第11話

「従兄様、助けて……」


まず目に飛び込んできたのは、長に長剣を突きつけてふんぞり返るザイドとそれに対峙して経つファラの姿だった。万策は尽きたのか、うつむく彼女は、いつになく弱弱しい声で私に助けを求めていた。


「呼んだ?」


嬉しさと気恥しさをごまかすために、あえて場違いなほど明るく答える。驚いた様子で顔を上げた彼女は、現実か確かめるために頬をつねっていた。


「ラシード従兄様!」


現実と確認できたらしいファラは、私に駆け寄ると抱き付いてきた。その体を受け止め、周囲を改めて見渡すと、突然の事にザイドもファラを取り囲んでいた兵士達も対処できず、ただ唖然と立ち尽くしていた。


「ただいま。遅くなってごめん」

「兄様やみんなが捕まったの」

「大丈夫。もう解放されているはずだよ」

「良かった……」


その答えにファラは安堵して笑みを浮かべる。見上げる彼女の顔をよく見ると、さっき自分でつねった頬が赤くなっている。私はその頬に優しく口づけた。


「その女は俺のだ。離れやがれ!」


そこでようやく我に返ったザイドがものすごい剣幕で迫ってくる。とっさに身構えたが、ファラがいち早く反応して鋭い蹴りを繰り出す。ドレスの裾を翻えしながら、かかとの高い靴は見事にザイドの急所を直撃していた。


「うぎゃあぁぁぁぁっ!」


言葉にならない悲鳴を上げてザイドは股間を押さえてその場に倒れていた。周囲にいた男たちは揃って何とも言えない表情となる。かくいう私もその一人で、「あれは痛い……」と思わず呟いていた。


「こ、この野蛮な女を捕まえろ! こっちの男もだ!」


額に脂汗をにじませながらザイドは私兵に命令する。主に忠実な彼らはその命に従おうとするが、私が着ている紫紺の上着に施された刺繍を見て躊躇する。そこに描かれているのは翼を持った獅子……皇帝の紋章だからだ。


「何をしている……早くしろ!」


ザイドは高飛車に命じるが、股間を押さえたままなので滑稽こっけいに見える。それでも彼らは動かない。否、動けないのだ。ザイドには見えていないが、既に彼らは近衛兵に囲まれている。彼が引き連れて来たアルマースの私兵はもうそのほとんどが無力化されていた。


「陛下、アルマース兵の無力化完了しました」

「分かった」


そこへバースィルが報告にやってくる。ファラは敬称に気づいて怪訝けげんそうに私を見上げる。


「ラシード従兄様……何をしてきたの?」


ファラの問いにどう答えるか迷ったが、詳しいことは後回しにして率直に答えることにした。


「ちょっとクーデター起こしてきた」

「はひ?」


彼女の反応がかわいくて、私は思わず吹き出していた。

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