おまけ(バースィル編3)
「随分と手間取ったな」
とても近衛兵団の長を勤めているとは思えないほどでっぷりと太った上司に、商人の一件についての報告書を提出したのはパトラを救い出してから6日経っていた。この件に関して指一本動かしてもいない相手に内心悪態をつきながらも、俺は「申し訳ありません」と頭を下げる。この男に対しては下手に出ることがうまく立ち回る秘訣だ。彼は思った通り、それ以上何も言わず、椅子にふんぞり返ったままフンと鼻を鳴らしてから報告書を受け取った。
あまりに早く解決してしまうと、あの商人の財産を被害者面したモニールはすぐさま我がものとしてすぐに散財してしまうだろう。俺の見解としては、商人に無理難題を吹っかけるだけでなく、時には代金も踏み倒していたのだからお互い様だ。
一先ず調査中と言い訳して商人の関係各所を兵団で封鎖しておき、報告書の提出を決起するこの日まで伸ばしたのだ。
この上司はいつも昼を過ぎてから出勤してくる。今からモニールに報告し、あの屋敷にあるめぼしいものを見繕うだけでも日が暮れてしまうだろう。いくら早くても新しく
上司の部屋を辞した俺は、一旦自分の執務室に戻った。アブドゥルと落ち合う時間までまだ間があるので、厳重に保管しておいたもう一つの報告書を取り出した。
上司に提出したものとは比べ物にならないほど分厚いそれは、どうでもいい詐欺事件ではなくパトラに対して行われた暴行への調書だった。当の商人のみならず、使用人達への尋問内容を一語一句書き連ねてある。
これによると結婚した当初から暴行は行われていたらしい。夜会などで彼女がちょっとでも他の男と会話をしただけで嫉妬し、腹など服に隠れる部分への殴打を繰り返していたらしい。
それが3年ほど前、モニールからの要求がひどくなってきたころからパトラへの八つ当たりがひどくなり、耐えきれなくなった彼女は一度逃げ出そうとしたらしい。
商人はそれに怒り、あの部屋へ彼女を閉じ込めた。あまりの悪辣さに主を
読むにつれて
「また、会えてよかった」
そう言って彼女は安堵したのか意識を手放した。俺はその後慌てて知り合いの医師がいる救護院に彼女を連れて行ったのだ。
「女の子相手に本当にヒドイことするわよねぇ。もう信じられなーい」
彼女を診てくれたオネェな知り合いは憤慨しながら診察結果を教えてくれた。体のいたるところにあざがあり、骨折している個所もある。最初に折られたらしい足の骨はきちんと治療されなかったらしく、体が回復したとしても歩くには杖が必要になるだろう。
「でもね、一番重症なのは心」
「心……。俺は何をしたらいい? どうすれば彼女を元気づけられる?」
正直言って一番苦手な分野だった。それでも俺は畳みかけるように尋ねた。
「一番の薬はアンタよ。そうやって一生懸命支えてくれる人が居ればきっと元気になるわよ」
「本当か?」
「それにしても妬けるわ。いくら誘っても
「うるさい」
冷やかしてくる相手にやや憮然として言い返す。そういえば、コイツが俺を好みだと言いふらしてくれたおかげで同性愛疑惑が広まった。それを思い出すとなんだか急に腹立たしくなる。
「ま、今は私達に任せて、アンタはアンタ達にしかできないことをやり遂げて頂戴」
彼も計画を進めていく過程で知り得た同志の1人だ。性癖はともかく、大事な人を安心して任せられるのは確かだ。これで後顧の憂いなく、計略に専念できる。俺は改めて彼に彼女のことを頼み、救護院を後にした。
気づけば既に夕暮れとなっていた。まずは郊外でアブドゥルと落ち合うことになっている。俺は市街の見回りを装い、部下を引き連れて宮城を後にした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
当初は2話くらいで終わらせる予定だったのに何だか長くなった。こうなったら、とことん書きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます