おまけ(バースィル編2)
そしてあっという間に10年経った。皇帝を代替わりさせる計画が進んでいると分かり、その機に乗じて俺達も行動を起こそうかと話を進めていた矢先に計画の前倒しの知らせがジャルディードから届いた。
急な変更だが、アブドゥルの大事な人に危険が迫っている。準備も問題なかったので、俺達は一も二もなく同意した。
「これ、渡しておく」
決行の7日前、最終的な打ち合わせが済んだ後、カリムが何かの資料を手渡してきた。ざっと目を通してみると、借金の形にパトラを奪った商人の不正の証拠だった。
「恩人なのだろう? 使え」
あの商人はあまりいい噂を聞かなかった。不安に思い、自分でも少しだけ調べてみたが、疑わしいというだけではっきりとしたものは出てこなかったのだ。それにパトラを娶った当初は若い妻を自慢して方々へ連れ出していたのだが、最近は彼女を屋敷から外に出すことがなくなったとも聞いて気になっていた。
しかし、あまり私情で動くと本来の計画にも支障が出る。なかなか情報が集まらず、こうなればアブドゥルを復権させてから動くしかないと諦めていたところだった。
「いいのか?」
「ああ。奴も関係者だ。捕らえてくれ」
「分かった」
モニールが
決行当日はアブドゥルの護衛に徹する予定だった。今のうちに捕えておけば、わざわざ兵を差し向ける手間も省けるし、自分でけりをつけることができる。一時は回復したが、3年前に亡くなった親父さんから彼女のことも頼まれていて、その約束もこれで果たせるだろう。
その翌日、カリムだけでなく味方してくれている後宮の女官達にも協力してもらい、貴族の奥方が多く集まるお茶会の席で、モニールが大枚をはたいて買い上げた美術品が偽物だった事実を知らしめた。
恥をかかされた彼女は案の定、烈火のごとく怒り狂い、すぐに商人を呼び出した。そして釈明を一切受け付けることなく、彼は獄につながれた。
そして俺達は彼女の命令ですぐさま商人の屋敷を制圧した。彼の家族も使用人も慌てふためいて抵抗していたが、正式な命令書を伴っての差し押さえなのでどうすることもできない。次々と捕縛されて連れてこられる。だが、その中にパトラの姿は無かった。
「奥方はどこにいる?」
使用人達に聞くと彼等は気まずそうに視線を逸らす。さらに強く問いただすと、ようやく主によって監禁されていることを白状した。俺はたまらず使用人の1人に案内させて建物の奥へと踏み込んだ。
モニールの私室に負けないほど贅を凝らした部屋の奥、不似合いなほど頑丈に鍵をかけた扉があった。この奥に彼女がいるらしい。しかし、鍵は商人が管理しているという。
そこで部屋を捜索し、執務机からそれらしい鍵が見つかったので、早速試してみるとカチリと音を立てて鍵は開いた。
軋んだ音を立てて扉が開き、中を覗いてみると窓が塞がれていて薄暗い。明かりで中を照らすと奥の寝台に力なく横たわっている人の姿があった。目を凝らすと、その人物の足は床に固定された鎖でつながれている。
「パ……トラ」
恐る恐るその寝台に近づく。随分とやつれているが、まぎれもなく彼女だった。私の呼びかけにピクリと
「だ……れ?」
かすれた声に胸が締め付けられる。俺はその場に跪いて彼女の手をとるが、どこか痛むらしく顔を顰めたので慌ててそっと元に戻した。
「俺です。バースィルです。覚えておられますか?」
彼女は驚いた様子で目を見開いた。どうやら覚えていてくれたらしい。痛むのに手を伸ばして俺の顔に触れ、涙をホロホロとこぼした。
「遅くなってすみません。助けに来ました」
俺は彼女の折れそうな体をそっと抱き起こして抱きしめる。彼女は俺の胸の中で涙を流し続けた。
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