る商品の在庫は田沼意次の江戸屋敷にまだある。
最近、頑張って何往復もしていたので、ちょっと余裕はあるのだ。
急いで仕入れるほどではない。
現代に戻っても、具体的に小判を換金する方法が決まっているわけでもない。
要するに急ぐ用事は今のところないのだ。
「いいですけど。蔦重さんのことですか?」
すでに、蔦屋重三郎さんのところでは「予言の書」の作成が開始している。
今年、安永八年十一月には、桜島が大噴火する。そして「新島」ができるのだ。
そして、その火山活動がいずれ、浅間山の噴火を招くというような話の本にしてある。
江戸から遠い薩摩(鹿児島県)のことであるが、江戸にも情報は伝わり、予言の正しさが証明されるはずだ。
普通であれば、「発禁」で「手鎖」覚悟の内容だ。
ただ、前もって老中の田沼意次に献上しておくわけだ。これで誰も口が出せない。
「解体新書」が出版された時と同じ手管を使うのだ。
蘭書の翻訳本を世に出すのは当時凄く危険だったのだ。
明和二年(1765年)だから、一四年前だ。
そのときに、本草学者の後藤梨春が「紅毛談」という本を出している。
江戸参府に来た、オランダ人と面会して、その会話の内容を書いたモノだ。
それが「発禁」になっている。
学者によっては1765年には「田沼時代」に入っていると主張するわけだ。
確かに幕政の主導権を握りつつある時期であったが、それでもこのような事件が起きていたということだ。
それほどまでに「蘭学」的な知識に対する抵抗は強い。
理由は色々あるが、当時の支配階級の武士にとっては「民衆に余計な知識を与えるな」が常識だったのだ。
キリシタンとか関係なくとも「発禁」になった理由はそこだろうと思う。
「解体新書」も世に出せるかどうかで、杉田玄白などは悩んで、田沼意次に献上することで「発禁」を回避している。
それが、安永三年(1774年)のことなので、五年前になる。
今は、田沼意次が圧倒的な権力を握っているので「予言の書」は問題無いだろうとは思う。
実際に当たるわけだし。田沼意次もグルだし。それで、民衆の危機感を煽って被害を最小限にするためのものだし。
全ては「日本近代化計画」のためである。
ただ、あまり刺激の強いモノはパニックを起こしかねないので、内容は要注意。
「これだけ讀めば噴火に勝てる」的な楽観的な部分も必要だ。
バランスが難しいし、時間も迫っている。
俺は、その仕事かなと思ったわけだ。
しかし――
「いいや、別件だよ。合わせてぇ人がいるんだよ。ワタル殿に」
源内さんは軽く俺の考えを否定する。
「俺に? 会わせたい人ですか」
「おうよ」
「誰ですか?」
「ハゲの蘭法医でよ。杉田玄白って――」
「杉田玄白!! マジですか」
「おお、知ってるのかい? アイツも二三〇年後に名を残したかぁ。あれか? やっぱ『ターヘル・アナトミア』を出したからかい?」
「ええ、そうですけど……」
またしても中学生の教科書にも載っている有名人である。
この人の存在は大きい。
ただ、「ターヘル・アナトミア」という医学書を訳したという実績に関しては、実は「前野良沢」という蘭学者の存在の方がでかい。
しかし――
杉田玄白は、この一八世紀の江戸の、蘭学者ネットワークの中心にいる人物なのだ。
絶対に会っておくべき人物だろう。
「ま、ハゲだけど、役には立つんじゃねぇのかな~ なんかの役にはよぉ~」
平賀源内は軽く言った。
役にたつとか……
俺は「あなたの墓碑銘を刻んだのは、杉田玄白ですよ」と教えてあげようかと思った。
言わなかったけど。
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